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 2017年04月 

危機を煽る者たち 

今朝。北朝鮮が弾道ミサイルを発射し、すぐに失敗したようだ。

それに対する、わが国の反応が、滑稽である。都内の「地下鉄」が点検のために一時ストップしたのだ。なぜ「地下鉄」なのか?それに、ミサイル発射のニュースと同時に「失敗した」ことも伝えられているはずだ。失敗したミサイル発射に対して、なぜ対応するのか?

このボケた対応に、わが国政府の意図が見える。政府は危機を煽りたいのだ。それが、現在進行中で日に日にやばい状況になっている森友学園問題を覆い隠す。また、世論の改憲・軍拡への賛成が増える。そう読んでいるのだろう。

米国トランプ政権も、危機を作り出し、煽ることに熱心だ。トランプ大統領は、北朝鮮との大きな衝突がありうる、とまたアナウンスしている。一方、韓国に配備したTHAADの費用1100億円を韓国に支払うようにトランプ大統領は求め、韓国政府に拒否されている。どうやら日本もTHAADを導入する様子だ。わが国政府は、諾々としてその費用を米国に支払うのだろう。THAADへ情報をもたらすAN/TPY-2レーダーが、ミサイル軍備のバランスを崩し、米国と中国の間でさらなる軍拡が始まるとも言われている。そうすると、それに追随して、我が国もミサイル防衛を新たにする必要が出てくる。国家予算が軍事費に食い荒らされることになる。

北朝鮮の危機を煽っているのは、米国であること、そのアジテーションによって利益を得るのは米国であり、安倍政権であることを忘れないようにしよう。

ポピュリズム政治家による、本当の危機 

このニュースには驚いた。いや、単なる脅しの応酬なのかもしれないが、核の均衡は思わぬところから崩壊する可能性がある。ロシアその他の核爆弾保有国の核が実際に使われたら、地球上から人類は完璧に亡ぶ。英国人の知り合いに、この防衛相について尋ねたら、近年英国の閣僚の質が落ちていると困った様子だった。ロシアと西欧諸国の間に軋轢があることは事実だろうし、ロシアのクリミア併合で緊張が高まっていることも事実なのだろう。だが、核武装を前面に出して緊張を煽るべきではない。

東アジアで緊張を高めているのがトランプだ。その同じ英国人の友人が言うには、彼は何をしだすか予測がつかない、それが問題だ、ということだ。AFPのこの記事もそうだと頷かせる。

世界各国でポピュリズム政治家が跋扈しだした。彼らは危機を煽って、自らの政権基盤を固めようとする。

我らがポピュリズム政治家達(安倍政権閣僚達)は、北朝鮮危機を煽っておきながら、このゴールデンウィーク中、半数は外遊するらしい。外務省では四日間大臣・副大臣すべて同時に外遊で出払う。核戦争の危機を煽り、サリン攻撃があると言い募りつつ、この緩みっぷりは見ものだ。これも別な形の危機だ。こうした連中に外交・政治を任せておいて良いのだろうか。

ニューズウィークより引用~~~

英「ロシアに核の先制使用も辞さず」── 欧州にもくすぶる核攻撃の火種
Russian Senator: U.K. Will Be 'Wiped Off the Face of the Earth' If It Uses Nuclear Weapons
2017年4月26日(水)19時28分
トム・オコナー

1952年、アメリカがマーシャル諸島で行った初の水爆実験 REUTERS
<イギリスのファロン国防相が「核兵器の先制使用も選択肢」とロシアを威嚇。ロシア側はイギリスを「地上から抹殺する」と応酬するなど、ヨーロッパでも緊張が高まっている>

ロシアの政府高官がイギリスに噛みついた。イギリスの防衛相がロシアに対する核兵器の先制使用も選択肢になると示唆したのに対し、ロシアは直ちに反撃し、イギリスを壊滅させると応酬した。

ロシア上院国防安全保障委員会のフランツ・クリンセビッチ委員長は月曜、「ロシアの反撃を受けてイギリスは文字通り地上から抹殺されるだろう」と言った。ロシアのモスクワ・タイムズ紙によると、マイケル・ファロン英国防相はそれより前に英BBCのラジオ番組に出演し、イギリスは核による先制攻撃も辞さないと発言した。

【参考記事】ロシア戦闘機がNATO演習に「乱入」

「極限まで差し迫った状況になれば、先制攻撃の手段として核兵器を使用する選択肢を排除できないという立場を、我々は非常にはっきりと示してきた」とファロンが同番組で語ったと、英インディペンデント紙が報じた。

核兵器の使用が正当化されるのは具体的にどんな状況かと司会者が尋ねると、ファロンはこう切り返した。「抑止力で最も重要なのは、我が国を標的にして核兵器を使用する意図がありそうな敵に対し、(もしかすると相手も撃ってくるかもしれない、と)躊躇する余地を残すことだ」

イギリスは核兵器保有国9カ国に含まれ、保有する核弾頭数は推定215発。一方、世界最大の核兵器保有国とみられるロシアは、推定7300発の核弾頭を保有、核戦力の増強も計画中だ。クリンセビッチはファロンの脅しは口だけだと一蹴した。

対立が深まるロシアと西側諸国
クリンセビッチは第二次大戦末期の1945年に、アメリカが日本の広島と長崎に原子爆弾を投下したことにも言及。偉大な大英帝国の時代が終焉したように、核攻撃で一方的に勝てる時代は永遠に過ぎ去ったと言った。米カリフォルニア大学ロサンゼルス校のアジア・アメリカ研究センターによると、日本での原爆投下により少なくとも22万5000人以上が犠牲になった。

イギリスは、アメリカやフランス、ドイツなど多数の西側諸国と足並みをそろえ、クリミア併合以来のロシアの著しい拡張主義に批判を強めてきた。NATO(北大西洋条約機構)とロシアはヨーロッパの国境付近で軍備増強を進め、挑発的だと互いを非難している。

【参考記事】もし第3次世界大戦が起こったら

アメリカは昨年、ロシアの軍事的圧力の高まりに対抗してNATOの防衛力を強化するため、バルト3国(リトアニア、ラトビア、エストニア)とポーランドに4つの多国籍軍部隊を展開した。ロシアはリトアニアとポーランドの間の飛び地カリーニングラードに核搭載が可能なミサイルを搬入し、バルト海周辺で軍事演習や訓練を繰り返している。

【参考記事】ロシアが東欧の飛び地カリーニングラードに核ミサイル配備?

共謀罪に問われぬ一般人などありえない 

やはり、この法律は、刑法を根本的に改変するもののようだ。

一般人であれば、共謀罪には問われない、という安倍首相・金田法相の繰り返してきた説明は詭弁。

共謀罪の嫌疑がかけられた時点で、その人物は一般人ではなくなる。共謀罪の嫌疑をかけるのは、警察自体であり、嫌疑がかけられた時点で一般人ではなくなる。だれでも共謀罪の嫌疑がかけられうる、即ち共謀罪から自由な一般人などありえない。あぁ、賄賂、公務員職権乱用罪、特別公務員暴行陵虐罪、選挙違反等は共謀罪には問われない、政治家、財界人、公務員は別だ。彼らは、共謀罪に問われぬ特権階級である。

「無罪推定の原則」とは、 犯罪を行ったと疑われて捜査の対象となった人(被疑者)や、刑事裁判を受ける人(被告人)について、刑事裁判で有罪が確定するまでは、罪を犯していない人として扱わなければならない、という原則。共謀罪が制定された時点で、無罪推定原則は消滅する。

以下、共同通信より引用~~~

嫌疑ある段階で一般人ではない
「共謀罪」で盛山副大臣
2017/4/28 17:39

 「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案の審議は28日午後も衆院法務委員会で続き、盛山正仁法務副大臣は同日午前に一般人は捜査対象にならないと答弁した根拠について「何らかの嫌疑がある段階で一般の人ではないと考える」と述べた。民進党の逢坂誠二氏への答弁。

 民進党の井出庸生氏は、その後の質問で「無罪推定の原則と真っ向から対立する」と批判。盛山氏は「一般の人とは言えないのではないか」と繰り返した。

 盛山氏は28日午前の審議で「通常の団体に属し、通常の社会生活を送っている一般の方々は捜査の対象にならず、処罰されることはない」と答弁していた。

わが国の経済格差の拡大 

月刊誌『KOKKO』編集者 井上伸氏のブログ によると、アベノミクスなる政策は、富む者をさらに富ませ、貧しい者をさらに貧しくする政策である、ということだ。富裕層トップ40人の資産は、第二次安倍政権になっておよそ2倍になった。52.5%の世帯の資産が富裕層40人の資産と同じになったのである。こちら。今後、収入が年金のみの高齢者が増え、この格差はさらに拡大することだろう。

小泉政権から顕著になった新自由主義的な政策を、安倍政権も着実に引き継いでいる。新自由主義的政策は、市場のフロンティアを、海外に求め得なくなり、国内の中間層をターゲットとして搾取するようになった。その当然の帰結が、この格差の拡大だ。貧しくなった層は、社会的弱者を包摂する制度を拒否する、むしろ更なる新自由主義的な政策の徹底を求める。差別と怨念の渦巻く社会が到来する。小さな政府を実現しえなくなると、ポピュリズムによる国家主義的な政治に親和性を示すようになる。

米国では、あからさまに大規模な法人税減税と、富裕層への減税が行われようとしている。中下流階級の白人が多いというトランプ支持者は、それでもトランプを支持し続ける。

対テロ等準備罪に関する誤解 

世論調査によると、質問項目が対テロ等準備罪法案であると支持率は高くなり、共謀罪法案とすると支持率は下がるらしい。

対テロというと、テロを防ぐための法律と誤解されるようだ。国民のその誤解をこそ、法務省・政府は狙っている。

対テロ等準備罪法案には、当初テロという文言はどこにもなかった。それを指摘されて、法律の目的の項目に「テロ等」と法務当局は慌てて入れた。テロの定義もなければ、テロに特化した条項もない。テロ「等」とある通り、広義のテロも含まれるが、テロ以外のさまざまな犯罪を準備計画段階から処罰するための法律なのだ。新たに277(以上の)犯罪類型が生まれたわけだ。この新たな犯罪の捜査には、盗聴・尾行・監視等を捜査令状なしに行う任意捜査が必須となる。司法取引も行われる。国民のプライバシーが侵され、さらに冤罪が生まれる。

賄賂、公務員職権乱用罪、特別公務員暴行陵虐罪、選挙違反等、組織集団の犯罪にあたる、政治家、公務員、財界人の犯罪は、この法案の処罰対象になっていない。国を支配する層は、警察司法の監視を免れることになっている。

一般人はこの法律の対象外だと、首相・法務大臣等が繰り返し述べている。が、法務官僚・法務副大臣・刑法の専門家は、それは誤りで、一般人こそが対象になると言っている。一般人かどうかは、具体的な事案に対応して、捜査を行う警察自体が判断することになるわけで、一般人がこの法律の対象外だというのは詭弁だ。刑法案件は、2002年から2015年までの間に40%も減少し、その間警察人員は2万人増えているらしい。公安警察にはイスラム過激派に対応する通訳さえいないらしい。この法案の実際の目的に、警察の新たな仕事づくりがある。その新たな仕事が、277以上の犯罪について一般国民を監視することなのだ。この新たな犯罪を作り出すことで、国民の様々な活動が萎縮させられる。

安保法制にせよ、通信傍受法にせよ、そしてこの法案にせよ、「お上のやっていることは間違いはないだろう」という思い込みは、そろそろ捨て去った方が良い。対テロという呼称で騙されてはいけない。

日本専門医機構のための新専門医制度 

やはり、日本専門医機構のための新専門医制度だったわけだ。この記事の上氏は、一部の教授たちの利権と記されているが、こうした組織は間違いなく天下り組織になっている。官僚が、医療に天下り先を作るというところから出発した組織なので、たとえ現在天下りが目立たなくても、稼働するようになれば、退職官僚がこの組織に居座ることになる。

ただし、この新専門医制度への医師・中小医療機関からの風当りが強く、日本専門医機構があまりに右往左往ししているので、厚労省(の諮問会議)は、専門医取得は義務ではない等と当然のことを言いだした。もし義務にするとすると、医師資格の上に屋上屋を架すようなものだから、それは問題なのは当然のことだ。だが、専門医資格がないと投与できぬ薬剤を厚労省が指定する等といった手法で、専門医取得を必須のことにしてきた経緯があるので、義務ではないというアナウンスは、そのまま受け入れるわけにはいかない。新専門医制度が稼働し始めたら、官僚・一部の民間人への利権組織として医師をしばり始めることになる。

専門医資格の有無が、医師としての実力、さらに患者さんとの意思疎通能力を決めるわけではない。若い医師諸君が、よくよく考えて、この新専門医資格を取るかどうか考えてもらいたいものだ。少なくとも、現状では、専門医が医療を行う上で必須ではない。むしろ、この記事にあるように、利権の温床として、日本専門医機構を捉えて判断すべきだ。

日本の社会、あちこちでこれと同じ構図の利権組織がある、または作られようとしている。

以下、引用~~~

認定料目当てに早くも贅沢三昧、日本専門医機構
JBpress 4/26(水) 6:10配信

 新専門医制度をめぐる議論が迷走している。この議論をリードしている日本専門医機構が、一部の大学教授たちの利権と化し、地域医療を崩壊させる可能性が高いことを、私は繰り返し主張してきた(参照1、2)。

 最近になって、医療界以外にも、この問題の深刻さを認識する人が増えてきた。

 例えば、4月14日、松浦正人・全国市長会会長代理(山口県防府市長)は「国民不在の新専門医制度を危惧し、拙速に進めることに反対する緊急要望」を塩崎恭久厚労大臣に提出している。

 朝日新聞は4月13日の「私の視点」で、南相馬市立総合病院の後期研修医である山本佳奈医師の「専門医の育て方 地域医療に研修の場を」という文章を掲載した。

■ 不足している産科医の育成を医局が妨害

 山本医師は関西出身。大学卒業後、南相馬市立総合病院で初期研修を行い、今春からは同院で産科を研修することを希望した。しかしながら、福島医大の産科医局出身の男性医師やその仲間が、新専門医制度などを理由に拒み続けた。

 南相馬市長も「福島医大と対立したくない」と言って、彼女を雇用しようとしなかった。最終的に、彼女は産科医を諦め、神経内科医として南相馬市に残った。

 南相馬の産科医不足は深刻だ。ところが、新専門医制度は、医局が部外者を排除する参入障壁として機能した。医局に任せると、こういう結果になる。これでは、何のための専門医制度か分からない。

 日本専門医機構(以下、機構)は、いったん白紙に戻し、ゼロから議論すべきだ。ところが、そう簡単にことは動きそうにない。

 最近、知人から、気になるコメントを聞いた。高久史麿・日本医学会会長が、2016年6月18日に公開されたエムスリーのインタビューで「立ち止まっていたら、きりがなく、財政的にももたなくなる」と語っていたというのだ。

 私は機構の財務資料を探し、友人の税理士である上田和朗氏に分析してもらった。その結果は衝撃的だった。

 平成28年3月末日現在、機構の総資産は3722万円で、総負債は1億498万円。つまり、6776万円の債務超過だ。

 機構は運転資金を得るため、日本政策金融公庫から短期で5000万円、長期で3000万円を借り入れていた。

 なぜ、こんなことになるのだろう。まだ事業が始まる前だ。機構の事業は、そんなに初期投資を要するものではない。

■ オフィス賃料が大手町の6倍! 

