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 2015年01月 

経済財政諮問会議の政策関与は、利益相反 

経済財政諮問会議の四人の「民間議員」が、「国民的な取り組みによる、経済再生・財政健全化」について提言している。こちら。

地方行政・社会保障領域に民間企業を導入し、効率化を図れ、そして公的分野を産業化せよ、という提言である。目新しいことではない。一言で言えば、国民へのサービスである地方行政・社会保障に民間企業を参入させ、もうけさせろ、という提言だ。

以前から繰り返し述べてきたことだが、医療介護等に民間資本を導入すると、一見公的な負担は減るが、トータルのコストは増える。アメリカの状況をみれば分かる。公共サービス、社会福祉という領域は、社会的共通資本であり、企業の利益追求の場にすべきではない。しかし、この領域を通して、国民の資産を簒奪することを、大資本は繰り返し目論んでいる。

これら四人の同会議委員は、そうした大資本の経営者、代弁者ではないか。パソナ会長の竹中平蔵が、外国人を介護事業に参入させろと言って、自らの会社に利益を誘導しているのと同じだ。彼らが、こうした公共財を私有化させ、そこで利潤を追求するということは倫理的に許されない。

財政健全化というと、まず社会保障が俎板に載せられる。高齢化が進む現在、社会保障の削減は避けて通れないのかもしれない。しかし、大資本の人間は、まず自ら身を切るべきではないか。小泉構造改革以来、ため込んだ300兆円弱の内部留保を、労働者に還元すること、先進国と比べて決して高くはない、法人税と社会保障の企業負担を合わせた公的負担を増ややすことを、どうして提言しないのだろうか。

法人税は、減税されることが決まった。年金は、実質削減である。これは、社会的公正さに欠ける施策だ。経済財政諮問会議は、大資本の利潤追求の場になっている。彼らが国の施策決定に関与することは、どう考えてもオカシナことだ。

MIke WB4ZKA 

先日、静まり返った7メガで、Mike WB4ZKAにお目にかかった。午後6時過ぎだったか。彼のことは、こちらで記したことがある。

彼の設備は依然と同じ、K1という小さなリグで4ワット出力。アンテナは、先端部が9m高の逆V状に張ったウィンドム。私がビームを使っていることもあるかもしれないが、その設備の彼と30分以上お喋りできたことにまず感動した。これからノイズが増えて行き、また今秋まではこうした交信は楽しめなくなるのかもしれない、と思いつつ、彼の話に耳を傾けた。

前のポストにも記したとおり、彼はリグを7026の受信にセットしておき、そのそばで眠りにつくらしい。私や、他の局が出てきて、お喋りを始めると、そうした局の話に耳をじっと傾けるのだそうだ。リグは、一晩中つけっぱなしである。この受信を主体にした生活を、彼が昨年のUSCQ誌にエッセーとして掲載し、そこで私についても言及していたということを、John WA9AQNから伺っていた。

私は、持ち前のお節介で、アンテナをもう少し高くしたら・・・といった押し付けがましいことを彼に言いそうになった。が、彼が、今の設備、そして楽しみ方で心底満足している様子だったので、何も言わなかった。むしろ、自分流のやり方で完結している彼の楽しみ方に、共感を覚えたものだ。

翻って、私は、最近CQを出しても呼ばれぬことが多い、そして呼ばれたとしても、モノローグの一方通行で会話が成立しないことが目立ってきた。それで、できる限り、CQを出すのは、延々と際限なく続けるのは止めて、一度に二回、三回までにするようにしようとこころに決めたところだった(時々は、その決心を破るのだが・・・)。彼が行っているように、楽しいやり取りをしている局の交信に耳を傾けることだけでも良いのではないか、と時々考えるようになってきた。もしかすると、加齢現象で、自分から発信することがものぐさになってきただけなのかもしれないが、聴くだけであれば、自分の本当に聴きたい話だけに時間をさけるし、またいつでもその場から立ち去ることもできる。この発想の背後には、結局のところ、交信する相手の多くも、自分同様の人間なのだ、というペシミズムがある。これも、歳をとって、物事の本質が見えてきた結果なのかもしれない。

が・・・、また昔同様、CQを夕方の7メガで叩いていそうな気もするのだが・・・苦笑。

Carmel Impresarios 

Carmel Impresarios とは、「カーメルの興行師たち」という意味だ。そのタイトルの本がある。サンフランシスコから南に車で3時間程走ったところにある、リゾート地、カーメル。そこで、1935年以来、戦争中の一時期を除いて毎年夏、綿々と開催されてきたバッハ音楽祭の記録である。

この音楽祭のことは、サンノゼ在住の旧友Bob Warmkeから教えて頂いた(この経緯は、すでにこのブログでも記したはず・・・)。バッハのマタイ受難曲が彼との間で話題に上り、私は、学生j時代に、シュトットガルトバッハアンサンブルを率いたヘルムートリリングの演奏を聴いて、感動したことをBobに話した。すると、彼が、この音楽祭で、リリングの指揮するマタイを聴いたことがある、というのだ。当時リリングは、オレゴンの大学で教鞭をとっており、この音楽祭に定期的に指揮をしに来ていたらしい。リリングのあたたかな演奏にこころ動かされたことを話すと、Bobは、リリングが結構陽気な方でワインを飲みつつ談論風発だったという思い出話をしてくれた。レギュラーに聴衆として参加する方には、演奏者と食事を一緒にするように招待されるらしい。リリングとマタイの思い出を通して、Bobとはさらに親しくなったような気がする。

一昨年だったか、Bobから、この本が発刊されたことを教えてもらい、私も取り寄せた。読み始めたのは、昨年夏。少しずつ読み進め、1昨日読了した。David J Gordonというテノール歌手が、関係者からの聞き取り、様々な資料、特に新聞記事等を丹念に集め、カーメルバッハ音楽祭にかかわる出来事、人物・・・とくに、創始者の二人の女性・・・についてまとめた力作である。本の紹介はこちら。原書というと、残るページ数が早く減らないかと思いつつ読むことが多いが、この本は、そうではなかった。あとこれだけで終わってしまうと思いつつ読み進めた。この前に読んだ、Reunionに対するのと同じ気持ちだった。

筆者のGordonが、1982年6月、サンフランシスコからレンタカーを借り、101号線を一路南下、カーメルに向かう場面の記述から、この本は始まる。この道は、これまで二度ドライブしたことがある。サンタバーバラのelmer Merle K6DCを訪れるためだった。懐かしい道とその周囲の情景が目の前に浮かび、私は、物語に引き込まれていった。彼が、カーメルでバッハ音楽祭のオーディションを受けるために向かっていたのだ。その後、バッハ音楽祭に深くかかわるようになった筆者は、カーメルバッハ音楽祭の歴史と、それが成立し継続したのはなぜなのかを探求し、それをまとめた。

カーメルの記載された歴史は、スペイン人がモントレー湾に来航した16世紀に始まる。19世紀になって、ゴールドラッシュが始まり、それに伴い、この音楽祭の二人の創始者Dene Denny, Hazel Watrousの祖父母が東部からやってくる。最初は、パナマを経由した長旅だったようだ。また、わずかな資産を持ち、例の幌馬車で二か月もかけて西部にやってくる人々もいた。比較的恵まれた青年期を過ごした、二人の創始者はベイエリアで教育を受け、Deneはピアニスト、音楽教師として、Hazelもデザイナー、教師としてキャリアーを始める。、やがて、サンフランシスコで出会った二人は、共同で様々な事業を始める。カーメルで、当初演劇の興行を始めるが、やがて音楽興行に重点を移す。音楽演奏を楽しむ機会を提供するだけではなく、周辺住民の教育、音楽参加を試みるようになる。毎年夏定期的に行っていた、音楽会を、1935年、バッハ生誕250周年記念の年にバッハの音楽を主に演奏するバッハ音楽祭を開催することになる。驚いたことに、バッハにしたのはたまたまだった、ということだ。Deneはピアニストとして、現代音楽の演奏に力を入れており、西海岸でのシェーンベルクの作品演奏を最初に行ったりしていた。最初は、演奏者、楽器ともに不足しており、またアマチュアが主体であったコーラスは力不足で、難しい曲目は演奏できない、ということもあった。が、徐々に、演奏者、楽器編成ともに充実し、また優れた指導者にも恵まれ、安定した音楽祭に成長した。DeneとHazelは1950年代に相次いで他界した。それ以降も、良い指導者のもと、ボランティアに支えられ、アマチュアとプロの演奏家の混成の演奏家が、この音楽祭を維持、発展させている。・・・といった内容。

この本を読んでの感想をいくつか・・・

まず、この二人の女性の志しの高さ、さらにエネルギーに圧倒される。当時、米国に会っても、女性は家に入り子育てと家事に専念するというのが、世の中の常識的な女性の生き方だったのではなかろうか。そうした、常識を超えて、自らが大切に思うことにまい進していった、彼らに驚かされる。彼らのバイタリティを受け入れ、共鳴するものが、当時のアメリカ社会のなかにあったことも見逃せない。

1930年代は、ご存じの通り、大恐慌時代であり、この音楽祭の運営も厳しい面があったようだ。恐らく、音楽家の多くが苦しい生活を送らざるをえなかったのではあるまいか。Deneは経済的に恵まれていた様子だが、当時のルーズベルト大統領は、Federal Music Projectという政策を打ち出し、各地に公立のオケを立ち上げ、そこで音楽家を雇用した。このプロジェクトに、当時のバッハ音楽祭で指揮を執っていた方も参画している。それは、音楽家を経済的に救済すること以上に、音楽によって社会の可能性を引き出そうとしたのではなかろうか。こうした政策を打ち出す政府を許容し、支持する社会の懐の深さもあったに違いない。それと、同じように社会が音楽文化をはぐくみ、それによって活力を得ようとする社会の奥行が、この音楽祭を生み、育んでいったのではないだろうか。筆者も、最後のパラグラフで述べているが、社会とともにある、ということによって、この音楽祭が続き、発展していったのだろう。

クラシック音楽演奏が、20世紀初頭当時どのような位置にあったのかも、興味深かった。ヨーロッパに音楽の勉強にでかけたような、当時の優秀な演奏者であっても、単独の演奏会を開くということはあまりなく、ヴォードヴィルのプログラムの一つとして、演奏をする機会を得ていた、ということのようだ。恐らく、1930年代以降、徐々に、音楽がより大衆化し、広範な人々から支持されるようになり、クラシック音楽の音楽会が開かれるのが普通のことになっていったのだろう。上記のFMPによって設立された公的なオケのいくつかは、その後地域立や私立のオケになり発展していった様子だ。

20世紀初頭は、所謂現代音楽が現れた時期でもある。Deneは、シェーンベルクを始め、現代音楽に造詣が深く、そうした現代音楽を好んで演奏していた。当初、Cowellという作曲家も、DeneやHazelの事業に深くかかわっていた。それ以外にも、多くの現代音楽作曲家の名が現れては消えてゆく。作曲という芸術活動は、何時の時代も同じだったのかもしれないが、そうした現代音楽作曲家が、やがて時間が経つとともに、忘れ去られてゆくことを、この本を読みつつ、改めて確認し、何とも言えぬ寂寞とした思いに囚われた。とびぬけた才能が、適切な機会を得て、初めて世の中に受け入れられ、さらに時間の検証に耐えて残る。それはごく少数の作曲家だけだ、ということだ。

バッハ音楽祭では、先に記したように、演奏家、楽器の制約から、オリジナルの楽器を別なものに置き換え、さらに演奏する部分を限定して、当初出発した。驚いたのは、オーボエ奏者が手配できず、しばらくクラリネットで代用していたということだ。でも、徐々に体制が整い、1950年代になるとロ短調ミサ全曲をオリジナルの楽器編成で演奏するようになったとある。最初、宗教曲の多くの歌詞が英語への翻訳で演奏していたものも、やがて原典通りになってゆく。米国の演奏家、聴衆のプラグマティズム、それに根気強さも感じることができる。

だらだらと書き連ねてしまった。今も、多くのボランティアに支えられ毎年夏開催されるこの音楽祭。これまで続き、発展してきた要因は、先にも述べた通り、皆とともにある、ともに演奏し、ともに聴くという、Dene、Hazelお二人の生き方にあるのだろう。いつか、Bobとともに、この音楽祭にでかけてみたいものだ。

厚労省の認知症予測・対策は心もとない 

認知症患者数の予測、その支援体制について、国は、「新オレンジプラン」という新たな戦略を公開した。

2012年に厚労省が制定した、認知症施策推進5か年計画「オレンジプラン」の改訂版である。オレンジプランは、5年計画だったのだから、それが終わらずに新たに計画を立て直したということだ。両プランのURLを最後に上げておく。

