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医療訴訟による医療崩壊 

医療訴訟による医療崩壊の米国での歴史を、東大の上先生が手際よくまとめておられるので、転載する。

米国のこの歴史から、日本が学ぶのかどうか、ぎりぎりのところまで来ている。日本医師会の医師賠償責任保険が100億円以上の赤字になっているとは知らなかった。こうした保険の掛け金の上昇は避けられないのだろう。すると、救急医療等リスクの伴う医療は、成立しがたくなる。

ボールは、国民の側に投げられている。



以下、MRICより転載~~~

■□ メディアが報道しない東京都立墨東病院事件の背景 第6回 □■
      医療再生への特効薬は、メディエーションと対話型ADR

       東京大学医科学研究所
       先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門
       上 昌広

今回の記事は村上龍氏が編集長を務めるJMM (Japan Mail Media) x月x日発行の記事をMRIC用に改訂し転載させていただきました。

 前回までの配信で、わが国の医療が民事訴訟の濫発による崩壊の危機に瀕していることをご紹介しました。これは1970年から2000年にかけて米国が辿った道筋とそっくりです。米国は民事訴訟の濫発が医師賠償責任(医賠責)保険を破綻させ、ハイリスク医療から医師が撤退し、患者が大きな迷惑を被りました。しかしながら米国というのはダイナミックな国で、この騒動を契機に、医療界に新しい流れが生じました。今回は、アメリカ社会が医療訴訟の濫発にどのように対応したかをご紹介し、日本の進路を考えてみたいと思います。


【 1970年代 医療訴訟の濫発、賠償額の高額化 】

 前回の配信でもご紹介させていただいたことですが、1970年代、医療訴訟が急増した米国では、 賠償金の支払額が18倍に増加し、多くの保険会社が医師賠償責任保険から撤退しました。踏みとどまった保険会社も掛け金を値上げせざるをえず、医師の保険料は1950年代の30倍に達しました。保険料が高騰化すれば、訴訟リスクの低い医療に従事する医師は保険から脱退しますので、保険システムは加速度的に不安定になります。この結果、全米で多くの医師や病院が医賠責保険に加入できなくなり、訴訟リスクの高い産科や救急医療から撤退するようになりました。


【 1975年 カリフォルニア州に端を発した医療過誤危機 】

 医療訴訟の濫発と賠償額の高額化が医師のハイリスク医療からの撤退を招いた米国で、特に顕著だったのがカリフォルニア州です。同州では、医療過誤訴訟から第一次医療危機(医療過誤危機)が発生しました。(詳細については、李啓充氏の著書『市場原理が医療を亡ぼす―アメリカの失敗』(医学書院)をお奨めします。)

 カリフォルニア州では1975年5月、麻酔科医が医療過誤危機に対するストライキに入ったことをきっかけに、この動きが州内および他の診療科に広まりました。この結果、カリフォルニア州の多くの市民が医療機関を受診できなくなる、いわゆる「医療難民」状態になりました。一連の動きは各種メディアで広く報道され、カリフォルニア州民が医療過誤危機について認識するようになりました。

 余談ですが、1970年代前半のカリフォルニア州は、後に大統領となるレーガンが知事を務めていました(在任1967-75年)。レーガンは、もともとはフランクリン・ルーズベルトおよびニューディール政策を支持し、リベラル派として政治家としてのキャリアをスタートしました。しかしながら皆さんご存じのように、後に彼は保守主義者に転じ(ハリウッドの赤狩に手を貸したことで有名です)、1960年代には共和党内で頭角を現し、大統領予備選に立候補しています。1980年代、彼が大統領に就任し、新保守主義が世界を席巻しますが、1970年代のカリフォルニア州にその萌芽を認めることができそうです。


【 医療被害補償改革法(MICRA; Medical Injury Compensation Reform Act)の成立 】

 このような時代背景も影響しているのでしょうが、医療を受けることができなくなったカリフォルニア州民の怒りの矛先は、医師や行政あるいは政治よりも、過大な賠償を求める弁護士に向かいました。