 支出を見て驚いた。交通費3699万円。賃料1555万円、会議費463万円もかかっていたのだ。

 ホームページに掲載された機構の理事会の議事録を見ると、参加者の多くは東京在住だ。普通にやっていれば、こんなに交通費がかかるはずがない。

 交通費については、事業開始初年度の平成26年度にも1829万円を使っている。この年度の交通費の当初予算は1万円だった。いったい機構のガバナンスはどうなっているのだろうか。

 賃料も桁違いだ。毎月120万円も支払っている。

 私は事務所の場所を調べた。なんと有楽町駅前の東京フォーラムにあった。超一等地で、ホームページで調べると、賃料は1坪あたり12万6421円となっていた。

 オフィスビルの平均賃料は、1坪あたり丸の内・大手町で2万1500円、浜松町・高輪で1万2864円だ。機構が東京フォーラムではなく、浜松町にオフィスを借りていたら、毎月100万円程度節約できたはずだ。

 一方で、収入に関しては、当初1億2500万円の認定料を受け取る予定だったが、実際に受け取ったのは1688万円だった。入会金も70万円の予定が5万円だった。最大の収入は4600万円の補助金だ。

 収入がないのに、贅沢三昧をやっていれば、お金がいくららあっても足りない。機構は、どう考えていたのだろう。

 平成27年の臨時理事会議事録によれば、「施設認定料10万円(一施設)、専門医認定更新料(従来の学会専門医にさらに上乗せ徴収)、1人1万円で、5年後に黒字化する」と書かれている。

 つまり、新専門医制度を始めれば、認定料で安定した収入が見込め、その収入をあてにして、最初から浪費していたようだ。

■ 専門医研修義務化なければ破綻へ

 彼らが、専門医研修の義務化にこだわったのも、高久先生が「財政的にもたない」と発言したのも宜なるかなだ。このまま新専門医制度が始まらなければ、機構は破綻するしかない。背に腹は代えられない状況に陥っているようだ。

 高久先生は、昨年6月の段階で問題を認識していたのだろう。だから、前出の発言に繋がった。税理士の上田氏は「(2009年に事件化した)漢字能力検定協会の事件を思い出しました」と言う。

 私は高久先生の意見と反対だ。機構の幹部の尻ぬぐいをするため、その乱脈経営をうやむやにして、若手医師や地方の医療機関にツケを回すべきではない。将来の我が国の医療が犠牲になる。

 専門医制度が予定通り進んでいないのは、機構が準備している制度が悪いからだ。「とにかく新専門制度をやることに決めたのだから、やるしかない」という理屈は通じない。

 まずやるべきは、機構の責任者が、これまでの経緯を説明して、責任をとるべきだ。その過程で機構が破綻しても仕方ない。自己責任である。

 それとは別に、専門医育成はいかにあるべきか、広くオープンに議論すべきだ。

上 昌広

昔のログ 

今朝いつになく早く目が覚め、定番のトーストの朝食を取り、無線機の前に座った。7メガしか開いていない。ヨーロッパがDL辺りまで何とか聞こえる。何局か簡単な交信。DL1BUGがFOCメンバーだが、CONDXが悪く、ラグチューはまともに出来ず。Z3の局でFT101Eを現用中の局がいた。QRZ.comの彼のページを見ると、もう50歳はゆうに超えている様子だが、10歳台の写真もあり、それに同じモデルが映っていた。同じ機械らしい。40年前後使い続けているのか。WARCに出られないのが不便だが、よく働いている、とのこと。

少し下を聴くと、KH2LがCQを出している。強力な信号。今までに交信したことはあっても、ラグチューをする方ではなかったような気がしたので、彼が呼ばれず、立ち去るまで、しばらく聞いていた。例によって、QRZ.comの彼のbioを読むと、1960年代後半にKA2EPで日本からオペレートしていたことを知った。そのころ、私も米軍補助局の方と知り合いになり、お宅にお邪魔したことがあった。関東村だったことだけは覚えているのだが、コールや名前は思い出せない。KH2L Edにメールをしてみた。すぐに返答があって、当時私と会った可能性は大いにある・・・思い出せないが・・・とのことだった。JA1AEA、Yaesuの創始者JA1MP等とは会った記憶があるらしい。

無線を始めた1963年から、大学受験のためにQRTした1969年までのログ、9冊の大学ノート、が奇跡的に保存されていた。大学に入ってからはオケに夢中で、無線にカムバックすることなど微塵も考えていなかった。このログも、廃棄されるべき運命だったのだが、どういうわけか、どこかにしまい込まれて生きながらえた。自作の無線機はすべて処分。無線関係の機器で残ったのは、HK3という縦ぶれ電鍵一つのみだった。

で、ログをすべて見直してみた。残念ながら、Edのコールを見つけることはできなかった。二つ三つのKAコールはログにしっかり記録されていた。当時、軍補助局という位置づけだったKA局は、交信が禁じられていたわけだが、KA局の方から呼ばれたこともあったようだ。昭和40年前後でまだ占領時代の名残があったのだろうか。懐かしいコールもいくつも見つけた。WB6CWDはたしか現在のK6AR Jimだ。K6KII CliffがKG6AAYとしてグアムから運用していたときにもお会いしていた。今もコンテストにactiveなJohn K4BAIはHL9KQで出ていたようだ。懐かしいWのelmerたちのコールも勿論記録されている。HL2DC Leeと最初にあった時、彼はプサン在住でそちらの大学生だった。コールはHM8DC。ZS6QU、CR7IZ、DJ2BW、ZS1XR、ZS5KI、JA7FWT、JA3JYX、JA1EQM、JA1FHX等々懐かしい・・・。

もう一つ、昔のログを眺めて気づいたことは、QSOの記録が通り一遍であったこと。再開してからは、交信内容をかなり細かに記録し、ノート1ページをまるまる一つの交信の記録に割くこともあったほど。だが、この1960年代のログは、一交信に一行と決めてあったように、余計なことは記入していない。当時からラグチューの真似事はやっていたはずなのだが・・・後で、交信局数を勘定するのに都合の良いように、そうしていたのかもしれないが、当時は何しろ局数を多くすることに主眼を置いていたということだろうか。コンテストも、のべつくまなく出ていた。あ~~あ、これに費やした時間を別なことに費やしていれば、と思わなくもないが・・・これはこれで楽しんでいたのだから、良しとすべきだろうか。

・・・と、とりとめないことを思いながら、昔のログを見返したことであった。Edを今度聞いたら呼んでみよう・・・。

「戦争からの避難は可能だろうか」 

尊敬するブロガーのお一人、志村建世氏のブログの最近のポスト「戦争からの避難は可能だろうか」が、優れた内容だ。

政府が北朝鮮からのミサイル攻撃に対する避難訓練を行うように各地方自治体に指示した。だが、戦争からの避難は、一体可能なのか、という問いかけである。北朝鮮からの攻撃があるとすれば、全面戦争となる。一度に多くの地域が攻撃される「飽和攻撃」をうけることになるだろう。爆撃機が飛来して、空襲が行われるような攻撃ではない。ミサイルにより、極めて短時間のうちに攻撃される。避難の仕様がない。志村氏の言われる通り、一旦全面戦争が始まったら、「終わり」なのである。

さらに、この全面戦争の状況では、小泉内閣当時に制定された、「有事法制」が我々の行動を縛る。民間も政府の指示に従うことが要求され、それに従わない場合は、罰則を受けることになる。特に医療機関は、戦時対応を迫られる。

現在の北朝鮮危機は、2000年代以降繰り返されてきた米韓合同訓練への北朝鮮の反発が根底にある。同訓練は、北朝鮮体制の崩壊を想定した訓練である。直接的に金体制を倒すことは明示していないが、実質的に、金体制の打倒を目指すものになっている。それに対して、金体制が何としても体制の維持を図るべく、軍拡を続け、核武装、ICBM装備までたどり着きそうだ、ということだ。金体制は、繰り返し述べている通り、非人道的な独裁政権なので、排除されるべきだが、軍事的にそれを行うことはリスクが大きすぎる。基本は、北朝鮮危機は、米国が主導して出現したものだ、ということだ。

米国はトランプ政権の浮揚策として、北朝鮮危機を演出している側面もある。選挙戦の際の公約をことごとく反故にせざるを得なくなり、政権を固めきれていないトランプ政権の支持率は、低迷を続けている。シリア空爆という「ショー」で一応支持率が上向くという感触をトランプ大統領は得た。同じような軍事行動を、北朝鮮でも行おう、または行う状況を演出しようとトランプ大統領が考えたとしても、おかしくはない。また、東アジアの危機を煽り、高額な米国製のミサイル防衛網・武器を売り込む狙いもあるのだろう。

少なくとも、現時点では、米国の圧力を受けた中国が、北朝鮮に対して石油禁輸処置をカードに、北朝鮮の暴走を食い止めようとしており、すぐに戦火が生じるリスクは極めて低いということのようだ。だが、この「火遊び」が何時戦火に進展するか、誰も確実な予測をすることはできない・・・その可能性はゼロではない。

そうしたトランプ政権の「火遊び」に盲従しているのが、安倍政権だ。いや、有事法制を作りあげた小泉政権時代から、それは始まっていたのかもしれない。国民の生命と財産を守ると繰り返し安倍首相が述べているが、やっていることはその真逆である。戦争からの避難は不可能なのだ。安倍首相は、トランプ大統領の「火遊び」に追随し、隷従している。その代償は、国民の生命・財産の喪失となる可能性がある。

先ほど、Lee HL2DCから電話を頂いた。二日ほど前に、心配してメールを差し上げたことへの返事だった。いまのところ大きな変化はない。10年以上前には、二度ほど、大統領が放送に出演し、食料・水を蓄えるように指示されたこともあったが、今回は今のところそうしたこともない。だが、これからどのようになるのか分からない。もし戦争が起きるようなことがあれば、逃げることはしない。道は車でいっぱいになり、逃げることはできないだろう。Leeは、38度線のDMZから約20kmの距離のところに住んでいる。戦乱にならないことを祈るばかりだ。「火遊び」に興じる政治家たちは唾棄すべきである。

戦前の権力構造 

先日、岩上安身氏の主宰するIWJで、岩上氏と孫崎亨氏の対談を視聴した。孫崎氏によると、ゾルゲ事件をでっち上げた検事は、戦後検事総長になり、あの砂川事件を指揮したらしい。戦前の権力構造が、「米国へ服従する」ことによって、戦後にそのまま持ち込まれた。正力松太郎も、岸信介も同じだ。その流れが、今も続いている。

わが国は、防衛・外交・治安維持の面で、米国にベッタリなのだ。岸信介の孫であり、岸を政治家の鑑と仰ぐ安倍首相は、ますます米国への追随を深めている。このスノーデンペーパーのような事態が公になったとしても驚くに当たらない。安保法制のもと、米国への依存、追随はますます深刻になる。その一方、国内に対しては、監視社会が作り出される。

以下、引用~~~

スノーデン文書の中に日本情報 ネットメディアが公開
NHK 4月24日 19時21分

4年前、アメリカのCIA=中央情報局のスノーデン元職員が持ち出した機密文書の中に安全保障の分野を中心に日本に関わる情報があることが明らかになりました。文書を保管・管理するアメリカのネットメディアが24日夜、公開を始め、国内でも検証を求める動きが出てくる可能性もあります。

CIAのスノーデン元職員は2013年、アメリカのNSA=国家安全保障局が、大手の通信会社やインターネット関連企業から個人の電話の通話記録やメールの内容を極秘に収集していたとする機密文書を持ち出し、メディアに告発、ロシアに亡命しました。

持ち出した機密文書の中に安全保障の分野を中心に日本に関わる情報があることが明らかになり、アメリカのネットメディア「インターセプト」が日本時間の24日夕方6時ごろから保管・管理する13のファイルについてネット上で公開を始めました。

公開されたファイルのうち2004年の文書では、東京にある在日アメリカ軍の横田基地で通信機器の製造施設を作る際、ほとんど日本側が支払ったという記述があります。

さらに、製造された機器がアメリカの世界での諜報活動に使われ、「特筆すべきはアフガニスタンでのアルカイダ攻撃を支えたアンテナだ」と記載されています。

また、世界をしんかんさせた1983年にサハリン沖で大韓航空機が撃墜された事件についても記載がありました。それによりますとアメリカが旧ソ連の責任を追及するため、自衛隊が傍受したソビエト機の交信記録の音声データを渡すよう求めていたほか、その後、音声データが国連に持ち込まれたいきさつが書かれています。

さらに2013年の文書では、NSAが「XKEYSCORE」というネット上の電子メールや通話記録などを収集・検索できるとされる監視システムを日本側に提供したとする記述もあります。

防衛省は「問い合わせのあった未公開文書がどのような性格の文書であるか承知していないため、防衛省としてコメントすることは差し控えます」としています。いずれも内容の詳細はわかっていませんが、今後、国内でも検証を求める動きが出てくる可能性もあります。

スノーデン元職員が持ち出した日本に関する機密文書については、今夜(24日)午後10時からの「クローズアップ現代+」で詳しくお伝えします。

小沢俊夫・健二の安倍首相批判 

現在、自民党の支持率が4割を超え、安倍首相は、5割の国民の支持を得ているという。こうした世論調査には、時の権力者に有利な数値が出るようにバイアスがかけられていることが多いものだが、安倍一強と言われる状況は事実なのだろう。

経済政策は、ただ財政出動を空前の規模で行っているだけで、後々国民に痛みが負わせれられる。安保法制・秘密保護法・盗聴法そして今国会審議されている現代の治安維持法たる共謀罪法案、教育の現場には教育勅語が道徳律としてふさわしいとされる。この一連の流れをみて、彼がわが国をどこに向けて動かそうとしているか、国民は分からないのか、それに目をつぶっているのか。その一方、森友学園疑惑のような政治の私物化も安倍首相はお構いなく続けている。追及されると、安倍政権が高い支持率を得ていると言ってまともに答えない。米国への追随外交は、わが国を戦争の危機に現に巻き込んでいる。

こうした事態に対して、国民は「否」と言わない。

空前の財政出動と金融緩和で、小規模なバブル状態にあり、その多幸感に国民は酔っているのか。または、厳しい財政と高齢化による国家財政の緊迫が目の前にあることに目をつぶっていたいという逃避なのか。

