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 2016年07月 

ノールウェイの知恵 

今読んでいる、孫崎亨氏の著作に、こんなエピソードが載っていた。冷戦の期間、ノールウェイは当時のソビエトとの間で国境紛争を如何にして防ぐか、工夫をこらした。その工夫とは、国境沿いに強力な軍隊を配置することではなかった。むしろ、国境警備の人員を減らしたのだ。それによって、国境沿いでのソ連との紛争が起きることを防いだ、というのだ。そうした対応がいつでもどこでもできるわけではないだろうが、無用な国境紛争を防ぐ深い知恵をそこに見出す思いがした。

ノールウェイは、国境の山を、フィンランドにその独立100年のお祝いに寄贈することを検討しているらしい。下記の記事。

国家間の武力紛争は、それを行うことによって得られる利益より、失うものの方が大きくなっている。今世紀に入ってから、国家の間の紛争は、劇的に減少している(残念ながら、民族間の紛争は絶えない)。ノールウェイは、紛争を防ぐ知恵のある国家であると改めて思う。

それに反して、わが国は、それまで実質棚上げされていた小さな島を国有化して問題をこじらせている。あの決定は、どうも緊張状態を作りたい、わが国と米国の一部の政治家の思惑が働いたもののようだ・・・ノールウェイの知恵とは真逆の浅知恵である。


以下、引用~~~

独立100年、プレゼントは山=フィンランドにノルウェー検討


2016年07月31日 06時27分 時事通信
 英紙ガーディアンによると、ノルウェー政府は隣国フィンランドの来年の独立100周年を祝うため、両国間の山岳地帯に引かれた国境を変更し、ノルウェー側の山の一部をフィンランドに贈ることを検討している。実現すれば、フィンランドの最高峰がこれまでより7メートル高くなる。
 ノルウェーのソルベルグ首相は公共放送NRKに「形式上の問題が少々あり、最終決断はしていない」と述べつつも「検討している」と語った。
 この山はハルティ山(1365メートル)。フィンランドの現在の最高地点はハルティ山の支脈上で1324メートルだが、国境を40メートルほどノルウェー側に移せば、高さ1331メートルの支脈の頂点がフィンランド領になる。発案したノルウェーの地球物理学者は、ノルウェーはほんの0.015平方キロの領土を失うだけで、フィンランドをとても喜ばせることができると指摘した。
 この案に対し、「(憲法は)領土の引き渡しを禁止している」(与党国会議員)との反発もあったが、フェイスブックで支持を集めるなど両国民の反応はおおむね肯定的となっている。 

東京都知事選 

都知事選、何たる茶番。

小池候補、彼女が当選しそうだが、なぜ都議会自民党に公認を迫り、断られると、彼らを潰すということになるのだろうか。最初に、公認を求めたのは一体何だったのか。彼女の過去の言動からすると、極右に近い政治信条の持ち主であり、また極端な日和見であることが分かる。だが、改革者としての選挙戦をマスコミが面白おかしく取り上げている。それが仮面であることも分からずに。彼女が都知事になったら、大阪維新等と組んで、極右政党を立ち上げるのかもしれない。

増田候補は、岩手県知事時代に同県の公共事業を推し進め、県の負債を二倍以上に増やして辞めた人間。どこが実務家なのか。ジェネコンの大規模な応援を得ているらしい。自民党の政治家が、オリンピックで利権を得ようと蠢いている。

最後の、鳥越さん、ちょっと高齢に過ぎたし、脇が甘い。宇都宮さんだったら、もう少し行けたのかもしれない・・・これも、マスコミで名が知れた人物しか、選挙で勝てないというポピュリズムの反映か。

何も考えずにマスコミがもてはやす候補に率先して投票するのは論外だが、入れる先がないといって棄権するのも、巨大な勢力にフリーハンドを与える行為になってしまう。より悪くない候補に投票してもらいたいものだ。

アマチュア無線の将来 

アマチュア無線局数の推移を、調べてみた。1995年前後135万局ほどをピークにして、その後激減している。この数年、減少傾向がやや鈍ってはいるが、現在43万局程度までになっている。

年齢構成の推移のデータは得られなかったが、1990年代の最盛期は、30歳から40歳代の免許人が多かった、というのが、私の実感である。そのピークを構成していた団塊世代、そのすぐ後の世代が、アマチュア無線から遠ざかっていったのが、その後のアマチュア無線局の減少なのではないだろうか。現在、減少幅が減っているのは、ピークを形成したそのような年代の人々がリタイアにさしかかり、再開局している、ためなのではないか。

とすると、今後、団塊世代、そのすぐ後の世代が、アマチュア無線を止めるときに、これまで以上にアマチュア無線局数が激減することになるだろう。それもここ数年で明らかになってくる。

なぜこんなことを調べたのかというと、ITUの新たなスプリアス規制で、総務省当局がアマチュア無線局に対してどのような対応をするのか、アマチュア無線を今後どのようにしてゆこうと考えているのかに関心があったからだ。

総務省当局は、スプリアス基準の検証を済ませていないリグ、自作リグは、あらたに「保証認定」を受けるか、使用を中止して新たなリグに買い替えるようにとの見解のようだ。これが、国際的な当局の対応としてきわめて異例であり、官僚、その関連企業の利権を確保することだけを考えていることは以前にも記した。

この対応は、上記の団塊世代のアマチュア無線離れを促進することは間違いないのではないだろうか。実質意味のない「保証認定料」という、役人と関連企業への「しょば代」を支払い続けるほど馬鹿らしいことはない。また、今でも問題なく動作しているリグを放棄して、あらたなリグを購入するほど、退職者の懐は暖かくない。アマチュア無線を止める選択を、多くの団塊世代はすることになる。

総務省当局は、アマチュア無線局をほかの無線局と別に扱うわけにはいかない、したがって包括免許にすることはできない、という主張である。それがいかに国際的なアマチュア無線の扱いから外れているか、笑えるほどだ。アマチュア無線以外の無線局と同じに扱うというならば、実質的に書類上だけの「保証認定」なぞ止めるべきだろう。しっかり一局、一局落成検査を行うべきだ。アマチュア無線から利権を得ようと、国際標準の免許制度にしないのは、ただただ官僚と、その天下り団体の利権のためなのだ。

アマチュア無線がどうなろうと、彼らには関心外のことなのだろう。



二つの手 

Don K8MFOが撮ったEllen W1YLの近影がK5BGB経由で送られてきた。

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フロリダ在住。リモートコントロールで、ネバダのW7RNから、こうやって毎日のようにオペレートなさっている。もうすぐ90歳とのこと。

おそらく利き手であろう右手には、サポーターが巻いてある。彼女に健康状態をうかがっても、もう歳だからとほとんど何もおっしゃらないが、Donによると、長年の無線通信士としての職業病、カーパルトンネル症候群の由。

右手に痛みが出ると、左手で送信なさるらしい。左にも同じケントのパドル・・・・。

彼女とは、週に1,2回定期的に交信させて頂いている。長い話にはならないのだが、あちらで朝の活動を始める前に、私と交信するのを楽しみにしている、と仰ってくださる。

彼女は、悠揚迫らぬオペレート振りだ。どこかのMLだったか、彼女に向かってではなかったかもしれないが、リモートコントロールなぞアマチュア無線ではない、と厳しく断じた方がいた。そこで、Ellenは、怒らず騒がず、この新しい技術で自分がいかに毎日充実して過ごせるのか、ということを説いた。もちろん、暴言を吐いた方は、二の句が継げなかったのは言うまでもない。

Facebookでも友人の一人にさせて頂いているのだが、彼女は時々政治的な発言もする。きわめて明快なリベラルである。すばらしい・・・。

かすかなほほえみを浮かべた表情、Ellenの素晴らしい画像ではないか。

障害者を排除するという思想 

相模湖近傍の障害者施設で、悲惨な事件が起きた。容疑者には、何かしら精神病質な偏りを感じるが、重度障害者は抹殺されるべきだという強固な意思があったようだ。殺害された方も、重複障害の方ばかりであったという。

小児科医として、また人間として、このような障害者を排除すべきだという考えは到底容認できない。その理由は;

○人間の優劣の判断は、あくまで相対的なものである。とくに、資本主義社会にあっては、生産活動に携われるかどうかという点のみで判断されることが多く、それは人間の属性の一つを相対的に見ることでしかない。一度きり、一個だけの生命という点からしたら、そこに差異はない。

○人は、すべて何らかの遺伝子上の異常を保有している。遺伝子レベルでは、大きな差異はない。遺伝子の表現型に若干の差異があるだけで、誰であっても遺伝疾患による障害者に生まれる可能性がある。

○障害を持つお子さんと接してきた経験からすると、障害児を持つ大多数のご両親、特に母親は、お子さんを育てることに心身をささげ、家族も団結している。これは、普通の家庭ではあまり見られぬ特徴だ。逆説的な言い方になるが、障害児がそのご家庭に生まれることによって、家族がまとまり、障害児を中心に生きている姿は、神々しくさえある。

以上から、障害者を差別することは断固として反対である。

障害者を虐殺した政治体制は、ナチスである。ナチスは、優秀な形質のドイツ人を残すためと称して、障害者を多数抹殺した。この容疑者の思想は、ナチスのそれそのものだ。優秀な形質を残すなどというのは、根拠のない無意味な考えに他ならない。

容疑者は、極右の政治家、文化人をツイッターでフォローしていた、と報じられている。直接の関係はないのかもしれないが、極右の人間たちと、この容疑者は、深いところでつながっている可能性がある。

ナチスのやり方を真似て 

トルコでは、あのクーデーターを機に、反大統領派の大規模な粛清が始まっている。NHKのニュースで、トルコのマスコミが体制に従順であるといったニュアンスのことを流していたので、苦笑してしまった。そう言うNHKはどうなのか、と反射的に思ったのだ。憲法の改変、条項書き加えに関して、わが国のマスコミは、政権への批判的報道は少ない。政権の意向を慮ることが横行している。わが国のマスコミは、トルコの独裁政権を云々できる立場にはない。

国家緊急権を憲法に書き加えようと、安倍首相は考えている。表向きの理由は、自然災害時の対応のためだ。自然災害時、様々な国家統治機能をすべて内閣、内閣総理大臣に帰する、という条項である。

この国家緊急権の「加憲」は、自然災害だけを想定したものではないことは明らかだ。重大な自然災害に対しては、すでに、参議院の緊急集会、政令への罰則付与等の対応策があり、様々な現実的対応がきめ細かくなされる規定がある。

基本的人権の制限を想定し、国家統治機能のすべてを内閣、ないし内閣総理大臣に帰する制度は、独裁そのものである。いかに緊急時とはいえ、戦前・戦争中の体制への復帰、さらにそれ以上に過酷な体制の出現である。2012年自民党が公表した改憲草案には、国家緊急権について 1)発動要件を法律で定める・・・ということは、多数を占める政権与党の思うがままということだ 2)緊急事態の期限に制限がない・・・いくらでも緊急事態を延ばすことができる 3)内閣は法律と同等の政令を制定できる 事後に国会の承認を得るという規定があるが、当該政令が国会で承認されない場合に失効するとは定められていない 4)政令で規定できる対象に限定がない・・・基本的人権が制限されることは、自民党憲法憲法草案の内容から当然予想される。これは、戦時中の国家緊急権の規定よりもさらに内閣に権力を集中させる内容である。

ネットでの書き込みなどや、政権与党政治家の口からは、ドイツなどにすでに国家緊急権が憲法に規定されているという意見が聞こえてくる。ドイツは、州立国家であり、重大な自然災害時に、州境をまたいで、警察・軍・消防等が機能するために、その規定がある。立法権の移転・人権制限の規定等はない。それを、安倍首相が考えている国家緊急権と同一視することは、無知のためか、意図的に世論を誘導するためとしか思えない。

安倍首相は、安保法制導入の議論で、最初に、在外邦人が外国で有事に巻き込まれ、彼らを救い出す米軍を援助するため、という理由づけを行った。だが、それは米政府のアナウンスで、ありえない事態であることが判明した。次は、ホルムズ海峡掃海を例に出した。だが、それがまったく現実味のない例であることは、その後のイラン・米国関係の進展をみても明らかだ。現実には、自衛隊が、内戦状態に再び入っている南スーダンで、駆けつけ警護という名目で内戦に参加する作戦が、この法制に基づく自衛隊の初めての軍事行動になる。安保法制制定に際して、安倍首相は国民に対してあからさまな嘘をついた。安保法制は、米軍の世界戦略に自衛隊とわが国を参画させるための法制だったわけだ。国民にその説明は一切ない。

