Villi TF3DX/M 

先週末からハイバンドのコンディションが良好だ。日曜日には、朝、21メガで北米全体が入感していた。11時近くになり、ビッグガンのK5RCに呼ばれ、今朝はこれでお仕舞かなと思ったら、Villi TF3DX/Mからコール。ヨーロッパに、その時間帯に開けることはめったにない。それもモービルである。S7位まで振って安定して入感していた。

Villiとは、以前から何度か交信している。Oskar TF3DCと、しばしば混同してしまうのだが、モービルから出てくるのは、Villiの方だ。以前、モービルの設備で、160mでのJAとの交信を成功させて話題になった方である。あちらは、午前1時頃。奥様に何とも言われないのかと尋ねると、彼女がテレビを見ているすきに抜け出してきたのだ、と笑っていた。真夜中、海岸に出てきて無線をやるか・・・好きなんだろうな。

ご存じの通り、アイスランドへのパスは、北極を通るので、減衰が激しく、またオーロラが出るとブラックアウトになる由。今回は、フラッターも全くなく、安定した信号だ。太陽活動極期には、こうしたパスが時々生じる。それも予期しないときにそれに出くわすと、驚嘆とぞくっとする嬉しさを感じる。

ネットから拾った、彼の「シャック」。

tf3dx.htm

こんな出会いがあるから、無線からなかなか足を洗えない。

原子力規制委員会委員長 田中俊一氏 

4年前のこのブログの記事、こちら、を読み返していて、田中俊一という名前に目が留まった。原子力規制委員会委員長 田中俊一氏ではないのか。

原子力規制委員会の同氏のページにも、その「提言」が載っているので、間違いない。田中俊一氏は、日本原研の主要なポストを歴任し、福島第一原発事故前には、日本原子力委員会委員長代理まで勤めた方だ。私が当該ブログ記事で引用した新聞記事にいみじくも記されている通り、「原子力推進派」の学者だったわけだ。

田中俊一氏は、あらたな規制基準で既存の原子炉を検査し始めたころ、「この審査基準は安全を担保するものではない。」と明確に述べていた。彼ら、原子力規制委員会の仕事は、新規制基準に既存原子炉が適合するかどうかを調べるだけである、というのだ。政府が、原子力規制委員会が安全性を保障してくれると言うのと対照的というか、政府の安請負にブレーキをかける対応だと思っていた。

だが、このところ、政府の原子炉再稼働の方針に沿う言動が、田中氏に目立つようになってきた。福井地裁の高浜原発再稼働差し止めを指示する訴訟判決では、真審査基準が世界の権威から認められたもので、それが認められないと言うのは残念だ、と言っていた。新規制基準に問題があることは、拙ブログのこちらの記事でも論じた。

福島第一原発事故直後に述べた国民へのお詫びの言葉を、田中氏は忘れてしまったのだろうか。あのお詫びが彼の生き方にかかわる言葉であるなら、現在の政権ににじり寄る姿勢は出てくるはずがないのではないか。やはり、田中氏は原子力村の人間に過ぎないのではないか。、

土居慶応大学教授、その背後にいる財務省の医療費抑制策 

総合研究機構の土居丈郎慶応大学教授が、国家財政の健全化について提言をまとめる会議の取りまとめ役をしている。

土居教授によれば、医療費で3兆円弱の削減を行うべきだ、とのこと。

で、こんなことも言っている。

『もし国民の大半の人が「医療は削るな」と言い、消費税率を14~15%に上げることに賛成するなら話は別です』

またここでも消費税と、社会保障抑制削減が、カップリングされて議論している。

いわば、消費税を人質にとって、社会保障支出を減らすことを国民に迫っているようだ。消費税を8%に上げ、10%にすることが争点の一つだった前回の総選挙では、安倍首相は、消費税増税分をすべて社会保障に回すと何度も言明していた。実態はどうだったろうか。この財務省の論理が、いつまで通用すると思っているのだろうか。

高齢化の進展で社会保障費用は、どんどん増え続ける。財務省のこの論理からすると、消費税は無制限に増やさざるを得なくなる。社会保障コストが上がり続けることは重々承知の上で、社会保障コストだけを切り下げるという対応で良いのか、多数の何とか機構を立ち上げて、高級官僚の天下りを行い、それに対する行政コストが増え続けること、集団的自衛権の行使のために防衛予算を増やし続けていることなどに手をつけなくて良いのだろうか。

さらに、医療面での支出の抑制は、大学病院・公的病院の急性期病床の削減で行うと土居教授は言っている。急性期病床の削減は、入院治療を受けることができにくくなることを意味している。特に、高齢化の進んだ地域で、急性期病床を減らすと言っている。高齢者への過剰な医療は考えなければならないが、土居教授の発想は、高齢者には早く亡くなってもらいたいという財務省の本音が見えている。急性期病床削減で入院が難しくなる、それを医療現場の責任に押し付けようというのではないだろうか。

