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救急医学会の医療事故調大綱案に対する見解 

医療事故調の厚生労働省大綱案に対する、救急医学会の見解が、下記検討会で、埼玉医大高度救命救急センターの堤先生によって公にされた。分かりやすく、明快な見解だ。

業務上過失を医療事故に対してどのように適用するのか。または、業過罪そのものの適用を止めるのか、が大きな論点のような気がする。救急医学会は、『明白な過失』という概念で対応するようだ。この見解には、その詳細が述べられていないが、注目してゆきたい。

ただ、医療には業過罪を適用し難たくさせる根本的な問題が横たわっている。交通事故と違い、医療行為そのものがリスクになる、リスクを抱えた患者さんに対して、医療行為に伴うリスクを積極的に背負って、医療行為を行わざるを得ないという問題点や、様々なシステムエラー・ヒューマンエラーが起きうる素地は、いかに少なくしようともゼロにはなりえないといった問題点だ。この点を捨象して、業過罪を強制的に適用しようとすると、医療、特に救急医療は成立し難くなる。


以下、MRICより引用~~~

■□ 救急医学会の見解 □■

                          埼玉医科大学総合医療センター
                          高度救命救急センター
                          堤 晴彦


2008年10月31日 第15回「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方
に関する検討会」での発言です。



はじめに

 本日は、この検討会にお招き頂きまして、有り難うございます。検討会の委員の皆様方ならびに事務局である厚生労働省の担当者に御礼申し上げます。ただし、一言言わせて頂ければ、もう少し早い時期に呼んで頂ければ、もっと良かったということを申し添えておきます。

 本日は、救急医学会を代表して参りました。救急医学会の見解は、別紙に記載した通りであります。すでに、お読み頂いているという前提で、見解を述べさせて頂きます。

 まず、最初にお断りしておきますが、大綱案に関して、日本医師会や外科学会が賛成派で、救急医学会などが反対派というように、医学会が2つに割れて、対立構造にあるかのように一部で言われておりますが、決してそんなことはありません。

 私は、高本委員や、木下委員と話をしておりますが、本質的には、意見の相違はありません。ほとんどと言ってよいくらい、同じ意見です。さらには、この検討会の議事録も読ませて頂きましたが、高本先生、木下先生、山口先生が、医療側の意見を、きっちりと、代弁されておられることを知っております。この場をお借りして、医療側の委員の先生方に御礼申し上げます。

 それなら、何故、最終的な見解が異なるのか。私自身も、実は良く分からなかったのですが、最近になって、賛成派の医師は性善説に立っており、反対派の医師は、性悪説に立っている、という違いではないかと思っております。

 すなわち、賛成派の人は、この大綱案が、この検討会で議論された基本的な精神通りに運用されればうまくいくはずだと期待しているのに対し、反対派の人達は、法律というのは、一旦出来てしまえば、どのように運用されるか、全く分からない、悪意を持つ人がいれば、何とでも変えられる、あるいは、解釈できる、と疑っているからです。私共も、その立場にあります。反対派というより慎重派と呼んで頂ければと存じます。

 私に与えられました時間は、わずか15分ということであり、多くのことを述べることはできませんので、以下の5点に絞って意見を述べさせて頂きます。


1.死因究明と責任追及の分離
2.医療事故における業務上過失致死罪の明確化
3.医療事故調査報告書のあり方
4.刑事事件と民事事件の明確な分離
5.今後の要望


 まず、
1.死因究明と責任追及の分離、ですが、 救急医学会としては、これが譲れない一線であります。医療安全を構築することと紛争を解決することの違い言ってよいかもしれません。このことは、この検
討会の第1回目からずっと議論されていることです。この点を明確にしなかったが故に、本検討会が延々と迷走を続けているのではないでしょうか。

 医療事故については、これまで十分に議論されておりますので、ここでは、警察の捜査を例として述べます。

 警察の内部でも、ある犯罪事件が起きて、犯人が逮捕できなかった時など、警察署内で、さまざまな検討、反省がなされているのではないでしょうか。事件が起きた時の初動が悪かった、捜査の範囲を最初から絞り込みすぎたのでは、など、当然、多くの意見が出されていることと推察します。この場合、それらの検討内容を、文書化して、被害者のご遺族に公開し、説明されているでしょうか。ある
いは、警察の会議に、第3者の委員を入れて、客観的に中立的な立場で、事件の捜査が適正に行われた否かの検討会が行われているでしょうか。