同じことが、国家緊急事態権を憲法に加えることでも行われる。同権がもっぱら自然災害に対応するためという理由づけがその一つだ。国家緊急事態権の憲法への書き加えの必要性が、国民にとっては受け入れやすい自然災害に対応するためという触れ込みで宣伝される。実際に、政権の提灯持ちの評論家やマスコミが、その線で同権の必要性を訴え始めている。

実際に、国家緊急事態権が憲法に書き加えられたら、その時には、憲法は廃棄されたのと同じである。

麻生財務大臣がしばらく前に、ナチスのやり方を真似たらよいと言っていたことが現実になろうとしている。ナチスは、国家緊急権を根拠に反対勢力を国会から排除し、ナチス独裁をもたらす授権法を制定し、ワイマール憲法を実質的に廃棄した。

そうなってからでは遅い。

家族の介護は、家族自身が在宅で、と現政権は国民に命じている 

介護サービスを受ける際により多くの負担が必要になる一方、給付内容が縮小される。

この一方で、在宅介護が推進される。

家族が自宅で面倒を見ろ、ということなのだ。

そういえば、自民党の改憲案には、家族を大切にせよという国民への規範規定が入っている。自民党の発想では、介護を必要とする国民の面倒は、できるだけ家族でみるように、国はできるだけ面倒はみないようにする、というわけだ。

わが国を、企業が大活躍できる国にするのが、安倍首相の目指すところだ。

そういえば、大企業の空前の内部留保がタックスヘイブンに流れて行っている問題はその後一体どうなったのだっただろうか。その内部留保の幾ばくかを社会保障に回すという話はとんと聞こえてこない。

以下、引用~~~

「2割負担」も課題に 財源苦しく、高齢者照準
16/07/21記事:共同通信社

 厚生労働省は生活援助サービスの縮小など、介護保険制度見直しに向けた議論を本格化させた。今後の検討項目には、75歳未満の高齢者の自己負担を2割に引き上げるなど、負担増・給付抑制のメニューが並ぶ。少子高齢化の進行で社会保障財源を支える現役世代の負担が年々重くなっており、高齢者にも応分の負担を求めるべきだとの見方が政府内で強まっていることが背景にある。
 
 昨年以降、政府の経済財政諮問会議などを舞台に現行制度への注文が相次ぎ、さらに消費税率10%への引き上げが先送りされたことで財源の確保がより難しくなった。財務省を中心に「制度見直しは不可避」との圧力が増す中、年末にかけて検討が進むが、高齢者から反発の声が上がっている。
 
 検討項目のうち最も抵抗感が強そうなのが、介護サービス利用時の自己負担割合引き上げ。2000年度の制度発足から1割負担だったが、昨年8月、一定の所得がある高齢者は2割に引き上げられた。財務省は対象を広げ、65〜74歳を「原則2割負担」とするよう主張するが、厚労省は「高齢者の負担は限界に近い」と慎重な姿勢だ。
 
 月ごとの利用料が高額になった場合に自己負担額に上限を設ける「高額介護サービス費」制度の見直しも課題に。公的医療保険の同様の制度に比べて一部で上限額が低いことから、引き上げ論が浮上している。
 
 一方、現役世代の負担の在り方も焦点になる。40〜64歳が支払う保険料で、収入が多い人ほど負担が重くなる「総報酬割」の導入を検討する。給与が高い人が対象となるため、大企業が中心の健康保険組合や経済団体は反対している。

子宮頸がんワクチンの副作用と価格の問題 

子宮頸がんワクチンによるといわれる副作用HANSについて、大きな醜聞が起きている。

WEDGEで医師・ジャーナリストでもある村中璃子氏が報告している。WEDGE 子宮頸がんワクチン特集 特に、3月24日、29日の記事を参照。

HANSについて、疾患の定義が不明確であり、さらに病態生理に関するHLAアリル保有率・遺伝子頻度、それに動物実験に捏造がある、というのだ。川口恭氏は下記の記事で、こうした状況を許す医療界の在り方が、ドラッグラグと高薬価を招くと述べている。

確かに、この信州大学の池田修一教授の研究活動は、故意の一定の結論への誘導・捏造の可能性が極めて高い。それを、大学がきちんと検証できるのか。また、厚労省主催の研究班が、彼らの活動の場だったのだから、厚労省にも説明をする責任がある。

WHO等から、子宮頸がんワクチンの有用性、安全性に大きな問題がないと声明が出ている。毎年、わが国では、子宮頸がんによって、3000人程度の方が命を失っている。子宮頸がんワクチンにより、その大部分を救うことができる。同ワクチンの接種を非勧奨から勧奨に戻すことを緊急に行うべきだろう。

関連して、このワクチンの価格設定について大きな疑問がある。以前にも記したが、このワクチンは一人当たり、5万円近くした。わが国で、毎年50万人が、このワクチンを受けるとなると、250億円がワクチン製造販売の製薬企業に転がり込む。外国でもほぼ同額で、このワクチンが販売されている。これが世界規模となると、数千億円から兆円の単位の売り上げになるのではないだろうか。それが毎年続く。この価格設定は、開発・治験費用を考慮しても高すぎないのだろうか。厚労省当局は、製薬企業と交渉する、ないし彼らを指導する義務があるのではないか。もしこうした高額の価格が維持されるとすると、官業の癒着が疑われる。

こうした不祥事、その疑惑が生まれる構造を徹底して明らかにし、それを改革しないと、また同じことが繰り返される。

以下、引用~~~

日本の医療界は腐っているのか?~オプジーボの光と影 番外編

※この文章は、『ロハス・メディカル』7月20日号に掲載されたものです。
ロハス・メディカル編集発行人 川口恭

2016年7月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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前回、日本はオプジーボに関する臨床試験件数が少なく、ドラッグ・ラグを招きかねないと指摘しました。少ない原因はいくつも挙げられるのですが、世界を唖然とさせるような日本の医療界の不祥事と、それがきちんと医療界内で自律的に処分されないことも、日本での試験実施を敬遠させることにつながってはいないでしょうか?

前回、「クリニカルトライアルズ・ガブ」で検索すると、オプジーボ(ニボルマブ)の臨床試験が全世界で200件ヒットする(5月25日現在)ことを、ご紹介しました。ちょうど1カ月後の6月25日に再検索したら207件ヒットしました。1カ月で7件増えたことになります。1件実施するのに何十億円単位で費用が必要なことを考えると、開発競争の激しさが、改めてよく分かると思います。

なお、地域別に見ると(重複あり)米国と欧州で5件、カナダ、中米、中東、ロシア東欧で1件増えている一方、日本では増えていません。世界との差は開く一方のわけです。そして、臨床試験を個別に見ていくことで、日本は単に試験数が少ないだけに留まらず、他国では当たり前に行われているベンチャー企業によるものや公的団体によるものが、全くないことも分かってきました。そこで、今回はこの日本の特異的構造問題を指摘しようと考えていました。

ところが6月中旬、世界の医療史に刻まれるかもしれないド級の不正疑惑が日本の指導的立場の医師に発覚し、指導層がそういうものに手を染める医療界の体質があるとしたら、それは日本の試験件数が少ないことの原因となっているであろうし、ひいてはドラッグ・ラグを招いて社会に不利益を与えている可能性が高いのに、一般のメディアが全く報じない(記事校了直前になって極めて小さく報じるようになりました)ので、予定を変更、番外編として、そちらを扱うことにしました。

今号が出る段階で既に大騒ぎになっていたら、かなり間の抜けた文章になってしまいますが、後述するように2013年発覚のディオバン事件に関係した医師が1人も免許を剥奪されていないばかりか、中には栄進すらしている例もあり、そのことがメディアでも特に問題とされていないことを考えると、この疑惑に関してもウヤムヤになる可能性は高いと恐れています。ウヤムヤになってしまった場合、多くの日本人が知らないうちに世界の人々から軽蔑され、臨床試験を日本でパスする流れがさらに進んでしまう可能性もあります。

●ワクチン禍の捏造疑惑

疑惑の舞台になったのは、『ヒトパピローマウイルス感染症の予防接種後に生じた症状に関する厚生労働科学研究事業』です。長くて読むのがイヤになった人も多いと思いますが、単語を区切って読むと、HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)を接種後、激しい体調不良に襲われた女子生徒たちが出たことを受けて、厚生労働省が委託した研究であると分かると思います。当然、その費用は公費で賄われました。

主任研究者は、池田修一氏(信州大学医学部脳神経内科、リウマチ・膠原病内科教授)と牛田享宏氏(愛知医科大学学際的痛みセンター教授)の2人(肩書はいずれも研究班としての表記)で、3月に「成果発表会」が行われています。池田氏は、単なる教授ではなく、信州大学の医学部長であり副学長でもありました。

この池田氏の発表会資料に、捏造疑惑が発覚したのです。スクープしたのは、6月20日に発売になった雑誌『Wedge』7月号で、医師資格を持つジャーナリスト村中璃子氏の記事でした。

発表資料59枚目に出てくるマウスを使った実験のスライド(http://robust-health.jp/article/images_thumbnail/2016/07/%E6%B1%A0%E7%94%B0%E7%8F%AD-570.php)に関して、池田氏の説明は虚偽だ、と村中氏は指摘しました。

スライドは、自己抗体があったら緑色に光るよう染めて撮った写真で、他のワクチン接種後のマウスの海馬(脳)は緑色に光らなかったけれども、HPVワクチン接種後のマウスでは緑色に光ったことを示しています。加えて文字でも「サーバリックス(筆者注・HPVワクチン)だけに自己抗体(IgG)沈着あり」と記しています。

自己抗体が沈着しているということは、その組織に対して免疫が攻撃を仕掛けていると考えられ、組織が破壊されても不思議はないことを意味します。脳の組織が破壊されたら、それは色々な不具合が起きることでしょう。発表資料を初めて見た際、私などは、「ああ、なるほど、激しい症状を示す人たちの脳で同じことが起きている可能性はあるな。やっぱりHPVワクチンは、他のワクチンとは違うんだな」と思ったものです。そんな報道をテレビや新聞で見たな、と思い出した方もいらっしゃることでしょう。

この発表には、色々な波及効果が予想されました。まず、生きている人の脳を切り出して抗体検査してみるわけにいかない以上、「ワクチン被害者」の脳でも同様に免疫が暴走している可能性を否定できなくなり、場所が脳だけに体のどこで何が起きても不思議はないので、被害認定・救済のハードルは下がると考えられました。また、そのような免疫暴走を起こしてしまう体質・遺伝的要因を探索して発見することで、要因保持者をワクチンの接種対象から外せるようになり、社会全体としてはより安全にワクチンの利益を享受しやすくなるとも考えられました。

スライドで名を挙げられていたサーバリックスはイギリスに本拠を置く多国籍企業グラクソ・スミスクライン(GSK)の製品ですから、池田氏の発表内容は世界中に知れ渡っていたと考えられ、きちんと論文発表された暁には、世界が注目する画期的発見になるかもしれませんでした。

ところが、村中氏が報じるところによれば、このスライドが完全なデタラメというのです。実験を担当した研究者から、他のワクチンでも緑色に光り、その写真を池田氏に渡したのに、発表スライドでは光らなかったことになっていた、との証言を引き出したと書いています。さらに、実はワクチンを接種したマウスの脳に自己抗体は沈着しておらず、別のマウスの脳切片に(抗体の入った)血清を振りかけただけ、との証言を得たとも書いています。

もし、この記事に書かれていることが本当なら、HPVワクチンだけ脳組織に悪影響を与える可能性があると見える池田氏の発表は、明らかに悪質な捏造です。

起きていないことを起きたことにしてしまうのが自然科学者として許されることでないのは当然として、「副反応」に苦しんでいる人たちの原因究明や治療法探索に誤った情報を与え妨害することになるので医師としての倫理にも反します。厚労省から委託された研究のテーマが「子宮頸がんワクチン接種後の神経障害に関する治療法の確立と情報提供について」だったことも考え併せると、悪質さは一層際立ちます。提訴が予定されている「ワクチン被害者」たちによる民事訴訟への影響も甚大でしょう。

ここまで名指しで嫌疑をかけられた以上、池田氏は研究者生命・医師生命を賭けて反論するのが当然です。本当に発表のような実験結果を得ていたのだとしたら、証拠はいくらでも残っているでしょうから、記事が言いがかりだと示すこと自体は簡単なはずです。村中氏を名誉棄損で訴えることもできます。しかし、なぜかそのような動きは聞こえてきません。記事が正しいので反論できず、むしろ騒がずにいることで世間が忘れるのを期待しているのでないか、という疑念を抱かせます。

●鈍い医療界の反応

前述のようにGSKのワクチンを名指しした以上、この疑惑は既に世界中に知れ渡っており、どのように決着するのか大いに注目されていると考えるべきです。

それなのに、研究の費用を出した厚労省、自浄作用を発揮すべき医療界の動きは鈍いのです。先ほど述べたように、記事のシロクロを付けるのは簡単なはずで、もしクロなら言語道断で直ちに処分が必要です。しかし、記事が出て10日経ってから、ようやく信州大学で学内調査を行う方向が出たというノロノロぶりです。

この自律的行動の鈍さを、どのように解釈したらよいのでしょう?