歴史的に見ると、社会保障は、国民の健康を維持することにより、生産人口、さらに兵力となる国民の数を維持するために発達してきた制度だ。言葉は悪いが・・・生産人口・兵力以外の国民は、長生きしてもらっては困る、医療を受けずに、早く天国に行け、というのが、土居教授、その背後にいる財務省官僚の本音だろう。



権力は腐敗する 

自民党は、放送倫理番組向上機構に政府が関与する仕組みを作る意向らしい。こちら

放送局を政府が免許し、さらに番組内容について政府が直接影響を及ぼしうる制度にしようというわけだ。

これで、放送業界は政府の意のままになるのだろう。

まさかそんなことが起きるとは思っていなかったが、政府自民党は、日本をファシズムの国家にすることを企てているとしか思えない。恐ろしい話である。

権力は必ず腐敗する。それを検証し、批判する報道機関・組織が、健全な国家には必要だ。わが国から、その制度的な保障が無くなろうとしている。

自民党よ、驕るなかれ。

過去の遺物にする? 

これを書くべきかどうか、迷っていたのだが・・・

JARLが唱道して、CWをユネスコの世界文化遺産にしようという運動があるらしい。

しかし、待てよ、である。遺産ということは、過去の遺物になるということだ。CWがコミュニケーション手段として、現役の生命を終え、奉られる、または博物館に陳列される存在になるという、ことだ。

JARLが、CWとアマチュア無線自体を過去の遺物にしないために、やるべきことがある。それは、免許の包括化である。現在、行政が主動して実現する「包括」免許は、「機器」単位の免許制度である。保障認定制度を温存し、特定の機器により運用可能な周波数、モードを包括的に許可しようと言うことらしい。それでは、何も変わらない。「免許人」単位で包括的に免許をするようにしなければ、包括免許とはいえない。従事者免許で許可されうる運用周波数、モードを一括免許すべきなのだ。

だが、JARLは、天下り先を確保したい行政とグルになって、そうした真の包括化を要求しようとしない。2,3年前だったか、某JARL理事のサイトを見て驚いたことがある。包括免許の定義から議論しようというのである。そんなことは、国際標準の免許制度を知っていれば、議論もへちまもない。その理事が無知なのか、それとも一般会員を惑わすために、そんなことを今更記しているのか。

機器単位の包括免許は、アマチュア無線機器メーカーと、行政のための制度になる。機器単位で、「保障認定料」というヤクザのしょば代のような手数料を要求され、我々が機器に手を加えることは許されない。中学、高校の生徒たちが、こんな趣味に関心を抱くだろうか。こうして、アマチュア無線、CWは、過去の遺物になって行くのだ。

日本という国家のありようが、このことに二重になって見えてくる。こんなことでは、国の将来さえも危ないと思うのだが・・・。日本と言う国がその昔あったのだ、と近い未来の人々に思い出されるようなことにならねば良いのだが。

John 9V1VV再び 

昨夜、何度か応答のないCQを出していたが、ついにJohn 9V1VVが呼んでくれた。久しぶりである。ノイズが少し落ち着いたのか、私の信号はビームをバックに向けていて579だった。SSBの混信があるとのことだったので、ビームをフロントに向けると599まで上がった。

驚いたことに、キーが自作のバグキーであるとのこと。確か、エレキーのバグキー動作、その後はバイブロをお使いだったので、バイブロとばかり思った。わずかに打ちそこないがあったが、キーイング自体はバイブロと同等。バグキーまで自作を始めるとは、正真正銘の無線通信士である。

残念なこととして、三日前に友人のMirek VK6DXIが亡くなったと知らせてきた。心筋梗塞で突然の死去だったらしい。MirekはDXを主に楽しんでおられた方だったが、Johnとは親しく、シンガポールのアパートを購入する手伝いまでなさったそうだ。享年56歳とのこと。早すぎる死である。Johnは、Mirekが天国でCWを楽しんでいると思うと結構明るいコメントだったが、親しい友人を失くして、こころに空いた隙間は当面埋めようがないのではあるまいか。

Johnは、セミリタイアの身分で、週に4時間程、ある民間企業で船の電気設備について講義するだけのようだ。その講義をするために、歩いていくことが楽しいらしい。長く、海外または船舶上での仕事だったが、これでのんびりなさることができるのだろう。

音楽は、チャイコフスキーのオペラを良く聴いている由。バロック好きの彼がチャイコフスキーとはちょっとびっくりだが、チャイコフスキーの纏綿とした旋律美に酔っているのだろう。私は、モーツァルトの初期の弦楽四重奏曲を好んで最近聞いているとお話しした。チャイコフスキーは、オペラ作家としてモーツァルトを目指していたとJohnは教えてくれた。

もしかしたら、少しアルコールが入っていたのかもしれないが、何時もより少し饒舌なJohnであった。一頃、周囲のノイズに悩まされ、リモートで無線をするか、QRTするかしかないとまで仰っていたので、一先ずは安心である。14メガでJim W6YAとも長い時間ラグチューしたと言っていた。この調子で、時々、夜遅く7メガに出てきてもらいたいものである。

