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『南相馬メドレー』 

去年、柳美里が南相馬市小高地区で始めたフルハウスという本屋さんを訪れたことは以前記した。残念ながら、改装中でなかに入ることはできなかった。でも、小高地区は、20年以上前に、元気だった両親を車に乗せて、彼らの旧友に会いにでかけた場所であり、懐かしさに浸った。その後、東日本大震災と福島第一原発事故で、甚大な被害を受けた場所でもある・・・。

そこに、柳がどのような理由で居を移し、生活を始めたのかを知りたかった。

先日、彼女の新刊が発行された。「南相馬メドレー」というエッセー集。彼女が2015年に南相馬に移住してからの生活、そして思いを綴った記録。

南相馬に彼女が移住した直接の理由は、あちらで大震災後しばらく活動していた「災害放送局」で定期的な番組「ふたりでひとり」を受け持ったことだと記されていた。かの地で生活をする知り合い、二人にインタビューをするという番組。この番組の記録は、彼女のサイトに行くとすべて聞き返すことができる。

だが、その直接的な理由よりももっと深いところで、彼女が社会で疎外され、大切なものを喪失したという立ち位置が彼女を南相馬に誘ったのではなかっただろうか。南相馬から、あの事故以降多くの方が、遠くに避難し、そしてかなりの方が故郷を永遠に喪失した。その悲しみ、不条理に彼女が深いところで共鳴し、惹きつけられて南相馬に移り住んだ、ということだったように、この本から読み取れる。

彼女の疎外感、喪失感は、幾重にも彼女を苦しませてきた。在日韓国人であること、両親との距離、学校での疎外、そして実質的な夫であった演出家との死別。何度となく語られる、癒しがたい悲しみがある。でも、息子さんを得て・・・彼はフルートと自然を愛する好青年に育った・・・若い演劇仲間と演劇活動を再開する。同じく悲しみを生きる人々への静かな共感、そして演劇という表現活動を通して、自分を他者に開こうとする試みが、彼女を地域に溶け込ませている。当地の高校生たちが集えるようにと、フルハウスという本屋を立ち上げた。

彼女が愛する花々木々を育てた鎌倉の家を手放し・・・それを決断するのにどれほどの意志が必要だったことだろう・・・、そこで作家として安逸に生きることを断念して、南相馬に移り住んだ。その理由が、ずしんと読む者に迫って来る。生きることの悲しみが、通奏低音のように流れる著作だ。二日間で読了。

あの南相馬へのドライブで改めて感じたのだが、南相馬は、地理的にも、そして心理的にも私には遠い。両親を連れて、年老いた彼らの友人を訪れたドライブを思い返しに、またいつかフルハウスを訪れてみたいものだ。

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