まずあり得るのは、医療界の多くの人間が、大した事案だと考えていないということです。

実際、ディオバン事件では、ノバルティス日本法人幹部が放逐され元社員は刑事被告人となった一方、事件の舞台の一つとなった千葉大で研究の責任者だった現・東京大教授が、この6月から日本循環器学会のトップである代表理事に就任しています。「あの程度は大した事案でない」と医療界の多くの人が考えているのでしょう。患者を対象とした臨床試験での不正ですら、こんな受け取
り方なのですから、マウス実験くらいで大げさなという人は少なくないのかもしれません。

しかしHPVワクチンを巡って激しい論争が起きている現実がある以上、世の中の普通の人の感覚では、明らかに重大な不正です。それに対して自律的行動が鈍いことは、医療界の多くの人間ができるだけ事を荒立てたくないと考えているから、という解釈が成り立ってしまいます。

私個人としては、単純に面倒なことに関わりたくない人が多いためだろうと考えていますが、邪推しようと思えば、日本の医療界では患者に影響を与えるような研究不正が当たり前に行われていて、変に突っつくと自分にも返ってくる人が多いから荒立てたくないに違いない、と考えることも可能です。

そう邪推できることが、臨床試験件数の少なさの原因になります。企業からすると、試験自体に巨額の投資が必要で、しかも成功確率が高くないわけですから、不確定なリスク要因はできるだけ排除しておくのが当然の危機管理です。
日本に研究不正が蔓延している可能性を否定できない以上、他に代わりがない場合以外は、別の国で臨床試験を実施した方が安全です。万一、試験が無効になったら大損害だからです。

現時点で「他に代わりがない」は、日本で承認を得るのに必要な場合に限られ、それは日本で確実に儲かるとの見通しが立つ場合に限られます。つまり、日本の医療界で研究不正が蔓延しているのでないかという世界から抱かれている疑念を払拭しない限り、ドラッグ・ラグや高い薬価となって患者や社会にツケが回されてくるのです。

●メディアはどうする?

なお、3月に池田氏の発表を大々的に報じたメディアには、事実関係を検証して、結果的にせよ間違った報道をしてしまっていたなら、訂正する責務があるはずですが、その動きがまた極めて鈍いのです。

メディアや記者に主義主張があるのは当然としても、「事実」を伝えるのは最低限死守すべきラインで、「事実を伝えない」と受け手に見限られてしまった時、異なる主張や立場の人々をつなぐことができなくなり、同人誌・放送と化すので、どうするのか要注目です。もしきちんと対応しないなら、日本のメディアの偏りもまた臨床試験件数を減らす方向に働くでしょうし、ドラッグ・ラグや高い薬価の原因の一つと言えるのでしょう。

仕事、子育てに充実した人生を送る米国人女性 

半世紀以上前からの友人、Bob W6CYXのお嬢様TeresaとTeresaの長女、Bobのお孫さんLauraが、訪日するという知らせを2,3週間前に彼から聞いた。何か問題が起きたら、なんでも手助けをする、北関東に足を延ばすのであれば周りを案内すると申し上げた。すると、Teresaからメールがあり、ぜひこちらにも来てみたいとのこと。東京、京都、箱根と回り、旅行の終盤の昨日、こちらに来てくださった。Bobの家には三度もお邪魔し、一方ならずお世話になっているので、その恩返しの意味もあり、一日のんびりとご一緒させていただいた。

Wi-Fiの調子が悪く、時々、連絡がとれなくなり、どうなるのかと思いきや、昨日午前中に、近くの駅についたとTeresaから携帯に電話が入った。車でかけつけると、ジーンズにリュックといういで立ちの親子が駅前にいた。やはりどことなくBobと似ているTeresa。静かなLaura。二人を乗せて一路日光、中禅寺湖方面に向かった。

Teresaは、シングルマザーで、仕事をしつつ、二人の娘さんを育てている最中。医療機器会社で、製品の許可を当局からもらう事務的な仕事をしているとのこと。特に除細動器の臨床試験などに関わってきたらしい。Bobのことを結構知っているつもりだったが、やはり同じ家族の別な方から伺うと、知らなかったことばかりだ。とても知的で、活発、旅行したりトレッキングをしたりすることが楽しみの由。Lauraは、州立大学サンノゼ校で機械工学を勉強する学生。ミュージカルを観劇したり、歌を歌うことが好きだというおとなしい少女だ。中禅寺湖湖畔で・・・

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私の関心もあり、ついつい政治的な問題に話が行ってしまう。Bobがかなり強固な共和党支持者であり、新自由主義経済を肯定する方なので、同じような考えかと思ったが、Teresaは政治家を信用していない、いわばアナーキストである、とのこと。その一方、貿易の障壁はなくし、自由な貿易ができるようになることが必要だという意見である。だが、TPPでは、大企業だけが利益を上げることになり、支持しない、とのことその一方、レーガンの時代から、軍拡が進められ、発展途上国で米国が行った人々へのひどい行いを、十数年前に知り、そうした歴史に反発を感じている由。自由を愛し、自由を阻害するいかなくことにも反対だが、一方、格差の問題、大企業の独占の問題、米軍の行う中東での空爆などでは、リベラルな考えを持っている様子。米国にも「緑の党」があったのか、その政党に思想的には近いとのことだった。

私は、グローバリズムが世界的に格差を生み、それが移民排斥、他民族排斥というファッシズムにつながる風潮をいたるところでもたらしていることを語った。日本では、日本会議という宗教的カルトが現政権の背後におり、戦前の体制に戻すことを画策している、とお話しした。日本会議のことはあまりご存じなかったようで、後で調べてみたいとのことだった。

自由な貿易、経済活動が維持されれば(大企業の寡占を排除したうえで)、結構バラ色の未来が開けるのではないか、という考えを持っている様子だ。大企業の寡占を排除すること自体が、何らかの規制そのものであり、そこに官僚主義がはびこる可能性がある。そうした原則的な問題、さらに現在のグローバリズムの経済政治の支配状況について、楽観的に過ぎるのではないかとも思ったが、彼女が企業活動の真っただ中にあって、自己肯定しつつ生きてゆく思想的な基盤なのだろう。活動的で建設的なアナーキズムですね、暴力を伴わない、というと嬉しそうに笑っていた。

彼女は、16歳でカリフォルニア大学デービス校に入り、国際関係論の勉強をしたらしい。ご自身でも言っていたが、成績が優秀だったようだ。経済的には厳しく、毎日アルバイトを続けた由。最初、希望していたマスコミ関係では職を見つけられず、最終的に現在の会社に入った由。除細動がらみで、心電図の心室性不整脈の診断の問題、QT延長症候群や心筋症の問題などもよくご存じの様子だった。今は、在宅で一日8時間以上仕事をしている、朝5時から全世界相手の電話会議がおこなわれることもあるらしい。すばらしい上司に恵まれ、とてもハッピーだとのことだった。50歳代半ばにはリタイアして、大学などで現在の仕事に関係する講義をパートタイムでできたらうれしいのだけどと希望を語っておられた。

義理の母上が日系の方で、彼女が十代のときにとても優しくしてくださった、それで日本という国、文化に関心を持ち、一度訪れたいと考えていた由。1,2年前に数か月地域の教養講座で日本語の勉強をなさったそうだ。もちろん会話はまだまだだが、発音が驚くほど正確で驚いた。

二番目の娘さんも、Teresaの母校に入学をすることになっており、将来は医学を志している様子。この旅行後にデービスにでかけて、引っ越しをしなければと嬉しそうだった。

夕方、宇都宮に戻り、家内も交えて夕食。

二人の娘さんを育て、仕事をこなし、人生の自信に満ち溢れたアメリカ人女性の典型のお一人だろうか。

最後に、われ我日本人への彼女の感想。何事にも控えめで、返事があいまいなことが多い、とのこと。駅などで英語で質問してもよいか尋ねると、まず「ちょっとだけだったら」といった返事だが、いつも意思疎通は完全にできる、だから、そうしたあいまいな返答をしなくても良いのではないかという彼女のアドバイスだ。仕事でも、日本人の同僚からはあいまいな返答が多いとのこと。NOと言える日本ではないが、あのように多民族国家で意思疎通するためには、明確な態度表明が欠かせないということだろう。

高齢者の非正規雇用増加 

政府が20兆円の景気対策をすると報じられている。すさまじい額だ。需要減による景気後退を、一過性の景気対策で一時的に軽減させようということなのだろう。この後に来るのは、国の借金の増大、さらに最終的には、悪性のインフレだろう。

その事態に備えて、高齢者は仕事を続ける。参院選の間、安倍首相が、雇用が100万人増えたと自慢げに述べていたのは、実は、高齢者の非正規雇用が増えていることを反映したのに過ぎない。こちら。問題の本質は、高齢者が仕事を続けなければならない事態だ。

高齢者といえども健康であって労働意欲があるのであれば、働き続けるのも良いだろう。労働人口が減少する社会になっていることからも、そうした高齢者の労働は、望ましいと言えるのかもしれない。

だが、やがて医療介護が必要になる高齢者にとって、待ち構える医療介護の窮乏化ないし二極化は凄まじい。ちょっとしたたくわえでは、まともな医療介護が受けられない社会がすぐそこだ・・・いや、すでに到来していると考えてよい。入院病床が減らされ在宅医療が推し進められているために、老々在宅介護がごくありふれたことになる。老々在宅介護の家庭では、たとえ非正規雇用であっても労働し、収入をえることはできない。

アベノミクスという名の以前から使い古された景気刺激策は、あったとしても一過性の効果しかない。それによって、結局社会保障の切り捨てが行われる。将来、悪性のインフレになる可能性も大きい。多くの高齢者は、一生働き続けなければならなくなる

病床削減の現実 

わが国の病床数は、外国と比べると多い。厚労省は、強制的に病床の介護施設への転換、ないし削減を目指している。目的は医療費削減である。手法の大部分は、診療報酬上、慢性期病床が経営的に立ち行かなくすることだ。福島原発近くの病院ですら、この記事にあるような状態なのだから、他地域は推して知るべしである。

病床を減らして、そこに入るべき患者さんはどうなるのか。介護施設は、追い付かないし、入所者にはコストもかかる。で、在宅医療の推進ということになる。それもスタッフが十分でないし、何よりも家族の負担がきわめて大きくなる。今後、団塊世代に医療の必要が出たとき・・・すぐそこなのだが・・・どのような状況になるのだろうか。

以下、引用~~~

「診療報酬改訂の荒波で病床が流される」 福島県双葉郡広野町・高野病院奮戦記 第6回

高野病院事務長
高野己保

2016年7月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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平成28年の診療報酬改定後、5月の上旬に当院からの最初の請求が終わりました。医療機関が行う請求とは、患者さんが受けた診療について、健康保険組合などの公的医療保険の運営者に医療費の明細を提出することです。明細はレセプトと呼ばれ、診療や処方した薬の費用が記載されています。これをもとに医療機関に診療報酬が支払われます。

高野病院は公床118床のうち、65床が医療型療養病床として稼働しています。療養病床とは、その名の通り長期の療養を必要とする、慢性期の患者さんを対象とする病床です。高齢化が進み、国民医療費に占める高齢者の費用の割合が大きくなり、それを抑制するために、一か月の点滴や検査などを一定の枠内に制限する、いわゆる「まるめ」と言われる制度を採り入れ、平成13年に
導入されたのです。それから15年、国は現在、地域医療構想として療養病床の?機能分化?を図る制度を進めています。療養病床における機能分化とは、介護もしくは在宅への移行するようにとのことです。

療養病床は医療区分3・2・1とADL区分A~Iに分類されて評価されます。平成28年3月末現在、当院に入院されている患者さんたちは、医療の必要性が高いとされている区分3に入る患者さんが全体の32%前後、医療の必要が低いとされている医療区分1の患者さんは1%、残りの67%は医療区分2に該当していました。