 カリフォルニア州の世論は「医療へのアクセスを確保すること」を強く求めたため、州知事は医療被害補償改革法(MICRA; Medical Injury CompensationReform Act)という法律を議会に提出しました。その中で、賠償金の高騰が医療崩壊の引き金と考え、精神的苦痛など非経済的損失に対する賠償金(慰謝料)の上限を25万ドルに制限することが提案されました。また、弁護士報酬の割合を賠
償金額が増えるにつれ漸減することとし、被害者に多くの賠償金が支払われるように配慮されました。

 もちろん弁護士団体はMICRA成立に大反対しましたが、この法案は1975年9月、カリフォルニア州上院で60対19の大差で成立しました。弁護士団体は医療過誤だけを他の訴訟と区別して特別扱いする法律は違憲と上級審で主張しましたが、最終的に1984年カリフォルニア州最高裁はMICRAを合憲と判断し、この問題は決着しました。

 カリフォルニア州での騒動をきっかけに、医療訴訟での賠償金の高騰について全米で議論されるようになりました。その結果、20以上の州が法律で賠償額の上限を規定しました。一方、アラバマ州やカンザス州のように、議会が立法化したものの、上級審で違憲と判断された地域もあります。


【 2002年 ネバダ州での医療危機 】

 前回の配信でもご紹介させていただきましたが、2002年ネバダ州で医療危機が再燃しました(第三次医療危機)。ネバダ医療危機のきっかけは、医療訴訟の賠償金が高騰したため、大手保険会社が巨額の赤字を計上し、医賠責保険から撤退したことです。この結果、医師が負担する保険料が暴騰し(年4万ドル程度から年20万ドル超)、産科医・救急医はハイリスクの医療行為を控え、ネバダ州から
他州へ転出する医師も出現しました。ちなみに転出先には前述のカリフォルニア州が含まれます。

 ネバダ州は医療危機を回避するため、公費を投入して医賠責保険を補助したり、自治体が保険料を肩代わりするなどの対策を講じましたが、その効果ははかばかしくありませんでした。

 しかしながら、ネバダ州の医療危機は、全米での医療過誤訴訟制度の見直しをますます進めることになりました。全米のほとんどの州議会で、製造物責任訴訟および医療過誤訴訟問題解決のための改革として、不法行為改革法(Tortreform)の制定が検討されました。この中で、損害賠償額の上限設定以外に、出訴期限の短縮、損益相殺ルールの採用、裁判前の専門家パネルでの調停前置など
が検討され、医療過誤訴訟の濫発を抑制しようと試みられました。


【 医療事故発生時の初期対応の重視 】

 アメリカの医療訴訟を研究していて感じることは、患者と医療者、ともに訴訟に対する疲労感が強いことです。アメリカの医療現場では1970年以来、長きにわたり医療訴訟と格闘してきました。弁護士が病院の中をうろつき、訴訟の種を探しているという笑えない話まであります。

 このような中で、アメリカでは医療事故の初期対応、とくに当事者同士の対話が注目されるようになりました。原告・被告の対立関係を前提とした訴訟制度は、医療紛争の解決において思わぬ副作用をもたらします。そのことに皆が気づいたのでしょう。何事ももとことんまでやらないと関係者の合意は得られないもので、アメリカも医療が崩壊して初めて、訴訟より対話を重視することがコンセンサス
になりつつあります。医療過誤危機が創造的破壊をもたらし、新しい文化が育まれつつあると言えるかもしれません。

 2008年の大統領選挙では、ヒラリー・クリントン、バラク・オバマ氏が連名でNew England Journal of Medicineという世界最高峰の医学専門誌に、医療事故発生時の初期対応システムの普及について寄稿し、この問題についての見解を述べました。これはアメリカ社会のダイナミックさの表象でしょう。日本では、麻生総理と与謝野大臣が連名で、自民党総裁選に先だって、日本医学会誌に医療紛
争の論文を投稿するなど想像もつきません。

 ちなみに、このような動きは医療に限定した話ではありません。Sorry Law(ソーリー法)という法律をご存じでしょうか。この法律は米国の約20州にある、個人間の謝罪を促すための法律の総称です。不測の事故が起きたときに、加害者が事故の不注意や失敗を認め、思いやりを示しても、裁判においてそのことを証拠として採用しないというものです。Sorry法は、医療分野はもちろん、交通事故をはじめとした多くの事故で適用され、軽微なトラブルによる乱訴を防止し、社会的ストレスを軽減しようとしています。このように訴訟社会アメリカでは、乱訴による社会不安を抑えようと試行錯誤が続いています。