高い安倍政権支持率を示す世論調査でも、その高支持率の理由を見ると、「支持」が積極的なものではないことが分かる。「他の政権よりも良さそうだから」という理由が圧倒的に多い。「何か決定的なことが起きる」と、この高支持率も容易に瓦解するだろうことは目に見えている。惜しむらくは、歴史から学ぶこと、政治家の甘言にのらないことを国民が行えていない。先日の名古屋市長選、それに東京都知事への高支持率は、これまでの政党への不信感を示したが、ただ不信感からたどり着いた選択肢としてはあまりにお粗末だ。

「何か決定的なことが起きる」まで覚醒しないのだろうか。

以下、引用~~~

小沢健二の父・小澤俊夫が共謀罪と安倍政権批判! オザケン自身も権力の詐術を暴く鋭すぎる論評

2017年04月22日 12時00分 リテラ

小沢健二の父・小澤俊夫が共謀罪と安倍政権批判! オザケン自身も権力の詐術を暴く鋭すぎる論評
4月23日放送の『Love music』(フジテレビ)に出演するなどメディア露出も増えている小沢健二の発言に期待(画像はフジテレビ番組サイトより)

「共謀罪」法案が、ついに衆院法務委員会で実質審議入りした。政府はテロ対策のための「テロ等準備罪」などと嘯いているが、その実態は権力による恣意的な逮捕を可能にする「平成の治安維持法」であることは自明で、公権力による監視社会化をよりいっそう加速させるものだ。当然ながら、この法案には反対の声が相次いでいるが、そんななか、ある人物の発言が話題を呼んでいる。

 その人物とは、ドイツ文学者の小澤俊夫氏。指揮者・小澤征爾の兄であり、ミュージシャン・小沢健二の父である。

 俊夫氏は、今月3日付「日刊ゲンダイDIGITAL」のインタビューのなかで、治安維持法が存在した戦前のことを思い返しながら、「共謀罪の対象になるのは犯罪を企む集団であって、一般人は関係ないというが、普通の団体も質が変われば、対象になると言っているわけでしょう? その判断を下すのは警察でしょう? 正しいことでも警察がダメだと言えば、アウトになる。これが戦前の治安維持法の怖さだったんだけど、同じ懸念があります」と発言。権力による恣意的な解釈で、言論の自由などが著しく制限される可能性を危惧した。

 俊夫氏による政権批判はこれだけにとどまらない。俊夫氏は1930年に旧満州で生まれているが、父である小澤開作は宣撫工作に従事するため満州に渡るも、後には「華北評論」という雑誌を創刊させ、戦争に対して反対の意見を表明するようになっていった人物だった。「1940年、皇紀2600年で日本中が浮かれているときに、「この戦争は勝てない」とハッキリ言い」「軍部批判を強烈にやる」開作のもとには、思想憲兵や特高が毎日のように家に来ていたという。

 さらに、俊夫氏はそんな父からこんなことを言われたことがあるとインタビューのなかで語る。

「親父は「日本から満州に来た官僚の中で一番悪いのは岸信介だ」と言っていました。「地上げをし、現地人は苦しめ、賄賂を取って私財を増やした」と。だから、岸が自民党総裁になったときに「こんなヤツを総裁にするなんて、日本の未来はない」とハッキリ言った。その岸の末裔が首相になって、日本は本当に未来がなくなっちゃったね」

 岸信介が満州の官僚へ転出したのは1936年のこと。彼が自らの「作品」と呼んだこの傀儡国家で民衆が傷つき苦しんだ一方、岸は"3つの財産"を手に入れる。統制経済による国家経営のノウハウ、東条英機(当時、関東憲兵隊司令官)を筆頭とする関東軍人脈、そして湯水のごとく使える金脈だ。そして東条英機を首相にまで押し上げたのは岸の資金力だと、多くの研究者が指摘している。その資金源とされるのが、アヘン取引による利益だ。

 戦後、国際検察局(IPS)に逮捕された、中国の「アヘン王」こと里見甫の尋問調査によれば、アヘンは満州国で生産され、北京と上海を中心に消費されていったが、その流れを管轄していたのが日本であったという。当時の満州国は表向きはアヘン吸飲を禁じていたが、満州専売局を通して登録者に販売できるシステムを採っていた。事実上、野放しだ。にもかかわらず一方で売買が禁止されているため、価格は吊り上げ放題で、巨額の利益が上がる仕組みになっていた。

 こうしたシステムを動かしていたのが、岸ら満州官僚であり、ここから吸い上げられたカネが対米主戦派の東条英機を首相に就任させる原動力になっていたという構図である。岸らは莫大なアヘンマネーを、国家経営や戦争遂行、謀略工作に回す一方、一部を私的に着服していったという。

 岸はこういったアヘン政策について否定しているが、前述した「アヘン王」里美の墓碑銘を揮毫したのはほかでもない岸であり、これは里美と岸が浅からぬ関係であったことを端的に示している。
 
 当時満州にいた開作はこうした事実を指して、俊夫氏に「日本から満州に来た官僚の中で一番悪いのは岸信介だ」と語ったのだろう。そして現在、その孫が政権トップに就き、祖父そして日本の戦争責任を省みるどころか歴史修正に励み、祖父の悲願であった改憲に妄執している。
 
 俊夫氏は自身の専門であるドイツと比較しながら、安倍首相の歴史修正主義についてもこう批判する。

彼は過去の罪と向き合っていない。きちんと過去を見つめ、謝罪する勇気がない。それで未来思考などと言ったところで誰が信じますか。積極的平和主義とは過去を反省し、その姿勢をしっかり、中国、韓国に示すことですよ。ドイツは強制収容所を堂々と残している、世界に自分たちが犯した罪はこれだと宣言している。強いよねえ。(略)世界の中での日本が見えていないという意味で、安倍首相はレベルが低すぎると思います」

 共謀罪と、安倍首相の本質をつく俊夫氏。その言葉をもっとさまざまなメディアが取り上げてほしいと思わざるをえないが、それは俊夫氏の息子である小沢健二についても同様だ。彼もまた、俊夫氏と同じく世界と歴史を俯瞰した視線から、社会の問題点を鋭く批評してきた。

 たとえば、昨年秋に、ツアーグッズとして出版した『魔法的』(発行/ドアノック・ミュージック魔法的物販部)には、俊夫氏の主宰する雑誌「子どもと昔話」に連載された文章が収録されているが、そこにはグローバリズムやレイシズム、国家主義に対する鋭い批評が数多く書かれている。

 また、オザケンの社会批評で秀逸だったのは、2012年、彼の公式サイト「ひふみよ」に掲載されたエッセイ「金曜の東京」だ。デモが日常的な風景としてある海外の都市と東京とを比較して、こんなことが書かれていた。

〈むしろ訪れて怖いのは、デモが起こらない街です。いわゆる独裁者が恐怖政治を敷いている街では、デモは起こりません。そのかわり、変な目くばせが飛び交います。
(中略)
 デモが起こる都市より、デモが起こらない都市の方が怖いです〉

〈東京も割とデモが起こらない都市で、デモの起こるニューヨークやメキシコシティーから帰ると、正直言って不思議というか、中東の王国を訪れた時のような、ちょっとした緊張感がありました。
 抗議するべき問題がないからデモがないのか。それともどこかの王国のように、心理的に、システマティックに抑えこまれているのか。何か他の理由があるのか〉

 さらに、オザケンが鮮やかだったのは、権力側やネトウヨ、中立厨などがこうしたデモや反対運動に対してよく使う「対案を出せ!」という言葉の本質を暴いて見せたことだ。オザケンは、この言葉を、人間管理や心理誘導のための単なる説得テクニックにすぎないと言い切ったのだ。

〈イギリスは人間管理とか心理誘導の技術にとても長けていて、サッチャー首相の頃、八〇年代にはTINAと呼ばれる説得論法がありました。"There Is No Alternative"の略。訳すと「他に方法はない」ということ。「他に方法はあるか? 対案を出してみろ! 出せないだろう? ならば俺の方法に従え!」という論法の説得術〉

 "There Is No Alternative"は安倍首相の「この道しかない」にも通じる論法だが、オザケンはこのレトリックのおかしさをこんなふうに暴いてみせるのだ。

〈医者に通っていてなかなか治らないとします。患者は文句を言います。「まだ痛いんですよ! それどころか、痛みがひどくなってます! 他の治療法はないんでしょうか?」と。
 それに対して医者が「他の治療法? どんな治療法があるか、案を出してみろ! 出せないだろう? なら黙って俺の治療法に従え!」と言ったら、どう思いますか?〉

 そう、治療法を考えるのはあくまで医者の仕事であって、治らなければ医者を変えたり、別の治療法を試すのは当然のこと。患者は「痛い!」とただ切実に訴えればいい。その訴えを真摯に受け止めることで「医学の進歩」はが生まれる。そして、これは社会問題に対峙するときも同じだとオザケンは続ける。

〈同じように、社会をどうするか考えるのが職業の人は、人の「痛い!」という切実な声を聞いて、心を奮い立たせて問題に取り組むのが正しいはずです。
 なのに一般の人が「この世の中はヒドイ! 痛い!」と声を上げると、「じゃあお前ら、対案は何だ? 言ってみろ! 対案も無しに反対するのはダメだ!」と押さえつける政治家とか専門家とか評論家とかがいるのは、むちゃくちゃな話です〉

 一般市民がすべきことの一つは、「この世の中はヒドい! 痛い!」と声を上げること。対案を出す必要などない。「対案を出せ」と主張する者たちは、自分こそ頭がよくて社会のことがわかっているとでも思い込んでいるようだが、それは実のところ為政者の都合のいいレトリックにだまされているに過ぎない。それを見抜き言い当てていた小沢健二の知性はさすがとしか言いようがない。
 
 同時代に同じ満州にいた、岸信介と小澤開作。それぞれの孫の知性のあまりの差にため息しか出ないが、しかし、やはり惜しいと思うのは、父・俊夫氏と同様、その言葉がメジャーなメディアに一切出てこないことだ。

 オザケンのコマーシャリズムに対する拒否姿勢はわからなくもないが、しかし、こんな時代だからこそ、大衆的なメディアに積極的に露出し、その本質を射抜く言葉を拡散させていくことも必要なのではないか。次はオザケンが「共謀罪」について語ってほしい。今年はフジロック出演も予定されるなど、これまでよりはメディア露出もあるだけに期待したい。
(編集部)

共謀罪は、警察公安部と政治権力のため 

今西憲之著「原子力ムラの陰謀 機密ファイルが暴く闇」という本がある。動燃に長く勤めて、最終的に「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故の検証チーム担当になり、1996年に「謎の」死を遂げた西村成生氏。彼が残した膨大な資料を丹念に調べ、再構成した書物だ。プルサーマル計画という核燃料サイクル事業を行うために立ち上げられた動燃は、ナトリウム漏れ事故で破たんする。動燃の人形峠におけるウラン採掘、使用済み核燃料処理事業、それに東海村原発事業において、動燃がどれだけ政治的な動きをしたかが、具体的に記されている。準公的な組織である、動燃が、自民党政治家を選挙運動で積極的に支持し、選挙運動にも関わった。特に注目すべきは、住民、地方自治体の議員等に対する運動だ。動燃は、警察公安部と密に連絡をとり、上記事業に対する住民の反対運動に対処していた。住民の一人一人の政治信条等の情報を、動燃と公安警察が共有していたのである。

この動燃の問題は、一つには警察公安部と動燃という準公的組織が共同して動燃に反対する運動を潰すように陰で動いていたことだ。警察公安部が国民全般を対象に監視する体制を取っていたこと、その情報が実際に動燃の反原発運動への対処に利用されていたことが問題である。下記の記事にある通り、警察公安部が陰で秘密裏に行ってきた様々な国民監視が、組織犯罪の恐れがあると警察が判断すれば、堂々と捜査されることになる。思想信条の自由、表現の自由だけでなく、国民生活の様々なありふれた生活局面で監視を受けることになる。社会が息苦しさに満ちたものになる。

警察公安部は、冷戦時代には、共産党、新左翼の政治運動を監視し、取り締まることを主な仕事にしてきた。だが、共産党は暴力革命路線を破棄、国民政党になり、さらに冷戦が終結。警察公安部が行うべき仕事にこと欠く状況にある、という。京大法学部の高村教授が述べたように、この共謀罪法案は、警察公安部の仕事を増やすためなのではないか、少なくともそうした側面があることは否めない。テロ対策などとはかけ離れた277(またはそれ以上)という多数の犯罪類型を、この法案の対象にしているのは、そのためなのではないだろうか。共謀罪法案が成立すると、そうした国民への監視-捜査・摘発が、今後は公然と行われるようになる。警察の判断で、計画前の段階で捜査が行われることになる。

政権与党にとっては、様々な市民運動、反政府運動を未然に潰すために、共謀罪が有用な手段になる。動燃と警察公安部が共同して、反原発、反プルサーマル運動の市民を監視し、対処したことは、いわば隠蔽されてきたことだった。だが、この共謀罪法案が成立すれば、そうした市民運動を事前に潰すことができるようになる。または、市民の側からすると、社会的に必要だと思われる運動にも参加することを躊躇せざるを得なくなる。権力は往々にして腐敗するものだ。それに対して、国民が反対・追及の声を挙げられなくなる。そうした政治手段として共謀罪法案が利用される。

この組織的犯罪処罰法の改正案という名称の共謀罪法案は、警察公安部と、時の政治権力のための法案なのだ。

以下、引用~~~

準備行為前でも捜査対象 「共謀罪」、政府が見解
2017年4月22日05時00分

 犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織的犯罪処罰法の改正案について、政府は21日の衆院法務委員会で、テロなどの犯罪計画の疑いがあれば「準備行為」の前でも捜査できるとの見解を示した。過去の法案と同様、犯罪の既遂、未遂を問わず、計画段階で捜査対象になることが明らかになった。

 政府は資金や物品の用意、現場の下見などの「準備行為」を犯罪成立の要件として新たに加え、準備行為がなければ処罰の対象にならないと説明。過去3度廃案になった共謀罪法案とは「明らかに別物」(菅義偉官房長官)と主張してきた。

 この日の法務委では、民進党の階猛氏が「準備行為が行われた後でないと捜査は開始できないのか」と質問。法務省の林真琴刑事局長が「テロの計画が実行される蓋然(がいぜん)性があり、犯罪の嫌疑があれば、準備行為が行われていない段階でも、任意捜査を行うことが許される」と答えた。

 任意捜査は内偵や事情聴取など裁判所の令状が必要ない捜査。民進党の山尾志桜里氏は審議で「一般人も広く網がかけられ、監視されるようになる」と批判した。一方、過去の法案では計画段階でも可能だった逮捕や家宅捜索といった令状に基づく強制捜査について、金田勝年法相は「(今回の法案では)準備行為が行われておらず、罪が成立していない段階ではできない」と否定した。(小松隆次郎)