しかしながら、今回の診療報酬改定で大問題が起こりました。医療区分3が見直され、その割合が平成28年4月末で20%に減らされてしまったのです。今回の当院での見直しは、主に酸素療法と血糖検査に関してでした。酸素を毎日3L以上必要としたり、3L未満でも重篤な肺炎や心不全などを合併したりしていなければ、医療区分3には認定されなくなりました。血糖検査についても、インスリン製剤やソマトメジンC製剤を1日1回以上注射し、1日3回以上の頻回な血糖検査がなければ同様に区分3には認定されません。重症度がより高くないと認定されなくなったのです。医療区分の重症度を高くし、医療機関の診療報酬を引き下げ、入院の必要のない、いわゆる社会的入院と呼ばれている患者さんを、できるだけ家庭に戻し、医療費の削減につなげようという政策の流れ
からは致し方ないのかもしれません。

しかし、当然医療区分が下がれば、診療報酬上の点数も下がり、病院の収入は減ります。医療機関は施設基準で人員の配置が定められているため、診療報酬からの収入が減ったからといって、人員を整理することはできません。当然、人件費が経営を圧迫します。正直に言えば、今は毎日出口のない迷路を彷徨っているか、はたまた上がりの見えないすごろくをしているような気持ちです。国が療養病床の削減を進めている状況では、病院の運営は今後成り立たなくなってくる。訪問看護に力を入れようかと考えても、まだ住民が普通の生活に戻っていない地域では、無駄ではないにしても、現状では地域住民のニーズに即さないし、在宅を担う医師を確保できていない。病床を減らし患者さんと職員減らすことも、病院として存続するためには、当然考えます。

では人員配置を楽にするために、国が勧める老人保健施設に転換しようかと思えば、療養病床と同等の重症度の方たちを受け入れる施設で、今より人数を少なくしたスタッフではたして人の定着がはかれるのかわからない。そしてそもそも震災後必死に集めたスタッフを辞めさせることが、この地域の医療や住民のためになるのか。そして、病床を減らして、仮設に患者さんを戻すことが、まだ地域包括ケアが確立していないこの地域で、本当に本当に大丈夫なのだろうか。毎日毎日、道を見出しては進もうとするのですが、マンパワー、住民の生活が安定していない、などの問題にぶつかり、引き返し、また別の道を探す毎日なのです。

この5年間地域医療を死守すべく頑張ってきた院長も、この4月で81歳になり、体調も思わしくない日が続いています。この地でずっと患者さんと向き合ってきた院長ですが、このまま常勤の医師が確保できなければ、最悪の場合、すべての病床を返還しなければならない事態に陥る可能性もあります。私たちは何のためにこの地域の医療環境を守ってきたのでしょうか。私たちが病床を返還すれば、この地域に入院機能をもった医療機関はなくなります。まだまだ復興していない地域で、今回の診療報酬改定、国の方針の波は、あまりにも大きいものです。

震災の時に、そこにあってはならないとされた高野病院は、とうとう病床自体が、あってはならない病院とされてしまいつつあるのです。

John 9V1VVと再会 

昨日、John 9V1VVとその奥様、息子さんとお目にかかってきた。約束の場所は、お茶の水。約束の時間より30分ほど早く着いたので、丸善で本を漁った。20分ほどで戻ると、長身のJohnの姿がすぐ目に入った。しばらく、ということで、握手。奥様と息子さんもにこやかに手を伸ばしてくれた。

ネットで調べておいた、日本料理屋に向かう。わが母校がここだと指さすと、それでお茶ノ水だったのかとJohn。そうだ、40数年前は、このあたりをチェロをかかえて徘徊していたものだと申し上げた。

奥様は、ご両親が中国海南島出身で、ご本人は生粋のシンガポール人。米国企業で会計士として仕事をなさっているが、来年1月をめどにリタイアなさる由。息子さんは、20歳くらいか。この春、徴兵義務を終え、大学に入学なさった由。機械工学の専攻だそうだ。趣味はギター。アコースティックらしい。欧米の大学に留学するつもりはなかったか尋ねたら、お金がかかるし、シンガポールの大学のレベルは高いので誇りを持っているとのこと。旅行の計画を立てるのは彼の役目。訪れる場所のメモをノートにきれいに取っていた。

Johnとは8年ぶりに会った。年齢を感じさせぬ、悠揚迫らぬ姿。だが、内面はとても繊細であるのを、私は知っている。今、月の半分はパートの仕事をなさっている様子だ。以前から問題だった、無線のノイズは、息子さんの手助けを得て、アンテナを高くしたおかげでだいぶ減った由。その割にあまり聞こえないね、というと、東欧のラバースタンプ攻撃に辟易しているらしい。私が、真夜中14メガで東欧相手にラバースタンプをやっているのを聞いたことがあるが、よく飽きないねと皮肉を言われてしまった。FOCの準会員になっているが、ほかのメンバーとも活発にやり取りをしているらしい。今年の10月には、英国で開催されるFOCの集まりに出るのだと嬉しそうだった。話題の流れで、私はJohnは本当の意味での知恵のある方だと申し上げると、奥様と息子さんに受けてしまった。だが、無線だけにとどまらず、音楽・文学や社会関連のことにも関心を持ち、リベラルな考えを持っているJohnは、知恵のある方だと私は思っている。

Johnのご両親は、90歳代で健在の由。お嬢様が在英で、2歳になるお孫さんが一人。年に一度は英国に戻っていると言っていた。昔は、リタイアしたら、オーストラリアにでも移住してのんびり過ごしたいという希望を語っていたが、英国の農村部に家を買う予定を立てたらしい。シンガポールと、英国を行き来する生活になるのか。英国では、シンガポールとのレシプローカルライセンス制度がないので、ノビスから試験を受けないと、と言って笑っていた。2E何とかというコールで彼の信号が聞こえるのもそう遠くないことだろう。

BREXITについても、批判的なことを述べておられた。確かに、離脱派のプロパガンダは、根拠がなく、離脱によって市民は大きな負担を強いられることになりそうだ。Johnは元来リベラルな考えの持ち主だ。私のブログコメントで、彼は共産主義者と呼ばれてもかまわないと記したことがあったので、あれには驚いたというと、いや、特に米国の人に向けてのジョークだよと悪戯っぽく笑っていた。若い時分、1970年代は、自称「ヒッピー」だったとのことで、イスラエルから中東そしてインドへ旅をしたことがあった、と。イスラエルでは、キブツで1年間過ごしたらしい。

我々の共通の関心、音楽については、あまり多く話せなかったが、様々な音源をYoutubeでダウンロードし、ステレオで聞いているらしい。もうCDは要らなくなったとのこと。前に我が家に来られたときに、半ば強制的に当時私が所属していたオケの練習にお連れしたことを覚えており、ブラームスの2番だったね、と懐かしそうに語ってくれた。

実は、彼一人で現れるかと思っていたら、ご家族が一緒だったので、会話を皆と行わなければならず、そうでなくてもヒアリングには少し「難」のある私の英語力では時々立ち往生したこともあった。話題が沸騰すると、家族の中での議論になり、そうすると少しついてゆけない 笑。だが、ご家族にお目にかかれて楽しかった。Johnとは、また無線でゆっくりと話をすることができるだろう。今日は、Atsuさん JE1TRV宅への訪問のようだ。

Johnとご家族。聖橋の上で。

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武器輸出の問題 

安倍政権は、2014年に、武器輸出を原則禁じてきた武器輸出三原則を破棄、新たに防衛装備移転三原則を定め、武器輸出に向けて大きく舵を切った。国際的なわが国の平和国家という評価を大きく変える、この根本的な変更を「閣議決定」で行ったことは、集団的自衛権容認を同じ「閣議」で決めたことと通じるものがある。国会審議を経ず閣議によって、国の形を変えることを平然と安倍政権は行ってきた。

武器の国際的な取引は、国際紛争の勃発・長期化に深く関係している。それはわが国の安全・防衛にも関わっている。武器輸出を解禁することの意味を、世界6月号「死の商人国家になりたいか」に掲載された論文を参考に記してみたい。

冷戦終結後、一時的に激減した武器取引は、2005年から再び急増した。スエーデンのストックホルム国際平和研究所によると、世界の軍事費は1991年に6790億ドルだったものが、2014年には1兆7760億ドルに増えている。2.5倍の増加だ。中東地域の武器輸入は、2005~09年から、2010~2015年にかけて、61%の増加をみせている。最大の武器輸出国、米国は1990年代防衛予算削減に踏み切った。武器市場を世界に求め、武器の輸出規制を緩和、対外有償軍事援助支援制度を使って、軍事企業の武器輸出を促進させてきた。

軍事企業は、多国籍化し、その業務内容も復興支援を含むふく多角産業化している。1990年代から、軍事産業の合併・買収が進み、巨大化・多国籍化した。その資本構成では、機関投資家が多数を占める。それにより、各国が、軍事産業を監督、制御することが難しくなった。紛争地域への間接・直接の武器輸出だけでなく、復興開発事業をも引き受ける多角化が、軍産複合体で進んだ。いわば、火をつけ、火を消すことに、同一の軍事企業が関与するマッチポンプ型の紛争への関与である。

武器は、不適当な国に横流しされないようにという建前で輸出されても、武器商人の手によって、武器輸出国の「敵」に渡ることは、過去にしばしば見られた(以前に紹介したアンドルー ファインスタイン著「武器ビジネス」にそうした多くの例が詳細に記述されている)。様々な縛りをつけても、輸出された武器は、どこのだれの手に渡るかはわからない。中東諸国が武器の輸入国の大きな割合を占める。そのなかで、サウジ・UAE・カタールから、ISISに武器が流されていることはよく知られた事実らしい。良い武器、悪い武器の区別はないわけだ。中東での紛争が続くことで軍事企業が利益を上げ続けられるという本音が、軍事企業自身からも聞こえてくる。

わが国の軍事産業は、これまで武器輸出が規制されてきたこともあり、さほど大規模ではない。武器調達市場の規模は2兆円ほどで、全工業生産の0.8%程度だ。主要軍事企業である、三菱重工、川崎重工ともに、売り上げに武器の占める割合は、たかだか1割程度だ。だが、EUの軍事企業に結果としては落札で負けたとはいえ、オーストラリアへの潜水艦の売却のプロジェクトは、4兆円超の巨大プロジェクトだった。そうした商談が成立すれば、わが国も主要な武器輸出国への仲間入りをすることになる。安倍政権は、武器輸出を成長戦略の一環としている。

オーストラリアは、中国と密接な関係にある。自国のダーウィン軍港を、中国に99年間借款する契約を、オーストラリアは中国と結んでいる。潜水艦という高度な軍事機密が、中国側に渡る可能性が十分あった。また、安倍政権は、フランスとの間で、武器技術を供与する取り決めを結んでいる。フランスから中国への技術移転はかなり自由に行われている。そこでもわが国の軍事機密の中国への移転が行われる可能性がある。かように、武器・軍事技術は、国境を容易に超えて、友好国ではない国、集団に渡る可能性が十分ある。

わが国が、武器輸出を行うようになると生じる問題は以下のようなことになるだろう。

○軍事企業が成長し、軍産複合体を形成。それが、世界各地の紛争に関与することになる。世界平和から逆行する。現在は、武器輸出を厳格にコントロールすることこそが必要だ。

○これまで武器を輸出しない平和国家としての国際的な評価が地に落ちる。これは、紛争の多い開発途上国への支援に大きな支障をもたらす。

○今は軍事企業の規模はさほど大きくはないが、世界有数の武器輸出国になる可能性は十分ある。世界的に軍産複合体は、国家レベルでコントロールできぬまでに大きくなっている。軍産複合体は、紛争を煽り、さらに復興支援をすることで利益を上げ続ける。わが国の軍事企業が、そうした腐敗した軍産複合体に組み込まれる可能性が高い。

○武器・軍事技術は、いったん海外に移転したら、どこに渡るかは分からない。非友好国・テロ集団へ渡る可能性も十分ある。

○武器輸出により、特定の国家・集団に加担することにより、わが国が彼らに敵対していると見なされる。現に、ISISは、わが国を有志連合に所属すると述べており、武器輸出を含めた有志連合への軍事面でのさらなる加担で、わが国、在外邦人がテロの標的になる可能性が高くなる。武器輸出は、紛争に直接関与することに他ならない。



武器輸出で利益がでた、喜ばしい、ということだけでは済まないのだ。武器輸出により、さまざまな軍事的な緊張が高まれば、それに対する防衛対策を取らねばならなくなる。その国家予算をねん出するために、市民生活がさらに犠牲になる。

世界的な視野で、この問題に対処しなければならない。

複雑怪奇な免許制度 

昨夜、久しぶりにお会いしたBill W6QR。今日、John 9V1VVと東京でお目にかかるというと、しばらくJohnに会っていないな、とのコメント。Johnは、お住まいのノイズがひどく、無線にあまりでなくなってしまったようだ、とお話しした。

Billによると、米国では、FCCが環境ノイズの調査に乗り出す、ということだ。調査をするということは、問題があり、それを解決しなければならない、という認識・政策意思の表れなのだろう。