【 メディエーション 】

 アメリカの医療現場では、ソーリー法以外にも様々な対話の試みがなされています。その一つにメディエーションがあります。

 メディエーションでは、メディエーターという専門技法を有する第三者が当事者同士の対話に寄り添い、患者側と医療側の対話の橋渡しをします。メディエーターは、多くは病院の看護師があたります。このため、このようなメディエーションを院内メディエーションという研究者もいます。

 メディエーションの目的は、医療紛争の発生後できるだけ早期に当事者同士の会話を促進することで、当事者の認知を変容させ、納得のいく創造的な合意と関係再構築を支援することです。この点において、原告と被告の対立関係を前提とし、相手より優位に立つために当事者同士の対話が控えられる訴訟とは正反対です。

 具体的なメディエーターの役割は、当事者同士の会話を傾聴し、双方の言い分に共感を示すことです。そのように努力した上で、当事者が自律的にも問題を解決するのを待ちます。調停のように「調停案」を提示したり、説得や評価をしたりということはありません。また、法律的な解決には一切かかわりません。メディエーションの成果は、メディエーターのスキルのみならず、その人柄や能力に大きく左右されることは言うまでもありません。

 このようなメディエーター制度は、医療訴訟に疲れ果てた米国医療界に大きな期待をもって受け入れられつつあります。特に、東部地域では急速に普及しつつあり、ジョンズ・ホプキンス病院、ピッツバーグ・メディカルセンターなどの一流施設では、初期メディエーションの導入により、医療紛争が大幅に減少しています。

 また、こうした個別病院の動きは、州単位の動きへと広がりつつあります。医療紛争の領域で大規模な制度改革を遂行しているペンシルバニア州では、コロンビア大学ロースクールのキャロル・リーブマン教授のまとめた提言を参照に、メディエーション制度を試験的に導入しています。


【 裁判外紛争処理(ADR) 】

 医療紛争の解決で期待されているもう一つの方法が、裁判外紛争処理(ADR)です。

 従来は、当事者同士の対話で紛争が解決できない場合、医療訴訟に訴えるしかありませんでした。医療裁判は判決が出るまでに長い時間を要し、高額の訴訟費用が掛かります。また、訴訟で確認される「法的事実」は、患者や医療者が知りたいと思う「医学的事実」としばしば異なります。このため患者・家族は、医療訴訟に勝訴したものの満足感が得られないことがしばしばあります。

 このような問題点を解決するための手段が裁判外紛争処理(ADR)です。仲裁、調停、斡旋などの手法を用い、迅速に紛争を解決します。2007年4月には「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律」(ADR法) が施行され、ADRは交通事故などの厳密な裁判に適さない紛争分野で普及しつつあります。

 医療分野におけるADRの特徴は、上記のような手法を用いたミニ裁判型のADR以外に、当事者同士の対話を重視したADR(対話型ADR)が模索されていることです。例えば、米国の名門病院であるジョンズ・ホプキンス病院では、院内で解決できない紛争について、外部の第三者メディエーターに介在してもらい斡旋を試みる対話型ADRシステムを採用しています。2003年度の実績が公表されてい
ますが、24件実施し、21件で合意を得ることができたとされています。


【 わが国の医賠責保険は破綻寸前 】

 わが国の医療裁判の特徴は、裁判を通じて被害者を救済しようとする傾向が強いことです。これはアメリカの懲罰的損害賠償制度と並び、医療訴訟の賠償額の高騰化に拍車をかけています。

 現在、わが国での医療過誤の賠償額は急速に高騰化しつつあります。死亡事例を扱った医療過誤訴訟については、賠償額は1億円を上回ることが珍しくありません。これは民事訴訟額に上限を設けていない米国の州と同レベルであり、欧州の約3倍です。余談ですが、弁護士報酬も高額で、1億円の損害賠償が認められた場合の弁護士報酬は約1100万円です。この事実は、近年、人数が急増している弁護士にとって、医療は魅力的な成長分野に映ることを意味します。