共謀罪法案の問題点 決してテロ対策ではない 

「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案、いわゆる共謀罪法案の問題は、

1)その対象となる犯罪が広範にわたり、政府の言うテロ対策だけでは決してない、一般市民が対象となること。組織犯罪集団かどうかは、警察が判断することになり、明確な定義がない。

2)犯罪を実行する前、計画の段階で立件されるので、捜査は盗聴、監視等によって行われる、すなわち監視社会を生み出すこと。監視社会では、密告・諜報が奨励されることになる。この共謀罪法案では、戦前の治安維持法と同様に、自首すれば罪を減免する自主減免制度が明記されている。さらに、昨年の刑法改正で、共謀「犯罪集団」の情報を明かすことでやはり罪が減免される司法取引が制度化された。これらの制度によって、密告・諜報による監視がさらに強化され、冤罪も横行するようになる。

組織犯罪に対処する必要は確かにある。それは既存の法律で対処できる、というのが刑法の専門家の見解だ。組織犯罪の取り締まりを強化することにより、市民の思想的な自由、表現の自由等が侵されることはあってはならない。この法案の立法事実・立法内容ともにあまりにお粗末である。これは、公安警察による公安警察のための法案であって、市民の正当な人権を阻害するものだ。

この法案は、テロ対策では決してない。安倍首相が述べるテロ対策としての意義はない。自民党法務部会長、古川俊治議員が述べた通りである。

以下、引用~~~

 4月20日付バザップ 共謀罪が「テロ等準備罪」ではないことが明言される

自民党で「テロ等準備罪」こと共謀罪の取りまとめを行っている古川俊治議員が共謀罪の目的がテロではないことを明言しました。これまでの安倍首相を始めとする自民党の説明は全て大嘘だったということになります。詳細は以下から。

テレビ朝日「モーニングショー」で、コメンテーター玉川徹が“ニュースに潜む疑問”を独自に追及するコーナーとして人気の「そもそも総研」。このコーナーで国会で審議入りしたばかりの共謀罪が取り上げられました。

出演したのは共謀罪の取りまとめを行っている自民党法務部会長の古川俊治議員。しかし、これまで安倍首相らがテロ対策と散々説明してきたにも関わらず、実際の目的がテロ対策ではないことを明言してしまいました。

安倍首相は東京オリンピック開催のため、テロ対策として「テロ等準備罪」こと共謀罪が必要であるとし、今国会で成立させようと躍起になっています。しかし、玉川徹の追求の中で共謀罪の目的が国際組織犯罪防止条約に入って組織犯罪の情報をもらうことだと答えてしまいます。

つまり、2017年1月23日の衆議院本会議での安倍首相の「現在政府が検討しているテロ等準備罪は、テロ等の実行の準備行為があって初めて処罰の対象となるものであり、これを共謀罪と呼ぶのは全くの間違いです」という発言は根本からの大嘘だったということになります。

もちろんその首相発言が大嘘であることははBUZZAP!でも2度に渡り記事化し、一般市民であっても共謀罪の取締対象になり得ること、犯罪を実行しなくても計画し、相談しただけで逮捕される危険があることをお伝えしています。しかし、自民党の法案取りまとめ役である古川俊治法務部会長が明言したことでこれは確定となります。

シャレにならない、共謀罪はキノコ狩りをしようと「相談するだけ」で「中止しても」成立すると判明 | BUZZAP!(バザップ!)

「同人誌作ろう」にも適用?「共謀罪」法案の対象に「著作権等の侵害等」まで盛り込まれる | BUZZAP!(バザップ!)

また、古川議員は共謀罪によって日本社会が監視社会になるかならないかとの質問に対してならないと断言。その理由を問い詰められても「やるべき理由がないから」と法案上なんら根拠のない回答にならない回答をつぶやくだけ。条文からその根拠を引くことが全くできていません。法務部会長であるにも関わらず、です。

共謀罪については、「そもそも総研」は以前にも取り上げて詳細な情報を提供しており、Tツイッターのモーメントにもまとめられています。

共謀罪のお話し(羽鳥慎一モーニングショー「そもそも総研」から)

また、実際問題として共謀罪は法務大臣すらまともに理解できていない法案。ここ数日でも金田法相は国会で散々野党に突き上げられてまともな回答が全くできていませんでしたが、衆議院法務委員会が野党の反対を押し切って法務省の刑事局長を審議を通じて出席させることを決定。

民進党と共産党は「参考人の出席は、質問する議員の要求に応じて認めてきたはずだ。要求していないのに、一方的な形で議決されたのは国会の慣例に反する」と抗議しましたが、これは自民党が金田法相では質問に対応することが不可能であると認めたとしか言えないもの。

法務大臣すら理解して議員の質問に答えられないような法案であれば、その時点で提出されるのがおかしいことは中学生でも分かりそうなものですが、日本社会のあり方を完全に一変させてしまう極めて危険な法案においてこのような慣例無視の強行が行われるというのは極めて異常。

一端廃案にした後に本当に必要であればパブリックコメントを取り、法相がまともに答えられるようになるまでしっかり練った上で極めて慎重な議論を行うのが当然の筋です。

post-truthの政治 

ポピュリズム政治が、政権中枢を担う状況が、世界各地で生じている。わが国も、その例に漏れないようだ。

ポピュリズムは、大衆の感情に訴えかける。感情にどれだけ強く訴えるかが問題なので、その訴えの真偽はさほど問題にならない。明らかな偽りこそが感情に良く訴えることもある。人々を離反させ、敵愾心を持たせる訴えが、大衆の感情に受け入れられ易い。また、相手を冷笑することも大いに有効だ。

ポピュリズム政治家と、大衆がこの汚濁した感情の空間のなかで生きているようなものだ。それが、post-truthの時代の政治なのだ。

日経オンライン 小田嶋隆 「マインドなき大臣が更迭されない理由」、よくできた政治時評になっている。こちら。

母の6回忌 

6年前の今頃、東北自動車道を北上していた。道路が、震災のためにところどころ、でこぼこしていた。震災時のライフラインの喪失によって、恐らくストレスを生じ、体調を崩して入院した母を見舞いに仙台に向かっていた。優しい山並みの安達太良の山々を左手に望みながら、助手席に乗った姉と、子供時代の思い出話をとりとめなくし続けた。この見舞いの旅については以前にも記した。とても具合が悪いはずの母だったが、時折笑みを浮かべて我々を迎えてくれた。こちらに戻りたい、(すでに7年前に他界していた)父はどうしているかと繰り返し、私に尋ねた。姉が病室で母に讃美歌を歌うのを聴きながら、帰路に就いた。母はその後数日て亡くなった。ふっとろうそくの火が消えるような最後であった、と後で聞いた。

先日、弟から手紙が来た。母が弟に出した手紙のコピーが添えられていた。40数年前のことになる。弟が東北大の医学部に入学し、仙台のYMCAだったか、寮に落ち着いた。それを見届けて、東京の自宅に戻った母が、帰宅早々に弟に宛てた手紙だ。仙台のプラットホームで別れ、途中武蔵野線に乗り換え、自宅近くの駅についたこと、小雨が降っていたが、濡れたまま歩いて帰ったこと、夜なかなか寝付かれなかったこと等が淡々と記されていた。裕福ではないので、いろいろと揃えてあげられなくて申し訳ない、枕はそれまで使っていたものをきれいにして送るから、とあった。最後に、キリスト教信仰にたって、また歩みだすと記されていた。

母が、こうして私たち子供を思い、そのために生きてくれたのだった。父も同じように私たちにしてくれた。その愛情を、この年齢になって、改めてありがたく感じる。両親に何事か恩返しをできただろうか、と自問する。親から受けた愛情の幾分かでも、自分の家族に与えること、それがいかに難しくてもその努力をすることだろう。もし両親に会いまみえることが再びできるなら、自分はこうして生きたと胸を張って言えるように・・・。

あと8日で、母の6回忌がやってくる。

新専門医制度は誰のため? 

全国医学部長病院長会の記者会見で、同会の副会長かつ日本専門医機構理事の稲垣氏は、新専門医制度の開始時期について、「基本的には来年4月に開始する方向で準備を進めている」と述べた。さらに、当初は2017年度制度の開始が1年遅れたために、「日本専門医機構は、資金的にも大変苦しくなっていることも念頭に置く必要がある。さらに1年延期すると、機構そのものが財政的に成り立たなくなってしまう」と懸念を示し、「これ以上、遅らせることは専攻医にも大変迷惑をかけることにもなる」とし、速やかな開始が必要だ、とした。

日本専門医機構は、専門医認証を行わないと、財政的に厳しいから、来年にはぜひとも新専門医認証制度を開始したい、ということだ。

いや、待てよ・・・専門医は、専門科各々の質の平準化を行うことを目的にしたのではなかったか。それが、いつの間にか、プログラム制という5年間の専門医研修を採用することにより、医師の偏在を改める、という名目上の目的にすり替えられ、医師の人事権を同機構が握るための制度になってしまった。

その上、専門医取得、資格維持のために、かなりの費用負担を医師に強制することになった。同機構の側からすると、医師が専門医取得、資格維持のためにそのコストを払ってもらうことを見越して、制度設計したわけだ。以前のブログで、新専門医取得、資格維持にかかるコストを推定した。こちら。2014年時点で、総医師数は30万人弱。少なく見積もって、その1/2が新専門医を取る(実際は、若い医師の9割が、新専門医取得希望らしい)として、日本専門医機構には毎年数億円の収入が転がり込むことになる。今後、医師は右肩上がりに増え続けるし、専門医認定の実務は各学会に丸投げなので、日本専門医機構は左うちわになる・・・という読みなのだろう。

そのために、上記の全国医学部長病院長会副会長兼日本専門医機構理事の方の本末転倒な発言が出てくることになる。専門医は、若手医師のためにあるのではなく、日本専門医機構のために存在するかのような発言だ。

新専門医制度には、医療現場から批判の声が多く寄せられている。日本専門医機構の財政のために、新制度を早期に実現する、といった発言が、同機構の幹部から出る時点で、この制度の問題は全く解決していないことが分かる。同機構が潰れようがどうしようが関係ない。若い医師が自らの専門性を適切に獲得するための制度設計を行うべきだ。若い医師のための制度にすべきである。拙速の専門医制度開始は大きな問題を残すことになる。

下記の記事は、地方病院の都合だけを考えている面が否めないが、この新専門医制度が地域医療に壊滅的な影響を及ぼしうることを指摘している。

以下、MRICより引用~~~

地方の自治を根底からむしばむ新専門医制度 
~地方自治体首長と地方中小病院の管理者を騙す日本専門医機構~

仙台厚生病院 遠藤希之

2017年4月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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「新」専門医制度には様々な問題がある。それらが全く改善されていないにも関わらず、日本専門医機構は未だに今年度施行開始を強行しようとしている。

今年二月、医系市長会が「地域医療への悪影響が懸念される」との声明を出した。それに対する機構側の回答が聞こえてきた。

「地域の病院での後期研修では(中略)大学病院などに頼むことが多いのではないか。各施設が専攻医を取り合っていたら、医師の偏在は続くのではないか。むしろ、大学などの大病院と、地域の病院が連携をして、専攻医を循環させる仕組みを作った方が良い。」とのことである。

全くの欺瞞である。なぜか。

基幹病院>連携施設群の「循環型研修」システムでは、後期研修医の絶対数が全く足りず、一旦基幹施設に所属させられた研修医を、大部分の連携施設に「循環」させることが不可能になるためである。

実は、「新」制度に移行する前の代表的な臨床領域の教育病院数はこの通りだ。内科1,163, 外科2,072, 整形外科2,033, 産婦人科630、小児科520施設(日経メディカル2016年9月号、特集「始まらない専門医制度」)。

もちろんこの全てに3~5年目の後期研修医が必ずいるわけではない。しかし逆にいうと、これほどの数の「地方の施設」が「3~5年目の後期研修医」を欲している、と考えるべきなのである。たとえ一病院あたり2~3人しかいなくてもよい。そのような後期研修医は一つの病院に長く務めることで「地域医療の特徴」に適した「戦力」になってきていた。その地域にとっては非常に重要かつ「宝物」といえる人材なのだ。

ところが「新」制度では教育病院が激減し、加えて全ての後期専攻医が「基幹施設のプログラム」に所属しなければならなくなる。これはつまり、自前で後期研修医を雇ってきた多数の施設から「3~5年目の後期研修医」が、「循環型研修」のお題目のもとに全て引き剥がされる、ということに他ならない。

機構側のおためごかしが始まる。
「地域の施設が専攻医を取りあうといけない。大病院を中心とした「循環型研修」を行えば地域医療も保全される。」

しかし、これが地域医療と医師の需給バランスを無視した「欺瞞」なのである。

具体的にみてみる。
まず最大医師数を誇る内科ではどうか。新制度での基幹施設は532施設、そして連携施設と特別連携施設を合わせると2053、新制度では研修可能な施設が一見2600 に上る。そこで機構は「循環型研修なら全ての連携施設に後期研修医を一定の期間は送ることが可能だ。つまりこれは、地域医療に配慮した素晴らしい制度だ」と胸を張る。

ところが、内科系に進む後期研修医は(吉村機構理事長作成の平成29年3月17日記者会見時のスライドによると)直近三年間の平均が一年あたり3147人だ。

もし、新制度の基幹施設(大学病院も基幹施設だ)一か所あたりに平均6人後期専攻医が所属したら、残る2053施設は、自前で雇おうとも三年目の医師がほぼゼロになる勘定だ。その後の「循環研修」とやらによる「派遣」は、基幹施設の意向次第、大学病院であれば旧来の「医局人事」になる。しかも三か月程度の循環研修では地域のニーズを汲むこともできず、ただのお客さんで終わる


身近な外科や整形外科ではどうか。「新」制度になると、基幹施設は外科188,整形外科104にまで激減するのだ。一方一学年あたり外科に進む後期研修医は過去三年の平均で外科820人、整形外科は478人しかいない(上記、吉村氏の資料より)。この二つの科をみても、一旦基幹施設に吸い上げられた後期研修医を、本来二千以上もあった地方の教育施設に「循環」できるわけがない。

上記以外の科でも小児科、産婦人科を筆頭として状況は変わらない。過去三年の後期研修医数平均は、小児科458人、産婦人科411人、麻酔科が480人である。それ以外の12の基本領域科は四百人以下どころか、救急科以外は、三百人以下しかいない。地方の病院がこれらの科の後期研修医を、自前で連続複数年間雇用したくても不可能な「制度」になるのだ。

一方、現状では18の基本領域の各科いずれにも大(学)病院に行かず、地域で頑張ろうと決心している若手医師達も少なくないのである。地域特性にみあったそれぞれの科の研修を、あるいは、基本診療科を越えた研修や診療を、行いたい若手医師も多いということだ。そのような志を持つ若手の芽をも、この「制度」は潰してしまうことになる。