我らが当局は、ITUの新スプリアス基準により、新たな規制を我々に課そうとしているが、環境ノイズの調査なぞ決してやりそうにない。特にアマチュア無線に関しては、PLLの問題でもわかる通り、業界のためには短波帯通信なぞどうにでもなれ、という認識のようだ。新たな規制を我々に課して、わずかな上納金をさらに収めさせようという魂胆にしか思えない。何度も書くが、ドイツ、米国等では新スプリアス基準によって新たな規制が導入されない。

大体において、アマチュア無線の免許制度の複雑さは一体何なのか?移動免許に固定免許、そしてリグごとに免許を下す?そして5年ごとの再免許?すべての手続きで、高額な(少なくとも若い方にとっては)手数料をとる。関連企業にもうけさせ、天下り先を確保するためとしか思えない。このような複雑怪奇かつアマチュア無線家のことを何も考えていない固定化した制度の国がほかにあるだろうか。

そして、それにほとんど問題意識を持たないように思える、声なきアマチュア無線家たち。最近、こちらの方が問題なのではないか、と思えてきた。私も、新たなスプリアス基準問題で、JARLに投書したが、当然何の反応もない。JARLは、一体どこを向いているのだろうか。制度の利用者たる我々が声をあげなければ、何も変わらない。それ以上に、一応アマチュア無線家の団体たるJARLが果たす役割は大きい。名誉会長職を置くかどうかなどというどうでもよい議論ばかりしていないで、行政当局に制度の簡素化、規制緩和(というか国際基準の規制に正常化すること)を強力に求めてゆくべきなのではないか。

以前から何度も記してきたが、こうした官業、場合によっては政官業が癒着して、行政を複雑にさせ、国民から上納金をせしめるシミッタレた制度は、あちこちにある。医療の世界でもさらにひどくなりそうな気配だ。こうした癒着がある限り、わが国は、行政の非効率、国家予算の不適切な分配等が横行し、国家として急速に劣化してゆくのではないか。

Johnとお会いして徹底討論か 苦笑。

バグキーの良さ 

昨日、7メガでたまたまBarry VK2BJを見つけた。W0の局と交信中。彼が使っているのは、バグキーだ。先ごろ、FOCでバグキーの催しが開催され、そこでBarryも刺激を受けたらしい。MLでは、なかなか眼鏡にかなうバグキーが見つからないと言っていたので、バグキーデビューは、しばらく先かと思っていたのだ。しかし、彼は、外観が美的にあまりピンとこないと言っていた、BegaliのIntrepidを入手、この1週間で練習を積み、デビューを果たしたらしい。普段は、エレキーによる高速の美しいキーイングなので、どことなくあどけないバグキーのキーイングで彼の信号を聞くのは新鮮だった。

考えてみるに、CWによる通信は、いくらキーボードを用いても、通信効率は低い。要するに、低速の通信モードだ。しかし、だからこそ、リアルタイムで通信する際に、短い時間の間に何をメッセージとして送るか考え、それを間違えずに送ることが大切になる。おしゃべりのように、話題があっちに飛び、こっちに寄り道し、というわけにはいかない。この「頭を使う」ところが、CW通信の一つのだいご味だろう。その低速CWを生み出す究極の道具がバグキーだ。ハンドキーも良いが、長時間では疲れる。バグキーは、かってコマーシャル通信でも盛んに用いられた通り、長時間の通信にも向く。

バグキーは、使い手の個性が出る。同じモデルでも、微妙に違う。セッティングの変数が多く、さらに短点のウェイト、微妙な雑音(これも味わいの一つ)、長点の不揃いさ、短長点の微妙な間隔、すべてが送り手によって異なるのだ。この個性があるから、コールを聞く前に、その送り手が誰であるのか推測ができることが多い。この多様な個性のキーイングがバグキーの面白さ、魅力なのかもしれない。

上記の点を見方を変えてみると、エレキーやキーボード送信と比較して、符号に揺らぎがあることが、聞き手に心地よさをもたらす面がある。たしかに、機械送信のような整った符号を長時間連続して聞かされていると、疲れてくる。バグキーでは、その点、微妙な揺らぎからくる、ここちよさがある。音楽で、同じ速度のインテンポで最初から最後まで進むのと、適切なアゴーギクを伴いつつ表現するのとでは、後者が優れているのは間違いない。それと似たような関係なのだろう。我々の生命には、揺らぎがあるのと対応しているのかもしれない。

というわけで、バグキー熱が、FOCメンバーのなかで広まるのではないだろうか。最近、クラブに入ったDon WB6BEEや、Benny K5KVがバグキーのグルである。私といえば、バグキーの遅さに耐えかねて(あれ、書いていることが支離滅裂・・・)、エレキーに戻ってしまうこともないとは言えないのだが・・・。

Barryは、骨肉腫で治療を続けている奥様Margaretに良く効く化学療法剤が見つかり、だいぶ良くなったと言っていた。何か月か前に、彼女がその病気であることをうかがってから、その後の経過がどうなのか、気にかかっていた。彼と奥様は、希望を持ちつつ、治療を続けると以前から仰っていた。昨日は、Barryはとりわけ元気そうだった。本当に良いニュースだった。

国民を愚弄する政策 

改憲の議論といい、こうした社会保障の削減の話といい、なぜ選挙で議論しないのか。

これから、国民の痛みを伴う政策がのべつ幕なく出てくる。国債を大増発して、ヘリコプターマネーという実験を行うという話もある。これは、大幅なインフレをもたらす。収入の限られる高齢者・低所得者を直撃する。

国民を愚弄している。

以下、引用~~~

高齢者医療費 上げ議論 「後期」窓口負担や高額療養費
2016/7/15 0:41

 厚生労働省は14日、高齢者の医療費負担を引き上げる議論を始めた。月ごとの医療費の自己負担に上限を設けた「高額療養費制度」と後期高齢者の窓口負担の見直しが柱だ。医療費の膨張を抑えるのが狙いだが、高齢者の反発が予想される。参院選で政権基盤を強めた安倍政権が不人気政策にどこまで踏み込めるか試金石にもなりそうだ。

 厚労省は14日、社会保障審議会医療保険部会を開催。高額療養費見直しは年内に結論を出す。上限は政令改正で引き上げられ、来年度にも実施する。75歳以上の後期高齢者の窓口負担は2018年度まで検討を続ける。

 高額療養費は病気やケガで高額の治療費がかかった際、患者が窓口で払う月々の負担額に上限を設ける仕組み。年収で上限は異なる。年収800万円で70歳未満の人が月100万円のがん治療を受けると、実際の負担は17.2万円。70歳以上だと8.7万円になる。

 高齢化で財政負担は増しており、政府は昨年12月に経済・財政計画の工程表をまとめ「16年末までに結論」と明記した。

 焦点は負担増を求める範囲。部会では75歳以上を優遇する一方、70~74歳で「上限を上げるべき」との意見が出た。また預貯金などの資産を多く持つ人の負担を増やす案も出された。高所得者など条件によっては、現役世代に近い負担を求められる可能性もある。

 70歳以上の上限を一律で上げれば、最も歳出抑制効果が期待できる。だが、低所得者の負担も重くなるため、与党の反発は必至。年末まで調整が続きそうだ。

 昨年8月に見積もった社会保障費の伸びは年6700億円。政府は16~18年度の伸びを1兆5000億円に抑える財政再建目標を設定している。高額療養費を縮小すれば、数百億~1千億円程度の歳出抑制につながるとみられる。

 一方、後期高齢者の窓口負担を巡っては、部会委員から「医療保険制度の持続には引き上げは避けられない」として、現行の1割から2割に引き上げるべきだとの意見が出た。重い病気にかからない人まで対象になるため、見直しのハードルは高い。厚労省は時間をかけて議論する。

社会的共通資本 

現代思想 2015年 3月臨時増刊号に 宇沢弘文の「ケインズ=べヴァリッジの時代を振り返って」と題する論文が掲載されている(初出 現代思想 2009年5月号)。現在のわが国の医療、社会保障を考えるうえで貴重な論考だと思えるので、そのサマリーを以下に記す。

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第二次世界大戦下、時の首相チャーチルは、戦後の社会秩序を再建する方策・理念を検討するために戦後再建問題委員会を立ち上げた。そのなかで、社会保障と関連サービスを検討する小委員会をベヴァリッジが主宰した。彼は、ケインズに助けを求め、優れた経済学者であった、高弟ミードに、その仕事が託された。ミードは、ケインズ主義的な財政政策を主張した。すなわち、医療を中心として、社会保障関係の支出は乗数効果が大きく、経済活性化・社会的な安定性維持の視点から重要な貢献をする、との主張だ。その結果、すべての国民に対して、生まれてから死ぬまで国の責任で保証する社会保障制度の整備を、ベヴァリッジは勧告した。

その勧告を受けて、1948年に発足したのが、ナショナル ヘルス サービスNHSであった。NHSは、すべての疾病に対して、無償の医療サービスを提供した。NHSは創設以来しばらくは、人々から大きな支持を受けたが、やがて、財政的な理由から、政府は大きなコストのかかる医療設備、病院、さらに医療スタッフの給与を極端なまでに切り詰めた。サッチャー政権が二期目に入ると、医療の市場原理主義的な「改革」が徹底して進められた。一人の国民が死ぬまでにかかるコストを最小限にしようとしたのだ。Death Ratioの導入である。この考えは、ベトナム戦争でKill Ratio・・・一人のベトコンを殺すのに必要なコスト・・・を最小にするという米国の経済学者エントホーフェンの考えに基づいていた。医療スタッフへの官僚的支配を強め、病院経営の徹底的な効率化を図った。この結果、多くの医師が海外に流出し、NHSは疲弊の極に達した。1990年代、サッチャー政権から、労働党のブレア政権になったときには、入院待機患者が130万人になっていた。ブレア政権は、当初5年間で総医療費を50%増やし、ついで10年間で2倍にし、医師数も50%増やすことになった。だが、職業的倫理と志を回復することは不可能に近い。

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宇沢弘文は計量経済学からのちに制度学派に関心、方法論を移した。だが、基本的には、経済学が社会的弱者に対して何ができるのか、という問題意識を持ち続けていた。社会的共通資本たる社会保障制度を市場原理に任せてはいけない、というのが彼の発したメッセージだ。

現在の世界に必要なパラダイムシフトをもたらしてくれるものの一つが、制度主義による社会的共通資本の考えだろうか。

以下、引用~~~

社会的共通資本の実現に向けて

内科医 占部まり 

2016年7月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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初めまして。 内科医の占部まりと申します。

唐突ではありますが、社会的共通資本という考え方をご紹介いたしたく、投稿させていただきました。

私の父は、宇沢弘文という経済学者でした。サンタクロースのような髭をたくわえた独特の風貌で、どこかで見かけた方もいらっしゃるかもしれません。2014年9月18日に86歳で亡くなりましたが、人々が幸福に生活をするために経済学という学問がどのようなことができるかを考え続けた生涯でした。幸い、死後も多くの方に共感していただけているようで、著作も地味に再販を重ねています。誰でも共感できるようなことを、数理経済学の基盤を持って主張しているのが支持されているのかもしれません。

私は、地域に密着した医療を目指して臨床医として過ごしてきました。数学や経済学は全くの門外漢ですが、医療が社会的共通資本として守られなければならないという意味や重要性が実感として身にしみてきました。必要な時に的確な医療を受けられることが、どんなに大切なことか、心に留めながら日々精進しています。社会の持続的発展成長には欠くことのできないものです。

父が主張した社会的共通資本とは、人々が豊かな生活を送るための基盤です。それは市場原理に乗せてはいけない、国もしくはそれに準ずる機関が保護していくべきだとしています。そして、それは決して官僚的に管理させてはいけないと繰りかえし述べています。教育や医療といった生活になくてはならないものは、利潤を求める資本主義の中に組み込まれると、その本質が見失われてし
まうと父は考えていました。医療が社会に合わせるのではなく、社会が医療に合わせるべきだ、主張していました。もちろん、その医療を行う集団はプロフェッショナルであることが必要条件となっています。専門集団が必要と認めた費用はすべて、公的もしくはそれに準ずる機関がまかなうようにする訳です。医師、看護師、薬剤などの諸々を経費として計上し、それを維持していく費用を公的なもので維持するという考え方です。専門家としての医師が、必要とした医療はすべて認めようということなのです。もちろんその専門家は高い倫理観と知識を持ってその集団を運営していかなければなりません。
 
