サイト・BBS『中高年からはじめるバイオリン』の終了 

表記のサイトが、今日で幕を下ろす。主宰されていたマキさんが、体調を崩し、維持管理が難しくなったのが理由のようだ。同サイトは、16年前にマキさんが、楽器(バイオリン)のレートスターターのために開設され、そのあたたかな人柄ゆえに、多くのレートスターターが集う場所になっていた。私も15年ほど前から時々お邪魔させていただいていた。同じようなサイトは、いくつもあったが、これだけ長期間、それも一定の活動を維持しながら続いたサイトは、他にないのではあるまいか。マキさんのこれまでの努力と、私を含めて集う人々へのご配慮に感謝申し上げたい。

個人のサイト、BBS、ブログは、何時は終わりを迎える。マキさんのように自ら判断し、その時を迎えるのはむしろまれで、いつの間にか火が消えるように、管理人はおろか、誰も寄り付かなくなってしまう、というケースの方が多そうだ。私のブログも、なんだかんだ書きたいことを書き連ねて、すでに9年経った。なんとなく終わるのではなく、マキさんがそうなさろうとしておられるように、きちんとご挨拶して、幕を引くことにしたいものだと考えている。

ネット上の個人のサイト、ブログ等は結局「自慢する」ためにある、と何処かで読んだ記憶がある。自慢というとちょっと語弊があるが、自ら何かを感じ、考え、観察したことを外に向かって発信したいということが、こうしたネット環境の場の存在理由なのだろう。第三者の冷静な目で見ると、やはり自慢話の一種なのかもしれない。でも、自分のことだけに拘泥した、文字通り独り言では、続かないだろうし、誰の目も引かないだろう。見解や、価値観の共有を求めて、またはそれらを戦わせるために、サイトやブログを続けるという側面も必ずあるはずだ。それを維持できなくなる、または維持できなくなりそうに自分で感じられるようになるときが、このブログに終止符を打つ時なのかもしれない。時の流れに押し流されて、どこかにふっと消えてなくなる、という運命ではある。でも、内面をすべて吐露した場ではなく、上記の意味での自慢話の類であったとしても、私の関心、興味それに対する考えを記し続けてきた場ではある。終止符を打つべき時が来るまで、もうしばらくの間、このブログは続けてゆきたい。

私信モード・・・マキさん、お疲れさまでした。何かの折にお会いできたらと念願しています。

VE7BQO/VY1 

日が短くなった。秋分を過ぎた。7メガが、早い時間帯から北米等に開ける。そして、日が暮れる前後までは、東南アジアのSSBの混信やら、OTHレーダーのノイズやらがあまり入ってこない。北米の夜更かしや、早朝起床組の局が聞こえてくる。

午後5時前、まだしっかり明るさの残るころ、Allen VE7BQOが呼んできた。/VY1という移動地がコールの後にあった。また、ユコンの川をカヤックで旅行しているのか、と思った(以前に、そうした彼の旅行を画像とともに紹介した。こちら)。だが、今回は旅行ではないとのこと。Whitehorseの近くに5エーカーの土地を得て、家を建てているところだ、とのことだった。来年夏をめどに、そちらに引っ越してくるらしい。

彼が現在住んでいるのも、バンクーバーから北東部に入った内陸部なので、それほど変わらないのかもしれないが、やはり北極により近く、生活に必要な様々な施設も近くにはないのかもしれない。一年のうち、7か月は雪に閉ざされる様子。年齢66歳にして、現在所有している家を処分し、ユコンに移住するとのことだ。奥様の反対もなし。お嬢様が来年結婚予定で、現在家を建てているところから25kmほど北に住むこと、それにユコンが大のお気に入りであることが移住を決断した理由のようだ。ご本人も仰っていたが、冒険の決断だと思う。

ノイズレベルすれすれの信号だったが、そのレベルが高くないために、何とかこのような情報を解読できた。ユコンにはVY1というプリフィックスが与えられているので、かなり北米大陸の東部に近いイメージを持っていたが、内陸の中央部であり、アラスカにも結構近い。磁気嵐による北極圏での減衰が起きなければ、また交信もたびたびできることだろう。

彼の冒険への旅立ちが祝福されたものとなるようにお祈りしてお別れした。

我が国の近未来 

製薬企業が高利益を上げていることはこのブログで度々記してきた。たとえば、こちら

その高利益構造を固定化し、さらに空前の規模まで押し上げるのが、TPPである。もし政府がそれに抵抗したら、我が国への投資の邪魔をしたと、当該グローバル製薬企業から訴えられる。

米国では、薬剤費は私費である。そのためにも高額の私的な医療保険に入る必要が出てくる。独占的な薬剤を天文学的な価格に吊り上げるなどということが行われている。下記の記事は、その典型だ。