地方の自治体首長や地方病院の管理者の中には、どこかの「大病院、基幹施設」の「連携施設」になっているから、必ずや「研修医」をまわしてもらえるだろう、と考えている方もいるかもしれない。しかし、それは全くの間違いである。この「新」専門医制度が始まったとしたら、地域に根付きたい若手医師を雇うこともできなくなる。特に、長年の自助努力で後期研修医を雇い、育て、地域の拠り所を創り出してきた、いわば「地域イノベーションに成功した」地方自治体・病院ほど、地域の医療崩壊を覚悟しなければならない。皮肉、かつ極めて残念なことではあるが・・・。

吉村氏は言う。専門医制度には各基本領域に分け隔てない「統一基準」を設けるべきだ、と。
しかし過去に「中央権力」が地方の現場、状況を無視し、自分たちの都合で「統一基準」を設けたために、地方自治体が煮え湯を飲まされた例には事欠かないのだ。地方自治体の首長ならみな経験していることだろう。

この「新」専門医制度が開始され、地方がまた煮え湯を飲まされることにならないよう、切に願うものである。

米国原子力空母は、オーストラリアに向かっていた 

トランプ大統領・米国政府首脳が、原子力空母カールビンソン等を朝鮮半島海域に派遣するとアナウンスした4日後、同艦隊は、インドネシア海域をオーストラリアに向かって航行していたと報じるNYPの記事。こちら。NYTも、報じている。こちら。

この政権と国防省の間の祖語がどうして起きたのかは分からない。スティーブバノンをNSCから外し、防衛軍事の主要ポスト、さらには他の政府省庁の主要ポストが、既存のエリート層によって占められてきている(トランプは、選挙戦ではその排除を訴えていた)ことと関係しているのか、トランプ大統領の妄想的な発言でしかないのか・・・。

トランプ大統領の言葉の重みがさらに失われることは確かだろう。

トランプ大統領の発言を歓迎し、カールビンソンに海上自衛隊の艦艇をつけるとしていた、安倍首相も恥をかかされたものだ。

実質的負担率の低さは、北欧諸国並み 

bloomberg.comの記事、米国の租税負担が低いことを示しており、さらに低い租税負担を求めるならば、チリや、ニュージーランドに移住すべきだ、と皮肉っている。こちら。

この記事に出てくる租税負担率の国際比較は、子供のいない独身者についての比較だ。わが国は、24位と先進国中ではかなり低いほうだ。

実質的な負担率の国際比較はどうだろうか。以前、当ブログでも紹介した、井出英策氏の「日本財政 転換の指針」に、実質的な負担率の国際比較が出てくる。実質的負担率とは、負担率(租税・社会保険料・フローの財政赤字の対GDP比)から、受益率(教育費・医療費・社会的保護の対GDP比率)を相殺したものだ。これの方が、より総括的な国民の負担率を表現している。それによると、日本の実質的負担率は、北欧諸国のそれと同程度なのだ。わが国は、少ない負担率から少ない受益率が相殺し合い、一方、北欧諸国は、負担率・受益率がともに大きく、実質的負担率という結果だけは同程度になっている、ということだ。

わが国は、1981年の行われた法人税増税以降、2012年の消費税増税まで、基幹税の純増税は行われてこなかった。それが、低負担、低受益をもたらした。それによって、租税負担感が強まり、政治行政への不信が渦巻く社会になった。政治行政への不信・不満は、増税を行い難くさせてきた。その結果が、現状の財政と、社会福祉予算の削減になっている、という論旨を、井出教授は展開している。

現在の財政状況、それに社会福祉の貧しさから脱却し、互いが支え合う社会を実現するためには、増税は避けては通れない道なのだろう。

井出教授は、民進党の理論的リーダーの一人になった様子。彼の今後の活躍に期待するところ大である。

行政による医療の計画経済化 

医療介護は、その対象が社会的弱者なので、根本的に社会主義的な発想・制度設計が必要になる。だが、それを統括する行政が、共産主義の計画経済のような手法を取り、さらに行政の利権をそこにもとめようとし始めると、そうでなくても脆弱な財政・制度基盤に立つ医療介護は極度に疲弊する。社会保障制度として医療介護は機能しなくなる。現在のわが国の医療介護が、そうした状況にあるのではないか、という小松秀樹氏の指摘だ。

地域医療構想は、医療機関が本来得るべき消費税相当分の診療報酬を行政が簒奪することで確保される地域医療介護総合確保基金、そして地域医療の計画を強制的に推進するための地域医療連携推進法人制度によって、医療の計画経済化を進めるものだ。法治ではなく、行政による恣意的な強制、人治が行われる。そこには、腐敗が必然的に生じると小松氏は指摘する。

医学教育、専門医制度、医療機関評価、産科医療補償制度、さらに医療事故調によって、医学教育・医師人事・医療機関評価・医療事故すべての面で、行政が主導権を握って計画統御し、その実施組織を官僚の天下り組織とする体制が構築されてきた。この地域医療構想が、この「行政主導の計画経済医療体制」の集大成となるはず、と行政は読んでいるのだろう。この計画経済体制は、医療を機能しなくさせるだけでなく、国家財政の破綻を早める可能性が高い。

右肩上がりの高度経済成長期が終わり、その最後の花火のようなバブル経済が破裂した時期から、この動きが明らかになってきた。何たる壮大な体系だろうか。医系技官には、これが機能しない、失敗に終わることが予測できないのだろうか。

以下、MRICより引用~~~

計画主義が医療を滅ぼす4 統制医療の矛盾

元亀田総合病院副院長
小松秀樹

2017年4月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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●原理的矛盾

本稿では、医療統制の経済的側面を議論するが、感染症政策の人権侵害と計画経済的統制医療は、いずれも計画主義に基づくものであり、医系技官によって立案・実行されている。

日本の医療統制には二つの原理的矛盾がある。

第一の矛盾は、私的所有をそのままにして、計画経済的手法で統制しようとしていることである。そもそも、統制で、日本のような人口の多い国のサービス提供を制御することは、人間の能力を超えている。旧共産圏の計画経済は、結果の平等を目ざしたが、非効率、専制、特権、腐敗しか生まなかった。ましてや、提供機関の私的所有をそのままにして、統制するなどできることではない。日本の医療機関の私的所有を、国がなし崩し的に奪いにかかっているとみた方が正確かもしれない。日本医師会には、会員のために、医系技官の意図を冷静に分析することを勧める。

日本では、歴史的に病院が私的所有の形で整備されてきた。2013年の社会保障制度改革国民会議報告書(1)は改革が困難であることの理由を強制力の不足に求めた。

公的セクターが相手であれば、政府が強制力をもって改革ができ、現に欧州のいくつかの国では医療ニーズの変化に伴う改革をそうして実現してきた。

日本の場合、国や自治体などの公立の医療施設は全体のわずか14%、病床で22%しかない。ゆえに他国のように病院などが公的所有であれば体系的にできることが、日本ではなかなかできなかったのである。

統制が政策立案者の期待通りの成果をもたらすことはめったにない。例えば、後期高齢者医療制度は天文学的な金を飲み尽くすモンスターになった。子どもの貧困が日本の将来を脅かす大問題になっているが、対策のための予算を確保するのを困難にした。高齢者の多くは何らかの体の不調を有している。医療はめったにその不調を解決できないにもかかわらず、患者はあらゆる不調の解決を医療に期待し、加療の継続を求める。医師は、効果の有無にかかわらず、ガイドラインに掲載された医療を提供し続けることが義務であると、自分自身のみならず、社会にも思いこませた。多剤投与で副作用を生じさせるリスクより、薬剤を投与しないことに伴う些細な軋轢を重視した。診療を厚くすることが、医師の収入を増やすからである。医療費を増やそうという圧力はあっても、医療費を抑制しようとする仕組みが医師、患者双方に組み込まれていなかった。

医系技官による個別指導は、医療費抑制策の一手段である。診療報酬の返還請求や保険医指定取消処分などの不利益処分などにつながる。これまで何人かの医師が、密室での強引で陰湿な攻撃に打ちのめされ、自殺に追い込まれた。強権による医療費抑制策は、恨みをかうだけで抑制効果があったとは思えない。

後期高齢者医療制度は、インセンティブを利用したネガティブ・フィードバックが欠如していたため暴走したのである。

日本の医療費には地域差(2)があり、西日本と北海道で高く、東日本で低い。病床規制制度は、基準病床数の計算方法が現状追認的だったため、本来の目的と逆に地域差を固定した(3)。1970年代に、1県1医大政策が導入された。

その後の高度成長期、地方から東京近郊に人口が移動したことによって、埼玉県、千葉県では人口が倍増し、1医学部当たりの人口が増え、極端な医師不足に陥った(4)。

埼玉県、千葉県の医師不足は統制の失敗による。四国と千葉、埼玉を比較すると、1970年、四国の人口391万に対し医学部数1、千葉は337万に対し1、埼玉は387万に対し0だった。1970年以後の1県1医大政策で、医学部数は四国4、千葉1、埼玉1になった。その後、人口が変化した。2015年、四国は人口387万に対し医学部数4、千葉は622万に対し1、埼玉は727万に対し1になった(防衛医大を除く)。

病床規制が失敗したのは、強制力が不足していたからではなく、実情を無視し、無理な規範を掲げて、強制力を行使し続けたからである。インセンティブによる自動調整メカニズムを、中央統制によって破壊したからである。今後、首都圏では高齢者が急増するので荒廃はさらに進む。

しかも、権力による統制は、権力を持つが故に慎重さを欠く。2014年4月に開院した東千葉メディカルセンターは、赤字が続き、東金市、九十九里町の財政破綻が心配される事態になった(4)。千葉県は、多額の補助金投入を正当化するために、二次医療圏を組み替えて、長径80キロにもなる不自然極まりない二次医療圏を作った。地域の需要を無視して、莫大な投資と多額の維持費を必要とする三次救急病院を設立した。医師一人当たりの収益が少なく、赤字が積み上がっている(5)。千葉県に出向した医系技官による乱暴な施策は、地域にとって有害でしかなかった。

第二の原理的問題は、費用である。医系技官たちは、国民が小さな負担しか容認していないにも関わらず、医療保険ですべての医療を提供しようとしている。被用者保険から、後期高齢者医療と国民健康保険に、強制的に多額の保険料が拠出されている。保険者自治の領域は限りなく小さくなり、保険としての体をなしていない。

日本は世界で最も高齢化が進行している。それにもかかわらず、日本政府の税収入は低い。2017年3月現在の財務省ホームページの記載によれば、2011年の日本政府の租税収入の対GDP比は、OECD34か国中、下から3番目だった。国民負担率は下から7番目だった。国民は消費税率引き上げを嫌い、与野党は2017年4月の消費税率引き上げを延期した。費用が足りないまま、医療のすべてを保険診療で提供しようとすることに無理がある。診療報酬を下げなければ医療保険が支払い不能になる。診療報酬を引き下げれば病院が破綻する。

●強制力の強化

地域医療構想、地域医療介護総合確保基金、地域医療連携推進法人制度により、社会保障制度改革国民会議報告書が述べた強制力強化が実行に移された。個別医療機関の自由な活動の領域が国家によって侵害され、現場の実情に応じた創意工夫が抑制されることになった。「強制力」による失敗を「強制力」を強めることで克服できるとは思えない。

地域医療構想では、構想区域の病床機能ごとの病床数を行政が推計する。西日本では大幅に病床が削減されるはずである。推計された病床が各病院に割り当てられる。割り当てを地域の関係者が一堂に会して決めるが、病院の存続にかかわることについて、当事者同士で合意を形成できるはずがない。実質的に事務局を担当する行政が決めることになる。実行に強制力が伴う。都道府県知事は、「勧告等にも従わない場合には」最終的に「管理者の変更命令等の措置を講ずることができる」(6)。民間病院でも県に逆らえば、院長が首になる。

都道府県に出向した医系技官が、病床配分を通じて、個別医療機関の生死を握ることになる。

レストランの個別料理ごとの1日当たり提供量、調理方法、価格、食材の配分を国が決めて強制すれば、創意工夫と努力が抑制され、レストランの質は低下するしかない。

さらに、消費税増収分を活用した地域医療介護総合確保基金が都道府県に設置された。補助金を都道府県の裁量、すなわち、都道府県に出向した医系技官の裁量で医療・介護施設に配分する。支配に協力的な施設に、地域医療介護総合確保基金が優先的に配分されるだろうことは想像に難くない。医療には消費税を課されていないが、医療機関の購入したものやサービスには消費税が上乗せされている。消費税率引き上げ分が診療報酬に十分に反映されていないことを考え合わせると、この基金は病院の収益の一部を取り上げ、それを、支配の道具に使う制度だと理解される。病院の投資を医系技官が握ることになる。病院独自の経営努力の余地を小さくして、不適切な投資を強いることになる。

現在、国の借金が膨大になり、今後、診療報酬の引き下げは避けられない。当然、病院の財務状況は悪化する。都道府県に出向した医系技官の裁量で多額の補助金を配分するとなれば、病院は、医技官に逆らえない。賄賂が横行しやすくなる。専制と腐敗は避けられない。

地域医療連携推進法人は、地域の医療法人その他の非営利法人を参加法人とし、許可病床のやり取り、医師・看護師等の共同研修、人事交流、患者情報の一元化、キャリアパスの構築、医療機器の共同利用、資金貸付等を業務とする。

これには三つの大きな問題がある。

第一の問題は、恣意的な特権の付与が可能なことである。「地域医療連携推進法人の地域医療連携推進評議会の意見を聴いて行われる場合には、基準病床数に、都道府県知事が地域医療構想の達成の推進に必要と認める数を加えて、当該申請」が許可される(7)。病床数が厳しく制限される中で、行政の恣意で、病床が与えられる可能性があるという。

第二の問題は、外部からの活動の制限範囲が法によって定められておらず、地域医療連携推進法人に対し、恣意的活動制限が可能なことである。重要事項の決定について、地域医療連携推進評議会の意見を聴かなければならないとされている。学識経験者の団体の代表、学識経験者、住民代表等をもって構成されると定められているが、地域の医師会などもこの中に含まれる。また都道府県の医療審議会の意見も聴かなければならない。意見を聴くことが義務付けられているが、意見対立があったときの規定がない。医療審議会は行政の言いなりになることが多い。地域医療連携推進法人に対し、行政の恣意による行動制限が可能になる。罪刑法定主義のない刑法のようなことになる。

第三の問題は、参加法人の自由が制限され、その内容が予見できないことである。参加法人が予算の決定、借入金、重要な資産の処分、事業計画の決定、定款変更、合併、分割、解散などの重要事項を決定するに当たって、あらかじめ、地域医療連携推進法人に意見を求めなければならない。行政が、地域医療連携推進法人の支配を通じて、参加法人を支配できることになる。

全体として、地域医療連携推進法人制度は、特権をあたえることによって参加を促し、かつ、行政が、都道府県や郡市医師会を介して、参加医療機関の活動を恣意的に制限できる制度である。行政と個別医療機関の間に、医療審議会、地域医療連携推進評議会などを介することで見えにくくしているが、実質的に「人の支配」であり、「法の支配」に反するものである。

裁量権

行政官個人の裁量が、個別医療機関の権益に直結する状況は何としても避けなければならない。人による強制より、数字による誘導が優先されるべきである。補助金は可能な限り小さくして、どうしても必要な場合は、数字によって予見できるものに限定すべきである。混合診療や公正なルールに基づく競争を、医療費の削減や医療の地域格差解消に利用することも本気で考えるべきであろう。安易な強制力より、インセンティブの組み合わせを工夫すべきである。計画主義は結果の平等を求める。そのために、強制力を極限まで強めるとどうなるか、中国の大躍進政策や現在の北朝鮮の悲惨な結果に示されている。

文献
1.厚生労働省:社会保障制度改革国民会議報告書. http://www.kantei.go.jp/
jp/singi/kokuminkaigi/pdf/houkokusyo.pdf
2.厚生労働省:医療費の地域差分析.
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoke
n/database/iryomap/index.html
3.小松秀樹:医療格差. 厚生福祉, 6013号, 10-14, 2013年8月27日.
4.小松秀樹:東金市「東千葉メディカルセンターを心配する会」主催講演会」
:市民は市の財政破たんを心配している(1). MRIC by 医療ガバナンス学会.
メールマガジン; Vol.021, 2017年1月30日. http://medg.jp/mt/?p=7290
5.吉田実貴人:東金市「東千葉メディカルセンターを心配する会」主催講演会
」:市民は市の財政破たんを心配している(2). MRIC by 医療ガバナンス学
会. メールマガジン; Vol.022, 2017年1月30日. http://medg.jp/mt/?p=7293

6.厚生労働省:地域医療構想策定ガイドライン.
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000088
510.pdf
7.厚生労働省:地域医療連携推進法人制度について. 医政発0217第16号, 2017
年2月17日.