これら二つのプランを概観して、分かることは

〇オレンジプランは、認知症高齢者数増加について甘い予測だったのではないか。認知症患者数について2012年、2017年に各々305万人、372万人になると、オレンジプランでは予測していたが、新オレンジプランでは、2025年には700万人に達すると予測されている。この予測は、人口構成・疾病の統計が分かっているわけだから、さほど難しいことではない。それが、前の計画が終わらぬうちに、このように大幅な予測の変更があるのは、予測数が不正確で、人為的に少なく予測していたのではないかと疑わざるをえない。

〇新オレンジプランは、抽象的な記述が多く、具体的な予測、計画に乏しい。結局、在宅介護をメインに進めるということしか伝わってこない。オレンジプランにはあった、在宅介護人数、居住系サービス、介護施設収容人数の計画が、新オレンジプランではない。激増することが予測されている認知症患者に対応するには、具体的な予測、それに対する具体的な対応計画が必要のはずだが、新オレンジプランは、美辞麗句の抽象論ばかりである。

〇在宅介護でもっとも重要な介護者(家族)へのサポートについて、新オレンジプランでは1ページほどが割かれているだけで、具体的な計画がない。介護の指導者や、リーダーをいくら育成しても、在宅介護を担う家族への援助を具体的に考えていないのであれば、空論に過ぎない。

〇オレンジプランの記述からすると、認知症の介護の半数は、在宅で進めるのが規定の路線のようだが、果たしてそれは無理がないのだろうか。非認可の老人介護施設が増えているという。それを行政は見て見ぬふりをしている様子だ。それで良いのか。新オレンジプランについてはこの問題についての記載がない。

以上の通り、新オレンジプランははなはだ心もとない。

さらに、行政の出すこうした予測、対応計画が適切だったかどうか、後々反省し評価することが必要ではないのだろうか。さもないと、根拠のない予測、計画が今後ともまかり通ることになる。それは、民間・公的組織いずれであっても、医療介護分野の現場であったなら許されぬことだ。

以下、引用」~~~

認知症支援、国家戦略を決定 本人や家族の視点を柱に

記事:朝日新聞
15/01/28

 政府は27日、認知症の人への支援を強化する初の「国家戦略」を正式に決めた。本人や家族の視点を重視した施策の推進が柱だ。10年後には高齢者の5人に1人が認知症という予測をふまえ、関係省庁が連携して対策に取り組む。

 安倍晋三首相はこの日午前に開かれた関係閣僚会合で、「最も速いスピードで高齢化が進む我が国こそ、社会全体で認知症に取り組んでいかなければならない」と話した。

 国家戦略の正式名称は「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」。「団塊の世代」がみな75歳以上になる2025年までを対象期間とする。この年には65歳以上の5人に1人、約700万人が認知症になるとの推計を提示。基本的理念として「認知症の人の意思が尊重され、住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続けることができる社会の実現」を掲げた。

 そのうえで認知症の人が自分の言葉で語る姿を発信するなどの啓発推進や、65歳未満で発症する若年認知症への支援強化など、戦略の七つの柱を示した。

 具体的には、認知症の本人や家族が政策立案や評価に直接関わる仕組みをつくることや、大学などで学生がボランティアとして認知症の高齢者と関わる取り組みも盛り込んだ。介護ロボットの開発支援、出歩いて行方不明になる高齢者の安全対策なども進める。

 若年認知症の人や家族の相談窓口を都道府県に設置、交流の場づくりや社会参加を支援する。地域の暮らしを支える医療、介護を実現するため、地域の歯科医師や薬剤師などの研修なども実施していく。