医療福祉を充実させると、現政権は言うが、こうした高利益体質をますます固定化し、伸ばすつもりなのではないだろうか。新しい三本の矢の最初に来ているのが、「強い経済」だからだ。・・・古い三本の矢はいったいどうなったのだろうか。

以下、引用~~~

米経営者、エイズ薬を50倍値上げし物議 医療制度の問題浮き彫り
投稿者:時事通信社15/09/25

【マイアミAFP=時事】米国では近年、10万ドル(約1200万円)以上の費用がかかる抗がん剤からC型肝炎治療薬に至るまで、あらゆる種類の薬剤の価格が高騰し、批判を呼んできた。だが今週、AIDS(エイズ、後天性免疫不全症候群)やがん治療などで免疫力が低下した人々の治療に使われる薬剤の価格を一晩で約50倍に値上げした若き製薬会社経営者が、その理由を軽い口調で説明した動画が話題となり、さらなる怒りの声を巻き起こした。
 製薬会社チューリング・ファーマシューティカルズは8月、60年前に開発された寄生虫感染症治療薬「ダラプリム」の権利を買い取り、その価格を1錠13.50ドル(約1600円)から同750ドル(約9万円)へとつり上げた
 これによりメディア各社から「米国で最も嫌われている男」と呼ばれることになった同社のマーティン・シュクレリ最高経営責任者(CEO)は、批判を受けて同薬剤の値下げを約束したが、値下げ幅については明らかにしなかった。
 次期大統領選の民主党候補、ヒラリー・クリントン氏はこの騒動に乗じ22日、製薬会社による「法外な価格設定」の問題に取り組むことを約束。具体策の一つとして、製薬会社が研究開発に投じる収益の割合を規定する方針を示した。

■がん新薬の費用は年間1400万円超
 米ニューヨークの医療機関「ノース・ショアLIJ医療システム」の最高薬剤責任者、リー・ブリスコードワイヤー氏によると、現在使用されている薬剤の90%を占める低価格のジェネリック医薬品でさえも価格高騰は避けられず、「医療業界の全分野で、過去2年間にわたりほぼ日常的にジェネリック医薬品の著しい価格上昇が起きている」という。
 タフツ医薬品開発研究センターによれば、製薬会社は価格上昇を正当化する理由として、薬剤1種類の開発に約26億ドル(約3100億円)もの多額の費用がかかることを挙げる場合が多い。
 専門家によると、米国の制度の下では製薬会社が主導権を握っているが、欧州などの他の国々では、政府が製薬会社と価格交渉を行い、高価すぎると判断した薬剤への支払いを拒否する権限を持っている。
 米医学専門誌「メイヨー・クリニック紀要」に掲載された7月の論説によれば、現在の米国における抗がん剤の新薬の平均価格は年間12万ドル(約1400万円)を超えているが、国民の平均年収は5万2000ドル(約620万円)だ。また、抗がん剤の新薬の価格は過去15年間で5~10倍に上昇している。【翻訳編集AFPBBNews】【時事通信社】

いばらの道 

我が国の財政問題、「行くも戻るも、いばらの道」ということだ。

今年度、152.6兆円の市中消化の国債発行に対し、日銀の市中からの国債購入額は110兆円だ。直接的ではないにしろ発行額の72%相当を日銀が買っている。これは、財政ファイナンスそのもの。要するに、政府の出す赤字を日銀が金をすりまくってカバーしているということだ。

この金融緩和を止めることを日銀が宣言した途端、国債は市場では消化しきれなくなり、国債価格の暴落、利率の高騰が生じる。

一方、金融緩和を続けると、ある時点で、国の資産を借金が超えると、同じ事態になる。

現在は、株等の資産バブルの状態であり、これまでのバブルと同じく、バブルのなかにいると、リスクが分からない。

バブルが破裂すると、ハイパーインフレになり、社会福祉、年金は限りなくゼロになる。

こうした状況で、さらに国費を浪費する海外派兵を行う、なぞもってのほかだ。

「駆けつけ警護」に「後方支援」 

「駆けつけ警護」という言葉を英訳するとどうなるのかと思って、ネットで検索した。すると、これはどうも自民党の一議員の造語であるらしい、ということが分かった。政府の文書でも、ローマ字の当て字で記されているらしい。村野瀬玲奈の秘書課広報室というブログに詳しく載っている。こちら

考えてみるに、「駆けつけ警護」という造語には、何か困っている人を駆けつけて助けるようなニュアンスが、それとなく感じられる。が、実際には、同盟国の軍隊が敵国ないし敵対する勢力の軍隊に攻撃された際に、でかけて共に戦う、という戦闘行為そのものだ。その戦闘行為をなんとか和らげるための造語が、「駆けつけ警護」である。