『佐川理財局長の答弁を完全に崩壊させる新資料が発覚!』 

HARBOR BUSINESS ON LINE上で、菅野完氏が財務省佐川財務局長の虚偽発言を証明する証拠書類をアップいしている。
「佐川理財局長の答弁を完全に崩壊させる新資料が発覚!」と題する、こちらの記事。(情報速報ドットコム経由で得た情報。)

財務省官僚がこうまでして隠蔽しようとする背後には、彼らと安倍首相にとってよほど都合の悪いことがあるに違いない。でなければ、一民間組織に過ぎない森友学園に、財務省がこれほど入れ込むはずがないし、また国会でそれが問題にされて、財務省官僚がこれほど隠そうとすることはあり得ない。

菅野氏は、まだ段ボール箱4箱分の資料を持っている由。森友事件の真相、政治が国の財産を私物化している事実、愛国主義を唱えつつ右翼の一部がどれほど酷いことをしているかということを明らかにしていってもらいたいものだ。

森友学園問題は、まだ終わらない。

一昔以上経っての感想 

昔のポストを読み返す機会があった。そこで、ある方からコメントを頂いていながら、返事を申し上げなかったことに気づいた。すでにコメントだけで4300を超える数頂いており、中にはそのように失礼な対応をしてしまったことがあるかもしれない。特に、秘密コメント(ブログ主だけに宛てたコメント)、それにアップしてから時間のたったポストでは、その傾向が強いようだ。今後とも、頂いたコメントを見落とすことがないように、注意して行きたい。返信を期待されながらなしのつぶてだったコメンテ―タ―の方には、お詫び申し上げるのとともに今後ともよろしくお願い申し上げたい。

それにしても、一昔前は、ブログという媒体の世界は、もっと燃えていた・・・同業の方、無線関係の方それにキリスト教関係の方、幼馴染の方まで様々な方から活発なコメントを頂戴した。それらのコメントを読み返すと、懐かしい。皆さん、お変わりなく過ごしておられるのだろうか・・・。それが、何か落ち着いてきてしまった。このブログがマンネリ化しだしたのかもしれない。私も老化が始まり、ものごとの見方が平板になりつつあるのかも・・・。または、あの当時、大野病院事件で医療崩壊が問題になっていたためかもしれない。ブログという比較的長文のスタイルが廃れはじめ、face book、twitterのような短文でよりカジュアルなSNSに皆が移行していったのだろうか。

このブログ、自分のために記すというのが根本にあるので、書き方、内容を変えるつもりは全くない(というかできない)。コメントを頂ければ、大いに励みになるが、コメントあるなしでスタイルを変えることはない。お読みくださっている方には、ただ立ち去るもよし、場合によってコメントを頂戴できれば、とも思う。

以上、一昔以上経っての感想・・・。

積極的戦争加担 

北朝鮮が、金正恩の独裁国家であり、非人道的な為政を行っていることは間違いない。淘汰されるべき政治体制だ。

そのことは重々認めたうえで、現在進行中のロシアンルーレットのような武力衝突の危機は、どうして生じたのかをよく考える必要がある。

前のポストにも記したが、前世紀から米韓軍事演習を通して、北朝鮮の現体制の転覆を米国が企てていることにより、現体制の存続を求めて米国と直接交渉することを望み、北朝鮮は軍備拡張を続け、最終的に核軍備まで推し進めた。その上、北朝鮮でICBMの開発が進んでいることを知った米国のトランプ大統領が、核爆発実験を許さない、もし行えば北朝鮮の核施設を攻撃する、と北朝鮮に意思表明を行った。それに対して、北朝鮮は、反撃すると言っているわけだ。

要するに、自国を核攻撃されるかもしれないと言う状況を打開しようと、米国が軍事行動に出ている、ということだ。わが国には、これ以前から、北朝鮮の軍事的脅威は確かに存在した。それが、今の状況で特に悪化したということはない。同じ脅威が存在し続けているだけだ。

北朝鮮の報復攻撃は、米国本土以外に、米軍基地を主なターゲットにすることだろう。わが国の米軍基地、とくに沖縄の基地は確実に狙われる。ミサイル防衛網は、北朝鮮の数百発以上と言われる中距離弾道ミサイルが同時、または短時間のうちに発射された場合、使い物にならない。以前から述べている通り、巡航ミサイルによって日本海沿いの原発も確実に攻撃される。二、三基の原発が攻撃され破壊されたら、原爆と同等の影響を及ぼす。

端的に言って、日米安保条約による米軍基地の存在が、リスクを増している。核戦争になれば、米軍基地は核弾頭で攻撃される可能性が高い。この狭いわが国の国土が、二、三発の核爆弾を被弾したら、わが国は立ち行かなくなる。限局的な核戦争はありえない。現在可能性は極めて低いが、北朝鮮以外の仮想敵国の大国とわが国・米国が全面戦争になったら、それは米国の核の傘があろうがなかろうが、わが国は終わりだ。

現在の北朝鮮・米国間のロシアンルーレットは、恐らく両者ともにまともに賭けにでる積りはないのだろう。だが、軍事的に全面的に対峙しあう状況では、何らかの偶発的な衝突が核戦争に結びつく可能性がある。もちろん、その際は、北朝鮮は破滅だ。だが、わが国も再起不能な状況になる可能性が高い。

安倍首相は、やる気満々で、北朝鮮の近海に配置された米国の空母に、海上自衛隊の艦船を合同させる積りだ。訓練という名目だが、北朝鮮には明白な挑発と受け取られることだろう。安倍首相は、サリン攻撃を北朝鮮が行うとして、国民に注意を喚起した。その根拠は一体何なのか。安倍首相は、そんな警戒を国民に要求しつつ、昨日は多人数の芸能人たちとお花見である。なぜ軍事的緊張を高めることを行うのか、安倍首相の好戦的な性格を反映したきわめて危険な判断だ。花見をしているところからみると、安倍首相自身もタカをくくっているのかもしれない。が、偶発的な衝突のリスクは高まっている。

内閣官房は、有事の際の国民の心得をそのウェブサイトで公開した。こちら。常識的なことの羅列である。核爆発の閃光を見るなと書いてあることに苦笑した。見ようと思ってみるものではない。目に飛び込んでくるものだ。また、原発攻撃への対処が何も記されていないのも片手落ちだ。

戦後72年経って、こうした戦時体制のマニュアルを政府が公開する状況になったこと自体に不安を感じずにはおれない。安倍首相の言う積極的平和主義とは、積極的戦争主義なのではあるまいか。
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行政による『新専門医制度』の問題 

新専門医制度は、『専門医』を教育する制度ではない。

行政と一部の医療機関経営者が、新卒医師を5年間強制的に配置する人事権を握るための制度だ。

専門医制度を行政が統括すると決めた時の行政の表向きの言い分は、それまで学会主導で付与されてきた専門医資格の平準化を行う、ということだった。だが、この新しい制度では、専門医の質の担保は、学会に丸投げである。表向きの言い分が、あくまで建前であったことがすでに明らかになっている。

この制度が実施されると、まず問題になるのが、この論考の著者坂根医師の述べる通り、女医のキャリア形成だろう。現在、医学部学生の3割以上が女性である。彼女たちの一部、または多くが、ドロップアウトせざるを得なくなるのではないだろうか。

また、硬直化したプログラム制の研修制度では、若い医師各々が将来の専門性を持つ妨げになる可能性が大きい。専門医資格という餌で、医師の「偏在」を是正し、さらにそこで新たな天下り先を確保しようとする行政の意図は、破たんすることだろう。天下りによって硬直的に運営される制度は、ちょうど共産主義国家によって行われた計画経済と同類である。専門医に向けた研修制度は、本来医師の自主性を尊重すべきなのだ。

医療現場からこれだけ問題を指摘されているが、現政権の庇護のもとやりたい放題の官僚は、この制度を実施することだろう。

行政が、自らの利権のために医師の人事権を掌握する試みは、失敗に終わる。その過程で、被害をもっとも受けるのは患者たる国民だ。

以下、MRICより引用~~~

新専門医制度の何が問題なのか ~巧妙に仕込まれたプログラム制の罠~

専門医制度の「質」を守る会 共同代表
つくば市 坂根Mクリニック 坂根みち子

2017年4月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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1年延期された専門医制度が、最大の問題である「質」の担保をする事なく再び開始されようとしている。

私たちは、2018年からの専門医制度の開始に反対している。この制度に反対の声を上げた現場の医師たち数人とともに、ネット上でH30年開始反対の署名を集めており、4月1日現在1500人弱の署名が集まっている(1)。

一般国民にも、これから専門医取得を目指す若い医師や医学生にも極めてわかりにくいこの制度の何が問題なのだろうか。問題点は幾多もあるが、今回は日本専門医機構が導入しようとしている「プログラム制」に的をしぼってお伝えしたい。

結論から言うと、専門医機構は専門医を育てるための「プログラム制」を意図的に誤用しているのである。

今回の制度では、医学部を卒業した医師は、「原則として何らかの専門医になる事」になり、そのために「卒後5年プログラム制で研修する」とされている。これはアメリカの制度を参考にしていると思われる。アメリカの制度では、メディカルスクール卒業後、全員が何かしらの専門医のコースを取る事になっており、そこには、家庭医(family medicine)も専門医のコースの一つとして入っている。

機構のいうプログラム制とは何か、専門医制度新整備指針から引用する1)研修プログラム制 研修プログラムに定められた到達目標を、年次ごと(例えば 3~5 年間)に定められた研修プログラムに則って研修を行い、専門医を養成するもので、一つの基幹施設のみでの完結型の研修ではなく、一つ以上の連携施設と研修施設群を作り循環型の研修を行うものとする。すなわち、一つの病院だけの研修を行うと、その病院の性質(地域性、医師の専門等)の偏りにより研修に偏りがでる可能性があるので、他の連携病院を必ず作り循環型の研修を行うものである(2)。

専門医になるのに、プログラムに沿って一定の研修を受ける事に何の問題があろうかと思われるかもしれない。ここに巧妙に仕組まれた罠がある。

欧米の制度では、通常専門医を養成するのは単一の医療機関が提供するプログラムで研修している。今回、基幹施設?連携施設で研修施設群を作り、循環型の研修を行うというのは、他国にはない日本ならではの方法なのである。

「一つの病院だけの研修を行うと、その病院の性質(地域性、医師の専門等)の偏りにより研修に偏りがでる可能性がある」と機構はいうが、随分おかしなことを言うものである。短期でのローテートは「お客様状態」での研修となり、責任を持って医師を育てる事が出来ないために、むしろ専門医の「質」が担保されなくなる。例えば、アメリカでは、ほぼ単一の医療機関でプログラムを提供するが、その医療機関で研修出来ない部分だけ、他の病院に行って研修するという。またどの医療機関が研修指定病院になるのかは手挙げ方式で、その病院で経験出来る症例数、指導医数、そして予算によって研修医の数が決まる。地域によって人数をコントロールするような事は一切していない。

また、女医にとっては、この制度はさらに深刻な問題をはらむ。そもそも日本で医師になるという事は、女性にとっては、子供を持って働きつづけるという当たり前の事がすでに高いハードルとなっている。それが、結婚出産適齢期に、専門医制度により研修施設を転々としなければいけなくなる。現在でさえ、婚活、妊活、出産場所、保活、子育て等子供を産み育てる事が難しい社会である。女医のパートナーは7割が医師であるが、事実上、女医がキャリアをあきらめて家事育児を担う事が多い状況下で、女医のキャリア形成はさらに困難になるであろう。これでは専門医をあきらめるか、出産をあきらめるか、家庭が崩壊するかになってしまう。制度を決めた方々の中に、この事を想像出来る人がいたとは思えない。

何故、こんな事になってしまうのか。

一番の問題は、2013年の「専門医の在り方に関する検討会 報告書」にある(3)。これが専門医制度の「憲法」となってしまい、その後の議論は、なぜかすべてこの報告書の枠内で行われる前提になっている。今回の機構の新整備指針も、当然報告書の枠内で決められているのである。そして、この報告書が、専門医制度の問題に、医師の地域偏在、診療科偏在の問題を入れてしまっているのであるから、当然制度は歪む。

地域医療に配慮し、基幹病院?連携施設という循環型の研修を行うことになった。都市部に研修の医師が集中しないように、都市部の研修人数に制限を設けた。地域においても連携病院にも人が行くように、「原則として、基幹施設での研修は 6 カ月以上とし、連携施設での研修は 3ヵ月未満とならないように努める」と事細かに枠組みを定めた。

このようにして、新整備指針では一見、地域医療に配慮したように見えるため、このままでは地域医療が崩壊してしまうと危惧していた医師会等からの賛同を得たが、これは専門医制度と関係のない、プログラム制の名を借りた地域、診療科偏在対策の定員管理制度である。

