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臨床研修制度をめぐる医系技官の思惑 

臨床研修制度が、官僚の思惑からのみ弄ばれているという論説。東大の上氏がMRICで公表したもの。今回の改変によって、地域医療の更なる混乱と、荒廃が進むように思える。医師不足は、地域医療を担う中堅の医師の不足である。臨床研修制度は、医師になりたての研修医諸君が医師として一番伸びるべき時に最善の研修を可能にすることを目的とすべきだ。臨床研修制度を改変することによって、地域医療を立て直すことはできない。

研修医を崩壊しつつある地域医療第一線の兵隊に動員しようという発想が間違っている。それが、官僚の利権を確保するためとしたら、官僚は禍に苛まれるべきだ。


以下、MRICより引用~~~

■□ 臨床研修制度をめぐる医系技官の思惑 □■

       東京大学医科学研究所
       先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門
       上 昌広

今回の記事は村上龍氏が編集長を務めるJMM (Japan Mail Media) 2月25日発行の
記事をMRIC用に改訂し転載させていただきました。



 先日、医師臨床研修制度の見直しが大きく報道されました。5年前、「臓器を
見て人を見ない医師ばかりになり日本の医療が荒廃している。すべての医師にプ
ライマリケア(初期の幅広い診療)を」という理念を掲げ、鳴り物入りで登場し
た制度でしたが、あっけなく方針転換されました。

 そこで今回は臨床研修制度見直しの背景を紹介し、わが国の医療行政が抱える
問題点を議論したいと思います。


【 制度導入前から見えていた破綻 】

 繰り返し報道されているとおり、2004年に導入された臨床研修制度は、地方の
医師不足を加速させる結果を招きました。しかもそれは、制度導入前から多くの
関係者が予言していたことでもありました。当然、現場からは、「制度をなくせ。
そうすれば2学年分、1.5万人の医師が増える」という悲鳴があがりました。

 事態が急展開したのは、昨年9月。自民党の支持率低迷に悩み、その一因でも
ある医師不足問題に業を煮やした森喜朗元総理は、臨床研修期間「2年を1年に」
短縮するために「医師臨床研修制度を考える会」を設立し、宮路和明議員に託し
ました。こうして高邁な理想をうたった制度は、僅か5年で見直される運命となっ
たのです。


【 今回の見直しの要点 】

 今回の臨床研修制度見直しの要点は、研修内容の変更と研修医の計画配置です。

 現行制度では、内科・外科・救急・小児科・産婦人科・精神科・地域医療の7
診療科が必修で、このうち内科は6ヶ月以上研修することが推奨されています。
新制度では必修科目は内科(6ヶ月以上)、救急(3ヶ月以上)、地域医療(1ヶ
月以上)に削減され、残りの診療科からは2科目を選択することになります。こ
の結果、必修科目の研修は最初の1年間で終了することが可能で、後半1年間は自
由選択になります。多くの医師は自分の専門科を選考するでしょうから、宮路議
連の要請に応えたことになります。

 一方、計画配置については、これまでは病院ごとにマッチング枠を設定し、地
域による制限はありませんでした。しかしながら新制度では、都道府県毎に研修
医の定員枠が設けられます
。これは研修医が都会に集中したため、地方の医師が
不足しているという世論に応えたものです。

 さらに、研修医の応募が定員に満たなかった場合、その枠は削減されることに
なりました。また、病院毎の定員の合計が都道府県毎の定員数に満たなかった場
合は、その不足分は地域の大学病院に割り振られます。大学が地域の医師派遣機
能を担っていると考えられているからです。


【 臨床研修制度の理念と本音 】

 現行の臨床研修制度は2004年4月にスタートしました。プライマリケアを中心
とした幅広い診療能力の習得を目的として、2年間の臨床研修を義務化するとと
もに、医師法を改正し、適正な給与の支給と研修中のアルバイトの禁止を盛り込
みました。すなわち、わが国では、医学部を卒業して国家試験にも合格した全て
の医師に、さらに2年の研修が義務づけられたのです。

 この制度は、医師の研修を充実させるという意味で、一見よく見えます。しか
しながら、世界的には極めて特異です。政府が医師教育の内容を法律で一律に規
定してしまっているからです。