父は数理経済学者の立場から、社会的共通資本を保護しても経済が回っていくことを示しました。保護することで、格差も狭まることでしょう。ただ、国が主導して制度を整えていくようになるにはまだまだ時間がかかると思います。ですが、我々医療集団はその専門性をいかに高めていくかということを社会に提示することはできるのではないでしょうか。社会的共通資本としてとして医療が、一般の人々から信頼を得るために、どのようなことをしていくかを考えることが必要ではないかと感じています。医療費の制約がない場合、どのような医療が理想なのかを考え、それに必要な教育、環境をどのように整えるべきか、医療の専門家が提示することで社会的共通資本として認められる道筋ができていくと考えています。
 
上昌広先生とご縁をいただき、今後定期的に勉強会などできればと考えています。

最後に岩波新書の「社会的共通資本」のはしがきを載せます。ご興味のある方は是非、現物を読んで頂けましたら幸いです。拙文にお付き合いいただきありがとうございました。


はしがき

二十世紀は資本主義と社会主義の世紀であるといわれている。資本主義と社会主義という二つの経済体制の対立、相克が世界の平和をおびやかし、数多くの悲惨な結果を生み出してきた。この二十世紀の世紀末は、19世紀末と比較されるような混乱と混迷の最中にある。この混乱と混迷を超えて、新しい二十一世紀への展望を開こうとするとき、もっとも中心的な役割を果たすのが、制度
主義の考え方である。

制度主義は、資本主義と社会主義を超えて、すべての人々の人間的尊厳が守られ、魂の自立が保たれ、市民的権利が最大限に享受できるような経済体制を実現しようとするものである。制度主義の考え方はもともと、ソースティン・ヴェブレンが、十九世紀の終わりに唱えたものであるが、百年以上も経った現在にそのまま適応される。社会的共通資本は、その制度主義の考え方を具体的な
形で表現したもので、二十一世紀を象徴するものであるといってもよい。

社会的共通資本は、一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する。

社会的共通資本は自然環境、社会的インフラストラクチャー、制度資本の三つの大きな範疇にわけて考えることができる。大気、森林、河川、水、土壌などの自然環境、道路、交通機関、上下水道、電力・ガスなどの社会的インフラストラクチャー、そして教育、医療、司法、金融制度などの制度資本が社会的共通資本の重要な構成要素である。都市や農村も、様々な社会的共通資本からつ
くられているということもできる。

社会的共通資本が具体的にどのような構成要素からなり、どのようにして管理、運営されているか、またどのような基準によって、社会的共通資本自体が利用されたり、あるいはそのサービスが分配されているかによって、一つの木にないし特定の地域の社会的、経済的構造が特徴付けられる。

本書では、まず社会的共通資本の考え方とその役割を説明する。そして、社会的共通資本の考え方が、経済学の歴史のなかで、どのように位置づけられてきたかを考える。さらに、社会的共通資本の重要な構成要素である自然環境、農村、都市、教育、医療、金融といった、個別的な事例を取り上げて、それぞれの果たしてきた社会的、経済的な役割を考えるとともに、社会的共通資本の目的がうまく達成でき、持続的な経済発展が可能になるためには、どのような制度的前提条件がみたされなければならないかを考えたい。

本書が、日本が現在置かれている世紀末的混乱と閉塞とを乗り超えて、新しい世紀への展望を開くために、何らかの役に立つことができれば、著者にとって、望外のよろこびとするところである。

2000年8月
宇沢弘文

資本主義の停滞と、極右への傾斜 

一つ前のポストに挙げた、この亡霊のような組織が、政治の表舞台に躍り出てきたのか。そして、社会に蔓延する排外主義、そして極右とも呼べる保守化への傾向は一体どうして生まれてきたのか。最近読んだ、水野和夫氏・白井聡氏等の著作を参考に、まとめてみる。まとめるといっても、複雑な事象が絡まっているのが現実で、その理解のための手がかり、備忘録みたいなものだ。

戦後の冷戦が終わり、わが国の保守政党、政治家は、反共産主義という動機・目的を失った。それは、日米安保に乗っていれば、自らの存在が保証された体制の終わりであった。現在の政権は、対米隷属を今まで以上に行うことで、その不安定さ、空白を埋めようとしている。が、それはいまはなき冷戦構造にしがみつこうとすることに他ならない。一方、対米隷属と相反することなのだが、第二次世界大戦を戦ったわが国の政治体制の肯定とサンフランシスコ条約体制の否定という国家主義の流れが以前からあり、そこに、戦前のエスタブリッシュメントの末裔である、安倍首相のような政治家が乗って、戦前への回帰を唱えだした。対米隷属と、戦後民主主義の否定は相いれず、近い将来破綻が来るはずだ。だが、現在の安倍政権はその矛盾する道をひた走っている。

新自由主義的な経済政策で経済格差が進み、持たざる者が固定化した。彼らは、排外主義をとる国家主義的な政治思想に親和性が高い。偏狭な国家主義にあっては、格差が見かけ上なくなる。持てる者も、持たざる者も等しく「愛国者」になる。この国家主義への傾向は、新自由主義経済が世界を覆いつくしたことにより、世界各国で芽生えている。これは、わが国だけでなく、世界の動きを支配することになるかもしれない。きわめて危険な動きだ。新自由主義経済がなぜ世界を席巻したかといえば、資本主義経済の行き詰まりがあるのではないだろうか。「利潤を上げ続け、成長をし続ける」という資本主義の基本理念がすでに維持できなくなっており、新自由主義経済体制によって、その矛盾が極限に達したということなのではないだろうか。

わが国は、確実に国力が減退する時期に入っている。特に若者は、意識しているかいなかに拘わらず、それに大きな不安を感じているはずだ。現在年齢が低くなるほど、自民党支持率が高くなる傾向があるという。それは、若者の漠然とした不安、現在の状況が続いてほしいという根拠のない希望の現れなのではないか。現政権のアベノミクスとは、日銀の信頼を毀損しつつ行われる、大規模な金融緩和と財政出動だ。それは、自民党が景気刺激策と称してこれまで繰り返し続けてきた政策に他ならない。根本的な解決にならないばかりか、将来に禍根・負担を残す政策なのだが、目の前の株価は上がり、円安で輸出産業を主体に一時的な景気の改善が見られる。それによって生じる多幸感に酔いたい、酔っていたいという気分が、保守傾向を強めさせているのではないか。これは前段の資本主義体制の行き詰まりとも関係している。1990年代以降、電脳資本主義と呼ぶ、経済活動のすべてを証券化し、ネット空間で大きなレバレッジをかけて行う金融経済活動が一時的なバブルを生み出した。が、リーマンショックにより、それがバブルであったことが如実に明らかになった。実体経済の数倍の金が世界中で、利益を上げるフロンティアを求めてさまよっている。そのターゲットが、各国の中間層になっている。それが露見したのが日本の現実なのではないか。その点で、この若者の不安は、資本主義経済の行き詰まりに起因すると言える。

この経済的な停滞が、上記のわが国の保守政治の国家主義への回帰傾向とリンクしたのが、現在進行しつつあるわが国の右傾化ではないか。この危機的な停滞状況を打破する方策は、見出されていない。何らかの大きなパラダイムの変化が必要なのだろう。現在の安倍政権が進めている経済金融政策、戦前の政治体制への回帰では、物事が解決しないことは明らかだ。我々自身の生き方の変革から始まる、維持可能で共生できる経済社会体制の構築が必要なのだろう。

日本会議と改憲 

政権与党は、いよいよ改憲発議に向けて動き出す。先の参院選では、自民党公約では最後に小さな項目として改憲を取り上げていただけだった。twitterの検索では、自民党・公明党ともに改憲・憲法という言葉を選挙運動期間中にまったく使っていなかった。ところが、選挙後の会見で、安倍首相は、改憲は当然のこととして言及していた。改憲が議論されるのをことさら避け、2/3の議席を確保した段階で有無を言わさず改憲を実現する、という腹積もりなのだろう。国民を愚弄している。さらに、愚弄される国民の側も問題だ。

以前から、改憲を目的として運動を展開し、政権与党の改憲の動きを、背後で支えているのが、日本会議という団体だ。280名前後の国会議員が所属している。内閣の半分の大臣はこの組織の会員である。日本会議について、青木理氏がAERAに投稿した論文がこちら。日本会議の目指すものは、最終的に敗戦に至る1930代から45年までのわが国の政治体制だ。天皇制の復活、国民主権の否定、祭政一致による国家主義である。基本的人権等の民主主義の原則は、否定される。日本会議の本態は、神社本庁を始めとする右派宗教組織の集まりだ。実務をつかさどっているのは、1960年代学生左翼運動に対抗する右派の学生組織であった生長の家の学生組織出身の人物。生長の家は、戦時中、軍部を賛美、支持し、勢力を拡大した、と言われている。日本会議は、戦後民主主義を根底から否定し、戦前の国家主義・軍国主義体制を目指す。

日本会議の基本運動方針をそのまま実現する改憲が行われる。



参議院選挙の感想 

参議院選挙が終わった。選挙予報通りの結果である。詳細な結果の分析が出てくると思うので、それを待ちたい。

だが、現時点での感想を幾つか・・・

○まず投票率の低さ。日本の将来を文字通り決める選挙だったのに、過去4番目の低さだ。で、有権者の20%そこそこの得票の自民党が、日本の将来をほしいままに決めることになる。国民は、マスコミのポピュリズム選挙報道に飽き飽きしたのか、それとも自らの将来をまったく考えていないのか。将来の世代が、どのような状況になろうと関係ないと思っているのか。投票率の低さが、政治への無関心の裏返しであることを危惧する。テレビタレントをひょいと候補者に仕立て上げて、その知名度だけで議席を得るという自民党のやり方は、国民を愚弄しているということに気づかないのか。怒りを感じないのか。

○安倍政権は、改憲議席獲得がこの選挙での目的だとしていたので、それを実現したことになる。選挙期間中は、与党政治家は改憲・憲法については殆ど言及しなかった。大勝すれば、自分たちの思い通りになんでもできると考えての「作戦」だったのだろう。政治的に国民に誠実な態度だろうか。また、マスコミも、この「作戦」に加担していた。AKB何とかの総選挙よろしく、候補者、それに彼らへの応援に入るタレント性のある政治家の動向を面白おかしく伝えることだけに腐心していた。ポピュリズムの悪弊そのものだ。

○このようなポピュリズムを許す背景には、政権によるマスコミの支配と国民の政治的な未成熟さとがある。現在は、ネットという媒体があるので、ネットを用いて、政権の意図を明らかにしてゆくことが可能だ。来るべき改憲を問う国民投票に向けて、ネットを通じて、安倍政権の軍事大国化を目指す路線の危険性を訴え続けて行きたい。

○民進党は惨敗だった。民主党政権は、失敗だけでなく、人を大切にする政策を実現した側面はあったのだが、利権を持つ団体・組織の上手なコントロールができなかった、官僚にそっぽを向かれたという点で失墜したのだった。民主党のこの「失敗」が長く尾を引いている。人を大切にするという視点で、政策をもう一度練り直し、リベラル勢力を結集する起点になってもらいたいものだ。組合・総評頼みではもう伸びようがない。社民党、共産党、生活の党などとの政策の練り合わせを行い、共同できるところでは共同していってもらいたいものだ。・・・後で少し考えてみて、民主党は前回の選挙よりは議席数を伸ばしているわけで、この場合惨敗といったのは、改憲勢力に改憲議席数を超えさせてしまったことだけ。野党協力の一人区では善戦していた。いずれにせよ、リベラル勢力をまとめることが必要だ。

○沖縄では、政権与党の国会議員が一人もいなくなった。日米軍事同盟のもと、わが国のおかれた状況を先取りし、露見させているのが、沖縄だ。これは明日の本土の姿でもある。日米安保、日米地位協定が前提としている、いつでもどこでもいつまでも米軍は日本の国土を米軍基地として供与する、という原則が、本土にも適用される日が来る。日米安保でわが国の安全保障が確かなものになるというのは、幻想でしかない。日本の米軍基地が、米国の世界戦略の前線になっている。それが明らかになったとき、本土も政治的に沖縄のようになる。

これからの世代に、どのような日本を渡すのか、しっかり考えて、こんごとも考えを発信し、行動してゆきたい。

木立の葉の揺れる音 

昨日は、真夏の到来を思わせる晴天だった。少し陽が陰ったころ、庭に出て、草むしりを始めた。雑草とのいたちごっこで、あちらがおわるとこちらが生えるということの繰り返し。でも、飽くことなく、草むしりを続ける。