これは、国民を愚弄するものに他ならない。

我が国にとって、最大の同盟国であり外国にもっとも多く派兵している国は米国だ。米国や、その同盟国への「駆けつけ警護」は、相手がどのような武装集団であれ、現地の方々である可能性がたかい。その武装集団がたとえテロリスト集団であったとしても、彼らを相手に戦闘行為を行うことは、テロリスト、現地の方からすると、侵入してきた米国軍と一緒に攻撃してくる自衛隊という構図になるのではないだろうか。国連という枠組みの外でも活動することになる自衛隊となると、そうなる可能性は高い。

「駆けつけ警護」などといった警察の行動を思わせるような生易しいものでは決してない。

これと全く同じ構図の造語が、「後方支援」である。これは、何度もこのブログで触れているが、兵站活動そのものである。兵站作戦は、戦争の中核的な活動であって、敵側からは、支援する対象と同一視され、攻撃の主要な対象になる。自衛隊が戦闘から免れるとか、他国軍の戦闘行為と同一化することはない、というのは嘘である。

これも、国民をだますための造語だ。

こうした姑息な造語で、国民をだまし果せると政府は考えているようだが、そうはいかない。



安保法制の最初の適用は南スーダンにおける駆けつけ警護 

安保法制の最初の適用が、南スーダンにおける「駆けつけ警護」になるようだ。警護する対象は、「中国陸軍部隊」になるらしい。駆けつけ警護と言っても、要は戦闘行為である。

さて、この任務のどこが我が国の存立危機事態なのだろうか。また、中国陸軍を警護するとなると、これまで盛んに喧伝されてきた、中国の脅威は一体なんだったのか

安保法制は、結局、米軍の肩代わりと我が国の政権、自衛隊が軍事面で国際的に認知されるためなのではないか、という疑いがふつふつと湧いてくる。

南スーダンの内戦は、酷い状態であるらしい。それに対して手をこまねいているのは誤りだろう。しかし、軍事的なコミットメント以外の方策があるはずだ。なぜ軍事面のコミットなのか。これを許せば、自衛隊は世界中の紛争地域にでかけ軍事プレゼンスを示すことになる。軍事プレゼンスは、自衛隊隊員の生命を必ず犠牲にする、また派遣地域の市民の犠牲も必ず生じる。軍事的な貢献は、往々にして状況を悪化させる。軍事以外で貢献できるはずだ。。

安保法制が成立した途端に、これほどまでにあからさまな政権、外務省、自衛隊の思惑があからさまになるとは驚きだ。自国防衛に特化した集団的安全保障なぞ嘘っぱちである。安保法制は、我が国と国民に大きな禍根を残す。

安倍首相は、かって軍事同盟(日米安保)は血の同盟になるべきだとどこかぜ述べていたらしい。安保法制が成立した直後に、日本は世界で輝く国になる、とも述べた。彼の頭にあるのは、日本を軍事的な大国にすることだけのようだ。このような人間が日本の政治を思いのままにしているのは、日本にとって大きな不幸だ。

以下、引用~~~

南スーダンPKO、「駆け付け警護」追加検討
読売新聞 9月21日(月)7時9分配信

 政府は20日、安全保障関連法の成立を受け、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣中の陸上自衛隊に「駆け付け警護」の任務を新たに与える検討に入った。

 現地の国連スタッフらが武装集団に襲われた場合に自衛隊が助けにいくもので、人道的な観点から検討を急ぐ必要があると判断した。来年春までに施行される安保関連法が実任務に適用される初のケースとなる可能性がある。

 安保関連法を構成する改正PKO協力法では、自衛隊の武器使用権限を強化し、駆け付け警護や、一定地域の治安維持を担う「安全確保活動」が新たに認められた。これらはあくまで法律上可能なメニューで、実際に行うかどうかは政府がその都度判断する。

 南スーダンは自衛隊が現在、唯一参加しているPKOで、道路補修などの施設整備を行っている。内戦の末に独立した南スーダンには多くの武器が残るとみられ、「国連関係者が万が一強盗などに襲われた場合に備え、自衛隊に警護の権限を与えておく必要がある」(政府関係者)と判断した。現地の自衛隊の部隊は来年2月末で交代するが、引き続き部隊を派遣する場合、改めて閣議決定するPKOの実施計画に駆け付け警護を追加する方向だ。

秋のCONDX到来 

夕方7メガが静まり返るようになってきた。典型的な秋のCONDXだ。バンドは北米などに開けているのだが、応答があまりない。しかし、午後5時頃からCQをだしはじめ、K5HDX、JF3KNW局からコールがあり、各々交信をしばらく楽しんだ。

その後、VK4EFという局からコールがあり、ビームを向けたら、そそくさと立ち去ってしまった・・・よくあるのだ、このパターン。いつもビームを向けるかどうかで悩む。彼の信号は、ハムが酷くのっており、その旨を申し上げた。交信を終えると同時に、「あのような信号は、しばらく聞いたことがないね」という横やりが入った。