 医療事故における死因究明による医療安全の構築と責任追及、警察における捜査の反省、すなわち捜査をより良いものにする立場と責任の追求は、各々、全く異なるプロセスで行われるべきということについては、警察・検察側を含めて、十分に理解して頂いていることではないでしょうか。それなら、何故、医療という分野だけ、原因究明と責任追及を同時に行う委員会を作らなければいけないの
でしょうか。

 もし、その考えが正しいのであるなら、私共医療側は、一般国民の立場から、警察の捜査が適正に行われていたのか、第3者による評価を行うべきであると、主張せざるを得ません。すなわち、犯罪捜査適正検討委員会の設置を求めることになります。そして、そこで検討された報告書を犯罪被害者および家族に渡して説明することを求めます。そういう論理になるのではないでしょうか。
 
 もちろん、本気でそう考えている訳ではありません。何故なら、捜査というものをより良きものにする立場と、捜査の責任を追求することが、全く別のものであるということを、医療の経験から十分に理解できるからです。


2.医療事故における業務上過失致死罪の明確化

 大綱案に反対する医師の中には、医療事故はすべて免責にしろ、という意見が多くみられます。しかしながら、救急医学会は、そのような立場に立って、反対している訳ではありません。悪いものは、悪い、という立場です。

 自民党のある議員が、救命救急医療に関連した医療事故は、すべて免責にする、というような見解を出されましたが、救急医学会は、その見解には全く乗っておりません。救急医学会の中で、そのようなことが話し合われたこともありません。もちろん、その国会議員は、救急医療を何とかしなければ、という思いから、そのような発言をされたことと推察しており、その気持ちは嬉しく受けとめますが、救急医学会の総意・真意ではございません。このことは、明言しておきます。

 日本救急医学会が問題にしていることは、医療の場合、何が業務上過失になるのかが、良く分からないということであります。それ故に、医療側は、不安、不満、そして人によっては、怒りとも言える気持ちになっているのです。その結果、救急患者を診ない方が安全である、あるいは、大きな難しい手術は避けた方が安全、という防衛医療・萎縮医療が加速しているのです。

 重大な過失、あるいは、標準的医療から著しく逸脱したもの、など、全く曖昧であります。

 標準的医療について述べますと、本邦における救急医療は、ほとんどが、救急科専門医ではなく、一般診療科の医師が担当しております。そして、いつどのような患者が来るか全く予測できない中で行われており、自らの専門領域の患者だけでなく、専門外の疾患にも対応しなくてはならない状況です。むしろ、自らの専門外の患者をみることの方が多いと言っても良いでしょう。現状は、このような医師によって、救急医療はかろうじて支えられているのです。各科の専門医からみれば、その科の標準的な医療から、逸脱していることはしばしば起こっているでしょう。もし、標準的な医療というレベルが、各専門領域の診療を基準にするのであれば、救急医療は間違いなく崩壊してしまいます。

 誤解のないように繰り返しますが、日本救急医学会は、救急科専門医としての自己責任の軽減・回避を求めているわけではなく、救急医療の大部分が非救急科専門医の手にゆだねられていることから、これらの一般診療科の医師が、今後も救急医療に関与し続けられる環境を整備することが救急医療を確保する上で必須であるという立場からの発言であります。

 私共、救急医学会は、「医療の場合、何が業務上過失になるのか」というもっとも本質的な問題に、真正面から取り組むべきであるということを切望しております。この点を曖昧にしたままでは、いかなる調査委員会を作っても、うまく機能するとは到底思えません。

 同じ業務上過失致死に問われる交通事故の場合、明確な基準を設けており、非常に明瞭で紛れがありません。しかるに、医療事故を刑事訴追する場合の明瞭な基準は示されてはおりません。これは、罪型法定主義に反するのではないかとさえ思います。おそらく、検察庁の方でも、この問題、すなわち、「医療の場合、何が業務上過失になるのか」について、すでにプロジェクト・チームを作って、検討されているのではないでしょうか。この点を明確にしない限り、医療側、そして国民の納得が得られないでしょう。

 事故調設置の前に、この問題について真剣に取り組むことを、厚生労働省ならびに法曹界に強く要望致します。

 因みに、救急医学会では、別紙のような「明白な過失」という概念を検討しております。もちろん、私共医師は、法律の素人ですから、この考えが正しい、などとは考えておりません。法曹界の人間がみれば、多くの誤りが指摘されるでしょう。しかしながら、逆に、法曹界の人間だけで、定義できるとも考えておりません。何故なら、法曹界の人達は、医学は理解できても、医療の現状を知りえないからです。