 厚生労働省が認知症対策の5カ年計画「オレンジプラン」(13〜17年度)で盛り込んでいた目標は、認知症サポーター養成などの目標数を引き上げた。医療・介護の専門職らが訪問支援する「認知症初期集中支援チーム」(14年度は41市町村で実施)は、18年度から全市町村で実施を目指す。(畑山敦子)

~~~

オレンジプラン http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002j8dh-att/2r9852000002j8ey.pdf

新オレンジプラン http://nk.jiho.jp/servlet/nk/release/pdf/1226691046155

自民党 金融財政部会 が述べる Xday その(2) 

6.政策対応の基本的な考え方

政府は、国債金利の急上昇を未然に防ぐためにも、平素より常に市場の動向に関心を持って注視しておくべきであるが、我が国において、仮に、国債価格が将来への国債償還への不安を主因として短期間大幅に下落し更に市場関係者の動揺が収まらない状況が生じたような場合に、深刻な事態に発展させるこ
となく沈静化させるためには、まず、財政に対する信認を回復することが必要不可欠であり、財政再建について、強いメッセージと断固たる具体策を示さなければならない
また、国債市場の動揺を最小限に抑えるとともに、国民経済を守るため、思い切った対応を機動的にとらなければならない。その際には、関係閣僚や日銀総裁が迅速に連携を取って対応にあたることができるような緊急対策本部を速やかに立ち上げる。

(1)財政政策

国債金利が急騰する事態を沈静化させる最も重要な政策は、財政再建の道筋を示し実行することである。国債の将来の償還に対する不安から金利の急上昇が起きた後、財政再建を行おうとすれば、その時点では、IMF支援が実際に行われるかどうかは別としても、ギリシャやアイルランドで見られるような、危機前に必要とされるレベルを大幅に超える極めて厳しい歳入・歳出の見直しを行わざるを得ず、社会保障の削減や思い切った増税も含めて、­ 国民経済に極めて大きな影響を与えることを覚悟しなければならない
(注)ギリシャ・アイルランドの財政健全化策を対GDP比で我が国の経済規模に置き換えると、ギリシャの財政健全化策は単年度で約31兆円、アイルランドのそれは単年度で約18兆円の財政健全化策に相当する
(なお、我が国の社会保障関係費全体は28.7兆円)

ア)まずは、財政当局は、財政再建に向けた強いメッセージを緊急に発する。
国民に対し財政の極めて厳しい状況を訴えつつ、中長期的な財政健全化をどのように図っていくのか、政府として明確なビジョン、具体的な目標及びそのための工程表を、その法制化も含め決定し、財政再建に向けた強いメッセージを発するとともに、当面の財政再建策を早急に実施しなければならない。

イ)具体的な財政再建策の策定に当たっては、歳入・歳出両面にわたって、あらゆる選択肢を視野に検討していかなければならない。例えば、歳出面においては、主要な歳出分野である社会保障・地方向け歳出についても、市場の信認確保のためには、思い切った見直しが必要不可欠である。一方、歳入面においても、消費税を含め、あらゆる税目について増税を検討せざるを得ない

ウ)政府は、こうした具体策を一歩一歩着実に実現することにより、日本国債に対する信認を揺るぎないものにしなければならない。
そのためには、こうした事態に至った原因について国民に真摯に説明し、財政再建の進め方について理解を求める必要がある。また、市場との関係や国際社会との関係でも、財政再建に対する政治の揺るぎない意思及び具体的な対応策について明確に伝達するとともに、きめ細かな情報発信や丁寧な対話を行わなければならない。

(2)国債管理政策
国債市場において金利が急騰した場合には、
ア)まず、国債発行が円滑に進むよう、発行計画の見直しや買入消却等を機動的かつ柔軟に実施しなければならない。
イ)あわせて、市場との丁寧な対話を行い、政府の財政の現状や財政再建に向けた取組みを含め、正確かつわかりやすい情報をタイムリーに提供していく。その際、格付会社に対しても、我が国の財政再建へのコミットメントを含め、国債市場を巡る状況を丁寧に説明し、我が国の強いファンダメンタルズに理解を求めなければならない。

(3)金融政策
国債市場での金利の急激な上昇により、金融機関間のカウンターパーティリスク(*取引の相手方のことで、そこが債務不履行を起こすなどして、損害が発生する危険性例えば、銀行間どうしの取引で資金を貸し出した相手が破綻したり、一般企業でも取引の相手方が契約の不履行を起こすなどのケースが考えられます。)が顕著に意識され、金融機関間および対企業への資金供給の目詰まりを起こし金融市場が機能不全に陥る可能性がある。
日銀は、こうしたことを回避するため、前例に囚われず思い切った潤沢な資金供給を金融市場に対し機動的に行う。
そのため、日銀は、市場での資金の供給の円滑化を図り、国債市場を安定させるため、国債の買い切りオペ(日銀が金融調節のため、銀行や証券会社を相手に行うオペレー ション<公開市場操作>の1つ。銀行などが保有する長期国債を買 い取ることで、金融市場に資金が潤沢に回る効果が期待できる)額の大幅な増額を図らなければならない。
また、あわせて、リーマンショック時に米国FRBが講じた一連の非伝統的な措置や量的緩和策を参考に、リスク資産等の購入も思い切って行わなければならない。

(4)金融行政
国債金利が急騰する局面では、まずは、市場の過度な変動を助長する投機的な動きを防止するため、値幅制限やサーキット・ブレーカー等既存の規制を活用し市場の沈静化に努めるとともに、状況に応じ、これらの厳格化等の市場の沈静化策について関係者において検討する。
また、国債市場の動揺が他の金融市場等に伝播し、経済活動全体に不透明感を生じさせないよう、他の関係当局や海外当局とも緊密な連携をとり、金融システムの状況にかかる情報の適切な提供や市場参加者との対話などを通じて更なる市場の安定化に取り組む。
また、必要があれば、リーマンショック時の対応等も参考に、金融機関規制の適用について、監督上の弾力的な対応を検討する。併せて、金融機関の財務状況によっては、金融機能強化法の活用も検討する。なお、急激な市場環境の変動により流動性が極端に低下する場合は、企業会計についてリーマンショック時の対応等も参考に、市場の信認に配意しつつ、関係者において柔軟な対応がなされなければならない。

(5)その他
国債市場の混乱が、株式市場、為替市場等に波及し、経済のファンダメンタルズから乖離した投機的な動きが顕著となった場合には、関係当局において、海外の当局とも連携しつつ、適切に対処しなければならない。

7.終わりに

(1)国債の将来の償還に対する不安をきっかけとした金利の急上昇は、欧州諸国の例を見るまでもなく、我が国として厳に避けなければならない。我が国では少子高齢化が急速に進んでおり、これ以上、後世世代への「つけ回し」を行うべきではない。現在の財政状況を放置し、金利上昇というさらなる重­荷を後世に押し付けるのであれば、それは、我が国の未来に責任を持つべき現世代の怠慢と言わざるを得ない。そのような事態を断固として避けるべく、財政健全化を着実に進めなければならない。

(2)さらに、今回の東日本大震災からの復旧・復興については、巨額の国費を投入する必要があり、我々としては復興再生国債の発行を考えている。
この国債の発行にあたっては、あらかじめ償還の道筋を明らかにし、国債市場の不安定要因を除去することは当然のことであり、この点について留意する必要がある。

(3)我が国において将来の国債金利の高騰等の懸念がまだ現実味を帯びていないのは、市場において、国債発行が限界を迎える前に、政府が財政健全化に向けた具体的な取組みを行うとの期待が存在しているからである。
民主党政権は、マニフェストの問題点を真摯に反省し、その抜本的な見直しを行うとともに、税と社会保障改革の議論を軌道に乗せなければならない。これが、厳しい財政状況の下、民主党に真に求められることであり、それができないなら、民主党は潔く政権を退くべきである。

(4)我々、責任野党の自民党としては、市場関係者や学識経験者、政策当局と綿密な意見交換を行い、金利が急上昇した場合の万一の備えについて、検討を行ってきた結果、本報告書をとりまとめることとなった。ことの性格上詳細について文章にしていないところもあるが、今回の報告書の最大の目的は、民主党政権の無責任な財政政策に警鐘を鳴らすことであり、その内容を実行せざるを得ない事態に陥らないことを切に希望するものである。
(以上)

自民党 金融財政部会 が述べる Xday その(1) 

自民党が野党であった平成23年に、国の財政危機から国債価格暴落、利率暴騰という事態に陥ることを想定した報告を、同党政務調査会、財務金融部会が出している。Xdayプロジェクト等と少しふざけたタイトルだが、内容は深刻だ。

民主党が「バラマキ政策」をしているとこきおろし、財政健全化を行うように提言している。少し長いので二つのポストに分けて、アップする。

民主党の政策が「バラマキ政策」であったと切り捨ててよい者かどうかは、また一つ別な問題だが、ここで財務金融部会が述べていることが、自民党が政権に返り咲いてから、そのまま、いやもっとひどい形で進行しているのではないだろうか。日銀による国債の引き受けは、200兆円というレベルまで積み上がり、それをいつ止めるか、日銀総裁は言明しない・・・というより、言明できないのだろう。言明した途端に、このXdayが現実のものとなるからだ。

今、給与のベースアップだといって(それも大企業だけのことだろうが) 国民は、一時的なバブルの多幸感に包まれているかのようだ。この金融緩和による多幸感は、続かない。近い将来、必ず、ここで述べられる通りのシナリオが実現するだろう。自民党の幹部は、分かってやっているのだろうか。、

国民へ与える影響について、かなり抑制して書いてぁqる。国債暴落によって、日銀への信認が失われ、円安が進む。輸入物資は、さらに高騰し、物価自体も際限なく上がる。さらに、多くの金融機関は、経営が成り立たなくなり、経営破たんすることだろう。国民の資産がそこで失われる。

今の日銀首脳は、新自由主義経済を信奉する方々なのだろう。彼らは、経済現象はすべからく貨幣現象であるとして、貨幣流通を統御することで、経済をいかようにも動かせると考えているようだ。だが、流通するのは、貨幣だけでなく、貨幣に準じた種々のnear moneyがあり、それらすべてを把握し、統御することは、政府・日銀と言えどもできない。さらに、一旦インフレが始まると、インフレが進行するという国民の思いが、さらにインフレを加速させる自己実現期待をもたらす。それがハイパーインフレの実態だ。

自公政権内からは勿論のこと、野党、マスコミからも、こうしたリスクについて語る人間が出てこない。または、いたとしても主流にはならない。バブリーな経済に伴う多幸感、それは長続きしないはずだ、

以下、同報告~~~

平成23年6月1日
自由民主党 政務調査会
財 務 金 融 部 会
X-dayプロジェクト


1.はじめに(PT立ち上げの経緯・目的)

国債の大量発行が続く中、財政は極めて厳しい状況にある。自民党は、「責任ある政治」を標榜し、財政健全化責任法を国会に提出するなど、財政健全化を強く訴えるとともに、それと合わせ、経済成長を確保するための政策の実現を主張してきた。

民主党政権は、こうした状況を直視せず、マニフェストの実施にこだわり、かつ、無駄の削減や政策の見直しによる財源確保の公約を守れなかったため、財政、ひいては我が国の経済、そして我が国の将来を危うくしている。こうした民主党政権下では、国債価格が急落するという悪夢が起こらないとは言い切れない。

国債が急落するとすれば、それは民主党の政策に起因する人災である。先般の大震災にも見られるように、災害というものは起きて欲しくないと考えていても起きる時には起きるものである。このような政党が与党である限り、我々としてはそうしたことが起きたときのリスクマネジメントとして、我が国経済・社会に与える影響を最小限に抑える方策を用意しておかなければならないと考える。

このため、民主党政権に警鐘を鳴らす意味でも、万が一、国債価格が将来の国債償還への不安を主因として短期間で大幅に下落し更に市場関係者の動揺が収まらない状況になったような場合の政府・日銀や市場関係者がとるべき対応について検討する本プロジェクトチームを昨年12月に立ち上げ、政策当局や市場関係者、学識経験者を交え、議論を重ねてきた。

2.PTの活動概要

(1)PT は、昨年12月~4 月にかけて、行政当局・日銀・金融機関・学識経験者からのヒアリングを実施し、意見交換を行った(詳しいヒアリング日時・ヒアリング先については別紙参照)。
(2)ヒアリングに際しては、①学識経験者からは財政健全化の必要性及び今後­ の見通し、②国債保有を行っている金融機関等からは、国債の保有状況、今後の市場の見通し、国債に係るリスク管理等、②政策当局(含む日銀)からは、国債市場の現状と見通し、海外の財政危機の例、長期金利を決定する要因と上昇した場合の影響、過去にとられてきた政策対応などについて、集中的に意見交換を行った。

3.財政を巡る現状

(1)わが国の財政は、バブル崩壊以降の経済の低迷等に加え、1990 年代以降の急激な少子高齢化に伴い、社会保障関係費が著しく増加し、歳出の相当部分を占めるようになるなど極めて厳しい状況となっている。
毎年1兆円程度、社会保障関係費の増が見込まれる中、歳出の抑制は必ずしも進まず、こうした状況にも対応するため、消費税を含む税制抜本改革の実施が一刻を争う喫緊の課題となっていた。

(2)こうした中、2009年に民主党が政権与党となったが、民主党は、厳しい財政状況の中、子ども手当、高速道路の無料化等のバラマキ政策を実施に移した。その後も、マニフェストの実施に拘泥し、国債発行が税収を上回る予算を2年連続で組むなど、無責任な財政運営を行っている。その結果、国・地方の長期債務残高は、対GDP比で184%にも上っている。

(3)加えて、今般の大震災の発生により、財政にかかる負荷は益々大きいものとなる。財政健全化を図りつつ、復興支援に適切に対応することが重要である。その意味で、先月の三党合意において、「復旧・復興のために必要な財源については、既存歳出の削減とともに、復興のための国債の発行等により
賄う。復興のための国債は、従来の国債と区別して管理し、その消化や償還を担保する」とされたことは意義深い。