一体誰だ、と問うと、Tim VK3IMだった。私が夕飯を食べに行くと言いつつ、CQを出していたので、呼ばずに聞いていたらしい。そこから、彼との間で、QRQのテンポの良い交信をしばらく楽しめた。あのハムの乗ったVK4EFの信号を聴いていると、昔を思い起こす、X1NPというコールの中国人と思われる局が良く出てきたものだ、という。時は1950年代。Fagというハンドルのこの局は、どうも船舶局らしく、仕事に疲れると、アマチュアのバンドに出没して、ひとしきりタグチューを楽しんでいたらしい。このサフィックスからして、アマチュアとしてはアンカバーであることは間違いがないが、まだ冷戦が厳しくなる前で、そんなこともできたのだろうか。1960年代になると、北京の半分コマーシャルのようなBY1PKだけが中国から運用しており、共産圏の局だけを相手に機械的な交信を続けていたものだった・・・などという話題で盛り上がった。

彼Timは、過日の二度目の事故で痛みはさらにひどくなり、寝て起きるのがつらくなったとのことだ。現在かかっているGPが、まるで製造工程で作業をしているように患者に相対する、と辟易した様子だった。彼の場合は、経過が長いのと、様々な問題をかかえているので、医療側も対応が難しいのだろう。が、確かにそのように患者を扱う医師の側にも問題がある。これまでの病歴と症状、質問事項をまとめて記し、診察の際にそれを医師に提示することを勧めてみた。

Timは、昔通りのシャープさで、キーイングにもほとんど打ち損じはなく、昔を彷彿とさせた。バックグラウンドのノイズもめっきり少なくなり、快適な交信を楽しめた。彼は、早く良くなって、屋根の上に上がり、アンテナを良いものにしたいと言っていた。それは良くなったとしても、危険だからと言ったのだが、彼の気持ちは良く分かるような気がした。彼との交信のように打てば響くような会話はなかなか楽しめなくなってきた。毎回の交信を大切にして楽しんでゆきたいものだ。

国民への組織的宣伝の効果 

米国の友人たちのSNSでの発言を見ていると、移民、それにイスラム教徒に対する反感、敵意が目立つ。手紙でながながとイスラム教徒への敵意を述べた旧友もいた。リベラルな考え方の持ち主もいるが、少なくとも私の知る限り少数派だ。こうしたネットでの保守的な人々の思いが、どのように形成されたのか理解できぬこともない。特に9・11の彼らへの衝撃はすさまじいものがあったことが容易に想像できる。また、異文化の人々が自らのコミュニティに入ってくる違和感もあるのかもしれない。

だが、9・11の事件から、イスラム教徒への戦争を主張することは誤りだ。一つは、イスラム教徒のなかのごく一部の過激派がテロリスト化しているのであって、イスラム教徒全般がテロリストなのではない。テロリストを根絶するなど無理。それが生まれる背景に対する対処をしなければいけない。

もう一つ、より深刻なのは、テロリストに対する米国のダブルスタンダードである。アルカイダはアフガン戦争前に、CIAのてこ入れで勢力を伸ばした。サダムフセインもイランイラク戦争当時は、米国がてこ入れしていた。フセインを倒し、あの地域のパンドラの箱を開けたことによって、現在の中東の混迷が生じ、イラクバース党の残党がISISという鬼子のようなテロリスト集団になった。テロリストとの戦い、すなわちイスラム教徒との戦争には決してなりえない。むしろ米国のテロリズムへのダブルスタンダードを大いに反省すべきなのだ。

また、テロリズムとの戦いという米国のスローガンが、ダブルスタンダードであった別な事件がある。1980年当時、米国は中南米の小国でファシズム政権にてこ入れをしていた。それも表面上はテロリストとの戦いという名目であった。かつ、米国は集団的自衛権行使を名目にして武力介入をしていた。そうした小国での米国の覇権を維持し、共産化を防ぐためだったのかもしれないが、米国はこのような国々で戦争犯罪を犯している。米国の唱える、テロリズムの戦いは、この意味からも誤りである。

なぜこのようなダブルスタンダードが、米国で生じたのか、という点について、チョムスキーは「メディア・コントロール」という本のなかで、マスコミを用いた組織的宣伝が常に行われ、その対象である大衆「さまよえる人々」が財界と政権担当者の思惑通りにコントロールされてきたことを指摘している。組織的宣伝は、第一次世界大戦中米国の大統領になったウッドロー・ウィルソンの時代にさかのぼる。当時、米国の世論は平和主義が主流であった。それを、好戦的な世論に転換したのが、政権によって組織されたクリール委員会であった。同委員会は、半年間でその劇的な変化をもたらした。のちの、「赤狩り」等にも同じ手法が用いられている、という。現在においても、この組織宣伝による大衆のコントロールは続いている。