 日進月歩の医学にキャッチアップするためには、医師は生涯にわたり勉強を続
けなければなりません。勉強すべき内容は医師が置かれた状況によって変わり、
多様です。そのため医師の教育システムにも柔軟性が求められます。これは皆さ
んが所属される会社組織でも同様でしょう。

 一方、医師と権力の関係は微妙で、国家権力が医師教育を統制する危険性は、
歴史が教えてくれています。例えば、第二次世界大戦中の731部隊による人体実
験、戦後のハンセン病の隔離政策なども、良心的な医師の反対を押し切って、国
家が進めたものです。また社会制度上、官僚は政治家や世論に影響され、政治や
世論はときに暴走するため、社会は医師集団に対し、その自律と引き替えに世俗
権力から一定の距離をとる
ことを認めてきました。これは、試行錯誤の末、近代
社会が獲得した知恵なのでしょう。メディアの方々は、今回の臨床研修制度の医
師を新聞記者に置き換えていただくと、この制度がいかに本質的に異常なものか
お分かりいただけるでしょう。

 ですから、医師教育への国家権力の介入には、私たちは神経質でなければなり
ません
。医学教育をコントロールすることこそ、医師をコントロールする一番良
い方法だからです。厚労省による臨床研修制度導入は、その典型です。私はこの
制度に託されたプライマリケア推進の方向付け、逆に言えば専門医療の軽視の背
景には、その高邁な理念とは裏腹に医療費抑制政策の陰が見えます。患者の生死
に直結するような高度医療を抑制すれば、医療費は減少するからです。


【 臨床研修制度導入当時の社会背景 】

 では、臨床研修制度は、どのような背景で発足したのでしょうか。

 この制度が発足したのは2004年ですが、これは、2000年前後にマスメディアが
横浜市大や都立広尾病院で起こった医療事故を大きく取り上げ、医療界の隠蔽体
質を糾弾したことと大いに関係があります。

 一連の事件報道によって医療界の抱える問題点が世間にさらけ出されたことは、
医療界にとって大きな試練となった一方、それを契機に情報公開が飛躍的に進み、
その体質は大きく変わりました。

 ちなみに、このような変化は医療界に限ったことではありません。振り返れば、
当時の日本は価値観の大きな転換点にさしかかっていました。1980年代前半から
地方公共団体では情報公開条例の制定が進み(1982年山形県金山町、1983年神奈
川県、埼玉県)、1990年代には説明責任(アカウンタビリティー)や透明性とい
う概念が普及しました。それまでは、組織内で生じた問題は内々で解決する人間
が高く評価されていたのに、この時期に続発した不祥事を契機に、情報開示が強
く求められるようになりました。皆さんも、1998年の大蔵省ノーパンしゃぶしゃ
ぶ事件や2000年の三菱リコール隠しなど、思い出されるでしょう。一部のケース
では、企業の方針に忠実に働いていた人たちが遡って糾弾されました。この時期、
各業界が多くの返り血を浴びながら、自己改革を進めていきました。

 あまり議論されていませんが、この頃を境に、医療界への官僚統制は格段に強
化されました
。その一つが臨床研修制度の導入という見方も可能です。

 医療に限らず、業界の不祥事が露見した場合、世論は政府による規制を求めま
す。世論に後押しされた政府は業界への規制を強化し、社会の要望に応えようと
します。冒頭にご紹介した「臓器を見て人を見ない医師ばかりになって日本の医
療が荒廃している」という主張も、医師が社会からの信頼感を失っていたため、
当時の日本人に疑問なく受け入れられました。そして、国家が医師という専門職
の教育課程を規制することに対し、大きな反対も起こりませんでした。


【 臨床研修制度により焼け太る役人 】

 2004年に発足した臨床研修制度では、医学生と病院とが全国一斉に“集団お見
合い”するような「マッチング」という仕組みで研修病院を決定することになり
ました。当然、相当量の事務作業が発生しますので、それを処理するスタッフが
必要になります。

 その仕事を担当した先こそ、厚労省の外郭団体である「財団法人 医療研修推
進財団」
です。臨床研修制度の創設が、厚労省とその外郭団体に、新たな仕事と
多額の補助金を与えることになりました
。さらに当然のごとく、この財団には複
数の“渡り”の官僚(医系技官)が理事として天下ることになりました
。財団で
は、研修システムの開発とその実施、支援等を行っているとしていますが,医師
の臨床教育のメニューを決めるのに臨床経験が乏しい役人を入れる必要は、もと
よりありません
。また、多額の補助金は、それを獲得するために、厚労省や与党
との特別な関係を生み出しやすくなります。本来、このようなお金は、診療報酬
として病院に直接支払われ、病院長がその裁量で適切な使途を決めるべきもので
す。