話しが前後するが、Mirekとは個人的な知り合いではなかったが、聞き覚えのあるコールである。Johnが彼の訃報を伝えてくれたとき、CWマンが一人また一人と世の中を去って行く、とJohnが感慨深げに語った。私自身もSilent Keyにいつなってもおかしくない年齢に差し掛かろうとしている。もしそうなった日には、「nutが最近聞こえないな」とちょっと噂され、その後皆の記憶からすべてきれいさっぱり消え去る、というようになりたいものだ、と申し上げた。そう、人生は一陣の風のようなものだ。・・・62歳の彼にはまだ理解できぬ感慨だったかもしれない。

政権与党が、マスメディアに圧力をかけ、マスメディアは政権与党の顔色を伺うようになりつつある 

昨夜、NHKニューs9で、集団的自衛権の恒久法である「国際平和援助法」のニュースを扱っていた。だが、愛川欣也さん逝去のニュースを長々と流したあと、ほんの2、3分簡単に触れただけだった。それも、集団的自衛権行使の手続きの議論が主で、中身の議論が殆どない。

国の形を根本的に変える法制が出来ようとしている。端的に言えば、国民に戦争へ参加すること、意味のない死を死ぬことが要求されるようになるのだ。その議論が、あたかも小さなニュースであるかのように扱われている。これは、集団的自衛権の本質を国民から隠したいという政権の本音を慮った、NHKの「自主規制」以外の何ものでもないのではなかろうか。

マスコミは、問題の所在を示し、国民にそれを知らせるということに関して、委縮している。マスコミの多くが、本来「持てるもの」の側に立っていることも問題だが、現在、政府・自民党からの圧力がマスコミに対して隠然と、さらn公然とかけられ始めている。政権政党が、テレビ局を呼び出し、その番組について「意見」を聴くということが行われようとしている。放送免許の授与者である側の政党が、テレビ局に対してそうしたことを行うのは、政権に批判的な報道をするなと「圧力」をかける以外の何ものでもない。こうしたことは、これまでの政権は謙抑的であったはずだ。マスメディアが、政府権力から独立しえない制度と、現政権の強権的な手法が、国民の知る権利をないがしろにしている。

古賀茂明氏の外国特派員協会での記者会見。



Summer VE5SDH 

Summer VE5SDH と初めてお会いして、それほど時間が経っていない。2年近くまえのことだったか・・・。21メガのCWだった。Summerというお名前で女性の方かと思ったが、直接尋ねるのも失礼かと思っていた。その後、Don WB6BEEが彼女が確かに女性であることを教えてくれた。

まだ数えるほどの交信しかしていないのだが、女性であるということだけでなく、視覚障碍者であるということ、それにCWを覚えてまだ2,3年しか経っていないことが強く印象に残っている。無線の公開運用を行っている場に居合わせ、無線をやってみたい、特にCWをやってみたいと思ったそうだ。周囲に助けてくださる方々がいて、すぐにCWの世界に入ってこられたようだ。現在のところ、25WPMの速度が最大巡航速度とのことだが、普段の会話をするには十分だ。

アパートの屋上に12mほどの垂直エレメントを上げ、直下にチューナーを入れて、各バンドに出ているらしい。家主によくぞ承諾を得られたものだと感心する。7メガでも交信したことがあるが、ベアフットなので、やや厳しい。やはり21メガが一番良いようだ。VE5は少し内陸の地域なので、パスが北極圏に少しかかるのだろうか、同じ時に入感する西海岸の局に比べると、開く時間が短いような気がする。バグキーの操作がとても上手で流れるようなCWを聞かせてくれる。

Donが彼女についてのネットでの記事(恐らく新聞記事)を送ってくれたことがあった。幼い時期に網膜芽細胞腫で両眼失明なさったらしい。その後も、おそらくは結構苦労なさって今がおありになるような記事だった。目で見える比喩の表現をついしてしまうと、友人が恐縮して彼女に語ることがあったが、彼女は構わない、様々な表現で語ってほしいと答えていたようだ。

彼女との交信が気に入っている理由、一つは、分からない時に、何々が分からなかったと必ず尋ねてくださることだ。それで交信のテンポが可笑しくなることはない。お互いに理解しあって会話が成立していることで、交信が意味のあるものになっていることを実感する。少し遅いと謙遜される巡航速度だが、それがバグキーのキーイングにピッタリで聞いていて心地よい。私の解読するテンポにも合っている。また、一回一回の送信が長くならず、てきぱきしていることも好ましい。とても、無線を始めて2,3年しかたっていないとは思えぬ運用である。

なかなか得難いCW girlである。

財政破綻が忍び寄っている 

藤巻卷史氏が、週刊朝日の最新号で、ハイパーインフレが到来する可能性について記している。こちら

1985から89年までがバブルの時期だった。その際に、消費者物価指数は0.何パーセント台の伸びだったが、土地と株式が異様な上昇を見せた。その時に、現在の状況が似ている、ということだ。確かに、アベノミクスなる際限なき金融緩和開始後、消費者物価はさほど上がっていないが、土地と株式が大きく値を上げている。