 むしろ、警察庁・検察庁の方々と、私ども、医療側の人間が、同じテーブル、同じ席について、議論するべき内容と考えております。

 私共救急医学会は、法と医の対立から、法と医の対話を求めるものであります。

 厚生労働省の方には、是非、そのような会議を作るべく、組織間の調整役として動いて頂きたく、強くお願いする次第です。

 この問題を解決しないと、事故調を作っても、事故調から警察・検察に通知することができません。医師法21条と同じことを繰り返すことは明らかでしょう。

 従来は、警察・検察側で、業務上過失致死に問えるかどうか、まず、法的に判断します。この際、医学的な判断は、どうしても甘くなります。では、逆に事故調を作って、医学的な判断を先にすれば、それで解決するでしょうか。今度は、医学的判断を先にするが故に、法的判断が甘くなります。

 すなわち、事故調において医学的判断を先にして、その中の一部を、警察・検察に通知するという大綱案では、警察・検察に通知しない事例の中に、法的に問題がある事例が埋もれてしまう可能性があります。論理的に考えてそうではないでしょうか。

 このような矛盾を回避するためには、全例、警察・検察に通知するしかないのではないでしょうか。

 逆説的な表現になりますが、事故調の目的を、責任追及ということにすれば、論点がもっと明らかになるのではないかとさえ思っております。刑法学者の前田先生が座長をされておられることから、その方が、議論は早いかもしれません。ただし、その場合、厚生労働省の枠の中では、議論できないでしょうが。

 さらに、捜査という観点からみても、私共医師は、警察官と異なり、捜査の手法について、全く教育を受けておりません。そのような医師が、警察と同様の捜査、この場合は調査になりますが、それができるとは到底思えないのです。

 事故調における調査の方法についても、十分な検証が必要でありましょう。

 私自身は、法的判断や医学的判断のどちらを先にするということではなく、両方同時に、並行して行えるようなシステムの方が、公平性が保たれると考えております。

 法的には無茶苦茶かもしれませんが、警察・検察の中に、医学的な検討を行う組織を作った方が、スッキリするのではないでしょうか。これは、私個人の意見になりますが、、、。


3.医療事故調査報告書のあり方

 次に報告書自体の問題であります。

 医療側は、福島県立大野病院事件で、警察・検察を非難します。しかしながら、それが本当に正しい批判なのでしょうか。この事件は、もとはと言えば、医師が作成した福島県の事故調査報告書から始まっております。今回作ろうとしている事故調と同じように、医療側の判断が先になされているのです。警察・検察は、それを用いて立件したと言えます。さらには、ある医師が書いた鑑定書に沿って、検察側は裁判を行っております。警察・検察側は、現在、多くを語っておりませんが、本音としては、医療側に言いたいことが山ほどあるのではないでしょうか。

 医療側は、警察・検察を非難しますが、私共はその意見には乗りません。

 世間では、医師と警察・検察の対立構造という見方がありますが、そうではなく、本質的な問題は、医療事故の調査報告書のあり方の問題であり、さらには、その報告書や鑑定書を作った医師の資質の問題と言えるのではないでしょうか。事故調を作って、本当に公正で中立な報告書を書けるのでしょうか。さらには、それが書ける資質を持った医師がどれほどいるのでしょうか。いくら、言葉で公
正・中立と言っても、本当に中立の立場の人がいるのでしょうか。

 いずれにせよ、中立的な立場に立った報告書の作成が、いかに難しいかを物語っております。

 報告書のあり方について、もっと多くの議論が必要と考えております。

 厚生労働省は、せっかく、死因究明のモデル事業を行ったのですから、このモデル事業についての評価を先に行うべきと考えております。事故調は、このモデル事業を発展させたものという位置づけでしょうから。

 このモデル事業の遂行にあたりましては、委員の方々の相当の努力があったと伺っております。報告書のあり方、医師の労力についての検討も必要でしょう。あるいは、取り扱える件数についても、この検討会の中で、数が増えた場合には、対応できないかもしれないという委員の発言があるくらいです。

 さらには、事故調の地方委員会・調査委員会の委員の選任の方法については、大綱案では明記されておりません。おそらく、大綱案に賛成する医療側は、自分たちの都合の良い委員を推薦してくるでしょうし、患者側は患者側で、自分たちの意見を代弁してくれる委員を推薦してくるでしょう。すなわち、両者とも賛成という立場ではありますが、同床異夢と言うべきでしょう。

 委員を選ぶ手続きについても、今から十分に検討しておかないと、委員会の立ち上げのところで、混乱が起きるのは明らかです。

 今回の事故調においては、警察・検察の方々が、オブザーバーとして参加されております。

 現状をみる限り、警察は医療事故以外の犯罪の捜査だけで手一杯であり、とても、医療事故の捜査まで、手が回らないというのが本音であり、事故調ができるのを静かに待っているところでしょう。