9・11の際に繰り返しマスコミに流される、テロリストの乗った旅客機が、世界貿易センタービルに突っ込んだ瞬間の画像。献身的に救助活動をする消防士たち。そうした画像が、米国国民の反テロリスト感情を拡大再生産してゆく。それが、中東などにおける米軍の武力行使を積極的に支持する、大衆の動きになっているわけだ。この組織的宣伝は、国民の政府に対する不満の視線をそらす効果もあるのだろう。また、武力行使によって、軍事産業複合体に転がり込む巨万の利益を生み出すことにも役立っている。

目を転じて、我が国の状況はどうだろうか。政府が、安全保障環境の悪化を喧伝し、それをマスコミは大声で反復復誦し続けている。特に、中国の経済的、軍事的台頭が目に見える形であるために、そうした組織宣伝に、国民は乗せられやすくなっている。中国が、毎年軍備を増強し続け、さらに海洋覇権を国家にとって重要な要素であることを言明している。ただ、中国が、米国そして我が国と直接ことを構えると考えるのは行き過ぎだろう。この状況は冷静に観察し、判断する必要がある。我々は、我が国においても、20世紀初頭世論誘導を米国で行ったクリール委員会と同じような組織宣伝が行われていると考えるべきである。そちらの方が、よほど危険だ。

パイルゲームについてのちょっとした議論 

FACEBOOKで、ちょっとした物議を醸しだしてしまった。

A1クラブのオンエアーミーティング(OAM)のことを話題にした発言があった。発言主は、多少存じ上げており、CWでのラグチューに関心を持たれている方である。

彼に投げかけた私の質問は、・・・その発言に直接関係ないのだが・・・、OAMを毎週末、コンディションの良い時間帯にOAMを繰り返す意味は何なのか、という問いであった。あの時間帯に、あのようなパイルアップゲームの行事を毎週末行う、それに参加することについて彼なりの考えを伺いたかった。

OAMを否定的に見るとか、参加者を貶める積りは毛頭ないのは当然のことだ。意味を問うという、答えのない質問をしたのが良くなかったかもしれないが、私の意識としては、目的なり、動機なり主観的なものに加えて、できうれば客観的にみて、あの行事に駆り立てるものは何か、と尋ねたかったのである。大切なことは、これが当該発言者である彼に対しての質問だ、ということだ。他の方であれば、こんなことは訊くことはありえない。

彼は、意味を問うというこの質問への答え辛さを答えの代わりに彼のブログで記されていた。それも無理からぬことだろう。また、あの集団の中にいては、自分とこの行事について客観的に眺めることも難しいのかもしれない。

ちょっと舌足らずの質問になってしまったわけだが、あの時間帯に2時間ほど続くあの行事の意味が、ラグチューや普通の交信を志向する立場からは理解できないことは確かだ。でも、あれが楽しいというのであれば、それはそれでよいのだろう。

もうあのような質問を投げかけるのは止めようと思った。みなそれぞれに自分の楽しみ方を楽しめばよいだけのことだ。

欠陥だらけの安保法制 

一昨日、安保法制が成立した。この問題は、選挙でまともに争点にされたことがなかった。国会での議論をすればするほど、ずさんな法律であることが明らかになってきていた。現時点で大半の国民、大多数の憲法学者、多くの歴史学者、様々な専門の多くの研究者が反対を表明するなかで、現政権は国会で強行採決し可決させた。

この法律の問題点は、専門家から指摘されてきているし、今後もされ続けることだろう。メモとしてここに、問題点、欠陥を列挙しておく。

1 成立の背景に、米国が世界戦略を変更し、各地域の同盟国に軍事的な負担を負わせる仕組みの構築があった。でなければ、安倍首相が、国会で審議する前に、この夏までの成立を「米国議会で」約束し、拍手喝采を浴びるはずがない。現政権、官僚の顔の向いている先は米国である。我が国の自衛隊員の生命と、国民の財産を、米国、そのなかでもアーミテージ等の軍産複合体に差し出そうという法律である。2にも述べる通り、我が国の防衛に特化した集団的自衛権等ありえない。実際に、集団的自衛権行使で自衛隊を海外へ派遣し、戦争に加担することになれば、その人的、財政的被害は甚大となり、我が国は立ち行かなくなる。

2 集団的自衛権とは、国連憲章によって、戦後の冷戦構造が出来上がるときに規定された概念。国際紛争の際に安保理事会が機能するまでの間、暫定的に認められる権利に過ぎない。国家に固有の「自然権」ではない。過去のものとされるべき、国際関係上の軍事同盟そのものである。集団的自衛権行使の名のもとに戦われた武力行使、戦争は少なくとも11に上る。こちら。例外なく、大国が、その覇権、利権を維持拡大するために発展途上国で起こした武力行使、戦争である。我が国の防衛のためだけの集団的自衛権等歴史的にみてもありえない。