このバブルを鎮めるために、金融緩和を止めると、国家予算の4割が確保できなくなる。国が,発行してい国債153兆円の内110兆円分を日銀が引き受けている。それができなくなると、国債価格は暴落、長期金利が高騰することになる。財政破綻である。

そうした破綻を避けるために、現在の金融緩和を続けると、バブルはますますひどくなり、結局ハイパーインフレに達する。

という筋書きのようだ。

日銀総裁は、金融緩和からの出口戦略は時期尚早だとして語らない。「出口戦略がない」というのが真相なのではあるまいか。

1980年代のバブルは、日本にまだ体力が残っている時期だったから、やり過ごせた(それでも、かなり長期間の経済後退を生じ、銀行がいくつも潰れた)。今回のバブルでは、国の財政余力はなく、社会保障需要の高い超高齢化社会に突入しつつあるので、ハイパーインフレになる可能性が極めて高い。

ハイパーインフレを乗り切る方法は

〇預金封鎖、増税などにより、国民資産を国家に強制的に移転する。これはすでに実現しつつある。
〇国が債務不履行を行う。
〇戦争を始める。

等であろうか。画期的な技術革新による経済発展も可能性としてはあるかもしれないが、現状で考えにくい。現政権は、農業や医療介護を、株式会社化すること位しか、経済発展の方策を持っていない・・・それも、すべて失敗することは、歴史が証明している。どの方策を取るにせよ、国民に大きな痛みを強いることになる。

そのハイパーインフレの時期をいかに乗り切るかを、我々は考えておく必要がある。

トマト栽培 

毎年、トマトの栽培をトライして、あまり上手く行っていない。一番の問題は、梅雨の時期に病気にかかってしまうこと。連作は、場所がたくさんあるので、避けることができるが、雨をしのぐか、病気の予防に薬剤を噴霧するか、悩ましいところだ。

今年は、早めに栽培をして、梅雨までにある程度収穫することを目指したい。今月末までは、遅霜の恐れがあるので、それまではポットで栽培する積りだ。後で、病気に強い、接ぎ木された苗も購入する積り。あと、育てやすいミニトマトも植えよう。

種をポットに蒔き、室内で新聞紙をかけておいたら、ひょろっとした苗が出てきた。外気に当て、太陽光を十分浴びせる。

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さて、育ってくれるかな・・・。

シリア Yarmouk難民キャンプの悲劇 

最近知ったことだが、シリア ダマスカスの南にあるYarmouk難民キャンプで、悲惨な状況が進行している。

同キャンプは、反政府派が占拠し、反政府派同志の戦闘、さらに政府軍が外側から攻撃を続けているらしい。18000人の避難民がおり、うち3500人は子供だそうだ。食料・水が足りず、餓死者も出ている由。報道の一つ、こちら

このキャンプに対して食糧援助を続けているUNRWAが、アピールを出している。UNRWAサイトから寄付ができる。UNRWAに対して、わが国の政府も財政的にコミットしているようだが、何故こうした事態により積極的に動かないのだろうか。「テロへの戦い」は、こうした場で食糧援助等の地道な努力でこそ行われるはずではないのか。

所謂、テロ組織への資金は、パキスタン等の宗教学校経由で送金されていると聞く。また、武器が、どこかの死の商人から中東に売られているはずだ。こうしたところに、どうしてもっと積極的に手を付けないのだろうか。安倍政権は、米国の尻尾にくっついて、自衛隊を中東に派遣することだけを考えている。中東問題が、軍事的な関与で解決するとはとても思えない。他にやるべきことは多くあるはずである。

狂っている 

自民党現政権は、やりたい放題である。

教科書検定に際して、政府の見解を入れることを実現させた。その内容の是非は置いておくとして、教科書の内容に政府見解を加えることは異常である。教科書は、その時々の学問的な業績に基づくべきであって、政治的なプロパガンダであってはならない。

また、最近、とある民放テレビ局のニュース番組のコメンテーターを、降板させるように政府が働きかけたという。そのコメンテーターは、シリアでの人質事件で安倍政権を強く批判したためと言われている。その批判の当否は置いておくとして、「放送法」を振りかざして、官房長官がその放送局に圧力を加えるというのは、権力の乱用以外の何ものでもなく、異様だ。

自民党の「国際情報検討委員会」が、NHKに代わる新型国際放送の創立を提案している、という。、「従来のNHKワールド等の枠内では報道の自由など基本的な制約が多いため、今日の事態に十分対応出来ない」ためだと、同委員会は言っている。放送・マスコミや、教育は、時の政権、権力から距離を置くというのが、これまでのわが国の在り方だったのではないか。この委員会の言う国際放送が実現したら、それは某独裁国のプロパガンダ放送と同じになってしまうではないか。教育や、マスコミが、時の権力と一体化し、国民を誤った方向に導いたという痛切な反省から、そうした領域が、政治権力から距離をおくように制度設計されてきたはずだ。それを、一気にぶち壊し、自分たちに都合の良いように改変しようとしている。

