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ゲームへの逃避 

過日、ある雑誌を手に入れるために、近くの品揃えの良い本屋にでかけた・・・ら、先月中旬に閉店という張り紙が入り口に貼ってあった。一般書等が結構揃っていて、時々本を漁りに出かけた本屋だった。かなりのショック。その後、反対の方角にあるもう一軒の本屋に行って見たが、そこには一般書等ほとんど置いていない。あるのは、実用書、漫画、雑誌それにDVD等だけ。所謂ゲームソフト関係の書籍が目立つ。恐らく、一般書の需要が落ち込み、先の本屋は閉店に追い込まれたのだろう。後者の本屋に、結構客が入っていたことからすると、ネットでの直販のために店を閉じたとは考えにくい、と言えるのかもしれない。

また別な日に、秋葉原を久しぶりに訪れた。そこでも、ゲームソフト関係の店がメインストリートを占領していた。道行く人の多くは、若者。歩道には、「メイド」の格好をした客を呼び込む若い女性の姿が目立つ。

活字から離れ、ゲームにだけ関心を示す青少年が増えている、ということは良く知られたことだ。外来をしていても、ゲーム片手に入ってきて、診察中もゲーム機を手放そうとしない子供が結構いるのだ。そうした子供達は、何処に行っても、ゲームを手放さない、手放せないのではないだろうか。

ここで陳腐な文化論を繰り広げようとは思わないが、あのゲーム機が若い人々の生活に占める比重はかなりのものになるのだろう。ゲームという非日常への逃避、逃避という言葉が適切でなければ、耽溺か。テレビゲームが盛んになった頃、子供達と一緒にやったことも私自身あるが、自分の感性や知的活動を、予めプログラム化された刺激を受けることだけに専念させ、完全に受動的な作業を行なうもののような気がする。非日常の刺激を、完全に受け身の姿勢で受け入れ、日常生活から逃避するということだろうか。

ゲームそのものだけの問題ではなく、恐らく、それ以外の何かが、彼等をゲームに向かわせているのだろう。ゲームへの耽溺・逃避は、やはり将来大きな社会的な問題になって行くように思える。

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