結果、厚労省は医学部の卒業生を容易に計画配置出来る道筋を作ったのである。

そして、一番肝心の専門医の「質」については、各学会に丸投げで実は何も決まっていない参考にしたであろうアメリカの制度では、研修医療機関は、プログラムに沿って研修が行われているか、質が担保されているか、抜き打ちで評価される。また研修医は、専門医の試験を受ける前のトレーニング期間、指導医からも下の医師からも時に医学生からも360度評価を受けながら研鑽に励むのである。そこには、学会に何年所属していなければならない、と言うような条件はない。また、医師のシフト制勤務が確立されており、男性医師も育休、産休を取る社会的土壌があるために、女性医師のみに過度な負担がかからないようになっている。

専門医機構は任意団体で、専門医になるかどうかは手上げ式だといわれているが、オプジーボの例を挙げるまでもなく、特定の薬の処方に専門医の資格が必須化される事は目に見えており、好むと好まざるとに関わらず、機構の背後にいる厚労省の意向を「忖度して」、医師は必ず何らかの専門医を取得するようになるだろう。

現に、専門医制度の「憲法」となってしまった2013年の「専門医の在り方に関する検討会 報告書」内の資料によると、実に95%もの医師が、専門医や認定医の資格を取りたいと答えている。

この制度は、プログラム制一つとっても大きな問題を抱えている。制度の先を見届けられない世代だけでこの制度を決めてはいけない。

現場の医師を入れての再議論が必要である。

(1)「新専門医制度」H30年度からの開始に反対します。
https://www.change.org/p/stopsinsenmoni-excite-co-jp-%E6%96%B0%E5%B0%8
2%E9%96%80%E5%8C%BB%E5%88%B6%E5%BA%A6-%E5%B9%B3%E6%88%9030%E5%B9%B4%E5
%BA%A6%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E9%96%8B%E5%A7%8B%E3%81%AB%E5%8F%8D%
E5%AF%BE%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/323.pdf

(2)専門医制度新整備指針
http://www.japan-senmon-i.jp/news/doc/sinseibisisin2016.12.16.pdf#sear
ch=%27%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%B0%82%E9%96%80%E5%8C%BB%E6%A9%9F%E6%A7%8B%
E6%96%B0%E6%95%B4%E5%82%99%E6%8C%87%E9%87%9D%27
(3)専門医の在り方に関する検討会 報告書
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r985200000300ju.html

現政権暴走の底流 

長谷部恭男教授は、安保法制憲法違反発言で有名になった憲法学者だが、とくに特定のイデオロギーに立つのではなく、あくあまで憲法論の立場から発言をしている。特定秘密保護法を支持したということからも、彼のスタンスは理解できる。その長谷部教授が、対談で安倍政権のやり方を徹底的に批判している。

現時点で、共謀罪法案の行方が一番の問題だ。政府のプロパガンダが奏功したのか、共謀罪を受け入れる国民が増えてきているという世論調査もある(もっとも、世論調査の類は、内閣府が行ったものでも分かる通り、信頼が置けるものでは決してないのだが)。教育勅語を教育現場に持ち込み、銃剣道を武道として体育に取り入れ、さらにヒットラーの「我が闘争」を「教材」として用いることを否定しない現政権が、どこに向かっているのか、誰もが分かるはずだ。だが、それに対して疑問を持たないとすると、いわばレミングの行動を、集団で行いつつあるように見えないこともない。ネズミと同一視するな、と言われそうだが、戦前の体制に回帰する明白な出来事が続いてるのに、それを疑問視し反対の声を挙げないとすると、レミング並みと言われても仕方あるまい。

これから成長し、社会人になってゆくお子さんをお持ちの方には、とくによく状況を見て頂きたい。お子さんの世代が、大きな痛みを負わなければならなくなるのだから・・・。

以下、引用~~~

考論 長谷部×杉田)首相官邸「暴走」の底流
2017年4月9日05時00分

閣議決定された政府答弁書/菅義偉官房長官の発言
 安倍晋三首相の妻、昭恵氏は私人と言い切れるのか。公務員が問い合わせに回答するのは職務ではないのか。先月から相次いで閣議決定された政府答弁書にまつわる疑問。さらに、「首相への侮辱」だとして私人が証人喚問される一方、官僚は文書を廃棄したと開き直る。このような行政権力、とりわけ官邸の「暴走」の底流に何がログイン前の続きあるのか。長谷部恭男・早稲田大教授(憲法)と杉田敦・法政大教授(政治理論)に語り合ってもらった。(構成・高橋純子)

 ■「昭恵氏は私人」簡単に割り切れぬ 長谷部/「偽証罪で告発」と内閣言及、筋違い 杉田

 杉田敦・法政大教授 森友学園問題に関連して、さまざまな閣議決定が出ています。安倍晋三首相夫人の昭恵氏は公人ではなく私人である。夫人付の政府職員が調査・回答した行為は職務ではない。いずれも説得力を欠き、こんな決定を乱発していいのか疑問ですが、そもそも、閣議決定の法的性格とは。

 長谷部恭男・早稲田大教授 新たな閣議決定で上書きされるまで、内閣はその決定に拘束されます。ただそれは自身を拘束するだけで、立法権や司法権を必ずしも拘束するわけではない。政府への質問書に対する答弁を決めるには閣議によるしかなく、決定してはいけないとは言いにくい。結局は、中身の問題です。

 杉田 では、首相夫人は私人でしょうか。

 長谷部 公人か私人か、簡単には割り切れません。天皇の行為は、国事行為以外はすべて私的行為かというと、違います。やはり公人としての行為があり、それがいわゆる象徴としての行為です。同じようなことが首相夫人についてもあるのではないか。

 杉田 森友学園の籠池(かごいけ)泰典前理事長は私人ですが、国会で証人喚問されました。ところが公人たる政治家や、官僚は、野党の要求にもかかわらず誰ひとり証人喚問されていない。

 長谷部 国政調査権の使い方がいかにも党派的です。米議会や英議会では、国政調査権を党派的に発動しないというのが大原則です。どちらかの党派に有利/不利だから呼ぶ/呼ばないという判断は、少なくとも建前としてはしないことになっている。中長期的な国政上の課題について調べることが目的ですから。

 杉田 証人として呼ぶのは、犯罪の嫌疑がある人だとする政治家もいました。

 長谷部 話が逆転しています。従来議論されてきたのは、国政調査権を行使することで犯罪の捜査や裁判の遂行に不当な影響を及ぼすのはよくない、捜査対象者は呼ぶべきではないのではないか、という点でした。

 杉田 官房長官は籠池氏を偽証罪で告発する可能性にも言及しましたが、これは国会が判断することで、行政権、内閣がとやかく言うのは筋が違うのでは。

 長谷部 議院証言法で、告発は議院や委員会の権限と明記されていますから、その通りです。さらに、偽証罪が問われる「虚偽の陳述」とは、客観的事実に反する陳述ではなく、証人の記憶に反する供述を意味するというのが判例ですから、立証のハードルはかなり高いですね。

 ■教育勅語、国民主権と相いれぬ 杉田/教えていい話か、線引きは当然 長谷部

 杉田 昭恵氏が国会で証言すれば、白黒がつく可能性もある。安倍首相は「悪魔の証明」は出来ないなどと言いますが、当事者の言い分が食い違うことは、よくあること。どちらが信用できるかを裁判等で判断するのであって、それは悪魔の証明でも何でもない。単なる事実認定です。

 長谷部 ボールは政権側のコートにある。同じコートに出て打ち返すことは、悪魔でなくてもできます。首相を侮辱した、というわけのわからない理由で私人が証人喚問されている。私人にそこまで要求しておきながら、文書は破棄したので何も言えないと官僚は開き直り、首相夫人は私人だからで済ませています。極めてバランスが悪い。

 杉田 官僚の文書廃棄については専門家から、違法ではないかとの指摘さえあります。保存期間を定めた公文書管理法の欠陥もありそうですが、仮に違法とまでは言えないとしても、そうした無責任な行政のあり方が許されるものなのか。

 長谷部 違法でなければ何をやってもいいのか。私人であればOKです。人のひんしゅくを買うような行為でも、それは個人の判断です。しかし、公人や公務員は違う。中長期的な社会公共のために行動する、そのために様々な権限や便宜を与えられているのだから、私人と同じように法に触れなければいいということには、なりません。

 杉田 先日、教育勅語を教材に使うことは否定しないという閣議決定もされました。たしかに親孝行とか友達と仲良くとか、その部分だけを切り取れば、普遍的な道徳と重なります。ただ、勅語はそういう道徳律を、天皇が臣民に教えるという形になっており、危機の際には「皇運」を助けよと義務づけている。それを朗読させたり、正しいものとして教えたりするのは、日本国憲法に基づく自由民主主義の政治システムや国民主権と相いれません。ところが文部科学副大臣は、教育基本法に反しない限り朗読は問題ないと国会で答弁し、一部の新聞は、言論の自由や思想信条の自由を盾に、戦前のような考え方を教えるのも信じるのも自由だと主張しています。

 長谷部 それは間違いです。学校は、街頭やネット上のような一般的な表現の自由が成り立つ場所ではありません。教育の出発点は憲法26条の子どもが学習する権利です。将来、子どもが自分自身で物事を判断できるようになるための材料を提供しないといけないのだから、教えていい話とそうでない話の線引きがあるのは当たり前です。

 ■派閥・メディア、弱まるブレーキ 杉田/余裕失いなりふり構わず、危険 長谷部

 杉田 政府に刃向かう者への脅迫的手法という点では、沖縄の件も見過ごせません。反対派への見せしめ的な捜査とも見られることが行われています。また、翁長雄志(おながたけし)知事が辺野古埋め立て承認の撤回方針を表明したことに対して、政権側は一時、翁長知事個人に賠償を求めることもあり得ると言いました。

 長谷部 知事の公権力行使によって国が損害を被ったというなら、国は県を相手に国家賠償訴訟を起こすことになる。しかし国賠法は、知事個人を相手にする制度ではありません。仮に国が勝った場合は、沖縄県が知事個人に求償できますが、それは故意・重過失がある場合だけで、極めて限定されています。

 杉田 国に損害賠償を支払ったのは県財産の損失だとして、政権支持派の住民に住民訴訟を起こしてもらうといったことを想定しているのかもしれませんが。

 長谷部 ええ。ずいぶんと迂遠(うえん)な話を持ち出して、翁長知事に嫌がらせをしているのでしょう。

 杉田 そうした手法をいとわぬ政権の下で、ついに「共謀罪」が審議入りしました。

 長谷部 犯罪行為をやり終わった人を処罰するのが刑事法の大原則です。刑罰は最も苛烈(かれつ)な国家権力の行使だから、行使は控えめであるべきなのに、277の罪名について、計画段階で処罰できることにする。しかもその理由がはっきりしない。国際組織犯罪防止条約批准のためだと政府は説明していますが、この条約の対象はマフィアです。すでに日本政府はテロ対策の条約を多く締結しているので、共謀罪をつくらないとテロ対策ができないという理屈もよくわかりません。

 杉田 共謀罪への反対が強い理由のひとつは、特定秘密保護法と同じで、恣意(しい)的に運用される危険性があるからです。特定秘密法には賛成した長谷部さんが、どうして共謀罪には反対なのですか。

 長谷部 確たる理由もなく、法の基本原則を動かすことになるからです。特定秘密法は法の基本原則を動かすものではありません。

 杉田 それにしてもなぜこれほど行政権力、特に官邸が暴走できるのかというと、ブレーキをどんどんはずしてきたからです。党内派閥は弱体化し、内閣法制局は無力化し、メディアも牙を抜かれている。国民への説明責任を果たそうとしない姿を見ると、「絶対的権力は絶対的に腐敗する」(アクトン)という格言を改めて思い起こします。

 長谷部 なりふり構わなくなっているのは、余裕を失っているということでもあります。トランプ米政権は、国際法の根拠も不明なままシリアのアサド政権軍を攻撃しましたが、それも内政が行き詰まって余裕を失っていることのあらわれと言えなくもない。余裕のないまま暴走する。危険すぎます。

利益率14% 

かるい逆流性食道炎との診断のもと、時々ヒスタミン拮抗薬を購入して内服することがある。良く効く。先日、OTC薬を薬局に買いにでかけて驚いた。公定薬価が一錠20数円の同剤が、一錠150円ほどするのだ。公定薬価が原価割れをしていることはあり得ない。ジェネリックだとその半分程度になるはずだ。OTC薬がいかに暴利だかが良く分かる。胃炎、胃潰瘍のOTC薬で、安価なものといえば、旧来の胃酸中和剤だ。こちらは、リバウンドも起きやすく、効果は長続きしない。お金のない患者は、こちらを使えということだろうか。

最近開催された医療費を検討する諮問会議で、比較する薬剤がない新薬の場合の価格設定の方法が公開された。必要な経費をすべて積み重ね、そこに利益率14%を上乗せするらしい。必要経費も製薬企業の言うがままであるので、実質の利益率は、かなり高くなる。製薬企業の言い分は、開発にコストがかかる、ということらしいが、それは程度の差こそあれ、他の製造業でも同じことだろう。オーファンドラッグなどへの配慮は必要かもしれないが、基本的に製薬企業の利益率は高すぎる。

最初に述べた高額なOTC薬も、利益追求を旨とする製薬企業にしたら、当たり前のことなのだろう。製薬企業には多くの官僚が天下りしており、官僚は製薬企業にとって有利な薬価、税体制を設定している。今後、この傾向はますます強まる。

製薬企業のみならず、関連企業・施設が医療で利益追求をとことん推し進めた制度を有するのが、米国だ。その実情を、NPR.comのこの文章が分かりやすく教えてくれる。

わが国の制度も、強固な官僚制があるものの、基本的には医療福祉を利益追求の場にしようという方向だ。米国の凄まじい医療制度と同じものになるのもそう遠くはない。

五所神社の桜 

昔の職場と我が家の間の通勤路に、五所神社とい名の神社がある。こんもりとした鎮守の森・・・といっても、それほど大きな森ではないのだが・・・も、神社の背後にある。二日前に、そこを通ると、桜が満開だった。近くに工業団地があり、その従業員の宿舎らしい、高層住宅も近くにあるが、大体は周囲は畑だ。人影もほとんどない。降りて写真を撮った。

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この近くから通って、かかってくださっていた可愛い兄弟がいたことを思い出した。彼らも、もう高校生か大学生になっているはずだ。元気に立派に成長なさっていることだろう。

この通勤路を使わなくなって、もうすぐ5年間経とうとしている。

非合理的なるもの 

新潟県知事米山隆一氏の、森友学園の何が問題か、と題する論考。合理的精神の欠如そのものだ、という点に共感する。

だが、自民党政権の目指すのは、結局、この森友学園が行ってきた「教育」を、全国民に強制することなのではないだろうか。

情報速報ドットコムにアップされた、創生日本の集まりにおいて、同党議員が声高に叫ぶ国家神道に基づく国家主義の国家の樹立こそが、安倍政権の目指すものなのだ。基本的人権、国民主権、平和主義の否定である。こちら。