狂っているとしか言いようがない。

アメリカも官僚国家なのか・・・ 

昨日、21メガでAlan AC2Kに会った。シアトルで一番activeな局である。それでも、数か月ぶりだったか。シアトルでは、異常に暖かい冬だったそうだ。夏になって、山間部の乾燥が進み、山火事がおきないか、心配だと言っていた。

お会いした日に、彼はシアトルの共通の友人、Steve W7QC、John W7FUと昼食を一緒にとった由。もうすぐ3年前になろうとしている、シアトルでのミーティングでお目にかかった方々である。Johnは、仕事が忙しく、また無線ではSDRを熱心に研究しているらしい。彼とは3年前に直接お会いしてから、無線で会っていないような気がする。

問題は、Steve。以前からノイズに悩まされ、それが近所・・・数百m離れている・・・から出ていることが分かった。その家で、どうも違法の麻薬栽培がおこなわれているようで、その光源から出るすさまじいノイズのようだとのこと。ここまでは以前聞いていた。で、SteveがFCCに相談してみたが、FCCでは人員が足りないから、対応できぬとの返答だったらしい。Steveは、生まれ故郷のアイダホに戻ることも考えているらしい。だが、お子さんが二人シアトル近傍にいらっしゃり、お孫さんもいる。そう簡単には引っ越すというわけには行かないのではないか、とAlanは思っているそうだ。

AlanがSteveに試みるように勧めた方法の一つは、地区選出の国会議員に相談すること。現在、FCCの予算編成中なので、FCCも国会議員からの指示であれば動くのではないか、とAlanは言う。Alanは、仕事上、役所と対応することが多いので、きっと自身の経験から、このようにSteveに勧めたのだろうが、それにしても、驚きである。アメリカという国も、官僚国家なのだ。官僚を動かすには、政治家、ということなのだ。

それだけのノイズ発生があれば、周辺で同じノイズによるトラブルが起きているはずなので、そうした方々と協同して、FCCに善処を依頼してみたら、というのが私の考えだったが・・・やはり政治家の方が早道なのか・・・。

あれだけ無線に熱心だったSteveにしたら、大きなストレスだろう。日本でも、ソーラー発電のDAコンバーターからのノイズが無線の障害になっている話しを時々耳にするようになってきた。他人ごとではない。Steveが、あの美しいシアトルの町に住み続け、無線も楽しめるようになることを祈りたい。

無線への飽きか、それとも飽くなき追求か・・・ 

最近、ブログなどで、無線について否定的な意見を私が述べることが時々ある。ある米国の友人が、私があまりにactiveに出ているために、「飽き」が来ているのではないか、とメールで言ってきた。私が、あまりにprolificである、と彼は言う。確かに、そうかもしれない。が、良く考えてみると、交信できて良かったと思える出会いがあると、それで満足して無線機のスイッチを落とすことが多いようにも思う。なかなか周囲で見つけることができない「青い鳥」を求めて、CQを出し続けるということだ。得難い交信を一つでも経験すると、そこで満足してスイッチを落とす。残念なことに、そうした出会いはさほどないのが、現実なのだが・・・。

今日は雪が降っており、外の仕事はなし。昼休み、チェロの練習に飽き、無線機のスイッチをいれた。W9の局が14メガで良く入っている。UAと交信を終えた彼を呼び、簡単な交信。その後、Jim K6ARが呼んでくれた。最近は以前ほどCQを出さないようにしている。RBNでモニターして、私の交信をワッチしている友人がおり、それがもう一つ感じが良くない。で、Jimとは、喜んでQSYして交信をはじめた。

Jimは、以前に記したとおり、大学で経済のクラスに出て良い成績で終了した由。同じ教授の下で、今度は、会社のキャッシュフローの状態から、他の会社との経営状態の比較をするというテーマのクラスに出る由。もう、71か72歳だったと思うが、素晴らしい向学心。これは抽象的な勉強好きということだけではなく、投資をする上で、そこで得た知識を利用するためだそうだ。

こうして、勉学を続けるのは、老いに対する不安感もあるのだ、という。知的な能力が衰えるのではないか、という不安感。私も、それは同じように感じる、と申し上げた。適切な運動、食生活とともに、こうした知的な活動は、老化を防ぐうえで、一定の効果はあるだろう。だが、残念ながら、それだけで老化の到来が決まるわけではない。遺伝的な因子など、不可抗力の因子がある。我々を圧倒するような不安の思い、それを彼と共有する。だが、不安は、今日だけで良いのではないか、明日の不安はその日に思い煩えば良いのではないか、と思うのだ、と申し上げた。これは新約聖書に語られている言葉でもあるのだが、私は最近この思いを強くする、と申し上げた。彼が、その態度に共感を示してくださった。今日も、会って話すことができて良かった、と言ってくださった。