 そして今回の臨床研修制度の見直しでは、全国すべての病院の研修医配置数を
厚労省が決めることになると同時に、2年間の臨床研修期間が維持されました。
前者は医師数の計画配置権限を役人が獲得したことを意味し、後者は研修期間が
実質的に1年間に短縮されてもなお2年分の予算とポジションを維持できたことを
意味します



【 医師不足を研修医の強制派遣で補う愚 】

 今回の臨床研修制度見直しについて穿った見方をすれば、厚労省の官僚(医系
技官)たちは、医師教育と医師不足問題を意図的に混乱させ、自らの権限の焼け
太りをはかった
と考えることも可能です。

 私の知る限り、大学を卒業した医師に全科目のローテーションを義務化してい
る国は日本以外にありません。
何より、わが国では、すべての診療科を回るスー
パーローテートは、大学医学部での実習で既に行われています。全身を診ること
が出来る医師を養成するなら、まず大学教育を充実すべきです。卒業までにその
技量が身についていれば、卒業後速やかに戦力となり、医師不足のわが国にとっ
て理想的です。

 しかしながら今回、研修制度見直し委員会が文科省と厚労省の合同で開催され
たにもかかわらず、このような意見は検討されませんでした。何故、もっともシ
ンプルな解決法が議論されなかったのか、私にはわかりません。

 今回の制度見直しのもう一つの問題は、臨床研修と医師不足問題を一緒くたに
議論していることです
。一人前になっていないから研修が必要なのであって、そ
のような医師を医師不足地域に派遣するなどというのは、派遣先の地域住民に失
礼な話です。また、研修医の教育を疎かにすることは、長期的に国民につけが回っ
てきます。

 地方の医師不足については、研修を終えた医師のインセンティブの確保、開業
医と勤務医の協同(ドクターフィー制度、ホスピタルフィー制度の運用)、コメ
ディカルの活用
で解決すべき話です。


【 権力にすり寄る学者たち 】

 このように、今回の研修制度見直しは、多くの問題点を含んでいます。ところ
が、見直しの議論においてなお、現行の制度を強く擁護する人たちもいました。

 その代表が篠崎英夫氏です。篠崎氏は、制度創設時の医政局長で、現在は国立
保健医療科学院院長に天下りしている医系技官です。今も現役の審議会委員を務
めるなど、厚労省への強い影響力を持ちます。これでは行事が相撲をとっている
ようなものです。

 また、今回の臨床研修見直しのための検討会には、5年前に制度創設に協力し
た委員が多数選ばれました。今回の委員会の主旨を考えれば、彼らは参考人とし
て招聘すべきであり、委員会の公正な運営に疑問が生じます。委員会の人選の実
権を握っているのは、厚労省の医系技官です。

 2月18日に開催された臨床研修検討会では、舛添厚労大臣も危ういものを感じ
たのでしょう。「最大の問題は国が枠を決める、統制すること。できるだけ統制
したくない」「憲法上の職業選択の自由に反するが、公共の福祉のためにどこま
で許されるのか」「学生の意見もあるだろう」
と、懸念を示しました。しかし舛
添大臣の懸念は、とりまとめには全く反映されませんでした

 このようなやりとりから脳裏に浮かぶのは、昨年10月に読売新聞社が社を挙げ
て打ち上げた「医師を全国に計画配置」という提言です。読売新聞にこのアイデ
アを吹き込んだのは誰でしょうか。新聞発表のわずか2日後、「計画配置をする
考えはある。よい規制だ」と発言したのは医系技官の佐藤敏信・保険局医療課長
でした
。興味深いやりとりです。


【 全人的医療とは? 】

 最後に、臨床研修制度が目指す「全人的医療」とは、そもそも何をいうのでしょ
う。また、日本の医師は本当に「全人的医療」ができなかったのでしょうか?