(4)一方で、海外では、ギリシャ・アイルランドでは財政危機が顕在化し、IMF・EUが金融支援を行っており、また、ポルトガルもIMF・EUへの金融支援を要請している。市場では、ソブリンリスクが強く意識されており、こうした状況も踏まえ、主要先進国等は、歳入・歳出両面にわたって、財政健全化努力を強めている。我が国の財政状況と欧州諸国の相違点についてはよく議論されるが、少なくとも、以下の点は、我が国としても教訓とすべきであろう。

ア)財政危機の発生の契機は、例えば、ギリシャは統計問題、アイルランドは不良債権問題と、一様ではなく、様々な経路を通して顕在化しうるため、経済財政状況を注意深く把握・分析する必要がる。

イ)国は、一度市場の信認を失うと、財政危機が一気に進行し、資金調達が困難になる。特に、債務残高が大きく、金利上昇に脆弱な我が国で仮に金利が上昇すれば、危機が急速に深刻化するおそれがある。
ウ)危機発生後の対応としての財政再建のメニュー(歳入歳出両面の取り組みと国内の構造改革)は非常に厳しいものとなるため、危機が顕在化する前に、財政健全化を着実に進める必要がある。

エ)断固たる財政再建策を進めるには、政治的なコミットメントは欠かせないが、ポルトガルのように、政治情勢が不安定であることは問題である。なお、1994年、スウェーデンにおいても、大きな政府を目指す社会民主政権が政権与党へ復帰する中、国内大手保険会社が国債購入を停止したこともあり、金利が急上昇したという過去の事例にも留意する必要がある。

4.国債市場を巡る状況

(1)我が国の国債市場は、運用部ショック(1998年)やVARショック(2003年)など、一時的な金利上昇局面はあったものの、諸外国と比較すると、概ね低い金利で推移しており、安定している。

(2)このように、国債市場が安定している理由について、需給要因としては、①我が国における豊富な個人金融資産の存在や、②経常収支黒字に基づく海外からの資金流入の継続があげられる。
また、市場の構造要因としては、③国内投資家による安定的な保有、そして、財政に係る要因としては、④消費税の引上げ等財政ポジションを改善する余地の存在が指摘されている。

(3)市場関係者や学識経験者は、上記のような要因により、現時点では直ちに国債金利が急騰するような状況になるわけではないとしている。
他方、引き続き国債の大量発行が予想される中、殆どの者が国内の安定消化を支えてきた要因は以下の通り変化してきていると指摘しており、その中には、財政健全化が着実に進展しなければ、遠くない将来、例えば、今後7、8年以内に、国の債務残高が国内貯蓄の残高(家計の金融資産残高)を超え、経常収支赤字に陥るおそれもあって、国債発行は限界に達すると警告している者もおり、財政健全化が着実に進展しなければ、万が一の事態がそう遠くない日に現実となることも否定できない。

ア)急激な少子高齢化を背景に、家計の貯蓄率は低下しており、また、200兆円に上る企業の現預金も、経済動向によっては減少することも考えられる。したがって、家計貯蓄等による国債ファイナンスも徐々に厳しい状況になってきている。
また、貿易黒字は概ね減少傾向にあり、経常黒字も従来同様の高いレベルで維持できる保障はない。このため、ほぼ国内だけで資金調達できる環境が未来永劫続くとは言えなくなってきている

イ)また、国債の主体別売買高を見ると、海外投資家は、現物市場で16%、先物市場で62%を占め、そのプレゼンスは高い。さらに、民主党政権における税と社会保障の一体改革の議論は、社会保障の機能強化の議論が先行しており、仮に消費税の引上げによる増収のうち社会保障の純粋な機能強化に充てる部分が大きくなると、財政ポジションの改善度合いは相対的に小さくなる。

5.国債金利が急上昇した場合の影響

(1)このように、遠くない将来、膨張する国の債務を国内貯蓄で賄えなくなる可能性があり、その場合、海外からの資金調達に頼らざるをえない。海外の投資家に、我が国国債に投資してもらうには、拡大する財政リスクに見合ったリターンが必要となり、国債金利が大幅に上昇する可能性がある。

(2)国債金利の大幅な上昇は、時系列順に整理すると、金融・経済・財政等、我が国のマクロ経済全般に、大きな影響を与える。

ア)まず、金融についてみると、金融機関は 600 兆円に上る国債を保有しており、金融機関ごとに資産・負債の満期構成等が異なるため、国債金利の大幅な上昇が金融機関の財務に与える影響は一概には言えないものの、一定程度の影響があることは否定できない。特に、一部の金融機関において、財務状況が大きく変化する可能性がある他、国債市場の動揺が、他の市場に伝播したり、経済活動全体に不透明感を生じさせたりするようであれば、金融システムについての疑念を生じるおそれがある。

イ)次に企業については、こうした金融機関の貸出等の活動が萎縮することに加えて社債市場の機能が低下することにより資金調達が停滞したり、市中金利が上昇することから投資が抑制されるなど、その活動に影響を受けるおそれがあるだけでなく、過大な債務を抱える企業の経営基盤が揺るがされかねない。­

ウ)個人については、市中金利の上昇は、年金受給者等にメリットとなる面はあるものの、住宅ローンの借入金利の上昇等を通じてデメリットとなる面が大きい。

エ)また、財政についてみると、国債金利の上昇により、利払い費は大幅に上昇する。特に、新規財源債及び借換債の発行額が150兆円を越える我が国では、1%の金利上昇は 1 年で1兆円、2年で2.5兆円、3年で4.2兆円の利払い費の増加を意味する。これは、既に、厳しい財政状況を一層厳しくするものであり、特に、社会保障関係費の伸びが毎年1兆円程度見込まれる中においては、我が国財政の信認そのものを揺るがすものである。こうした状況への対応として、歳出の抑制、歳入の確保、ないしは両者の組み合わせを行うしかない。

オ)なお、国債市場は株式市場、為替市場等他の金融市場とも密接に関連しており、そうした影響にも十分留意する必要がある。市場が大きく変動する局面では、投機筋の動きが活発化することが予想され、そうした価格変動を増幅する動きも念頭におかなければならない。

続く

VK4TJ John 

Johnとしばしば交信したのは数年前になるだろうか。FEAの14メガのネット中、またその後に何度もお目にかかった。二日前に、数年ぶりに21メガで呼んで頂いた。どうしていたのか尋ねると、SKCCの周波数でQRSの運用をしていたとのことだ。そういえば、FEAネットでもとてもゆっくりなCWで交信をしていた。ただ、私相手のときには、フルスロットルで飛ばしてくる。この数年間も変わらずに出ていたらしい。私のことを7メガで良く聴くのだが、ノイズが多く呼べないとのことだ。

彼は昨年夏にリタイア。5、6年前に彼から私がいつリタイアするか尋ねられたものだったが、期せずして同じ時期にリタイアすることになったわけだ。奥様のかねてからの希望で、広い土地に転居するらしい。来月9日の予定で、今はその準備で忙しくしている様子。奥様が転居を希望されたのは、飼っている動物たちのためらしい・・・カンガルー、ワラビー、鳥その他もろもろ、計30匹(羽)に上る。転居の距離は20マイル(kmだったか・・・)だけなのだが、これらの動物を移動させるのが一苦労になりそうだと言っていた。でも、楽しそう。転居準備のために現在は、7m高の仮設のアンテナだそうだ。

このところ、VKの局から呼ばれることが多い。あちらではビギナーのオペが育っているようだ。Johnのような、後輩を育成する意欲を持つOMが多いためだろうか。私も、そのような役回りをと考えることもあるが、7メガを聴いていると、大多数はリポート交換だけの交信で、後は和文使いの方が1、2割程度。ほんの少数いる英文での交信をなさる方も、特定のグループで固まっている。時にはお呼びしてみるのだが、迷惑になるのかもしれない・・・と考え、つい億劫になる。Johnのあのボランティア精神に学ばなくてはいかんな・・・。Johnは、広大な新しい住処に移ったら、JA向けにロンビックを張るからと、冗談交じりに語っていた。私の聞き間違いでなければ、147haの広さで、多くの木々があるらしい。彼の強力な信号が聞こえてくるのも、そう遠いことではない。

社会保障費削減とともに、またはその前に行うべきこと 

社会保障費削減が、財政再建の核心だそうだ。現在の財政状況では、ある程度の削減も致し方ないのだろう。

だが、その前に

〇国会議員の定数削減、給与削減、さらに政党助成金を含めた様々な特権的な手当の見直しを行うべきだ。最近、安倍首相が事務所経費として、3年間で300万円を計上していたことが報じられている。その内容が、すさまじい。アイスや、菓子類等々・・・。小渕優子現象は、政治家全体に蔓延しているようだ。まず政治家が、身を切らなければだめだろう。

〇給与の減額は地方公務員だけで良いのか。国家公務員も当然給与削減すべきだろう。昨年は、この財政状況で、給与の引き上げを行っている。

〇高級官僚の天下りを止めさせる。彼らが天下りした先で、国家予算がじゃぶじゃぶ浪費されている。

これらのことを行うべきだ。

私の本音を言えば、いくらこうした節約しても、国家財政の破綻はまず間違いなく起きる。沈みかけた泥船であろうが、そこで利権をむさぼる連中は、ほってはおけない。また国が再興するときの体制のために、こうした改革を行っておかねばならない。さもないと、同じことを繰り返してしまう。


以下、引用~~~

財政再建へ社会保障費減 自民行革本部が提言

記事:共同通信社
15/01/22

 自民党の行政改革推進本部(河野太郎本部長)は21日、財政再建策を議論する党内組織を新設し、社会保障費や地方公務員給与の大胆な引き下げを検討するよう求める提言をまとめた。

 政府が2020年度の基礎的財政収支黒字化に向けた計画を今夏に策定するのを踏まえ、歳出減への抵抗が予想される省庁や関係議員をけん制するのが狙いだ。

 提言は、毎年1兆円程度の自然増が見込まれる社会保障費の見直しが歳出改革の核心との認識を強調。そのためには、医薬品の公定価格である薬価の引き下げが欠かせないとした。

 民間より高いとの指摘がある地方公務員給与の削減も要求。新設組織から党政務調査会の各部会長に対し、担当する政策分野で歳出削減策をそれぞれ提出するよう指示を出すことも求めた。

 一方、政権の経済政策「アベノミクス」による税収増を踏まえ、実際の税収よりも低く見積もられる傾向がある政府の試算の在り方を見直すことも提起した。

政府はISISによる人質事件を放置し、解決のための民間の努力をむしろ妨害していた 

ジャーナリスト常岡浩介氏の外国特派員協会での記者会見。こちら。この記者会見、マスメディアがどれだけ報じるか分からない。是非拡散して頂きたい。

彼の記者会見で分かったこと。

〇少なくとも警察公安外事三課は、昨年10月には、ISISによる邦人二人の拉致は分かっていた。政府も分かっていたのだろう。

〇当初、ISISは、建前かもしれないが、邦人二人の人質から身代金を奪ったり、見せしめのために殺害する積りはないと言っていた。常岡氏と、元同志社大教授に、イスラム法廷での証人になるように依頼してきた。

〇常岡氏への警察公安部の捜査によって、常岡氏とISISの連絡手段が断たれた。

〇政府・外務省は、ISISと連絡がとれる立場の彼に、仲介を依頼してきていない。、

〇北海道大学学生のISIS参加の一件は、信ぴょう性にかける。どうも外事三課がでっち上げた事件の臭いが濃厚。


以上のことからうっすらと見えてくることは、政府は、この人質事件の状況を把握していた、それにも拘わらず、この時期に安倍首相が中東訪問をして、ISISを刺激する発言を行った、ということだ。

安倍首相は、ここで邦人人質に危害が及ぶことを承知の上で、行動しているのかもしれない。だとすると、それは集団的自衛権を中東で行使するための材料にするためなのだろうか。まさかとは思うが、あり得ない話ではない。

もう一つ、この公安部の「捜査」「情報取得」「立件」のやり方を見ていると、秘密保護法が、彼らの権力を歪な形でますます増大させること、国民に真実を伝えぬためにその法律が用いられることが危惧される。

安倍政権の中東関与の仕方が危機をもたらす 

イスラム国による邦人人質事件については、様々なところで議論がされている。私にはよく分からないこともあるので、多くを述べることは避けたい。が、やはり安倍首相の外交政策・行動が拙劣であったと思われる、今後ともイスラム過激派はわが国に敵対的行動をとるだろうことを感じる。

まず、人質になったジャーナリストには、昨年末から過激派の接触があったと報じられている。それが、本当の接触だったのか等情報が少ないが、政府は、邦人がイスラム国に人質にされている認識はあったわけだ。イスラム国を巡って緊張の高まっている中東に出かけて、反イスラム国の発言をし、中東諸国に資金援助を行えば、イスラム国側がどのような対応に出るか、予測は十分できたはずである。イスラム国によると思われる脅迫の映像が流された後の、菅官房長官の記者会見は、「関係国と協議をして・・・」の一点張りだった。また、中東での安倍首相の記者会見は、質問をあらかじめ出してもらっての記者会見だったようで、返答のあんちょこを見ながらのみっともない記者会見だった。十分な情勢認識と、それに対する対応を、自分の言葉で語るだけの能力、準備がなさそうであった。

今回の安倍首相の中東訪問は、財界人等を46名もひきつれたもので、各国で総額2900億円の援助を約束している。表面上は、中東の和平を働きかけると言いつつ、内実は、経済的利潤を求めた訪問だったのではなかろうか。そうした外交姿勢は、安倍内閣による「武器輸出三原則の破棄」とも通じる。安倍内閣は、「国際紛争の助長を回避する」という武器三原則を破棄し、武器輸出の制限を大幅に緩和した。日本製部品を搭載した、米国のステルス戦闘機をイスラエルに輸出することを可能にすることが、同原則破棄の直接の動機であったと言われている。これまでの平和主義をかなぐり捨て、武器輸出であれ何であれ、利益を求める財界に同調し、「死の商人」外交を率先たものだ。中東の和平を働きかけるという中東訪問の表向きの目的がいかに欺瞞に満ちたものであるか、中東の人々には一目瞭然なのではないか。イスラエルへの一方的な肩入れであり、それによる利益追求である。このように、安倍首相は、イスラエル対パレスチナという構図の上でも中東和平を遠ざける方向に明らかにコミットした。

今回の脅迫を受けて、安倍政権としては、テロリストには屈しないという決定をするだろう。それは原則的には正しい。だが、上記の通り、中東和平を遠ざける方向で中東にコミットしたことにより、日本国民には多きな危険が及ぼされることになる。人質にされた方々も交渉道具にされることになってしまった。集団的自衛権の行使は、中東を想定しているのは明らかだ。それによって、さらに日本国民の安全は失われることになる。安倍首相は、中東和平を促すと言いつつ、内実は、、中東の人々のことだけでなく、日本国民のことも全く考えていない。