彼は近々奥様ともども、シアトルの近くの島を訪れ、お子さん方と一週間を過ごす予定とのこと。楽しい日そ過ごされるようにと申し上げて、お別れした。

そう、こうした、人生の機微にちょっとだけでも触れることができるような出会いがあれば、私は満足して、無線機のスイッチを落とすのである。

日本専門医機構 

上記機構が、いよいよ動き始めている。専門医資格の「標準化」が必要だとして、専門医資格認定・更新権限を、学会から、同機構に移転させるのだ。その方針が、こちらで公表されている。

医師は研修終了後、どれかの専門医資格をとる、その認定、更新は、同機構が行う、ということだ。更新には、診療に従事していること、5年間で50時間以上の更新研修を受けることが要求されている。

同機構の長には、慶応大学の教授だった方がついているが、初代の長が元の日本医師会会長だった日本医療機能評価機構と同じ構図で、理事等には天下り官僚がなる可能性が高い。

新規認定には、研修実績の証明と、恐らくこれまで通りのペーパー試験、更新のためには、On job trainingと称して、研修病院での実習も組まれるようだが、メインは書類審査ということのようだ。両者の認定は、専門家で構成される委員会が担当するらしい。その両者ともに手数料というコストがかかる。結構な高額のようだ。既に診療報酬上、専門医資格が必要とされる項目が設定されているようだ。今後、専門医資格を取らなければ、診療報酬上差別する可能性が高い。馬車馬の前に人参をぶら下げる構図だ。

この新制度に対する疑問は

「新制度でも、専門家が専門医の認定、更新を行うということは、結局、形式だけ学会から独立しただけで、専門医認定という学会の収益制度を、日本専門医機構が学会から奪うことに過ぎないのではないか。」

ということだ。これまでの専門医資格が標準化されていないとしたら、標準化のための指針だけを公表すればよいことだ。これまでの専門医認定、更新の「利権」を、官僚機構が奪うための制度変更と言わざるを得ない。

これまで、官僚機構は、「医療機関の機能評価組織」、「産科医療の補償制度」を自らの利権のために確保してきた。医療機関の機能を評価し・・・繰り返し述べている通り、殆ど意味のない制度・・・さらに、重要な産科医療の補償制度で、100億円以上の内部留保を貯めこんでいる。一旦作り上げた、組織、制度には、どんな批判があろうとも、変更はしない、それらが、官僚にとっての重要な利権制度、組織になっているからだ。そこに、医師個人の能力評価の組織、制度をその利権体系に加える、ということなのだろう。官僚機構が医師個人の能力評価なぞそう簡単にできるはずがない。形式的なペーパ上の審査は、学会の専門家に丸投げ、自らは専門医資格認定・更新に伴うコストという利権を入手する、ということだ。これで、医師の生涯に渡る管理、彼らから専門医更新に伴う上納金を一生涯集金する機構が出来上がる。

この官僚的な組織、制度が、日本の医療を改革するとはとても思えない。日本という国家が、官僚の利権を集める場になる、という永続的な自己目的運動の一側面が完成する。こんな制度を作っていて、いつまでこの国が持つことだろうか。

患者申し出療養制度が実現すると 

患者申し出療養制度が、来年から実施される。わが国で未承認の薬剤や治療法を、患者からの申し出により、自費で診療に用いることができる、という制度。

がんセンターが、未承認薬の月当たりのコストを一覧にしている。こちら

驚くべきことに、ほとんどの薬が、月100万円を超えている。一年にすると1000万円超となる。これは、普通の患者にはまず払えない.。

このような高価な薬剤を用いる場合に備えて、民間の医療保険に加入する必要が出てくる。その保険は、保険会社からすると、利潤が出るように設計されるから、かなり高価な保険商品を我々は買わせられることになる。他の経済活動と異なり、命がかかわる医療については、経済合理性が成立しない。命が長らえるとなれば、すべての資産をそれに費やすことになる。

結局、この制度で旨みがあるのは、保険会社である。以前のポストにも記したとおり、医療保険は外資系の利権領域になっている。国民の資産が、そうした外資保険資本に奪い去られる。

医療を成長戦略にする、とはこうしたことなのだ。

普天間、辺野古の問題は、我々の問題だ 

普天間基地の撤去と、辺野古への移転について、政府が語るとき、必ず強調されるのが、「抑止力の維持」、「普天間の危険性の除去」である。さらに、政府は沖縄に「経済的支援」を行い沖縄の発展を促すという。この経済についての発言は、政府からの補助金がなければ沖縄は困るだろう、という脅しを言外に含んでいる。

沖縄の求めていることは、国土の0.6%しかない沖縄に、全駐留米軍の74%を配置するのは止めてほしいということに尽きる。第二次世界大戦終了直前、唯一地上戦が戦われた同県では、県民の4人に1人が戦闘、自決により命を落とした。その後、日本が独立を回復後も、米国による統治が続き、本土復帰しても米軍基地という巨大な治外法権と犯罪の温床が残された。いい加減に沖縄に負担を負わせ続けるのは止めてほしい、という当然の要求である。