その体制は、戦前、教育勅語によって祭政一致の国家神道体制に教化された国民が、原理主義的な軍部と一緒になり、国を破滅へ導いた体制に連なる。その体制下で、権力と利権を貪った官僚、一部の民間人がいた。現在の安倍政権の中枢にいる政治家たちは、その体制への復帰を目指している。

自民党の目指すものは、その非合理的なものなのだ。従って、米山氏の言う非合理的な教育の否定は、その背後にあるこの国家神道体制の否定でなければならない。

国民が知らぬうちに、戦前の非合理な祭政一致体制に逆戻りさせられようとしている。

以下、引用~~~

4月10日付米山隆一の10年先のために - 森友学園の何が問題か

森友学園について、誰が、何故、何時、何処で、どう関与したか、その当否が様々に取り上げられています。

 その一つ一つが問題なのは勿論その通りなのですが、私は、この問題の最大の問題は、森友学園(塚本幼稚園)で行われていた教育の明らかな不合理さと、それを目の当たりにしながら、現役の国務大臣はじめとする複数の政治家や、保守を掲げる名だたる識者が、問題発覚まで何の疑問も持つことなく、称揚し続けた合理的精神の欠如であると、思っています。
 
 後知恵の様で恐縮ですが、塚本幼稚園の特異な教育方法は2~3年前からインターネットでは有名で、私は当時から強い違和感を持っていました。
 
 少々話が飛んでしまいますが、私には今3歳になる姪がいます。身贔屓的になかなか利発で色々な言葉を良く覚える子ですがしかし、彼女に意味も分からぬ教育勅語を一字一句違わず暗記させ、毎朝直立不動で暗唱させようと思ったら(HPでは「朗唱」となっていますが、来賓の前で「暗唱」している動画が流布しています。)、ほぼ間違いなく、虐待に近い強制が必要でしょう。仮に保母さん方の献身的努力の末強制なしにそれができたとして、世の中には色々な子供がいます。当然何度言ってもできない子供もいるはずです。すべての子供が一糸乱れずあれができるという事は、ほぼ間違いなく、意思によってであれ能力によってであれ、いずれにせよ出来ない子供を強制的に排除していたのだろうと推測されます。

 それだけではありません。
森友学園のHP( http://www.tukamotoyouchien.ed.jp/about/ )によると、森友学園では幼稚園児が、正坐をし、論語を読み、そろばんをはじき、将棋をマスターし、ラグビーにいそしみ、年を通じて水泳をし、大正琴を演奏し、鼓笛隊の練習をし、様々な絵画・製作活動にいそしんで多数の表彰を受けていました。そんなことが、実際問題可能でしょうか?齢49歳になる私がやっても明らかにパンクするというか一目見て過剰で、これまた虐待に近い強制があったか、若しくは全くの誇大宣伝であったということでしょう。

 これらのことは、決して推論が難しいことではありません。数年前からインターネットに出回っていたあの映像を見て、たった一度HPを見るだけで、多少なりとも一般的な常識のある人になら、簡単に推測出来たことだと思います。

 ところが一般の人よりもはるかに見識が高いと思われている現職の国務大臣が、国会議員・地方議員が、保守を掲げる名だたる有識者が、そんな事をこれっぽっちも考えもせず、森友学園の教育を絶賛し、入学を勧めていたのです。

 その理由は、「森友学園が教育勅語を暗唱させていたから。」「森友学園が戦前精神主義的教育をしていたから。」以外にあるでしょうか?私はないと思います。

 これら有識者の方々は、おそらく本当に心から、「教育勅語を暗唱させさえすれば、幼稚園児の心身が鍛えられ、誰もかれもがたちどころに一言一句違わず直立不動で暗唱できるようになり、この超人的といえるスケジュールを次々こなせるようになる。」と信じていたのだと思います。

 百歩譲って具体的にそこまで思ってはいなかったとしても、この見識あふれる有識者の方々は、「教育勅語」「戦前精神主義の復活」という言葉を聞いた瞬間に、彼らにとって崇高なその精神論で頭がいっぱいになって、客観的事実の確認や、批判精神に基づく推論や検証の必要性といった、合理的精神の一切合切をきれいさっぱり忘れ去って、ただただ理事長である籠池氏の言を頭から信じ込み、その思い込みに基づく識見を多くの国民に披露し、それに従って行動することを勧めた事は否定できないでしょう。

 それで日本の行く先は、正しく示されるのでしょうか?「敵を知り己を知れば百戦殆うからず。敵を知らず己を知らざれば戦う毎に殆うし。」。合理的精神の欠如した、精神論によって導かれる政治は、国を危うくするものでしかありません。 

 私は、根拠なき精神論に惑わされず、客観的な現状認識に基づいて、現実的で合理的な対策を講ずる県政を進め、子供たちの未来のために、合理的精神を培う、合理的教育を行っていきたいと思います。

「平穏死」 

終末期の医療が、これからますます大切になる。積極的な医療を受けず、自然のままに、苦痛少なく平穏に亡くなることが、終末期医療のあるべき姿になってゆくのだろう。石飛医師は、この記事で終末期医療の在り方を端的に述べているように思える。

ただ、問題は、誰がこうした終末期医療を患者、そのご家族に提案するのか、ということだ。国家が、ただ医療費を削減するために「ガイドライン化」するのはご免こうむりたい。国家なり、医療機関側がどこかで線を引くと、様々な問題が出てくる。死とは、個別的で、人の人生を本当に総括するできごとなのだ。そこに国家、権力が入ると、軋轢や不満が生じる。

私たち一人一人が、どのような終末を望むのかを事前に考えておくことが必要だ。我々は、生きる上で、自由意志による選択をしてきたが、死の在り様も同じ側面がある。苦痛少なく平穏な死を迎えることを、具体的に選択しておくべきなのだろう。これはきわめて個別的で大切な選択なのだ。

以下、引用~~~

下り坂ゆっくり「平穏死」 終章をがんばらない 「私たちの最期は」「ともに考える」医師・石飛幸三さん
17/04/12記事:共同通信社

 50年近い血管外科医としての人生で、私は人体の優秀な「部品交換屋」であり「修理屋」だった。当時には珍しい血管移植術で多くの命を救ってきた。

 「治すのが医者」。そんな自負は2005年、特別養護老人ホーム(特養)の常勤医になって大きく揺らいだ。着任した特養は全くの別世界。人生の最期の坂をゆっくり下っていく人たちの心を支える仕事だと思った。

 外科医時代は「(痛みを抑える医療用の)麻薬は徹底的に使え。ためらうな」と部下に指示していた。特養の入居者はいずれ、みんな死んでいく。そのときは苦しいだろう。今度は自分が麻薬を使わなければならない立場になったと思った。

 でも老いて衰えた人生の最終章っていうのは、自然の麻酔がかかる。食べられなくなったら、眠る。一口でも多く食べさせようとか、「がんばれ」って無理にたたき起こすとか、そんなことはしなくていい。静かに逝けると気付かされた。そうした亡くなり方を「平穏死」と名付けた。特養に来て12年になるが、麻薬は一度も使っていない。

 「胃ろう」も同じ。おなかにチューブを埋め込み栄養を入れる処置で、回復が見込める人に一時的に付けるのは否定しない。だが私の着任前は、眠り続けて静かに逝けるはずの人に胃ろうで無理やり栄養を注入していた。結果的に残された時間をかえって苦しめてしまっていた。

 もちろん、胃ろうを付けるべきか家族はものすごく迷う。迷っていい。目の前に横たわっている肉親にいま何をしてあげるのがいいのか、親子やきょうだいで徹底的に話し合うことだ。どんなに言い争ったって結局人間は死ぬ。だけど、みんなで肉親の最期がどう在るべきか真剣に議論したという事実、誠意を尽くしたという思いは残る。それこそが大切だと思う。

 人が老いて朽ちていくとき、医療がどれだけの意味を持つのかを考えなきゃならない時代がやってきた。いつのまにか医療は人間をモノ扱いし、命が長いほど意味があるとされるようになった。

 でも本来はそうじゃない。一回きりの人生をどう生きるかが大切なんだ。人にはモノにはない「心」があるんだから。

   ×   ×

 いしとび・こうぞう 広島県出身。慶応大卒。東京都済生会中央病院副院長などを経て05年から世田谷区立の特養・芦花ホームの常勤医。81歳。

米国と北朝鮮の間の危機 

米国政権は、クリントン、ブッシュ政権下で三度北朝鮮への武力行使を考えたことがあった。1994年のクリントン政権下でのシミュレーションは、辺真一氏のブログから引用すると・・・

全面戦争という最悪のシナリオに備えクリントン大統領は1994年5月19日、シュリガシュビリ統合参謀本部議長らから戦争シミュレーションのブリーフィングを受けた。シミュレーションの結果は「戦争が勃発すれば、開戦90日間で▲5万2千人の米軍が被害を受ける▲韓国軍は49万人の死者を出す▲戦争費用は610億ドルを超える。最終的に戦費は1千億ドルを越す」という衝撃的なものだった。

いずれも、あまりに大きな代償となるために見送られた。現在は、この被害予測はさらに拡大することだろう。

現在、北朝鮮は核弾頭とICBMの開発を終えつつあり、米国にとって北朝鮮の脅威はさらに大きくなった。そして、支持率の伸び悩むトランプは、一か八かの賭けに出る可能性がある。

上記の損害予測に加えて、わが国の米軍基地と原発が攻撃対象になる。韓国の経済・国家体制はほぼ崩壊することだろう。わが国も、大都市・原発地域に壊滅的な損害の出る恐れがある。北朝鮮のミサイル施設を一瞬にしてすべて破壊することはできない。また、ミサイル防衛網も日本全土をカバーしていないし、一斉に攻撃を受ける飽和攻撃への迎撃に対しては機能しない。

日本政府が、米国政府に対して、北朝鮮攻撃の際には事前協議をするように申し入れたらしいが、直前の事前通告しかないのではないだろうか。これほど深刻な全面戦争に至るはずの攻撃に際して、米国は、同盟国の日本だろうが、手の内を明かすことはしないだろう。トランプ大統領という、予測不可能な政治家が相手であることも、この危機がいつ現実のものとなるかを予測するのを難しくしている。この軍事的な危機に際して、わが国にできることは今のところ何もない。近い将来、核武装したところで、それがこうした戦争を抑止することにはならない。

安倍首相は、国民の安全を保障すると言っているが、それには何の根拠もない。日米安保条約は、結局、米国の安全保障にとって必要とあれば、同盟国日本をも切り捨てる軍事条約であったことが明らかになった。米国の軍事基地をこれほどわが国に抱えることが、むしろリスクファクターである、ということだ。自衛隊の規模はすでに世界有数だ。専守防衛であれば、機能する規模だ。米国の核・軍事力の傘がむしろリスクをもたらすことをこれを機会に学ぶ必要があるのではないだろうか。

シリア空爆を断固支持する安倍政権の愚かさ 

米軍のシリア攻撃は、アサド政権がサリンを用いたと断定して行ったものだ。その可能性は高いのかもしれないが、米国は、その明確な根拠を提示していない。さらに、国連安保理に諮ることなく、独断での軍事行動だ。国際法に違反する可能性がある。背景にあるのは、トランプ政権の浮揚策としての意味合いだろう。実際、以前のポストに記した通り、米国では国民の多く、マスコミ、それに民主党までもが、この軍事行動を支持した。アフガン、イランで米軍の関与がどのような後遺症をもたらしたか、まだ学習していない・・・というか、軍事行動が国民の支持を得るための強力な手段であるという甘い誘惑に、米国の指導者は勝てないように見える。NSCメンバーから外れたようだが、スティーブ バノンのような対イスラム強硬派が、トランプ政権内部で確実に力を持っていること、ティラーソン国務長官のようにオイルメージャーと深い関係を持つ閣僚がいることも、この攻撃に関係しているかもしれない。米国がシリアに軍事介入の度合いを強めた後で、どのようにして収拾する積りなのか、具体策は米国にはない。米国の安全保障の脅威だとして、このシリア空爆を行ったという表面上の説明に唖然とさせられる。

それを一番乗りを競うがごとく、このミサイル空爆を支持したのが、安倍首相だ。シリア空爆に対する後方支援を行うことを否定しない=肯定しているのが、無能な稲田防衛相だ。空爆でシリアの問題はさらに深刻になること、シリアへの軍事行動に加担することがわが国にとって不利益をもたらすことを、ともに全く分かっていない。愚かなことだ。

集団的自衛権行使として、シリアに自衛隊を赴かせる積りなのだろうか。要するに、自衛権などとは程遠いことで、米国政府の言いなりなだけだ。

以下、引用~~~

米シリア攻撃で稲田防衛相、“後方支援”否定せず

2017年04月10日 19時16分 TBS
 アメリカ軍がシリアに行ったミサイル攻撃に関連して、稲田防衛大臣は、将来的に日本でおととし成立した、安保法制に基づいて、後方支援を行う可能性を明確に否定しませんでした。
 「今後の米国の対応について予断をすることや、米国からアサド政権の打倒に対する協力を求められた場合といった仮定の質問にお答えすることは差し控えたいと思います」(稲田朋美 防衛相)

 一方で、過激派組織「イスラム国」に対する軍事作戦の後方支援については、これまで通り、「考えていない」と否定しました。(10日17:04)

『都民ファーストの会』 

東京都の民主党のボスだった長島氏が民主党を離党した。その配下の都議も民主党を離党する。これで、都議会で民主党の議員がいなくなるのではないかと言われている。

都議選が近いので、勢いのある小池新党「都民ファーストの会」に合流する積りなのだろう。だが、それで良いのか。都民ファーストの会は、綱領も何もない。都民を第一にというスローガンだけと言ってよい。このスローガンは何も言っていないに等しい。小池氏の過去の政治経歴を見ると、日和見的な政治行動をとる、ガチガチの右翼的な思想の持主であることが分かる。一頃、彼女は、わが国の核武装を主張し、某カルト教団の候補者と一緒に国会議員選挙を戦った人物である。結局、注目を集める、この新しい政党は、自民党に吸収されて終りになるのではないか。

小池都知事の戦略は
1)都議会自民党という敵を設定し、それを守旧・利権勢力として攻撃する
2)都民ファーストという単純なスローガンだけ 他に政策は明示しない 
3)オリンピック・築地移転の問題を取り上げ、そこで守旧派と言われる人物・政党への感情的な攻撃をしかける
4)都議選候補者には芸能人を多数動員 知名度から、大衆受けを狙う
といったところか。

大衆の感情におもねることが主たる政治戦略になっており、典型的なポピュリズム政治である。

政治の現状に潜在的な不満があり、さらに自分の存在基盤が脅かされているという意識の大衆に迎合するには、この戦略が奏功する。だが、残念なことに、こうしたポピュリズムは本当の改革をもたらさない。

選挙民の方が、もっと政治的に成熟しないと、こうした一見改革派のポピュリストを見分けるのは難しいのかもしれない。