国民の安全保障が疎かにされている 

先日のNHKクローズアップ現代で扱っていたが、非認可の老人介護施設が、かなりたくさんあるらしい。環境は劣悪で、介護スタッフも十分と言えない、そのような施設だが、医療機関や行政からの要請で入居者を受け入れているようだ。公的に認可された介護施設に入れぬ高齢者がたくさんいるということだ。

介護報酬の切り下げが行われることになり、介護保険を用いる介護施設のなかには立ち行かなくなるところも出てくるだろう。非認可介護施設は、今後とも増え続けるのかもしれない。特に、高齢化が今後急激に進む、東京等大都市では、介護施設の不足がより際立ってくることだろう。

介護スタッフが全国的に足りなくなる、という下記の報道。平均給与が20万円をわずかに超えるだけの収入で、どうやって介護スタッフが生活できるというのだろうか。「確保策を強化する」ということは、文字通り「行政の確保する姿勢を強化する」、「そのように見えるようにふるまう」ということなのではないか、と勘繰りたくもなる。

竹中平蔵パソナ会長の率いる、経済財政諮問会議では、外国人による介護を考えている、という話もある。外国人を労働力として呼び込み、低賃金で働かせる積りなのだろうか。そのための介護報酬切り下げか?外国人を介護スタッフとして呼び入れることは、それはそれで、また大きな問題になりそうだ。パソナのような人材派遣業社が甘い汁を吸うだけになるのではないか。利益相反の立場にある竹中平蔵のような人物が、こうした重要な政策で自らに利権を呼び込んでいるとしたら(それは大いにありうる)、それは犯罪だ。

もう一度繰り返すが、300兆円近い内部留保を貯めこんだ大企業に対して、毎年1.5兆円超の法人税減税を新たに行う。それと、こうした貧しい介護政策との整合性はどうなのか、是非安倍首相に伺いたいところだ。、安倍首相は、国家の安全保障にいたく熱心だ。しかし、社会保障制度は、国民の安全保障なのだ。彼には、国民の安全保障の視点が抜け落ちている。

以下、引用~~~

介護職、30万人不足 確保策強化へ 25年度政府推計

記事:朝日新聞
15/01/17

 「団塊の世代」がすべて75歳以上になる2025年度に、介護職員が全国で約30万人不足する恐れがあることが厚生労働省の調査でわかった。厚労省は人材確保策を強化する方針だ。

 厚労省によると、介護職員は13年度で非常勤を含めて約177万人いる。

 厚労省は、各自治体に介護サービスの需要や確保できる介護人材の数を推計してもらった。その結果、25年度には最大約250万人の介護職員が必要と見込まれるのに対し、確保できるのは220万人ほどという見通しになったという。

 厚労省は15年度から介護職員の子育てによる離職を防ぐため介護事業所の保育施設運営費を補助したり、人材育成に積極的な事業所を公的に認証する制度を始めたりする。(蔭西晴子)

行政による医療支配 

医師が専門医たるにふさわしいことを各専門学会が認定し、専門医の称号を、これまで医師に与えてきた。ペーパーテストで何が分かるかという疑問がないではなかったが、それでも専門家が医師の技量を判断することにある程度の理屈はあるように思えた。

ところが、行政サイドから、専門医の技量にバラつきがある、統一した専門医制度に改めようと働きかけがあり、各学会は、あっさりそれを受け入れた。実際のところは、各学会が専門医を認定し、それを新たに作られた「日本専門医機構(以下、機構と省略)」という組織が、専門医の称号を授与する、という形式になるようだ。

これでは収まらず、各学会を機構の「社員」とするという提案がなされている様子。

何のことはない、行政の作る機構下に、各学会が配属されることになるわけだ。学会は、機構に対して、入会金と年会費を払うことになる。専門医授与に対する対価を、機構が医師に求め、さらに継続に対しても金が必要になるのだろう。

行政がこの機構を立ち上げた目的は;
各学会を配下に収める
〇医師を専門医という資格で支配する・・・専門医の資格で、診療報酬、行政手続き上のメリットを与え(恐らく、経済的メリットは小さいはず)、専門医を持たぬ者には経済的なデメリットが生じるようにする。
専門医の数、配置を将来は行政が決めることができるようにする
天下り先の一つにする

すでに、難病の公的支援を得る際の診断書は、専門医でなければならなくなっている。何故専門医認定に行政が関与しなければならないのか、全くもって不可解である。機構は、学会が叛旗を翻せば、すぐに立ち行かなくなると思われるが、学会のボスも行政から丸め込まれているのだろう。

行政による、医師、医療の支配体制は、以前予測した通り、以下のように進行しつつある。

医療事故調・・・医療事故の側面から、医療を監視し、支配する
日本専門医機構・・・医師の資格の面から、医師個人を経済面、人事面を通して支配する
日本医療機能評価機構・・・医療機関を支配する、産科補償制度による大規模な内部留保の獲得

各機構は、厚労省官僚の天下り先になっている。

医療現場にいる医師諸兄姉にとっては結構大変な状況のような気がする。それとも、若いころからせっせと独楽鼠のように働き続けさせられてきたので、このような行政による支配にもあまり痛みを感じないのだろうか・・・。だが、行政のこの野望は、医療を確実に劣化させる。劣化させて、それを補うと称して、新たな支配構造を持ち込む。それが彼らのやり方だ。

CW界で進行中の事態 

アマチュア無線、ことにCWのアクティビティについて、繰り返し記していることだが、最近、ほぼ確実にこれが言えるのではないかと思うようになった。

私の考える流れはこのようなものだ・・・

1)アマチュア無線人口減少およびCWという技能にチャレンジするハムが少なくなる。
                       
2)そのアクティビティ低下に対処するために、コンテスト、アワードさらにはオンエアーミーティングがぞろぞろと企画される。これらの催しは、アクティビティを物理的に上げる方法である。ハムの「内的必然性」ではなく、クラブへの所属、単なる競争意識からアクティビティが上がる。

3)当該時期、バンドは一時的ににぎわう・・・ここで重要なことは、そうでなくても少数派の「普通の交信」を楽しむハムが、居場所を失くしてアクティビティを下げること。

4)当該催し物が終わると、その反動として、それらに参加していたハムはアクティビティを下げる。表面的な充足感と、「疲れ」が彼らに訪れるからである。2)のアクティビティ刺激策は、やがて飽きをもたらし、通常の刺激には反応しなくなる。

この1)から4)へ進むサイクルを際限なく繰り返し、そのたびに全体のアクティビティは徐々に下がり続ける、というらせん状の下降運動をすることになる。

毎週末になると、どこからともなくコンテストの呼びかけが聞こえてくる。今日も、少なくとも三つのコンテストが同時進行中である。

良い悪いという判断は置いておき、これが現実に進行している事態なのではあるまいか。

介護の切り捨て政策 

介護報酬マイナス改定について、現場を良く知る方の批判である。

入院医療をできるだけ短期間にして、その後の慢性期医療を介護施設ないし在宅で行おうという国の方針にも反する。

介護施設の内部留保についての議論も納得できる。マスコミは、介護施設の内部留保の中身について何も報じない。要するに、介護報酬を減らすために財務省がでっち上げた議論であることが分かる。

現在、政府・日銀の政策で物価上昇が続いている。その環境下での介護報酬マイナス改定は、介護施設、そので働くスタッフにあまりに重い。一方で、大企業を主な対象とする法人税の減税が、計1.5兆円以上も計画されている。納得しがたい政策だ。

今後介護を受ける、または在宅介護を利用する国民一人一人に、介護の貧困化という形でこの政策が影を落とすことになる。もう一度記しておこう。消費税を5から8%に増税する際に、安倍首相は、増税分はすべて社会保障に回す、と明言していた。介護の切り捨てを行うとは一言も言っていない。

以下、神奈川保険医協会サイトより引用~~~

介護報酬マイナス改定を厳しく指弾する

現場の士気を砕き、冷水を浴びせる

2015年1月17日(土) 桑島政臣(神奈川県保険医協会政策部長)

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 1月14日、介護報酬をマイナス改定とする次年度予算案が閣議決定された。全産業平均より月額「10万円も」低い賃金で働く介護現場へ、この「マイナス改定」のメッセージは重く響き、ギリギリで踏ん張っている現場職員の士気を確実に挫き、砕くことになる。当然、労働集約型産業、人的集約産業である介護サービスの質を落とし、介護事業所の存立さえ揺るがすことになる。2025年問題に対応する国策、地域包括ケアの構築にも逆行している。不理解による乱暴な議論の下、マイナス改定となった経緯も看過できない。われわれは、この介護報酬マイナス改定と暴論での政策決定に断固抗議する。

 介護保険は、介護の社会化、介護地獄からの解放の世間の期待を背に受け2000年4月に制度がスタートした。5回の報酬改定(03年:▲2.3%、05年:▲1.9%、06年:▲0.5%、09年:+3.0%、12年:+1.2%)の累積で▲0.6%となっており、2000年時点の水準すら割り込んでいる。制度発足当初、必要な介護サービスの6割をカバーする水準からの出発であり、決して「潤沢」ではない「不十分」なサービス状態が起点だったことが忘れ去られている。今回、改定率▲2.27%となったが、これで累積▲2.85%となる。介護心中、介護虐待は依然、後を絶たない。孤立死は社会問題化した。

 介護事業は人件費率が6割、7割と医療以上に高い、個別的対人的サービスである。マイナス改定は、介護現場で働くものの将来を暗くする。全産業平均給与32万円(月額)に対し、介護現場は22万円と10万円も低く年間120万円もの格差がある。介護保険制度以前の措置制度の時代より一貫して低いままである。報道では加算措置の拡充で職員一人あたり月1万2000円を積み増すとされているが、基本サービスの報酬が大きく下がるため、「賃上げ分」を増額しても「基本給」が下がることとなり、総額で賃上げとならないことは関係者には自明である。しかも、利用者と相対する直接処遇職員、つまり介護職員に関する加算であり、ケアマネジャーや看護師、生活相談員、調理師、事務員など全職員の半数を占める間接処遇職員の賃金に関しては無視されている。世間を欺く「朝三暮四」である。

 この引き下げにより、総額2270億円、国庫1180億円の負担軽減と無邪気に讃え、政府の説明を鵜呑みにした報道も目につくが、介護サービスの質が落ち、薄氷を踏む事態に陥るだけである。「マイナス改定」は、この「社会」が下した介護現場への「評価」、「烙印」である。

 今次改定に向けた財務省の審議会や、経済財政諮問会議では、企業と社会福祉法人との会計の違いや財務特性の不理解に胡坐をかいた、特別養護老人ホーム(特養)の内部留保2兆円が槍玉に挙げられた。社会福祉法人の内部留保は施設などに既に使われた財産を含み、現金・預金が全てではない。特養は基本金が必須であり、ほとんど当初の基本金は施設建設、設備整備に投入され、減価償却39年で40年後にゼロとなる。ゆえに、その分の保有は必然である。施設・設備に使途限定の国庫補助金も架空収入とし繰越しとなる。しかも施設の建替費用、職員の年功に応じた賃金上昇分などは、「事業継続」「再生産」に必要な合理的な内部留保であり、当然である。これらは、余剰でも何でもない。

 非正規労働者の大量創出により、賃金を切り詰め結果的に「顧客」を減らし、社会保険制度はじめ不安定な身分の層を厚くするなどで成した、大企業の285兆円に上る「内部留保」とはその内実も質も、金額も桁違いである。社会保障を犠牲にしないとの首相の意志が報じられたが、次年度は法人実効税率2.51%の引き下げで1.2兆円、16年度は累計で3.29%下げ最終的に1.5兆円を軽減し、大企業に優遇となる。

 人は石垣、人は城。介護の世界への人材集中は時代の要請である。改めてマイナス改定を指弾する。

安倍首相、自民政権の原発事故に対する責任 

この国会答弁が行われたのは知っていたのだが、ネット某所で、きちんとしたリンクつきの文章を見つけたので、記録のためにここにアップしておく。

第一次安倍内閣の時の答弁だ。

政治は結果責任の世界だ。このような答弁をした安倍首相には、福島第一原発事故に大きな責任がある。

当時の、原発安全神話のすさまじいまでの非科学性が彼の答弁にはある。

もっとも、原発が安全でないということを少しでも言えば、原発行政が崩れ去ることになったのだろうから、このように言わざるを得なかったのかもしれない。

しかし、彼には原発について何も語る資格はない。ましてや、再稼働の是非を云々することはできない。


以下、恐らく衆議院の記録から引用~~~

2006年12月13日 衆議院議員 吉井英勝
巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a165256.htm

2006年12月22日 内閣総理大臣 安倍晋三

巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問に対する答弁書
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b165256.htm

Q(吉井英勝):海外では二重のバックアップ電源を喪失した事故もあるが日本は大丈夫なのか
A(安倍晋三):海外とは原発の構造が違う。日本の原発で同様の事態が発生するとは考えられない

Q(吉井英勝):冷却系が完全に沈黙した場合の復旧シナリオは考えてあるのか
A(安倍晋三):そうならないよう万全の態勢を整えているので復旧シナリオは考えていない

Q(吉井英勝):冷却に失敗し各燃料棒が焼損した場合の復旧シナリオは考えてあるのか
A(安倍晋三):そうならないよう万全の態勢を整えているので復旧シナリオは考えていない

Q(吉井英勝):原子炉が破壊し放射性物質が拡散した場合の被害予測や復旧シナリオは考えてあるのか
A(安倍晋三):そうならないよう万全の態勢を整えているので復旧シナリオは考えていない

★自民政権 電源の長期喪失は「考慮不要」と国が太鼓判(1990年)→事故拡大の原因
安全委、「電源喪失は考慮不要」 原発対策遅れの原因か
http://www.47news.jp/CN/201104/CN2011040601000162.html

★自民政権、原子力安全委員会、全電源喪失の「対策不要」電力業界に作文指示(1992年)
http://megalodon.jp/2012-0606-0103-35/sankei.jp.msn.com/affairs/news/120604/dst12060411340002-n2.htm