3 憲法違反であること。これはすでに多くのところで語られている。外国に赴き、そこで武力行使をすることは、憲法の禁じているところだ。これは、第二次世界大戦の苦い経験から生まれた英知である。政府与党が、合憲の根拠とした砂川事件判決は、集団的自衛権行使容認の合憲根拠にはなりえない。何となれば、同裁判は、米軍の合憲性を争った裁判であり、かつその最高裁判決には米国からの強い働きかけがあったことが、米国が公表した文書によって明らかであり、判決自体の正当性も問題になるからだ。この判決を合憲性の根拠に持ち出す胡散臭さを、多くの憲法学者が指摘している。

4 立憲主義、法の安定性を覆す、歴史的な暴挙である。憲法は、権力の暴走を制御する基本的な法律だが、それを解釈変更と称して、ないがしろにした。これを許すと、今後権力はいかなることも行使できることになる。まさにファシズムへの道を再び開くことになる。

5 法律を制定する必要性を示す立法事実を、当初政府は二つ挙げていた。ホルムズ海峡の機雷掃海と、避難する在外邦人を乗せた米軍艦船の援護である。前者は、武力紛争そのもにに巻き込まれることであり、現時点でその可能性はほとんどないことを政府自体が認めた。後者は、このブログにも依然記したが、米軍が他国の民間人の退避を行うことはない。さらに、国会審議の最後で、中谷防衛相は、これは必要条件ではないこと、在外日本人の退避の有無にかかわらず米軍艦船の援護をすることを明言した。ようするに、この二つの立法事実は、「事実無根」である。よって、立法の必然性に欠ける。

7 「後方支援」という概念は、国際法上ない。それは、国際的には兵站作戦そのものである。兵站行動は、戦争の中心的な行為であり、戦闘地域での後方支援という名の兵站作戦を行わないというのは詭弁。兵站を攻撃するのが、戦争の際の重要な作戦になる。後方支援をするということは、戦闘、戦争のど真ん中に入ることを意味する

8 徴兵制に関して、政府は、憲法で規定される苦役に該当するから、徴兵制を敷くことはありえない、という。が、立憲主義をないがしろにした政府が、ここで憲法を持ち出しても何の説得力もない。自衛隊隊員22万人の平均年齢は36歳。兵卒は高々4万人程度。今後自衛隊派遣が想定される中東、アフリカ地域では、白兵戦が想定される。そこで実働部隊として働く兵士は20歳台の若い兵士だろう。おそらく2万人以下しかいないのではないか。この年齢層の兵卒を補充する必要性が出てくる可能性が高い。徴兵制は、十分可能性がある。自民党の改憲案を読めば、国民の基本的人権は、公共の安定を乱さぬ限り、と規定されている。国民に徴兵制という苦役を要求してくる可能性は十分あるのだ。

今後、この悪法に対する戦いは続くはずだ。一つは、違憲訴訟が起こされる。上記の3、4からして、違憲の判決がでる可能性がきわめて高い。さらに、この法案に賛成票を投じた議員をことごとく今後の選挙で落とすことだ。国民主権を踏みにじった議員のことを忘れるべきではない。そのうえで、この法律を廃棄し、さらにこうした政府の暴走を防ぐ制度を組み立てるべきだろう。

政府与党は、この連休で国民は彼らの暴挙を忘れるはずだと国民を愚弄している。そうした扱いを受けていることを忘れてはならない。

生きてきたことは無駄ではなかった 

最近はさほどでもなくなったが、やはり小児科医として生きてきたことをことあるごとに思い返す。自分としては、精一杯学び、医療を行ってきたつもりだったが、あれでよかったのかという少し苦みの混じった思いだ。それに、開業医として長い間付き合った子供たちのこと。

今夕、家内がかわいらしい封筒を渡してくれた。私が、患児の一人から診察室で頂戴した手紙だった。どこかに置き忘れていたものだった。封筒の中身は、広告紙の裏に色鉛筆で私の名前、それにどういうわけか、私が仕事帰りに買い物をしていたスーパーの名前がある。送り主の名前は、「あすか」とあるが、姓は読み取れず。それに、これまた可愛いキャラクターのついたストラップが一つ、テープで張り付けてあった。診察中に頂いた記憶がうっすらあるのだが、誰からもらったのか思い出せない。おそらく4,5歳の女の子だった。

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考えてみるに、自分の人生は、この手紙、その背後にあるそのお子さんの気持ちで、十分報われているのではないか。そんな気持ちが、ふつふつと湧いてきた。何か医学や、医療で名を残すことではない。一人の患児にあたたかな感謝の気持ちを持ってもらえたこと、それだけで十分なのではなかろうか。

大げさになるが、マーラーの「復活」に出てくる、「生きてきたことは無駄ではなかった」という歌詞が、ふっと思い浮かんだ。人生で成し遂げられることは、少ない。こうして可愛い子供の記憶に私のことが残ったであろうことだけで、十分ではないか。この手紙は、そんな気持ちにさせてくれた。

O glaube: : Du wardst nicht umsonst geboren!
Hast nicht umsonst gelebt, gelitten!