 おそらく「全人的医療」に込める意味は人によって異なり、時代や地域に影響
されるでしょう。このように定義が不明瞭な言葉を用いて臨床研修の目的を表現
することに、私は危険を感じます。

 一般論として、米国のように訴訟を前提として診療し、自分の専門領域以外に
は手を出さない医師たちに比べて、日本の医師たちは、地域性や患者個別のニー
ズに柔軟に応え、自分の専門領域を持ちながらも幅広く診療しています。

 例えば、厚労省の調査によると、わが国の診療従事医師数は263,540人ですが、
従事している診療科(複数回答)は計432,779に上ります。日本の医師たちは平
均一人二役をこなし、実際の人数の2倍近い医療を幅広く提供しているわけです。

 また、230人の血液内科医の学会調査では、133人(58%)が腹部エコー、96人
(42%)が上部消化管内視鏡、26人(11%)が気管支内視鏡ができると答え、総合
診療を担っていることを示しています。これは訴訟大国の米国では考えられない
ことです。このような事実を考慮すれば、専門医とプライマリケア医師の分離が
厳格な米国と比較して、日本はその中間状態にあると言うことができます。

 もし、このようなわが国の医療の現実を十分に説明することなく、「すべての
医師にプライマリケアを」という理念を掲げれば、どのような事態を招くでしょ
うか。おそらく、多くの国民は、一人の医師が多様な患者のニーズすべてに対応
できるし、そうすべきだと感じるでしょう。しかしながら、これは不可能であり、
このような前提で医療制度を構築している国はありません
。世界のどこにも存在
しない医療制度を理想とし、国民に提示すれば、期待と現実のギャップはますま
す開きます。そして、医療不信・医療訴訟など、トラブルの温床となっていきま
す。

 このように考えてみても、全医師に一律にプライマリケアの習得を強いる現行
の臨床研修制度は、その必要性にも論理的整合性にも、最初から疑問があった
言わざるを得ません。制度導入時といい、今回の見直しといい、そこには役人
(医系技官)の思惑と辻褄合わせが見え隠れしています。医療現場、とくに当事
者である研修医、医学生は、彼らに翻弄され、疲弊するばかり。国民も医師不足
にさらされています。

 実現不可能な理想を掲げることに何の未来もありません。国民の信頼をますま
す裏切る
ことは自明です。むしろ必要なことは、医療のあるがままの姿を社会に
提示し、限界も含めともに考えていくことができるよう、情報を公開・共有して
いくことでしょう。

コメント

No title

>>そして今回の臨床研修制度の見直しでは、全国すべての病院の研修医配置数を
厚労省が決めることになると同時に、2年間の臨床研修期間が維持されました。

これについては異議があります。
これまでも全ての管理型臨床研修病院は、前年度の4月末までに厚生労働省にプログラムと定員を示し認可を受けていました。各研修病院の定員が厚労省の認可によるものであるのは今までと差異はありません。
また2年間の研修期間が維持されたのは「医師法」の都合によるものです。平成16年からの臨床研修制度開始に先んじて平成12年に研修期間を2年とする旨の医師法の改正が行われました。今回は、時間もなかったのか医師法の改正を伴っていません。だから2年間がそのまま残ったのです。それに地域医療研修は2年目に行うこととされているので2年間を維持したのは問題ないと思われます。また医師法の改正をするとなると公布から施行まで時間がかかるので、間に合わないと判断されたのではないでしょうか?

これらについては上先生もご存じのはずなのに…。文面を見ると全体的に一貫した主張なのですが何か違和感を感じます。臨床研修制度の変更に伴い学部教育についても改善すべく文科省の検討会が2月上旬に立ち上がり既に数回、会合ももたれているのですがそれについても触れていません。ご意見も分かるのですが、なんだか意図的に情報の一部を隠しているように思えるのは私だけでしょうか?