★自民政権、原発を規制する立場の保安院を推進する資源エネルギー庁がある経産省内に設置(2001年)

★自民政権、損傷隠し「安全」とIAEAで報告、福島第一原発1、2号機、
福島第二原発1号機など十機の定期安全レビュー、安全確保技術基準を満たさず(2002/10/13)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-10-13/15_1501.html

★自民政権、原発の炉心隔壁や配管などがヒビ割れた状態での運転許可を閣議決定(2003年)
http://www.47news.jp/CN/200301/CN2003012801000340.html

★自民政権、老朽原発の安全運用に不可欠な耐震実証試験を廃止し実験施設を叩き売り
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/164/0037/16403010037002a.html

★自民政権、保安院と東電、福島第一の電源喪失リスクを共有するも対策とらず(2006年)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866921/news/20120515-OYT1T00457.htm

★自民政権、東電が地震専門家から大津波の警告を受けるも退けるのを是認(2009年)
http://yamagata-np.jp/news_core/index_pr.php?kate=Main&no=2011032601000722
http://photo.sankei.jp.msn.com/essay/data/2011/03/0327earth_quake_chiso/

年金資金の株による運用で生じうる巨大損失 

もう何度も取り上げた話題だが、年金資金による株式投資の問題。予想損失額が、政府から公表された。驚きの数字だ。

株式投資にはリスクが付きもの。年金資金を株式で運用する諸外国では、年金本体ではなく、所得比例部分に相当する部分のみを運用対象にしている。年金本体を株式投資するのは日本だけ。それも最大67%の年金資金を投入することになっている。株式投資運用の目的は、表面上株価を高く維持することにある。日銀もETFで株式投資をしている。これも同じ目的だ。株価は、本来、時の経済状態を反映する指標の一つで、それを政府が操作しようとすることは禁じ手のはずだ。以前、同じことを政府が行おうとしたときには、PKO price keeping operationとマスコミに批判された。が、今回は、マスコミはダンマリである。

株式運用で想定される損失額は、21から26兆円に上ることが、政府答弁で明らかになった。これは年金資金総額の最大20%に相当する。これとて、政府の試算であるから、低めに見積もられている可能性がある。巨額の株式投資は、小回りが利かないことと、GPIFが行う情報開示によってマネーゲームに長けた外国資本に、食い物にされる可能性が、極めて高い。

問題は、このような巨大な損失が出た場合の対処方法を決めていないこと。結局、年金減額、年金料増額ということになるのは明らかである。問題の先送りだ。今後増税が続く可能性も高く、このような損失を生じた場合に、年金だけで生活することはまず無理(今でも無理)となる。

これも何度も記したが、公務員の共済年金の株式投資比率は低いまま。また、長期間議員をしている政治家は、名目上廃止された議員年金を受給する資格があり、その年金額は破格に高い。年金とはいえ、100%国家予算から出る「恩給」のようなものだ。彼らが、我々の年金の運用方法を決め、実際に運用している。彼らの利権を確保するためだとしたら、倫理的に許されない。

今後、年金を受給する予定の世代の方は、よくよく覚悟しておくべきだ。株式投資により、年金財政がさらに厳しくなるその時になって、政府は様々な言い訳をするだろう。だが、問題は今進行中の滅茶苦茶な年金資金運用にあるのだ。

所謂、世論にもこの問題を批判する声があまり上がってこないことが不思議でならない・・・やはり、政府のじゃぶじゃぶの金融緩和で潤っている方が多いのだろうか・・・。


以下、日刊ゲンダイの本日の記事から引用~~~

約130兆円の年金資産を運用するGPIFは昨年10月、「国内株式」の投資比率を12%から25%に引き上げる(外国株を含めた最大投資比率は67%・・・ブログ主注記)ことを決めた。そこで民主党の長妻昭衆院議員が、運用見直しで想定される今後の損失額を質問主意書で問いただし、9日付で政府答弁書が閣議決定したのだが、その中身にビックリ仰天だ。経済「中位」のケースで、「確率95%で予想される最大損失額」は約21・5兆円となり、見直し前の損失額(約10・4兆円)と比べて2倍に膨らんだからだ。

 答弁書によると、仮に「リーマン・ショック」が起きた2008年度に当てはめた場合、損失(想定)額は約26・2兆円で、当時の損失額(約9・3兆円)の3倍近くになる。

年金の見通しは暗い 

年金の財政検証結果というデータが厚労省から公表されている。こちら。

将来の年金水準を予測するのに、様々な因子がからむので、致し方ないのかもしれないが、全般に見ずらく理解しにくい。行政の図式は、理解しにくいように作られていると受け取られても仕方ない。国民は、これでは理解できない。

給与水準が1から2%程度上昇するという予測条件は、オカシイのではないか。近年、給与水準は下がり続けている。「アベノミクス」なる借金垂れ流しが続けば、物価水準が上がり、表面上賃金があがるかもしれないが、それはそれできちんと明示すべきだ。

さらに、経済成長率、運用利回りの予測値も高すぎる。3%の運用利回りを確保するのは、至難の業なのではないだろうか。運用利回りは、株式投資を導入して、どのような結果になるのか。年金資金のように小回りの利かない資金の投資では、株式市場で食い物にされるのが落ちだろう。少なくとも、大幅な負の運用利回り、即ち元本割れが生じる可能性がかなりある。

この楽観的な見通しの図でも理解できることは、平均給与に対する年金額の比率は、どんどん下がることだ。

2006年に止めたはずの議員年金は、年金支給は続いており、100%公的資金がつぎ込まれている。我々の受給資格取得に必要な25年間に比べて、10年間という短期間で受給資格が得られ、年金額も比較にならぬほどに高い。掛け金も確かに高いのだが、それを考慮しても、年金掛け金総額を得るのに必要な年数は、我々の年金の半分程度と短いのだ。こうした年金を得ている、議員経験の長い連中にとっては、我々の年金がどうなるのか、あまり関心は持てない、言ってみれば、どうでもよいのだろう。

彼らに年金制度をまかせっきりにしておけない。この年金の予測のデータをじっくりご覧になり、議員年金と是非比べてみて頂きたい。

イスラム過激派テロ事件 

先日のフランスでのイスラム過激派同調者によるテロ、本当に許されざることだと思う。

あの事件を知り感じたことがある。

ドイツのメルケル首相が、イスラム文化もドイツの一部であると述べて、国内の融和を促した。テロリストの目的は、ヨーロッパ各国に存在するイスラム圏の人々、その同調者と、それ以外の人々の離反、反目なのではないだろうか。現に、フランスなどでは、イスラム教施設等への暴力が起き始めているという。そのような状況のなかで、メルケル首相が、あのように述べたことは、問題の本質をついていると考えた。

イスラム過激派が、あのように伸びてきているのは、一定の人々の支持があるからだ。イスラム過激派を、「殲滅」すれば問題が片付くということではない。最近知ったことだが、シリアの問題は、都市部への多数の人々の流入の問題が背景にあるという。酷い旱魃のために、農村部から大都市へ100万人ほどの人口移動が起きた。大都市では、イラク戦争による難民が100万人すでにいたのだ。大都市では人々の生活が成り立たなくなり、宗派、民族、政治的立場の違いなどが重層的に敵対する状況を生み出した、というのである。

このような複雑な問題背景があるとすると、中東の争いは、対岸のことではなくなる。旱魃の背景には地球温暖化の問題がある。さらに、集団的自衛権により、自衛隊が中東に派遣され、結果として紛争に巻き込まれるとすると、日本が、テロの対象になる。集団的自衛権の行使は、その覚悟を要求するのだ。この点からも、中東の問題は、我々自身の問題である。

我々は、メルケル首相が述べたように融和と相互理解を進めるべきなのではないだろうか。

医療介護への予算は削減、「基金」は満額で存続 

介護報酬が切り下げられる。医療の診療報酬も切り下げが既定方針のようだ。

介護施設(社会福祉法人立)の収支率が相対的に高く、内部留保も多い、というのが、引き下げる理由らしい。

中小企業と比べての話らしいが、大企業と比べたらどうなのだろうか。また、一企業で内部留保が1兆円を軽くこす企業もある製薬企業や、オーナーの収入が年収数十億円という企業もある調剤薬局と比べたらどうなのだろうか。さたに、もっと突っ込めば、景気に左右される民間企業と、公的性格の強い介護施設とを直接比べることに無理はないのだろうか。

税制上優遇されているとしたら、公的な性格があるので、過大な利益を確保し続け、その一方で、介護スタッフの給与を上げないのは問題だが、他の医療介護関係の企業・組織との比較、さらに介護施設が将来必要とするであろう、施設の修繕、改築のための蓄えは十分なのだろうか。公的な性格が、収支面だけに強調されるのも疑問を感じる。この介護報酬の引き下げで、介護内容は劣悪化し、介護スタッフの労働環境はさらに悪化する可能性が高い。

医療介護の公的な予算が減らされる一方、医療と介護のための「基金」は、各々900億円、700億円確保される見込みだと言う。この「基金」なるもの、要するに、行政が医療介護機関に金を配る組織だ。行政の医療介護業界への支配力を維持するための組織なのだろう。また、当然のことながら、基金には運営組織があり、そこには官僚が天下る。こんな組織を作るなら、その予算を、医療介護そのものに振り分ければ良いのだろうに、行政組織は、自らの支配力の温存と、利権の確保だけを考えているようだ。

ここでも、国民のことよりも、行政の利権を優先する施策が行われている。


以下、引用~~~


介護報酬2.27%下げ 9年ぶり減額改定 最終調整

記事:朝日新聞
15/01/10

 来年度予算の最大の焦点となっている「介護報酬」の見直しについて、安倍政権は4月からの引き下げ幅を2・27%とする方向で最終調整に入った。マイナス改定は、過去最大の下げ幅となった2006年度(マイナス2・4%)以来9年ぶり。塩崎恭久厚生労働相と麻生太郎財務相が11日に折衝し、正式に決める。

 介護報酬は介護保険サービスの公定価格で、3年ごとに見直される。下がれば介護保険の支出が減り、原則サービス費用の1割の利用者負担も減るメリットがある。一方、事業者がもらえるお金が減り、サービスの質が下がる恐れがある。

 前回の12年度改定は1・2%、前々回の09年度は3・0%のプラス改定だった。介護現場での人手不足解消のため、職員の給与アップなど待遇改善を図るのが主な狙いだった。

 厚労省はまだまだ改善が必要だとし、今回も当初はプラス改定を要求した。一方、財務省はマイナス4%の大幅引き下げを求めた。企業の利益率に近い介護事業者の「収支差率」は8%ほどあり、2%ほどの中小企業を上回る。介護報酬を下げても職員の待遇改善はできるとの主張だった。

 待遇改善の財源には、もともと今年秋に予定されていた消費税10%引き上げによる税収が充てられるはずだった8%への引き上げ分をすべて、社会保障に振り向ける、と絶叫していた某党党首がいた・・・ブログ主)。だが増税が先送りされ、マイナス改定は避けられないと厚労省も判断。しかし財務省の大幅引き下げ要求に、自民党厚労族議員や介護業界が「介護崩壊につながる」と強く反発し、下げ幅をどこまで小さくできるかが焦点となっていたすでに過去形・・・ブログ主)。

 (蔭西晴子、疋田多揚)

RCC 

今朝、21メガで会ったJim KF7Eが、話しを始めた途端に、Bill AA4BQのことを知っているか、と尋ねてきた。聞き覚えはあるが、特に親しい友人ということはない。Jimが言うには、QRZ.comのBillのページに、同じサイトに私がアップした文章が引用されている、とのこと。Billのページに行ってみると、確かに、拙文がそのまま引用されていた。CWには、意味のある内容を扱うものと、ゲームのように無意味な内容を扱うものがある、後者が前者を凌駕しつつある危機的な状況にある、といういつもの私の主張を述べた文章だ。どのような意図で引用したのか分からないが、きっと同感だということなのだろう・・・ま、それはどうでも良いのだが、Billのページで、RCCのサイトへのリンクを見つけた。

RCCとは、30分以上のラグチューをしたハムが取得することのできる、かってARRLが発行していたアワードである。1950、60年代、ビギナーには人気のアワードだった。以前、すでに記したことだが、中学生だった私に、RCC加入の手続きをしてくださったのが、今は亡き、Ray WA6IVMだった。ARRLからペーパーのアワードが送られてきて、アワードなど縁のなかった中学生の私は舞い上がった。しかし、その後、RCCのことはすっかり忘れていた。

2004年、RCCの応募があまりに少なくなったので、ARRLはそのアワード発行を止めてしまったらしい。すぐにSPARという組織が、その発行を受け継ぎ、ネットでpdf化した、シリアルナンバー入りのアワードを発行し続けているらしい。こちら。CW限定のアワードかと思ったら、そうではないらしい。この発行条件の緩さ、それに無償であることなど、ビギナーには格好のアワードだろう。

あれだけ苦労して入手したDXCCオーナーロールのアワードは押し入れの中、プラークはアンプの上にぞんざいにほっぽり投げられている。アワードなど縁遠くなってしまった私だが、RCCだけは何とか続けてもらいたいものだと思った。親切にしてくださったRay、よちよち歩きのCWの私に根気強く相手をしてくださった、彼の親切さを改めて思い起こしたことだ。また、RCCへのリンクを、拙文とともに貼り付けてくれたBillにも感謝である。RCCに加えて頂き、こころ震えるほどの感動をしたことが、現在の私の基礎になっていると思うからだ。

固定局・移動局という二重の免許、可笑しくないか? 

日本のアマチュア無線が包括免許にならないことを以前から可笑しいと思ってきたことはすでに何度も記した。

包括免許制度を導入しないのであれば、少なくとも、「固定局」と「移動局」の区別を止めるべきだ。

その理由は;