KB6VSE再び、そしてJS6TMW 

昨日お昼前、14メガが西海岸に良く開けていた。ノイズも少なく、安定して信号が入感していた。W4の局と交信するSteve KB6VSEを発見した。交信終了後、コール。すぐに応答があり、しばらくぶりとあいさつを交わした。HEXビームを上げたのが嬉しいらしく、ちょっとまてと言ってビームをこちらに向けた。ピークでS9まで振るようになった。もともとBenbowからの彼の信号は強かったのだが、ビームにしたことで一段と安定して入感するようになった。

お嬢様に二人目のお子さんがこの数日中に生まれるので、そのご家族と、母上の住むベイエリアに2、3日中に向かうらしい。トレーラーハウスを引っ張って行き、実家の前に停車して、そこで過ごす様子。一族に新しいメンバーが加わるのはおめでたいことと申し上げた。Eurekaの家にも定期的に訪れているらしい。

私が家内と義理の両親を訪ねたことを話した。年老いた親が、徐々にいろいろなことができなくなってゆくのを見るのは辛いことだが、だが彼らに会うと、こうやって生きてゆくのだと、彼らの存在自体によって諭されているように感じる、と申し上げた。彼も母上を見ていて、同じように感じる由。

彼は、北カリフォルニアに二つの家を持ち、さらにベイエリアの母上が住む実家を、母上がそこで住むことがなくなったらどうするのか尋ねた。彼には、同じくハムの兄上がいるので、彼と相続することになるのだろうと思っていた。返事は、簡単だった。売却する、そしてそのお金は寄付をする、というのだ。実家のあるPalo Altoのあたりは、あまりに人が多く、車の行き来が増えてしまった。戻るつもりはない、という理由だ。それは理解できるのだが、売却で得た金を寄付する、という言葉に少し驚いた。そう決めた理由までは伺わなかったが、社会的な活動を大切にし、貧しい人々、資金を必要とする団体に積極的に寄付をする米国人の良い伝統が、彼のこの決断にも表れているのではないか、と思った。高名な社会学者・・・ウェーバーと同時代に生きた・・・が、20世紀初頭の米国の社会制度を研究して、そうした社会の在り様を論文に記していたと思うのだが、米国の健全な側面にはまだまだ学ばねばならないことが多い。それを再び感じたことだった。

Steveは、夕方のビールを呑むといって引っ込んだ。すると、弱い信号で私を呼ぶ局がある。JS6TMWという局だ。しばらく私とSteveとの交信を聴いていたが、声をかけたくなって呼んだ、とのこと。上手な英語を使う方だなと思ったら、同じSyeveというハンドルで、AI6KXという母国のコールを持つ米国人だった。4WにGPとのこと。ビームを沖縄に向けるとラグチューが可能なまでに信号た強くなった。72歳で、QRPおよびFT101ZDという年季の入ったリグで運用している由。奥様が日本人で、産婦人科の医師をなさっている由。彼は私と同じくHOUSE HUSBANDだと言って笑っていた。

のんびりとした時間が過ぎてゆく、平日の14メガ。これからしばらく楽しめることだろう。・・・でも、ラグチューを楽しんでいる方は、内外ともに本当に少なくなったものだ・・・。

安保関連法案に反対署名を!! 

「安全保障関連法案に反対する学者の会」で、同法案への反対署名を受け付けている。一般市民の方も署名できる。是非署名を!

こちら。

国民の方向を向いていない現政権 

安保法案の公聴会が、今日、明日と行われるらしい。そして、与党は明後日にも参議院で議決し、安保法制を決める腹積もりらしい。公聴会は、国会議員が重要な案件について本来国民の声を直接聞き、それを国会の議論に生かすことにその目的があるはずだ。だが、国民の声を聴くのは、形だけということを、この日程が物語っている。国民の声には耳を傾けないというのは最初から分かっていたことだが、その事実を隠しもしないで、形式的な公聴会を開催する政権与党の国民に対する厚顔無礼な振る舞いを、我々は忘れるべきではない。

この愚かな政権与党の行動が何を意味するのか。彼らが向いているのが国民ではないということだ。では、どこを向いているのだろうか。政権与党が向いている先の一つは、産軍複合体であることはまず間違いがない。今年6月、オーストリアで開かれたG7サミットの直後、近傍で「影のサミット」が開かれたという。欧米各国の、政、材、官、軍、諜報機関のトップが集まる会議だ。この会議では、冷戦終了後、米国の覇権維持とともに、軍産複合体の利権確保が大きな命題とされてきた。アーミテージ・ナイリポートのアーミテージ等が主要なメンバーである。おそらく、この会議、さらにはNATOのなかで討議された軍事再編の流れに沿って、現政権が付け焼刃で制定しようとしているのが、安保法制なのだろう。