新しい制度については様々な医療系ブログで批判をされておりますが、地域医療崩壊の最たる地域としての当県、そして臨床研修、地域医療の現場では歓迎の気持ちを持って受け止めております。きちんとした症例数を経験できる点からも研修医にとって大きなメリットでもあろうと思います。これによって全体にいい方向に向かうであろうことを確信もしています。

No title

厚生労働省が、研修医の配置数を決めるというのは、都道府県単位での配置を決めるようにしたこと等を上氏は指しているのではないでしょうか。

QWさんが地域医療で苦労なさっているのは良く分かりますが、上氏の論旨は、こうした行政主導の研修医強制配置では、地域医療の崩壊はくい止められない、むしろ悪化するということではないですか。

大学から研修医が、市中病院に研修先を求めて出て行き、戻ってこないのを、強制的に大学に戻す制度を作ったところで、問題の解決にはなりません。

繰り返しますが、臨床研修制度は、研修医が本当に力をつける研修ができるような制度にすべきです。特定の医療機関の人出が不足しているから、そこに強制的に回すなど、トンでもない発想です。

さらに、そうしたエゴイスティックな発想が、行政の医療支配に利用され、さらに医療崩壊を推し進めるとしたら、行政と同罪です。

No title

議論がかみ合っていませんのでこれで最後にします。

私は現場主義者です。
事件も事故も現場でこそ起きる、と思っています。

私は臨床研修、医学教育の現場に身を置き、この4年間で100人以上の研修医に接してきました。また毎年100人近い医学生にも接しています。その現場に身を置く者の感覚として書かせて頂いておりますし、現行の制度の問題点も十分に感じています。

その現場からの意見がエゴイスティックな発想と断じられるならばそれはあまりにも偏狭です。
長々とお付き合い頂き有り難うございました。
失礼します。

移動の自由

新研修医制度と旧制度を比較すると。
医師が研修先として一般病院を選ぶか、大学病院を選ぶかは、旧制度でも自由でした。
強制的に出身医大に残ることや大学所在地で研修を義務付けられることは新旧制度にかかわらず、ありませんでした。
ただし、大学の医局に所属する場合には、医局の関連病院を廻ることは半分は義務的なものでした。
大学病院や医局の関連病院の労働条件が悪かったことは、多くの医師が経験しています。

新制度になってからは、新規の研修医の数<<研修医定員の総和になったため、労働条件の悪い大学病院や大学関連病院や市中病院を選ぶ医師が減りました。

労働条件も教育条件も良い病院は、ほとんどが都市部に集中していますから、やりがいのある職場を求めて研修医も中堅以上の医師も地域から離れていったとも言えます。

地元に残った医師のかたが、何を言おうが選択の自由は憲法で保証されていますから、医師の移動を止めることはできません。
欧米の先進国にも移動の自由を制限している国はほぼ存在しません。
専門医の数の制限などで、臨床医の質を保つシステムはありますが。

地方に残っていらっしゃる医師のかたも、そのことは汁分に承知しておられると思います。

現時点で、よき教育条件や労働条件のある医師の多くは都市部に流れますから、地方に残った医師は、自分の意志で残るか、都市部の病院に移れなかった(採用試験に不合格など)のいずれかでしょう。

医師の移動も市場原理で動いています。
多くの医師が、大学病院や地方では良い研修が受けられないと判断した結果が、いまの状況です。
もちろん、中堅以上の医師にも当てはまります。

新研修医制度になる前から予想されたことですが、地方の医師、大学病院に残る医師には、想像できなかったことなのかもしれません。

研修医は良い指導医に恵まれて、症例数が豊富で、労働条件の良い職場で医師としてトレーニングを積む必要があるのは、当然ですが、大学病院も地方の病院にもそれは存在しないと判断されてしまえば、仕方がないのではないのですか?

研修医の都市部採用数を減らせば、採用試験という競争に勝ち抜いた医師が都市部の好条件の病院に移り、競争に負けた医師と自分の意志で地方に残った医師が、地方の病院に残る構図は決定的になると思います。


No title

鶴亀松五郎さん

コメントをありがとうございます。私の考えとほぼ同じです。市場原理で研修の施設選択が行なわれるべきというのは少し抵抗がありますが(笑)、利益追求ではなく、より良い研修内容・研修条件を求めて、若い医師が動くことは止められないし、止めるべきではないと思います。

地方大学・地方医療機関が、魅力的な研修内容を提示できなければ、研修医獲得は断念すべきです。何故そうなるのかを考え、自らの施設の研修内容の向上に務める、それに必要な人的・経済的なリソースを当該行政当局に要求すべきなのだと思います。

都道府県の人口と、大学の医学部定員から、研修医数を決めるなど、研修医のことをまったく考えていない愚策です。初期研修を「強制的に」地方で受けさせられた医師は、研修終了後そこに留まることはないでしょう。

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