〇恐らく商業通信局を対象にした電波法を、そのままアマチュア無線局に適用することは、海外の法制度などをみても、国際的な標準から外れている。海外のハムに、この区別があることを説明しても、怪訝な顔をされる。

〇下記の総通の説明文にもある通り、アマチュア無線局の免許が局単位で与えられるものなので、結局はアマチュア無線局の免許人たる個人に与えられるものである。その単独の個人が運用するのに、移動する、しないで二つの免許を取る必要があるのは、不合理である。一種の税金である免許取得料金、電波使用料が二重に課せられることになり、税の公平性に反する。

〇アマチュア無線局の免許が局単位で与えられるものであり、送信機単位で与えられるものではないのであるから、移動局、固定局で設備が共用できぬ、という規定自体が破綻している。局単位で与えられるならば、設備は共用できるはず。すでに、総通の説明からして矛盾している、このような固定局・移動局の区別は廃止すべきである。

〇固定局と移動局の免許内容の相違は、固定の地点のみでの免許か、移動して運用できる免許かという違い以外には、送信出力の違いがあるのみ。移動運用時に送信出力を制限する規定を盛り込めば、すぐにでも、固定免許と移動免許の区別をなくすことができる。これは大きな行政の簡素化になるだけでなく、免許人の利便も大幅に向上する。

ネットでは、時々、この固定・移動の区別が可笑しいという議論を見かけるが、JARL等は問題にする気配もない。それでは、行政も動きようがないだろうに。移動運用での出力規制をするだけで、免許を一本化することはすぐにでもできるのにである。情けない話だ。

行政が、この免許制度の改正に動き出そうとしないのは、JARLが何も主張しないことと、これまで行われてきたことは動かさない、さらには仕事量を減らすことは行政担当部門の人員・予算の削減につながることがあるのではなかろうか。特に、変えることが良いことであっても、それまでの前例をあくまで踏襲するという行政の悪しき前例主義が改革を阻害しているのだろう。

こうした小さなことからしても、日本の将来が思いやられる。同じことが、行政のいたるところにはびこっている。

以下、総通における、固定局・移動局の説明文;

アマチュア無線局はその局の最大出力が50Wを超えると、移動して運用できなくなります。これは、送信機単位ではなく、無線局単位での制限です。そのため、免許が移動しない局になっている場合、たとえハンディー機を持っていたとしても免許状に書かれている設置場所から移動して運用することはできません。移動して運用する場合は別に50W以下の「移動する局」の免許が必要です。この場合の「移動する局」は同一呼出符号、違う免許番号になります。「移動する局」と「移動しない局」間の設備共用はできません。

「パソナ」問題をマスコミが追及しない 

先日、竹中平蔵氏が、「パソナ」の会長をしている、という事実を初めて知った。2009年以来らしい。「パソナ」は、人材派遣業の会社で、17企業を傘下に収めている。昨年、国家予算で大幅な伸びを示した、「リストラ推進」のための補助金、さらに政府が突然ぶち上げた外国人家政婦雇用などによって、「パソナ」は大きな利益を上げる立場にある。現に、前者の補助金大幅増額は、竹中平蔵氏が、政府の審議会で主張したことであった。「パソナ」の業績の伸びは、この数年著しい。非正規雇用の増大によって利益を上げているのだろう。

仁風林という名だったか、クラブを、「パソナ」が持ち、政財界の人間を饗応してきた。男性ポピュラー歌手が覚せい剤中毒になり、そのクラブで働いていた女性と愛人関係にあった、というゴシップがマスコミを昨年一時賑わした。このクラブには、安倍首相を始め自民党の大物、民主党の前原誠司氏、その他政官財の人間が通っていたことが分かっている。「パソナ」が、こうした裏の社会で、政管に食い込み、自ら利益を得てきた可能性がある。

「パソナ」の南部代表という人物には、「政商」の臭いがする。竹中平蔵氏も、明らかに利益相反の立場にあり、現に、自らの政権への影響力を「パソナ」への利益誘導に用いている。

ところが、マスコミは、これらのことを追及しようとしない。「パソナ」問題は、すでに過去のことであるかのようだ。マスコミは、こうした腐敗を明らかにすることこそがその使命だろうに。現在は、ごく一部のマスコミが時々取り上げるだけである。「政商」の類は、何時の時代にもいるものだが、それの生み出す腐敗を監視し、追及する者がいない。

米国の友人からの贈り物 

先日、Mark W6DVOから郵便小包が届いた。中身は、彼からの季節の挨拶状と、Dave、Gregg連名のクリスマスカード。彼らとは、3年前にシアトルでお目にかかっている。彼らが、週一度一緒に食事をしていることも知っている。きっと、その場で私にこれらを送る話しがまとまったのか。Greggとは個人的にあまりお付き合いはないのだが、他の二人とはしょっちゅう話す機会がある。このブログでも二人のことは取り上げたことがある。

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この楽器、彼らはチェロのつもりだったようだが、どうみてもコントラバス。でも、わざわざ送ってくださった気持ちがありがたい。無線機の横につるしておこう。あまり無線ばっかりやっていないで、時にはチェロの練習をせい、と語りかけてくれることになるのだろう。

有難い友人たちである。

ピンハネ制度が、「成長戦略」として誕生する 

ホワイトカラーエグゼンプション制度が決まりそうだ。これが、「成長戦略」の一環として出されているところが、ミソだと思う。政府は、働き方の多様化を実現する、等と言っているが、企業を成長させる、即ち表面的な生産性向上を図ることが、その真の目的なのだ。平たく言えば、企業にさらにもうけさせるための制度である。

この制度の推進者の一人である、竹中平蔵パソナ会長パソナって、オドロオドロしい、麻薬使用者が集まる政界人への饗応クラブを夜毎催していた(している)ところではなかったっけ・・・)は、テレビ番組で、日本の正規雇用労働者は、余りに手厚く保護され過ぎている、とのたまわったそうだ。そんな人物の推進する制度の中身がどのようになるか、およそ察しがつくと言うものだ。

同制度の前提として、条件が提示されているが、各々が実質骨抜きになることは陽を見るよりも明らかである。労基法さえも守られぬ職場が至る所にあるではないか。かって経団連会長は、労働者の10%にこの制度を適用すべきだと語った。すると、年収のラインは600万円程度にまで下がる。さらにそれ以下にまで適用され、最終的には全労働者が対象になる可能性が極めて高い。これは予測と言うよりも、確定的なことである。

疑問は、これが「成長戦略」として打ち出される労働政策とは一体どれだけ貧困なのか、国民はそれを支持するのか、ということだ。結局、労働者に支払うべき超過勤務手当を企業が支払わないで済ませることによって、企業が潤う制度のわけだが、これが、今必要とされる内需振興に逆行することが分からない、または分かっているが、企業献金の手前、導入せざるを得ない、というのが政府の本音か。

国民は、年金資金を株投資に当てられやがて年金が毀損されることだろう、そして社会福祉に必要とされる予算の自然増加分を切られ、一方で、法人税減税に消費税増税分を当てられ、さらに労働環境・労働条件の悪化を受け入れさせられるのか・・・アベノミクスという造語に、酔わされているのだろうか。いつになったら、覚醒するのか。


以下、引用~~~

「残業代ゼロ」対象 厚労省案 年収1075万円以上で調整

2015年1月8日 夕刊


 一定の要件を満たした労働者を残業代支払いといった労働時間規制の適用除外とする新しい制度について、厚生労働省が「年収千七十五万円以上」の人を対象とすることで調整していることが八日、分かった。同時に対象者への健康確保措置も盛り込む。厚労省は十六日の労働政策審議会分科会で、労働基準法改正案の骨子を示す。


 新制度は政府が成長戦略に明記。今月に始まる通常国会で労働基準法の改正を目指し分科会で議論が続いていた。分科会は今月中に報告書をまとめる方針だが「残業代ゼロ」「過労死を促進する」と批判する労働側委員の反発が予想される。


 政府は対象者を「年収一千万円以上、職務が明確で、高度な職業能力を持つ人」としてきた。厚労省は年収要件で政府方針を上回る額に設定、省令で定める方向だ。具体的な職種は調整中だが、厚労省は昨年十一月、分科会に対象となり得る職種として「有価証券の売買業務」「製薬会社の営業職」などを例示した。


 新制度は企業に残業代の算定基準である労働時間管理の義務がなくなる。厚労省は対象者の健康に配慮するため、従来の労働時間とは別に在社時間などを企業に把握することを求めた上で、(1)年間百四日の休日取得の義務付け(2)在社時間の上限規制(3)仕事を終え次に働くまで一定の休息時間を設ける「勤務間インターバル規制」-のいずれかを導入企業に選択させる考え。医師による面接指導も義務化する。


 新制度は「ホワイトカラー・エグゼンプション」とも呼ばれ、第一次安倍政権でも導入を目指したが、労働界や過労死遺族の反発を受け断念した経緯がある。


 <労働時間規制> 労働基準法は労働者の健康確保のため、労働時間の上限を1日8時間、週40時間と定める。労使が合意すれば時間外労働は可能だが、企業には残業代などの支払い義務がある。政府が導入を目指す新たな労働時間制度は、年収などの一定要件を満たす労働者をこれらの規制から除外。働く時間は自己裁量となり、賃金は成果で決まるため、企業に残業代の支払いや労働時間管理の義務がなくなる。






原発事故の際の周辺住民の安全がおろそかにされている 

福島第一原発による放射能汚染は、地形、気流の流れにより、北西方向が酷い。8マイクロシーベルト毎時の範囲が、原発から30kmの場所にも及ぶ。2011年11月時点の空間放射線量の地図は、こちら

この放射能汚染は、以前から繰り返し述べている通り、相対的に軽度で済んでいる。原子炉は一応稼働が停止していたこと、および汚染物質の多くは太平洋上に飛散したからである。十分可能性のある稼働中の爆発的な事故では、このような汚染では済まない。同事故直後、米国は原発から半径80km以内の米国市民に退避するように勧告した。場合によっては、それ以上に汚染が拡大する可能性がある。

政府は、原発の深刻事故による放射能汚染に備えて、半径10kmの範囲に入院患者等の退避施設を整備することにしたらしい。これまでは半径5kmが対象であった(これも驚くべきことだ)。これでは、福島第一原発事故のレベルでも対処しきれまい。さらに、一般市民の退避は一体どうなっているのだろうか。それが十分検討されている気配はない。原子力安全委員会は、決められた基準に原発が適合するかどうかを審査するのみ。原発の安全性、とくに深刻事故の際の周辺住民の安全は検討していない。この問題は、地方自治体に丸投げだと言われている。川内原発では、鹿児島県知事は、半径10kmの範囲の退避策しか検討しないと言っている。

原発周辺住民、入院患者の安全が完全に軽視されている。

以下、引用~~~

原発10キロ圏に対象拡大 一時退避施設整備に90億円

記事:共同通信社
15/01/08

 原発事故に備えて原発周辺の病院などを入院患者らの一時的な退避施設として活用するための改修事業の対象を、政府が従来の原発の半径5キロ圏から10キロ圏に拡大することが7日、分かった。2014年度補正予算案に改修工事費として90億円を盛り込む。政府が同日の自民党部会で明らかにした。

 改修工事は、放射性物質の除去フィルター付きの換気設備を病院や学校体育館などに設置。迅速な避難が難しい入院患者や福祉施設の入所者らが、放射性物質の拡散が続く間、退避する。範囲の拡大だけでなく、これまで認めていた既存施設の改修に加え、新設の場合も設置対象とする。

 12〜13年度は17道府県の149施設を対象に計311億円を計上。今後は50施設ほどを追加し、実施する。

 政府事業の無駄を見直す昨年の「行政事業レビュー」で、施設の設置基準を明確にしないまま、自治体の要求通りに予算を執行しているなどと批判が相次いだ。このため今後は、設置場所や施設の耐震性などについて基準をまとめる方針。

 また原発事故時の放射線測定を現地で取り仕切る対策官を増員するため、原子力規制委員会の定員を5人増やす。


医療費給付減、負担増・・・一方、法人税は大幅減税 

医療費用負担増の内容が明らかにされた。保険料は増え、様々な自己負担も増やされる。特に、高齢者にとっては辛い内容になっている。

同じように、介護費用の負担増も行われることは間違いない。

今後、医療介護費用の自然増に対する国家予算が毎年削られるので、こうした負担増は、今後ともに続く。

これは、先月の総選挙前に公表すべき施策だったのではなかろうか。

一方、大企業を中心として企業の法人税は2年間で3.2%減税される。1.5兆円超の大規模減税である。2年ごとに1.5兆円超の法人税減税が続くことになる。

これらの施策は、バランスを欠く。


以下、引用~~~

医療保険改革、負担ずしり 骨子案明らかに 健保組合の保険料率、上限引き上げ盛る

記事:朝日新聞
15/01/08

 厚生労働省が検討を進める医療保険制度改革の骨子案が7日、明らかになった。紹介状を持たず大病院を受診した場合の新たな負担金を2016年度に導入することや、75歳以上の保険料を軽減する特例の廃止といった負担増のメニューが並んだ。大企業の会社員が入る健康保険組合(健保組合)の保険料率の上限を上げることも盛り込んだ。

 9日の社会保障審議会(厚労相の諮問機関)の部会で内容を詰め、今月下旬に始まる予定の通常国会で関連法の改正案を出す。

 大病院を紹介状なしで受診する際の新たな負担金については、高度な医療を提供する「特定機能病院」やベッド数が500床以上の病院で負担を求めることとした。患者が集中する大病院の医師が重症患者の治療に専念しやすくする狙いだ。

 例えば初診の場合、いまは初診料2820円がかかるが、患者負担は所得や年齢によって、その1〜3割で済む。これとは別に定額負担を求め、その負担額は「例えば5千円〜1万円」との目安を示している。

 入院中の食事代にかかる自己負担額の見直しも盛り込んだ。いまは1食あたりの自己負担額は原則260円だが引き上げる方針だ。

 75歳以上の後期高齢者の医療保険料については、所得の低い人を対象にした負担軽減特例を、17年度から原則的に廃止する。特例措置の対象者の約865万人が負担増となる。一方、急に負担が増える人には「きめ細かな激変緩和措置を講ずる」としている。

 健保組合の保険料率上限は、16年度に12%から13%に引き上げる。健保組合は大企業中心で、加入者は約2900万人(約1400組合)いる。自営業者らが入る国民健康保険(国保)より、財政基盤は安定しているとされる。ただ高齢者医療制度への支援金・納付金の負担が重く、その額は健保組合の財政全体の約4割(総額3兆3155億円)に達する。約8割の健保組合が赤字となっている。