辺野古に作られようとしている基地は、大型艦艇が接岸できる、新たな永続的な基地である。普天間の代わりに一時的に作るという一時的な基地ではない。沖縄の負担を軽減するという言葉は嘘である。新たな基地の負担を負わせようとする企みである。

普天間基地の危険性は、その通りだが、普天間基地に所属する航空機の事故のうち、普天間基地周辺で起きているのは2割程度に過ぎない。嘉手納基地等でも同じだが、事故のリスクは沖縄本島全土に及ぶのだ。普天間基地の危険性を覗かなくてはいけない、という政府の発言は、現実を見ていない。

沖縄の基地の軍事的な存在理由は、小さくなっている。普天間基地の海兵隊の大多数はグアムに移転し、現在残っている海兵隊員は1800名ほど。世界中どこかに海兵隊員が派遣される時には、一旦佐世保に移送され、そこから派遣先に向かう。従って、普天間に海兵隊がいなければならない必然性はない。沖縄全体の米軍基地にしても、基地機能が集積し過ぎて、攻撃を受けやすくなる可能性が、米国で議論されている。米国では、海兵隊のように沖縄駐留を利権とする勢力もあるが、沖縄の米軍基地を縮小する議論も行われている、一方、日本の政権と官僚は、米軍基地を固定化することを至上命題にしている。1972年に米国が海兵隊を沖縄から本国に戻すことを提案したときに、日本の政治家と官僚が、それを止めるように要請した。海兵隊駐留の見返りとして、毎年3000億円以上の「思いやり予算」を米軍に支払っている。米中が、総力戦を戦うような戦争が起きるというのはまずあり得ない話だ。尖閣の問題も、国際問題として引き出したのは、わが国の超右派の政治家だった。尖閣は、日米安保の範囲と米国の言質を取っているが、そこで何か予期せぬ衝突が起きたとしても、米軍が地上軍を派遣する等と言うことはありえない。沖縄基地の重要性を、こうした問題から強調するのは誤りである。

沖縄経済に占める基地経済の割合は、日本への返還直後は15%ほどだったが、最近では5%程度まで低下している。返還された基地が、その後大きな経済効果を生んだ事例、さらに基地返還に伴い期待しうる経済効果の予測が、沖縄県のウェブサイトに紹介されている。民間研究者の研究でも、普天間基地、およびその周辺の民間地域各々の経済活動による収入に大きな差がある、というデータが出されている。当然、後者の方が大きい。この事実を知った沖縄県民が、イデオロギーの違いを超えて、合同して基地返還を求め始めた理由は、ここにある。また、一括交付金等国から沖縄県への補助金の総額は、決して多くはない。沖縄県が財政的に特別扱いされてきたということは事実ではない。むしろ、国の意向に従うかどうかで交付金の額を変えるという、沖縄県にとって屈辱的な扱いを受けてきた(これは、基地のある地方自治体どこでも同じ)。

沖縄県があたかも無理難題を言っているかのような論議があるが、上記の理由からそれは誤りだ。我々沖縄県以外の国民がこれまで沖縄県に負っていただいてきた重荷を共に担うのか、ということが問われている。それは、わが国が本当の独立国になれるかどうかの試金石でもある。

以下、引用~~~

辺野古移設で平行線、対話は継続

2015年4月5日(日)11時10分配信 共同通信

 菅義偉官房長官は5日午前、沖縄県の翁長雄志知事と那覇市のホテルで初めて会談し、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設について「日米同盟と抑止力の維持、危険性除去を考えたときに唯一の解決策だ」と理解を求めた。翁長氏は安倍晋三首相との面会を要請するとともに反対方針を重ねて示し、会談は平行線をたどった。双方とも対話を継続する方針だが、歩み寄りへの突破口は開けず、協議の難航は必至だ。会談は約1時間行われた。

国民を欺く政策、それに乗るマスコミ 

昨日、NHKテレビのニュース画面を何気なくみていたら、「中小企業賃上げ5000円」というタイトルが目に飛び込んできた。

最初、そんなに景気が良くなっているのか、と驚いた。が、少し調べてみると、これは賃上げした中小企業での平均であること、さらに賃上げできた中小企業は4割程度(大阪では2割5分)であることが分かった。>>その後、中小企業で賃上げをした企業の割合が、2割台であることが報じられていた。それで政府はしゃかりきになって、中小企業に賃上げを要請しているのだろう。計画経済ではないのだから、経済のファンダメンタルズに沿って動くのに任せればよいものを・・・。(4/3付記)

景気動向指数をみると、製造業、非製造業ともに、中小企業は1程度であり、決して景気が良いとは言えない。それを知っていたので、上記のニュースタイトルに驚いたわけだ。

このニュースタイトルは、あたかも中小企業も潤っているかのような印象を国民に与える点で、正確さを欠き、さらに政権ベッタリの表現である。昨日は、政労使会議で、中小企業にも賃上げを促すようにという要請が行われたと報じられている。

この賃上げの背景に何があるのかを調べたら、下記のニュースがヒットした。賃上げした企業の給与増加分の一定割合分を、法人税減税する、ということだ。「所得拡大促進税制」と名付けられている。

