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年老いた母のこと 

このところ、母親の今後の介護ケアをどうするのかが、私にとって、家族にとって、大きな問題だった。過日、インフルエンザに罹患して以来、母の状態は、さらに悪化し、より十分なケアが必要になってきたのだ。また、共稼ぎである我が家では、母親と相対する時間が短くなってしまい、母親も寂しい時間を過ごしているのではないかという思いもあった。

兄弟間で様々なやりとりを行い、宮城県に住む弟がとりあえず引き取るということになりそうだ。弟と姉は、これまで月に1,2回ずつ週末に我が家を訪れ、母親の面倒を看てくれていた。もう十分世話になったと思うし、弟の家庭も母親を受け入れるキャパシティがあるようには思えない。認知症の進んだ母親も、時に清明な意識と判断力が現れることがある様子で、自分はどこに行っても構わないと言う。それを聴くと、こころに剣を突き刺されるような気持ちになる。母親が、平安な晩年の日々を過ごすには、どの選択が一番良いのか・・・。

無線の友人に、こうした問題を話すと、こころに響くような言葉を返してくれる方が多い。核家族が原則と思っていた米国でも、親の面倒を良くみているようだ。Vic W9RGBは、母親を施設に預けることを決心するときに、guiltyの感情を感じるのだろうと本質的なことをズバッと言ってきた。しかし、ある年齢と状態になれば、そうすべきなのだ、guiLtyと感じることはないのだ、と。Fred K5FAの年老いた伯母Noraが、過日、Fred等の努力の甲斐あり、養護施設から自宅に戻ったが、程なく自宅での生活は無理と分かり、また施設に戻ったことを教えてくれた。Geo W0UAの母上は、87歳で亡くなる前、しばらくの間は、彼女のコンドミニアムに仕事場から通って、面倒を看たこと、いよいよ最後の時期に介護施設に入ることになったが、そう決めた直後に体調を崩し、程なく亡くなった、最後まで認知症になることもなく意識ははっきりしていた、とVicと私の交信を聞いていた彼が、教えてくれた。Bert W5ZRも、80歳代で亡くなった母上の最後2年間は、姉妹と協同で面倒を看続けたということだった。人生の最後はそうしたものだ、と。

客観的に考えて、母親にとって最善の選択は何なのか、なかなか結論は出せない。これは、もうしばらくすれば、自分自身の問題にもなるのだ。

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