 保険料率は、3〜12%の間で健保組合ごとの判断で決めることができる。保険料率を引き上げる組合が増え、全体の1割以上で保険料率が10%を超え、上限の12%に達している組合も少なくないという。これを新たに13%まで引き上げられるようにする。保険料は労使折半で、引き上げられればその会社に勤めている会社員の負担が増す。

 一方、高齢者医療への支援金などの負担が重い健保組合を対象にした財政支援も実施する方向だ。数百億円規模の支援金を拠出することを検討中だ。

 厚労省は当初、昨年11月に医療保険制度改革の試案を公表する予定だった。だが衆院選が実施される公算が大きくなり、与党議員が後期高齢者医療制度の軽減措置の廃止など負担増の見直しに反発した。これを受け、厚労省は試案の公表を延期し、内容を再検討していた。(小泉浩樹)

 

 ■医療保険制度改革骨子案の主な内容

・自営業者らが入る国民健康保険の運営を2018年度に市町村から都道府県に移行

・高齢者医療への支援金の分担方法を変更、大企業の健保組合の負担額を増やす

・健保組合などの保険料率の上限を16年度から13%に引き上げ

・入院時の食事代の自己負担引き上げ

・紹介状なしの大病院受診時に新たな負担金を求める

・75歳以上の後期高齢者の保険料軽減特例を17年度から原則廃止

・健康増進や予防の取り組みに対する保険料軽減などの奨励策導入

・患者の申し出による「混合診療」を16年度から実施


高齢化社会の到来、認知症の増加、介護、そのコストはどうなる? 

超高齢化社会が始まっている。認知症は、老化現象の一つだから、高齢化とともに、その頻度は増す。10年後には、65歳以上の5人に1人が認知症になるという推計が出た。

認知症の方を住み慣れた地域で良い環境のもと生活が続けられるようにする、というのはとても良いことだ。だが、在宅介護では、そのマンパワーの負担と、コストが極めて大きくなる。やはり施設や、グループホームでの介護でないと、やっていけないのではなかろうか。厚労省がどのようなプランを提示するのか、注目して行きたい。

認知症がありふれた存在になる、この高齢化社会で、介護のコストをカバーする主要な資金は、年金ということになるだろう。だが、昨年秋、政府は、年金資金の本体部分の67%までを株式投資に組み入れることを決め、実行している。極めてリスクの高い年金資金の運用である。外国では、所得比例部分の株式投資運用は行うとしても、年金の基礎的な本体の株式投資による運用は行われていない。

すでにアップしたことなのだが、公務員のための共済年金は、株式投資は依然と同じ最大25%に抑えられている。国会答弁で、関係官僚は、株式投資にはリスクが伴うので、共済年金資金の株式投資運用を低く抑えると述べている。官僚が、自らの年金資金を株式投資にさほど回さない、ということは、株式投資が如何にリスキーであるかを物語っている。

年金資金は、政府が自由にして良い金ではない。国民の大切な資産なのだ。株価を維持するために、年金資金を株式投資に回しているとしたら、許されざることだ。年金資金に穴が空くと、結局国家予算で高齢者の生活を観てゆくことになる。その余裕がはたしてあるのか。寒々とした高齢化社会の将来が見える。

国民は、年金資金の運用について、当局、政治家に意見をすべきではないのか。かって、年金が積み立て式で始められたのだったが、当時の政治家、官僚の恣意的な運用で、年金資金が様々な箱ものの建設に用いられ、大きな欠損を出したことを忘れるべきではない。同じことが、今度は株式投資という形で繰り返されようとしている。

以下、引用~~~

65歳以上、5人に1人が認知症に 2025年の推計

朝日新聞デジタル 1月8日(木)3時10分配信

 認知症の人の支援を進めるため政府が策定する「認知症国家戦略」の全容が7日、明らかになった。2025年には65歳以上の約700万人が認知症になるとの新たな推計を示し、本人や家族の視点を重視した施策を進めるとしている。今月中にも正式に決める。

 厚生労働省が国家戦略案で示した推計によると、65歳以上の認知症の人は12年時点で462万人。およそ7人に1人だ。これが団塊の世代が75歳以上になる25年には、65歳以上の5人に1人にあたる700万人前後に増えるという。

 国家戦略案は25年までを対象期間とする。基本的な考え方として「認知症の人の意思が尊重され、住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続けることができる社会の実現を目指す」とした。そのために若年認知症施策の強化など七つの柱を掲げた。

原子力損害賠償機構の問題 

東電が、原子力損害賠償機構から毎月1000億円以上の資金援助を得ていることは何度か記した。資金援助総額は5兆円弱である。

この機構とは一体何なのか。国と、電力会社が共同で立ち上げた組織で、福島第一原発事故処理に要する資金を援助することを直接の目的にしている。

同機構の問題点を二つ。

ますは資金繰りの問題。既に東電に支払われた5兆円弱の資金の内訳を、同機構の資本金等と示すと、Wikipediaの情報では;

引用~~~

資本金:140億円 政府出資:70億円  
原子力事業者等12社:70億円

負担金 一般負担金(原子力事業者による積立)2011度: 815億円、2012年度: 1008億円、2013年度: 1630億円
特別負担金(資金援助を受けた原子力事業者からの返済)2011年度: 0円、2012年度: 0円、2013年度: 500億円

交付国債 賠償のための資金交付の原資として国から交付される国債。現在、累計5兆円が交付されている。

借入等 市中からの政府保証付きの借り入れや政府保証債券の発行による資金調達 政府保証枠は毎年度の一般会計予算総則に規定。2014年度の政府保証枠は4兆円。

引用終わり~~~

結局、電力会社の負担は1割前後であり、大部分は国債である。国の借金、即ち国民に将来負担が来る可能性が高い。

電力会社は、あの事故以来、原発が稼働していないため、化石燃料の支出が増えたとして、電力料金を上げ続けているが、それ以外に、こうした廃炉・復旧・損害賠償費用が必要になり、それは結局国民の負担になる。原子炉の廃炉、復旧の目途は、まだ殆ど立っていない。恐らく、今後、5兆円と同じか、それ以上のコストがかかることだろう。それは社会保障費の自然増分の30年分にも相当する。これほどのコスト負担が生じうる深刻事故、それを生じうる原発を再稼働して良いのか。答えは自ずから明らかだ。

もう一点、同機構の構成メンバーに関してである。財務省、経産省の官僚が入っているのは勿論、東大の岡村孝司教授の名前が目につく。彼は、原子力村に人材を出し続けてきた同大学原子力工学科(元)の卒業生であり、自身もアカデミズムの立場から、原子力行政に深くかかわってきた。2005年から2012年まで原子力安全委員会の委員をしている。福島第一原発事故に対する責任は、少なくないはずだ。あの事故が起きた時に、NHKで事故の解説をしていた。その解説内容は、事故の深刻さを覆い隠す内容であった。現在、原子力規制委員会の委員もしているらしく、大飯原発再稼働にゴーサインを出した検討委員会のメンバーでもある。原発再稼働を推進し、一方で、原発事故の賠償スキームの実務に当たる、どこかおかしい。原発を推進し、その挙句、深刻事故が起きたら業界に深刻な影響を与えないで済むように働く。原子力村が取り仕切る、その中枢に居続ける人物である。恐らく、彼のような経歴の方が何人も他にこうした機構のメンバーになっているのだろう。原発利権から距離をしっかりおく人物が、再稼働の可否、原発事故処理にあたるようにすべきではないのか。




K6AR、KB6VSE 

昨日から今日に掛けて、国内の空はニューイヤーパーティでにぎわっている。私は、これまで通り、そちらには出ない。これも好みの問題なので、とやかく言う積りはないが、レポートと名前の交換は、まるで印刷した年賀状の交換にように感じるのだ。年賀状も、近況報告の文章を記して出している。形よりも中身というわけだ。

朝の21メガが、北米に良く開けており、毎朝のように出ている。一頃使っていたバグキーは、二番手のキーとして、やはり話す内容をたくさん送れるエレキーが一番の出番だ。昨日の朝は、Jim K6ARとの交信が印象的だった。私が、今年の抱負として、何か社会的な活動に関わりたいと言うと、彼はSan Diegoの大学で、経営における意思決定についてのクラスに出る、とのこと。生物関係のベンチャーに投資をするために、そのクラスを受講することにしたとか。そのベンチャーは、遺伝子操作で、細菌にカプサイシンを合成させる事業を立ち上げているらしい。

唐辛子のカプサイシン、そうだ、私がまだ研修医だった頃(当時はバイトが認められていた)、バイト先で椎間板ヘルニアになり、腰痛で苦しんでいたところ、年配の看護師の方が、良くきくからといって、唐辛子入りの軟膏を背中に塗ってくれたことがあった、それをJimに語った。もっとも、鎮痛効果の出る前に、灼熱間が凄かったと、正直に申し上げた。カプサイシンは、末梢神経障害に外用薬として用いることになる、とのこと。確かに、帯状疱疹後の神経痛などには効くのかもしれない。こうして、身近な課題を抱えて、大学で関連する講義を受講する。素晴らしいことだ。

私も、リタイアしたら、どこかの大学で社会科学、経済、政治関係の勉強をしたいとも思っていたが、いざリタイアすると腰が重くなってしまう。すぐには無理かもしれないが、社会人教育のような機会があれば、参加するのも良いのかもしれない。

今朝は、Steve KB6VSEがBenbowの自宅から呼んでくれた。年末は、Palo Altoの実家に帰省していた様子。元気なバグキーである。一昨年は、バグキーで50WPMを目指すと言っていたが、今回は、40WPMに目標スピードがダウンしていた。実家に向かう途中で、バンジョーを手に入れた、まだ人には聴かせられないが、練習する積り、とのこと。彼の実家は、昔4万ドルで手に入れた物件だったが、最近値上がりが激しく、同じような物件が200万ドルするという。昨年あたりから、値上がりが激しいらしい。同じ規模の家の賃貸では、月7千ドルとのこと。ベイエリアは、IT企業で働く高給取りが多いので、そんな家を買ったり、借りたりもできるのかもしれないが、若い人々には手が出なくなっている、とのことだ。バブルですね、と言うと、そうだ、との返事だった。

市場原理主値的な政策で、市中に出回る通貨の量が、どんどん増やされ、その資金が投資先を探しまわって、常にバブルを作り出している。それが経済を極めて不安定にしている、という私の印象を彼に話した。その通りだと思う、との返事だった。やはり、米国の現在の株高等は、資産バブルなのだろう。これが、また破裂すると、一般の人々に大きな負の影響を生じるはずだ。

Steveの母上が、今月下旬94歳になる由。そのお祝いのために、下旬には再びPalo Altoに向かうそうだ。

まともな交信は、もう数少なくなった。が、こうして興味深い内容の話ができることも時にある。稀なことではあるが、またこうした交信を求めて、あまり時間の浪費にならぬ程度に空に出ることにしよう。

これからの医療 

年末にちょっと目の具合が悪くなり(というか以前から悪かったのだが)、近くの眼科にかかった。窓口で手続きをして(その際に、主訴にあたる症状については尋ねられた)、しばらくすると、これまで何度かかかった眼科と同じく、検査を一式行う。視力、眼圧、角膜検査、網膜の断層撮影(?)等々である。診察の前に、この一式の検査を行うのは眼科では当然のことなのか、といつも疑問に思う。いよいよ診察が済んで、眼底も診るということになり、散瞳をかけられて、効果が出るまで20分程度待合室で待つ。スリットランプで覗かれた上に、眼底をくまなく検査。眼底カメラで写真を撮られた。で、結論は、白内障と、老化現象。説明は1分とかからぬ。

私が医療従事者だと知って構えられてしまったのかもしれない(勿論、一患者として失礼のないように医師には接したつもりだった)。しかし、質問をしたりする余裕はあまりなし。あまり深刻な状況ではないことが分かったので、それ以上説明を求めずに、診察室を後にした。

診察する前に、routineで検査一式を行うことにはやはり疑問がつく。医師たる者、病歴を聴き、簡便な検査をしたうえで、疑われる病態、疾患の診断に必要な最小限の検査を行うべきなのではないか、というのが率直な感想だ。以前、明らかに椎間板ヘルニアと思われる症状でかかった整形外科でも、診察前に、腰のレントゲンを三方向だったか撮られたのにはびっくりしたことがあった(単純撮影では、情報は少ないはず)。マイナー科では、診察前に検査をするというのが当然のことなのだろうか。やはり、医療経済から言って、また患者への負担の問題からしても、こうした検査先にありきの診察は解せない。

ただ、眼科のこの開業医の立場に立つと、診察だけでは患者単価が極めて低い、それで、検査を一通りやることと、患者数をこなさなければならない、という事情があるのかもしれない。初診で二千数百円、再診では七百円前後だったと思うが、この技術料では、医院を経営してゆくには厳しいものがあることは事実だ。あれだけ重装備の医院で、なおかつスタッフも多数配置している医療機関では、相当の収入が必要だ、

現政権は、医療費を削ることを目指している。恐らく、傾向的にすべての検査をすべての患者に行うようなことは、認められなくなるのだろう(今でも、それは厳しく査定されているはず)。それと引き換えに、恐らく、高度の検査、技術手技には、自費診療が適用されるようになるのかもしれない。そうしなければ、医療制度自体が成り立ちにくくなってしまうのではなかろうか。是非期待したいのは、基本的な医療技術(診察等の技術)への対価を正当に評価してもらいたいことと、自費診療をできるだけ限定することか。現在の歯科のように自費診療でなければ、満足な診療を受けられないということでは困る。・・・何か、医療経営者的発想と、患者の発想がごちゃ混ぜであるが、正直なところである。

医療については、これまで医療従事者、患者ともに、幸せな時代だったのかもしれない。特に、患者にとっては、一応皆保険であり、医療コストによる差別は殆どない、幸せな時代であった。しかし、これからはそうは行かなくなることだろう。医療であっても、まだ無駄はあるはずなので、それを適切に削ること、さらに医療福祉以外の領域で大きな国費の無駄遣いがある。それを削るように政治に働きかけることが、国民が行うべきことなのだろう。国の中で医療の占める位置、医療の中でお金がどのように動いているのか、ぜひ関心を持っていただきたいものだ。