 検察側にしても、無罪判決が続いており、事故調が出来て、報告書が作られることは基本的に歓迎していることでしょう。文字通り、オブザーバーの立場で見ていることでしょう。ただし、検察側は、使えるものは使う、しかし、それに縛られるつもりは全くない、と考えていることと察します。事故調の報告書は、単に鑑定書の1つにすぎず、検察の判断はそれに拘束されるものでないことは明らかですから。

 さらには、患者側の弁護士にとっては、非常においしい話であり、反対する理由は全くありません。むしろ、歓迎していることでしょう。

 結局、事故調の設置に関して、もし、反対派が少数にみえるとしたら、このような理由なのではないでしょうか。

 さらには、 杏林大学の割り箸事件が立件されておりますが、その是非は別として、あの事件では、その患者を断った病院は複数あります。救急医療を専門とする私どもは、断った病院より受け入れた病院の方を評価しますが、現状は、受け入れた病院だけが、叩かれております。法は善意を考慮しないことは、その通りですが、事故調を作っても、これらの問題は解決しません。残念ながら、患者を診ない方が安全であるという医療側の認識は、救急医療の現場で浸透しております。本当に、これで国民は納得するのでしょうか。

 一方、これまでに行われた医療事故の刑事裁判においては、医療側も、警察・検察側も、そして、さらには、被害者のご遺族も、皆傷ついております。誰一人、満足しておりません。

 私自身、医療事故被害者の会の主催するシンポジウムにも参加させて頂きました。広尾病院の被害者の永井さんの話も伺いました。胸を打たれる思いがあります。

 医療側のみならず、警察・検察を含めて、自らの組織の立場だけを考えずに、もっともっと、踏み込んだ議論、そして、本音を語り、歩み寄って、より良き医療事故調査委員会ができることを望んでおります。

 あるシンポジウムで、ある国会議員の方が、事故調について、「医療側の8割、患者側の8割の人が賛成してくれる案でないと、うまく機能しないであろう」と言われております。正論と思います。


4.刑事事件と民事事件の分離

 本検討会においては、あまり語られていないことですが、民事事件との関係については、議論が不十分と考えております。

 大綱案によれば、この事故調の報告書が、民事訴訟に使われることは明らかです。国の原則的な立場は、民事不介入であるべきです。根本的に考え直すべきではないでしょうか。

 たとえば、同じ業務上過失が問われる交通事故の場合を考えます。警察は、捜査結果を被害者あるいはその家族に文書で知らせることはありません。交通事故の加害者がたとえ飲酒運転であったとしても、それを被害者側に文書で伝えることは原則としてありません。それ故、交通事故の場合、弁護士から弁護士法第23条によって、医療機関に対し、飲酒の有無を問い合わせてくるのです。 警察は、民事不介入の原則を貫いております。

 それに対して、医療事故の場合には、事故調が国あるいは行政の組織でありながら、最初から民事訴訟に使われる構造になっております。これは、論理的に整合性がありません。

 この検討会においては、「被害者のために」という名目で、被害者のご遺族に報告することが当然のように思われており、民事訴訟に使われるということについて検討もされないままですが、被害者のためにというなら、警察も交通事故や犯罪の被害者やそのご遺族に、捜査報告書を渡すべきでしょう。警察の捜査では、捜査資料は出さず、医療事故では、報告書を出すというのでは、論理が一貫していないのではないでしょうか。

 民事に利用される構造については、根本的に見直すことを要望致します。


5.今後の要望
(1)死因究明と責任の追求の分離
(2)医療における業務上過失致死罪の明確化
(3)医療事故調査報告書のあり方
(4)刑事事件と民事事件の分離、

 これらの解決のために、特に、法と医の対話の場を設けて頂きたい。

 その他にも、調査委員会の委員の選任の方法、モデル事業の検証、監察医制度・法医学など死因究明のためのインフラの整備など、多くの課題があります。また、その他の項目につきましても、平成20年度の厚生労働科学研究で検討されているということですから、その研究結果をみてから、再考されるべきものと考えております。

 さらには、この検討会だけでは、あまりにも時間が足りません。各々、検討が必要な項目毎に、分科会や作業部会(ワーキンググループ)などを作って、十分に検討する必要があると考えております。そのためには、わが国における行政、司法、立法といった大所高所からの検討が必須であり、その上で、今後、より良き事故調が作られますことを、強くお願い申し上げます。


 日本救急医学会としても、医療側に課せられた医療安全の構築という問題に対して、私ども自らの責任において、これらの課題に対して積極的に取り組む立場であることを明言しておきます。

 以上であります。

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