この方策の問題は、利潤の上がっている企業にしか恩恵がない、不公正な税制であること、さらにもっと重要なことは、景気が良くなっているかのように見せかけたい政権の意図を反映していることだ。経済の基本的な動向を反映しない、表面的な賃上げは、一過性のもので終わる。政府の経済政策が良くなっているように見せるということは、政府が国民を買収しているということでもある。

国民は、買収されるのだろうか。今国会で、雇用労働に関する法律が三つ上程されようとしている(非正規雇用に関するものは、すでに成立した)。それができると、このような賃上げが吹っ飛ぶほどの給与抑制、労働条件の改悪が実現することになる。


以下、引用~~~

中小企業、賃上げ3%以上で減税 16~17年度
政府・与党、大企業は16年度のみ4%以上で公開日時2014/12/29 1:08

 政府・与党は28日、賃上げした企業への減税策を拡充する方針を固めた。2016~17年度は12年度の給与総額に比べて5%以上賃上げした企業が対象だったが、大企業は16年度に限り4%以上でも認める。中小企業は16~17年度とも3%以上の賃上げで認める。17年4月に消費税率を10%に上げる経済環境を整える狙いがある。

 この減税策は「所得拡大促進税制」と呼ばれる制度だ。17年度までの期間限定措置として13年度に始まった。給与総額が増えた分の10%、中小企業は20%を限度に法人税から引くことができる。

 現行制度では12年度に比べた給与総額を、15年度は3%以上、16~17年度は5%以上増やした企業を対象に法人税を減額している。これを改め、16~17年度の要件を当初の予定より緩める。15年度の要件は変わらない。

 企業からは「対象となる条件が厳しい」との指摘もあった。政府は条件を緩めることで、賃上げを促したい考えだ。所得拡大促進税制による法人税の減収額は12年度に1050億円程度になった見込みだ。

 政府は17年4月に消費税率を10%に上げる予定だ。幅広い企業に賃上げを促し個人消費の活性化を狙っている。


過ぎゆく時間を眺めて 

毎日のようにスーパーに買い物に出かける。物価が上がっている。毎日欠かすことのできぬ食料の値上がりが著しい。

昨夕、NHKラジオで、この物価上昇について報じ、某経済研究所のエコノミストなる人物がコメントをしていた。値上がりの要因は、円安、開発途上国での需要の伸びなどと説明していた。彼曰く、だが、現在アベノミクスで好景気であり、給与が上昇している(詳細を聞き逃したが、安倍首相が何時も引用する指標)から、この物価上昇は、良いものなのだそうだ。

好景気等は、円安の恩恵を受ける輸出大企業だけの話だろうし、実質賃金は下がり続け、さらに年金も実質引き下げである。ま、その話は置いておくとして、マスコミがコメンテーターとして採用する人物は、押しなべて現政権を批判しない現状肯定の方々になっている。現政権は、自らに批判的なコメントをする人物を、マスコミから排除するように、裏で動いているらしい。

国の形が、内側でも、外側に向かっても、大きく変わろうとしているのに、問題を指摘し、議論する論客が、マスコミにはいない。マスコミで働く人間、特にその上層部にいる人間は、元来、「持てる」者たちなのだ。彼らは、時の政権、特に有無を言わせぬやり方の政権には、黙りこくってしまう。テレビ、ラジオで、そうした重要事項にかかわるニュースに接する度に、それを強く感じる。

それに対して、我々はどのように対応すべきなのか。一つは、印刷物の媒体をもっと重視すべきだろう。しばらく前から、岩波書店発行の「世界」を定期購読し始めた。その昔、この雑誌に、医療の診療報酬不正請求が9兆円というデマを堂々と述べた論文が載っていたことがあり、それ以来、読むのをピタッと止めていた。だが、再び読むようになると、質の良しあしは多少あるが、私の知らない情報、知見が掲載されていることが多い。最近、上梓された「沖縄 何が起きているのか」という沖縄特集の別冊は、沖縄の過去、現在、未来について多くのことを教えてくれた。沖縄県外の国民が、沖縄のことについて如何に無関心、無知であるか、ということだ。辺野古の状況も、マスコミは、時々しか報じない。我々は、まず知る努力をすべきなのだ。

新聞にも時に良い記事が載ることがあるが、総体としてみると、テレビ、ラジオと同列の記事が多い。広告料に縛られている媒体なので、仕方ないのかもしれない。

それに、ネット。これも玉石混交で、石がやや多い印象だが、横のつながりができるというメリット、誰でも発信者になれるというメリットは大きい。リテラシーをもって、ネットも活用してゆきたいものだ。拙ブログに何の意味があるのか、と時々自問することがある。積極的な意味がないのではないか、という意識がその背後にはある。でも、こうして田舎で生活する元小児科医が、世の中をどのように観たかを拙い文章で残すことに意味が全くないということはなかろう。

というわけで、もうしばらくは、このブログを続けることにしよう。