「さわさわ」という木の葉が揺れる音が、耳に入ってきた。大きな木蓮の木と、その東側にある栗の木の葉が、そよ風に揺れているのだ。この木の葉の音に、なにかとても懐かしいものを感じた。私のもっとも古い記憶の一つが、この木の葉の揺れる音なのだ。私が生まれた小さな結核の療養所・・・以前にも何度か記したが、療養所というより、身寄りのない結核患者を受け入れ、その人生最後の日々を過ごしてもらうために、伯母が戦前に雑木林を開墾して作った施設。今思うと、本当に粗末なバラック小屋が、一定間隔でそびえる松の木の間に点在するだけの施設だった。その一角に、私の両親・家族が住む家、やはりバラック小屋があった。幼い私は、窓辺で昼寝でもしていたのか・・・さわさわという木立の音がうとうとしている私の耳に優しく届く。それが、私のもっとも古い記憶なのだ。

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あの療養所を知る人は、とても少なくなった。私の姉、信州に住む従妹、それに二三の遠い親戚の人々くらいか。だが、私の記憶のなかには、今も生き続ける。あたかも時間の流れが止まったかのようだ。この木の葉の音は、私の揺籃の時期を思い起こさせてくれる。

私は、人生の終の時期に差し掛かろうとしている。あの木の葉が揺れる音の世界に、ゆっくりと戻ってゆくのだ。あの療養所で亡くなった人々、患者を看取った人々、私の両親を含めて、みな、同じように、あの木の葉の揺れる音の世界に戻っていった。私も同じようにあの静謐な世界に戻ってゆく。

ブログのエチケット 

ブログを続けていると、いろいろな方がコメントを下さる。有益な情報・知見、知的な興奮を覚えさせてくれるようなコメントもある。だが、なかには、知的な誠実さをもって議論するのではなく、ただ揚げ足を取るためだけ、または私のポストの内容から完全に外れた議論をしてこられる方もある。そうした方のコメントは、遠慮なく放置するなり、削除するなりさせて頂く。dialogueが成立しないとなれば、その相手をする時間はない。自分の見解は、自分のブログなり掲示板で開陳すればよいことだ。それが、ブログでの基本的なエチケットというものだろう。

イラク戦争に関する英国独立調査委員会報告 

イラクでは、今もテロによる犠牲者が絶えない。7日にも200名以上の犠牲者が出たテロがあった。こちら。イラク戦争は、イラク国内の混迷だけでなく、ISISのようなイスラム原理主義勢力の台頭を招き、世界各地で彼らによるテロが起きている。

イラク戦争の責任は誰にあるのか、英国で独立調査委員会が報告を出した。当時の首相ブレアーを手厳しく批判し、この戦争に大義がなかったことを述べている。

アンドルー ファインスタイン著『武器ビジネス』(原書房 2015年刊)によると、ブレアー元首相は、在任当時、腐敗したサウジアラビアとの英国BAE社の武器輸出に関する捜査を中止させるように動いた。イラク戦争を支持し、自国の軍隊を派兵し百数十人の若者を死なせた、ブレアー元首相には、大きな責任がある。戦死した兵士の遺族から訴訟も提起されるらしい。武器ビジネスは、防衛に関係するために、秘密にされ易い。さらに、相手国は独裁政権の支配する国家であることも多く、腐敗が横行する。上記の本には、膨大な資料を基に、そうした腐敗した武器ビジネスの実情が記されている。ブレアー元首相も、そうした腐敗に関わっていた可能性がある。今後の裁判、さらなる検討により、それが明らかにされるだろう。

さて、わが国といえば、小泉首相が真っ先に米国のイラク侵攻を支持し、自衛隊を後方支援でイラクに派遣した。それに関するきちんとした第三者の調査報告がなされていない。イラク戦争を支持し、関与した日本政府は、その責任を明らかにすべきだ。

この英国の調査報告を受けて、世耕副官房長官は、当時のイラクが大量破壊兵器を保持していないことを証明しなかったことが戦争の原因だ、したがって政府に責任はないという、滅茶苦茶なコメントを出している。イラクに派兵した世界各国が、調査委員会を立ち上げ、真摯な報告を出しているのと好対照である。

イラク戦争・その後のイラク情勢を対岸の火事とみるべきではない。上記の通り、日本政府は戦争に深くかかわっている。また、今冬、イスラエルで安倍首相はISISとの戦争に巨額の財政援助をすると明言し、わが国を対テロ戦の当事者にした。ISISに捕らえられていた後藤健二氏は、その直後にISISにより殺害された。中東を訪問する際に、安倍首相は、三菱重工他の軍需企業の人間を連れて歩き、武器のセールスに勤しんだ。安倍政権は、武器輸出三原則を廃棄し、武器輸出に門戸を大きく開いた。わが国の軍需企業を世界の死の商人の仲間入りをさせた。それによって失われた、わが国の平和国家としての評価は限りなく大きい。今後、国内外でわが国、同胞がテロの犠牲になる可能性は高い。世界を不安定化させたイラク戦争に積極的に加担した当時のわが国の政策決定の是非を明らかにし、その政策決定に関与した政治家、そして対テロ戦という武力行使に積極的に関与した安倍首相は責任をとるべきだ。


東京新聞論説から引用~~~

英国で最終報告 イラク戦「支持」検証を

2016年7月8日


 多くの犠牲者を出したイラク戦争。米国に追随して参戦した英国の独立調査委員会が最終報告書を提出した。戦争を支持した日本政府も、その判断が正しかったのかを検証し、公開する必要がある。
 イラク戦争は二〇〇三年三月二十日に始まった。当時のブッシュ米大統領は生物・化学などの大量破壊兵器を開発・保有するイラクの脅威から米国や国際社会を守ることを大義に掲げたが、大量破壊兵器は結局発見されず、戦争は国際社会に深い傷痕を残す。
 非政府組織(NGO)「イラク・ボディー・カウント」によると開戦から一一年十二月、米軍のイラク撤収までの死者は約十六万二千人に上り、約八割が民間人、約四千人は子どもだった。
 戦争による混乱は、過激派組織「イスラム国」(IS)の台頭を招き、同調者によるテロは世界に拡散している。バングラデシュでは日本人七人も犠牲になった。
 国際情勢を大きく変える契機となった開戦判断の是非を検証し、後世の教訓とすることは人類全体に対する責任でもある。
 自国の兵士百七十九人が死亡した英国では、独立調査委員会が七年にわたる調査の最終報告書を発表し、英国の参戦について「イラクを武装解除させる平和的な手法を尽くしておらず、最終手段とは言えなかった」と批判した。
 調査は約十五万点の資料を検証し、参戦時の首相であるブレア氏を含む約二百三十人の証言を公聴会や書面で集めた、という。最終報告書は二百六十万語を超える。
 独立委員会による同様の調査は開戦を主導した米国のほか、オーストラリア、治安維持目的で派兵したオランダでも行われた。
 しかし、当時の小泉政権が米英両軍の武力行使を支持し、復興支援名目で自衛隊をイラクに派遣した日本では独立委員会による調査・検証はいまだ行われていない。
 民主党政権下の一二年、外務省がイラク戦争に関する日本の対応を報告書にまとめたが、公表は要旨だけで、全文は非公開だ。
 しかも、調査対象は外務省内の文書や職員だけで、大統領や首相も聴取対象にして報告書も公開している海外に比べて、とても検証と呼べる代物ではない。
 政策判断の誤りを繰り返さないためには第三者の独立委員会が調査・検証を行い、後世に教訓として残すのは当然の責務だ。安倍政権が安全保障関連法の成立を強行し、自衛隊を海外に随時派遣できる状況なら、なおさらである。

介護殺人 

先日、NHKの番組で、介護に関わる殺人事件を報じていた。過去6年間で百数十件あったらしい。約2週間に一件の頻度だ。

これから団塊の世代が、介護を必要とする年齢に達し、さらに老老介護が多くの現実なので、こうした不幸な事件は今後飛躍的に増える。

こうした高齢化社会の到来は、すでに何十年以上前から予測されたことなのだが、政府はその準備をしなかった。高度成長期にそのための備えをすべきだったが、国家収入は公共事業を主体とする財政出動に消えた。年金は、当初、積み立て方式だったが、いつの間にか賦課方式に変更され、年金の運用は乱脈を極めた。高齢化社会の到来への準備を政府当局は怠ってきた。現在、世代間格差を強調し、高齢者の社会福祉を削減すべきだという議論があるが、それは一面でしかない。

現在、在宅介護が進められている。行政のお題目は、住み慣れた場所で人生最後を過ごす、ということだ。が、本音は、医療介護コストを下げることだけだ。核家族、老夫婦世帯が増えており、在宅介護は場合によって介護する人、介護される人に大きな不幸をもたらす。ベストな選択ではないが、施設介護を進めるしかないのではないだろうか。だが、行政・政府は、病床を削減し、在宅医療介護を進める。そこにどのような修羅場が展開するのか、彼らは関心を持たない。

年金は、目減りを続けている。国民年金の本体部分だけでは、生活保護をも下回り、実際国民年金のみで生活するのは難しい。政府は、大企業減税を行い、大企業がタックスヘイブンに莫大な内部留保をため込むのを放置、いや奨励してきた。グローバルな大企業は、海外やネット空間で利潤を上げることが難しくなり、国民の中間層をターゲットにしている。国民は、窮乏化する。資本主義のフロンティアが、国民の中間層になっている。そうした国民が、近い将来、年金受給者となり、医療介護を受ける身分となる。そこでは、現在をはるかに超える修羅場が展開することだろう。

こうした介護に関わる事件の当事者になるのは、貴方かもしれないし、私かもしれない。このまま放置して良いのか。

以下、引用~~~

介護疲れだけでなく貧困のため将来悲観し親を殺害する例も

2016年07月08日 16時00分 NEWSポストセブン
介護疲れだけでなく貧困のため将来悲観し親を殺害する例も

 ここ数年の間に「介護殺人」が頻発している。昨年11月21日、埼玉県深谷市を流れる利根川で、両親の面倒を見ていた三女(47)が一家心中を図った、“利根川心中”はよく知られる事件だろう。そして、5月10日には東京・町田市で87歳の妻が92歳の夫を絞殺した後、首を吊って自殺した。夫は数年前から認知症の症状が現われ始め、体力が落ちて車椅子なしでは動けない状態だった。さらに今年に入ってから両目の視力もなくなり、認知症が一気に進んでいた。

 夫は介護サービスを受けるのを拒否していたため、妻が献身的に介護していたが、夫の状態が悪化してからは「夜も眠れない」と漏らしていたという。

 夫がようやく介護施設への入所に同意し、手続きがほぼ済んだ矢先に起きた事件だ。妻の遺書には夫に宛てたこんな言葉があった。

「一緒にあの世へ行きましょう。じいじ、苦しかったよね。大変だったよね。かんにん。ばあばも一緒になるからね」

 夫婦は何十年間も愛読していた新聞を、1か月前に「お金がないから」といって辞めていたことから、経済的困窮も一因だった可能性がある。介護疲れの末に殺害し、自らも命を絶ったという点は、今年2月5日に埼玉・小川町で起きた事件にも共通する。

 83歳の夫が自宅で介護していた77歳の妻の首を刃物で刺して殺害。「妻を殺した」と自ら110番した。夫の首にも切り傷があったことから、無理心中を図ったものと見られている。夫は逮捕されたが、約2週間にわたって食事を取ろうとせず、搬送先の病院で亡くなった。

 2015年12月17日には栃木・那須町で、71歳の夫が69歳の妻を殺害。妻は2004年に脳出血の後遺症で寝たきりになり、食事や排泄の世話もすべて夫が行なっていた。さらに妻に認知症が出始めた10年頃からは、「のろま」など暴言を受けるようになり、精神的に追い詰められていたという。

 介護疲れだけでなく、貧しさゆえに将来を悲観し、殺害に至るケースも少なくない。2015年1月17日、千葉・野田市で77歳の妻が72歳の夫を刺殺した事件では、介護施設への入所費用の捻出が引き金となった。

「夫婦は息子家族と同居していたが、夫を介護施設に入れるための費用がなく、自宅を売却しなければならないと考えていた。そのことで息子夫婦との仲が悪化したことも、妻を追い詰めたようだ」(大手紙記者)

 2014年12月には東京・大田区で、77歳の夫に睡眠薬を飲ませ、バットで殴った80歳の妻が殺人未遂容疑で逮捕。事件を招いたのは、無職の長男の存在だった。

「夫の状態が悪化していくことに加え、収入は年金だけなのに無職の長男の金遣いが荒かった。さらに自身の体調も不調だったことから、将来を悲観し、夫を殺して自分も死のうと決意したようです」(同前)

 2015年7月8日に大阪・枚方市で起きた事件では、逆に親を支えていた71歳の息子が92歳の認知症の母を小刀で刺し殺した。息子は大阪地裁での裁判員裁判で、「体にムチ打ってアルバイトをしても、貧困から抜け出せなかった」と、老後破産と老老介護の凄まじい実態を吐露した。