 このように、わが国の賠償額は世界で最高水準ですが、わが国の医賠責保険は高額な賠償金を念頭に設計されていません。実際、病院や医師個人が負担する医賠責保険の掛け金は米国よりずっと低額です。このため、2004年6月10日付のasahi.comニュースによれば、日本の医師の約4割が加入している日本医師会の医師賠償責任保険は、03年末で139億円の累積赤字となっています。他の医賠責保険も同じような状況でしょうから、医賠責保険の掛け金の大幅値上げは避けられません。そうなれば医療訴訟のリスクの低い医師が医賠責保険から撤退しますから、米国のミネソタ州の事例と同様、医賠責保険制度は破綻します。この結果、産科や救急などのハイリスク医療から医師が撤退し、医療難民が出現するでしょう。これは、わが国が辿るもっとも可能性が高い道のりです。

 この問題に対するもっとも有効な処方箋は、欧米と同様に医療訴訟の賠償額に上限を設けることです(米国は法的に上限、欧州は慣例的に高額の慰謝料を認めていないため、同じ結果をもたらしています)。しかしながら、現時点では、この案は国民的同意を得ることはないでしょう。


【 わが国でも普及しつつあるメディエーション 】

 私が医療紛争の解決で、もっとも期待しているのはメディエーションです。近年、わが国でもメディエーションは着実に広がりつつあり、その効果が証明されつつあります。その立役者のひとりが、早稲田大学紛争交渉研究所所長の和田仁孝教授です。彼の著作である『医療コンフリクト・マネジメント-メディエーションの理論と技法』(シーニュ)は、医療メディエーションの理論と実践を簡潔にまとめており、是非お奨めしたい一冊です。

 和田教授は法社会学の専門家です。法社会学とは聞き慣れない言葉ですが、社会における法制度がどのように現実に作用して、人々がどのように反応するかを研究する学問です。建築基準法改正や貸金業法改正が、法改正の主旨とは異なる影響を社会に与えたことは有名です。和田教授は長年、あらゆる分野の紛争問題の解決に取り組んできました。このような活動の中で「法の限界」を痛感し、それを補完するものとして「コミュニケーション」に着目するようになりました。

 近年、和田教授は紛争の一分野として医療問題に取り組んでいます。この分野に参入した彼にとってまず印象的だったのは、医療紛争における感情的軋轢の強さです。確かに自動車事故と比較して、医療事故の方が感情的しこりを残しやすいことは誰にでも想像がつくでしょう。しかしながら、和田教授が指摘するまで、私を含め多くの医療者がこの問題を十分に認識していなかったように思います。

 現在、日本全国で様々な個人・団体がメディエーションに取り組んでおり、その成果は着実に上がっているようです。

 全国で52施設の医療機関を運営する全国社会保険協会連合会は、病院内で医療事故が発生した際、医療メディエーターを通じて問題解決を図るように取り組んできました。その結果、2008年11月現在で年間の事故紛争件数は14件にとどまり、前年同期の29件から大幅に減少しています (2009年1月14日付 日刊薬業新聞)。

 また、大阪府の市立豊中病院では、看護師の水摩明美氏を中心に院内メディエーションの導入に取り組んでいます。市立豊中病院では、約90%の患者さんが院内メディエーションを通じて納得されているようです。彼女のインタビューは大変興味深いものですが(http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02801_01)、院内メディエーション成功の極意を「あっちつかず、こっちつかず」「患者と真摯に向き合うこと」だと述べておられます。私には、この2点が医療メディエーションの極意のように感じられます。おそらく、医療事故にあった家族には「医学的な正しさ」以上に求めているものがあり、医療界はそれに十分に対応してこなかったのでしょう。

 対話を促進することで紛争が減ることは当たり前です。この当たり前のことを如何に実行するか、医療界および国民が問われています。







コメント

崩壊してから気づくでしょう

悲しいことですが一旦崩壊しなければ国民のコンセンサスにはなりえない気がします。多くの犠牲者が出るでしょうが国民の自己責任でしょうか。

そうかもしれませんね。病気というのは、本来人間に必ず生じる問題なのですが、なかなか表には現れない問題で自分の問題としては考えられないのでしょうね。医療にアクセスできなくなって初めて気づくのでしょうか。

中川さんが、「風邪」と「睡眠不足・疲れ」で入院するらしいですね。政治家や高級官僚は、こうやって入院したいときには、自由に入院できる。彼等にとっては、医療システムが崩壊しても、自分の問題ではないのでしょうね。年金もそうだし・・・困ったことです。

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