昨年大急ぎで進められた秘密保護法制定、日本版NSCの設置、ODAの他国軍への援助利用、さらには武器輸出の緩和等がすべて上記の構図のなかで理解できる。米国は、米国の覇権が関わる紛争、戦争には、地上軍派遣を行わず、当該地域の同盟国に責任を移譲する、すなわち米軍の肩代わりをさせる大きな方針を立てている。安保法制では、自衛隊が実質的に米軍の指揮下に入る。そこで、米国の覇権のために代理で戦うことが要求される。

我が国の財界、経団連が2005年にすでに集団的自衛権行使を求める提言を政府に提出している。米国の上記の方針に沿って、軍事的なコミットをすることにより、軍産複合体の利益を実現し、それが我が国の財界の利益につながると考えているためだろう。

安保法制をこうまでして拙速に制定しようという、現政権が向いている先は、米国と軍産複合体なのではないだろうか。

現政権が、国民の方を向いていない、国民のためを考えていないことは何よりも明らかである。

アマチュア無線の本質の変貌 

先日のこと、7メガでW5/E7***というコールの局に呼ばれた。QTHは、FROM SARAJEVOということだった。FROMというからには、ボスニア=ヘルツェゴビナの局が米国に移住して出てきたのか、と思った。冬季五輪で有名になった都市のご出身なのですね、と話題を振ってみた。サラエボは、あの内戦せ悲惨な時期を経た町だ。いろいろと話を伺えるかと思った・・・が、どうも様子がおかしい。こちらの問いかけへの返事はなし。eQSLでカードを、といったことを一方的に言ってきた。で交信終了である。

リモートコントロールで、ボスニアからW5の局を運用しているということだった。それを知って、私のこころのなかで何かがプッツンと切れた。アマチュア無線の私の中での在り様が、根本的に崩れたと言ってもよい。リモートで運用する局があるのは、知っていたが、多くは自宅で小さな設備でしか運用できないために、条件の良い、そして大多数は近傍にあるリモートの局を運用するというパターンだと思っていたのだ。ところが、この局は、別な大陸から運用している。もうパスがどうしたとかいう話ではない。ただ、電離層反射を都合よく利用しているだけの話だ。

HFの交信は、地球の電離層を確かに利用するのだが、所在地、またはその近傍から利用できるバンドとパスを確定して、ある確率のもとで交信できる、という偶然性に面白さの大きな部分がある、いや、過去にはそうであった。こうした別な大陸、遠く離れたリモートを用いると、その楽しみは限りなく小さくなる。こんなことをするならば、ネットのskypeででも話をしていた方がましというものだ。

便利なネットを利用して、効率よく交信すればよいだけではないか、という声も聞こえてきそうだが、HF交信をその本来の形でずっと楽しんできた者には、受け入れがたい。で、何かがプッツンと切れたのだ。これが一般化したら、DXもコンテストも意味がなくなるのではないだろうか。HFを用いた無線の在り様が、根本的に変貌する時代を、我々は生きている、ということなのかもしれない。

先日、久しぶりに会った、Kemp、K7UQH、昔から使っているIC751がドリフトを起こすようになっていた。Sラインは、送信機の方がトラぶっているらしい。出られなくなったら、もうそれでお終いだ、といつもの口癖を言う彼。だが、最後のIDのあとには、CW FOREVERと打ってきた。願望と、現実と、彼の気持ちがよくわかるような気がしたものだ。

エンブレム問題 

東京オリンピックエンブレム問題で、デザイナー個人への批判、さらには中傷としか思えぬ言動があふれている。

だが、問題はそこなのだろうか。どうも選考過程で、出来レースであったのではないかという情報が漏れ伝わってくる。デザイナーの親族に高級官僚がいること、彼が電通出身であること、さらにこれが一番おかしいのだが、彼が提出したのは原案であって、組織委とのやりとりでその原案が三度改定されてあのエンブレムが出来上がったということだ。これらのことから、公募コンペといっても、最初から彼の「案」が採用されることが決まっていたのではないか、という疑いが強く出てくる。このドタバタ劇を見ていて、私の頭に浮かんだのは、行政が重要案件で募集する「パブコメ」だ。公から意見を募集するのは、結局形式だけ。結論は決まっている、というあの行政の出来レースだ。あれと同じ匂いがしてくる。

ネットでちょっと調べたら、出来レース批判が結構でているようだ。だが、これ一個の出来レースを批判するだけでは問題は解決しない。一部の官僚、政治家の意向で勝手に決められ、彼らにとって都合の良い方向に物事が決められてゆく、政治行政の体質が問題なのではないか。それは、社会の効率を落とし、一部の人間の利益・権益追求を許すことになる。

もう一つ、責任者が出てこない。組織委の長は、元財務省のトップにいた官僚だが、彼の説明では、これはデザインの剽窃ではないが、社会を騒がせたので取り下げるというデザイナーの言葉を繰り返すだけだった。こうした出来レースを主催した責任者に責任を取ってもらわなければ、また同じことが繰り返される。