※週刊ポスト2016年7月15日号

「子供たちを戦場に行かせるな」は偏向教育 by 自民党 

本音がポロっと零れ落ちた、ということだろうか。

自民党の公式ホームページで、「偏向」教育を行っている教師を報告させるフォームがアップされた。

いわく、「子供たちを戦場に行かせるな」という偏向教育を行っている教師を報告しろ、というわけだ。

「子供たちを戦場に行かせるな」ということが偏向教育であるとするならば、「子供たちを戦場に行かせる」のが正しい教育ということなのだろう。これは揚げ足取りでもなんでもない。こちらを読んでみて頂きたい。自民党が目指すものが何かがよくわかる。

さらに、ネットで報告させる、すなわち「密告」を奨励することも大きな問題だ。最近、自民党はこの手法をよく用いるようになってきている。ナチスドイツでは、密告が、ユダヤ人・少数者排除のための有力な手段であった。国民は、ナチスの思想に積極的に加担し、ナチスの権力構造を維持することに寄与した。密告は、密告者の私利・私怨から行われることも多く、ゲシュタポはその扱いに困るほどだったらしい。自民党は、このナチスのやり方を真似ている。

さすがに、自民党はこのページを削除したらしいが、本音がポロっと零れ落ちたというところだろう。

国民は、これでも自民党に自らの将来を託すのだろうか。

マスコミ攻撃の反知性主義 

マスコミが、最近、政治報道について自主規制している。政権与党に不都合なこと、そう思われそうなことを報道するのを自ら控える、さらには政権与党に都合のよいように報道する、ということだ。政府の意向を忖度して報道するようになっている。

それについて、池上彰氏が、リテラというサイトで語っている。こちら。自民党はマスコミのすべてのニュース報道を詳細に検討し、注文をつけるらしい。また、いわゆるネトウヨがマスコミに執拗に電話で抗議をし続ける。そのために、マスコミは彼らの意向に沿うように報道の自主規制をしている、ということだ。安倍政権になってから、自民党はネットでのサポーターを組織化している、という。

池上氏は、こうしたマスコミへの攻撃を反知性主義であると述べている。知性的な議論ではなく、情念、それも何か表に出せないような陰湿な情念の渦巻く世界だ。こうした政権与党、その一部の支持者によるマスコミへの反知性的な対応を見るにつけ、ドイツがナチスにより支配されていた時代を思い起こした。あの時代、ナチスが秘密警察、ゲシュタポといった権力組織のみを使って国民を支配していたのではない。むしろ、国民の大多数は、ナチスを支持し、反政権的な人々をナチスへひそかに知らせる、それによってナチスは権力を掌握し続けられたということだ(ロバート ジェラテリー著「ヒトラーを支持したドイツ国民」)。内通という陰湿なやり取り、知性的な議論とは程遠い、ナチスの世界は、現在の政権与党、その一部の支持者がマスコミに対して行っていることと通じるものがある。

今回の参議院選挙で改憲が発議されるようになる可能性がある。安倍首相は、緊急事態条項を憲法に盛り込むことを主張している。総理大臣が緊急事態と宣言すると、内閣は超法規的な決定を下し、国民の基本的人権の制限を課すことができるようになる。国民は、その決定に服従することが求められる。憲法を蔑ろにした安倍首相が、この条項による権力を握る、それはナチスが全権委任法により、ワイマール憲法を葬り去り、絶対権力を握った歴史を彷彿とさせる。安倍政権は、政権浮揚の手法、さらに絶対権力の掌握方法ともに、ナチスを真似ている。

年金資金の欠損について 

年金資金運用で、20兆円の損失を出した可能性があると前のポストで記したが、より正確な情報が入ってきたので、訂正したい。

年金資金運用基金GPIFの2015年度の運用収支は、5兆円のマイナスだったようだ(GPIFから厚労省への報告を朝日新聞がスクープした)。

それに、今年4月から6月期、英国のEU離脱決定を機に、GPIFは、さらに5兆円のマイナスを上乗せしたらしい。これも近々判明することだろう。

トータル10兆円のマイナス

日刊ゲンダイによると、安倍首相は、15年度の5兆円のマイナスは、デマだと言っているらしいが、実際は首相の言葉が出鱈目なわけだ。

さらに、安倍首相は、過去3年間で37.8兆円の黒字を出していると、あたかも自らの政治的成果であるかのように言っているが、これは、GPIFの株式による運用を25%から50%に増やす「前」の運用成績。15年度の運用成績で唯一国内債権だけが+だったらしいので、株式運用を増やさなければ、これほどの欠損を出さずに済んだはずである。

安倍首相は、「アベノミクス」の成果として、株価上昇を挙げていた。株価を高値で維持するために、年金資金を株式市場にぶち込んだ、そして株価暴落で多額の年金資金を失わせた、というのが実情だろう。これは、今後年金支給額の減額に結びつくことも考えられる。

不平等条約の日米地位協定 

米軍基地、軍人、軍属に対して、実質的な治外法権の状態が続いている。

日米安保条約の実務規定として、日米地位協定がある。米軍軍人・軍属の犯罪、その裁判権について、前泊博盛編著「日米地位協定入門」から抜粋する。

1953年の日米地位協定の改定で、米国軍人、軍属のわが国における犯罪について、以下のように取り決められた。

○公務中の犯罪については、すべて米軍側が裁判権を持つ
○公務中でない犯罪については、日本側が裁判権を持つが、(犯人が基地内に逃げ込んだりして)犯人の身柄がアメリカ側にあるときは、日本側が起訴するまで引き渡さなくてよい・・・容疑者を確保せずに、捜査を進められるものだろうか・・・。

この改定までの、日米行政協定では、米軍基地外における犯罪では、日本側に容疑者逮捕権があったが、すぐに米軍に引き渡すこととなっており、米軍人・軍属について実質的に完全な治外法権だった。それが、この改定で、NATO並みになったとされている。

しかし、この改定直後の日米合同委員会で、日本側は米軍関係者の裁判権を実質上放棄するという、密約が結ばれ、それが現在も続いている(アメリカ国立公文書館所蔵資料:新原昭治)。
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これをまとめると;

○何のことはない、完全な治外法権状態が続いている。

日米合同委員会という、日米地位協定のもとに開催される秘密会議で重要事項が、わが国官僚と米軍関係者の間で協議され、決定されている。

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先ごろ沖縄で、米軍軍属の者による、悲惨な女性暴行殺人事件が起きた。それを受けて、我が国政府は、米国に日米地位協定の改定を求めてゆくと述べていた。

しかし、ふたを開けてみると、治外法権の対象者を少し狭める、ということだけであって、治外法権という異常な事態の改善を米国政府に要求するつもりは全くないことが明らかになった。日米地位協定の改定には全くならない。日米地位協定は、この治外法権の問題だけでなく、航空機の低空飛行の問題、米軍訓練の政府への事前予告等に関して、ドイツ、イタリアの駐留米軍の地位協定に比べても、わが国の立場が低い不平等な協定なのだ。それを根本的に改めることが強く求められる。

さらに、日米地位協定の下で、数々の密約を生み出し、日本の防衛はおろか司法の在り方も決めている、日米合同委員会の廃止も求めるべきなのだが、米国政府は当然のこと、わが国政府もそうした方向に動く気配はまったくない。米国の属国としての隷従状態が続く

これまで、わが国の米軍基地の大半を狭い沖縄に集中させ、その歪を沖縄の人々に我々は押し付けてきた。秘密保護法、安保法制で、自衛隊が米軍の指揮下に入り、世界各地で米軍の肩代わりをするようになる。わが国、わが国の国民が、テロや、武力衝突に巻き込まれるリスクが高まる。沖縄の問題は、我々自身の問題なのだ

以下、引用~~~

軍属の範囲、実質縮小で大筋合意…日米両政府

2016年07月04日 06時20分 読売新聞
 日米両政府は、米軍属の男が沖縄県の女性を殺害したなどとして起訴された事件を受け、日米地位協定上の軍属の対象範囲を実質的に縮小することで大筋合意した。

 軍属を4分類した上で、企業の従業員の場合は高度な技術を持つ人などに限定する。軍属から外れる職員は、公務中の犯罪であっても日本側が裁判権を持つことになる。

 岸田外相と中谷防衛相がケネディ駐日米大使らと5日にも会談し、合意文書を発表する。

 今回の事件では、起訴された軍属は、日本側が身柄を確保しており、地位協定が捜査の障害になることはなかった。ただ、地位協定の改定を求める沖縄県民の反発が強いことに配慮し、日米両政府は運用の見直しを検討してきた。

前進あるのみと絶叫する安倍首相 

Youtubeである曲を探そうと、同サイトにアクセスしたら、安倍首相がど~~んと画面に現れた。彼は、国民総生産を36兆円伸ばした、雇用を110万人増やした、賃上げを2%実現した、と述べて、さらに前進だ~~と、そのクリップのなかで述べている。

国民総生産は、物価上昇と円安の効果だ。円安は物価上昇を通して、国民の生活を圧迫する。この国民総生産増加分も大部分は、大企業内部留保増加となって、租税回避地へ行ってしまう。

雇用110万人増は、非正規雇用の増加だ。年収200万円以下の非正規雇用が増えているだけ

賃上げ2%増は、大企業の限られた労働者の賃金の数値。実質賃金は連続して低下している。

いやぁ、よくもこれだけ嘘を並べられるものだ。

前進した先には、米国に隷属し、国の富をグローバル資本に手渡し、世界各地で武力衝突、戦争を引き起こしてきた米軍の代わりに自衛隊を派遣し戦争する国の在り方が待っている。

もっとも期待できないことを期待し続ける 

参院選前の最新世論調査で、比例で自民党へ投票する者が32%、安倍政権支持率が5割を超えているらしい。国民の最大の関心事は、医療年金等の社会福祉であるという。

国民は、安倍政権に「もっとも期待できない」ことを期待している。「企業が活躍しやすい環境をわが国に作る」ということを、安倍首相は経済政策の一番の目的に挙げている。国民の社会保障を第一に考える、とは決して言わない。企業の収益が上がれば、その利益の一部が国民に流れ落ちてくる、というのだ。それが、まったく実現していないことがこの3年半の安倍政権の政治から明らかだ。企業収益は、内部留保になってしまい、国民に回ってくることはない。税収が上がったというが、それを社会保障に重点的に回しているということもない。

小泉政権以来、いやその前高度成長が終わりを告げてから、自民党政権は、国民を包摂し、社会保障のセーフティネットを維持することを放棄した。安倍政権の社会保障政策も、決して国民のことを考えたものではない。

年金資金の最大6割を博打(それも負けることの分かっている博打)のような株式市場に投資し、目減りすることが確実だ。これは株式の値上がりという表面的な経済効果を狙うものだ。今回の英国のEU離脱に伴い株式は暴落し、年金資金の損失は20数兆円に膨れるのではないかとの試算もある。年金資金が減れば、年金支給額を減らさざるを得ないと、政府は明言している。今年前半の年金資金運用成績は、選挙の終わる7月下旬に公表される。これも意図的な損失隠しだろう。

TPPが施行されると、医療の混合診療化が必至だ。TPPとは、加盟国の市場、その最大は日本市場なわけだが、それを米国の資本が自由に行動できる市場とすることを目指すものだ。米国の保険資本が狙っているのが、わが国の国民の資産だ。安倍首相は、現在の公的保険診療を堅持するとは言うが、混合診療の拡大を行わないとは決して言わない。米国保険資本が医療現場に入り込み、国民の資産を吸いつくすことを許す積りなのだ。米国では、自己破産の大きな理由が、医療費負担だ。そうした社会をわが国にもたらそうというのが、TPPである。TPP絶対反対といっていた安倍政権は、TPP批准に向けて前のめりになっている。

日銀に国債を引き受けさせる政策は、麻薬のようだ。どんどん日銀の資産バランスシートが悪化し、やがては国債と円の評価が暴落する可能性がある。本来、日銀による国債引き受けは、禁じ手だった。どうしても行うとしても、短期間で止めるべき非常手段であった。ところが、出口の見つからない麻薬中毒のような状況になっている。この金融政策は、経済活性化に寄与していないだけでなく、ハイパーインフレを引き起こす可能性が極めて高い。高度のインフレになるとまず困窮するのが、年金生活者、低賃金で働く人々だ。現在の金融緩和・財政出動で一時的なユーフォリアに浸っていると、後で手痛いしっぺ返しが来る。そうした金融財政政策を続けているのが、安倍政権だ。

こうした見解は、このブログでも繰り返してきた。だが、国民は、安倍政権を支持し続ける。安倍政権にもっとも期待できないことを期待し続けているのだ。