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オーディオのこと・音楽のこと 

今日は、あまりチェロには触れず。新しくしたオーディオセット(DENON DCD1650AE、LUXMAN L505u、それにKEF iQ90)でTurinaやBrahmsの室内楽に耳を傾けた。他の小さなコンポにくらべて、音質が飛躍的に良く聞こえるということはないが、音場の定位というのだろうか、楽器の位置が定まって聞こえる(今まで用いていたシステムでは、この点に大きな不満があった)。それに、やはり音には、深みがあるような気がする。

欠点らしき点としては、スピーカーの特性だろうか、少し低音が伸びすぎにも感じることがある。最初手に入れたときにブラームスの交響曲2番をかけたのだったが、冒頭のチェロバスのずしんとした音に感動した。が、曲目によっては、その低音の伸び方が、少し不自然に感じることもある。

Brahmsのピアノトリオ2番を弾く予定があり、その音源を幾つか聴き比べた。デュメイ・ワン・ピリスの演奏が、私にとってベストだ(った)、ということは以前にも記した。輝きがあるデュメイのバイオリン、ワンは柔軟に歌い、ピリスが弦をしっかり支える、という演奏。テンポを大きく揺らし、早い楽章ではテクニックを存分に発揮し、一分も狂いを見せない。そんな演奏に惚れ込んでいたのだ。

が、旧い演奏、チェロがマイナルディとかフルニエとかが担当している演奏にも、得がたい味合いがあるように思えてきた。シュタルケルがチェロを受け持ち、カッチェンのピアノ、スークのバイオリンで弾く演奏も、しっかりしていて惹かれる。

ボーザールトリオは、他の様々な演奏ではいつも光る演奏を聞かせてくれるのだが、ブラームスのこの曲では、頂けない。音楽が流れず、不自然。

演奏者による音楽表現の相違があることは当然のことで、さらにどの演奏者が聴くもののこころに響くかも、千差万別だろうが、旧い演奏を見直すべきことを強く感じた。音源をいろいろそろえることよりも、よい演奏の音源を一つ二つそろえ、それを聴き込むことが一番だと思うが、気に入った曲は、いろいろと聴いてみよう。特に、旧い録音の演奏を排除しないで。

大学時代、寮で2年間過ごしたのだが、そこで同室だった友人とオーディオの機械を持ち寄り、FMからカセットに落とした演奏をいろいろと聴いた(これについても既に記した記憶がある・・・)。スピーカーだけは山水の比較的大きな3ウェイのもので、豊かな美しい音楽で、我々の部屋を満たしてくれたものだった。当時、聞く音楽一つ一つに鮮烈な感動を覚えたものだった。ブラームスの交響曲に熱くなり、モーツァルトのレクイエムに永遠の相のもとに生きることを思った。朝起きると、マグカップになみなみと紅茶を注ぎ、それを啜りながら昼頃まで音楽を聴いていたものだった。午後からは・・・テニス・・・いつ勉強したのだろう・・・。

しかし・・・というか、当然のことか、当時の設備よりも少しましな、このセットで、当時の感動がよみがえることは少ない。一つには、聴覚の問題があるのかもしれない。それ以上に、何か人生泥まみれになって生きてきたことが影響しているのだろうか。それでも、想像力をたくましくして、音楽のなかに沈潜する時間を、時々持ちたいものだ・・・しかし、聴いているといつの間にか夢の国に入り込んでいるということもある、この現実・・・。

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