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白血病と闘病する友人の経験 

白血病に倒れた友人には、まだお見舞いに伺うことができない。無菌室に入っているので、面会が制限されているためと、感染症にいつもかかっている可能性のある私が行って、彼にうつすことを恐れてのことだ。電話で時々状態を伺っている。一回目の化学療法による汎血球減少症から回復し始め、近々骨髄検査を受けるらしい。身体を動かすのが好きな彼は、病棟に備えられた、運動自転車に乗って、フル負荷で漕いだりしているようだ。無理をしないようにしてもらいたいもの。

私よりも若いとは言え、もう50歳代半ば、大病を患い、いろいろなことに思いを馳せるらしい。奥様が、自宅で取れたインゲンを料理して持ってきてくれた、それが嬉しかった、これから何度食べることが出来るだろうか、といったことを考えるらしい。病気をして、人生をまた違う目で見れるようになって良かったではないかと申し上げた。

連休直前、小笠原島に仕事で渡っていたときに、具合がわるくなったらしい。4月下旬に歯茎が腫れたこと以外、それほど体調の悪化を自覚していなかったらしい。小笠原島で仕事をしているときに、急に具合が悪くなり、島の診療所で診察を受けたようだ。その診療所の若い医師、自治医大の卒業生らしい、は、的確に白血病の可能性が高いと診断し、自宅に帰る手はずを一緒に考えてくれたようだ。東京に戻る定期便の船には乗ることができず、その夜は、診療所で過ごしたらしい。白血球数が10万を超えており、後で判明したことにはDICを起しかけていたようだ。友人が、しきりにこの医師に助けてもらった、優れた能力もある医師だったのだろうが、それ以上に、患者のことを考えてくれる医師だった、と繰り返し述べている。その医師と看護師は、診療所に泊り込んで、彼の様子を見守ってくれたとのことだった。あれだけのことをしてもらって、1万5千円だけの自己負担だった、申し訳ないとも言っていた。

翌日、台風の余波の風が吹き荒れる中、自衛隊のヘリに乗せられ、まずは硫黄島へ。その後、飛行機で、東京に戻ってきたらしい。

その医師は、来年4月に任期を終えるらしい。それまでに良くなって、是非挨拶をしに、また小笠原に行かなくては、と私は申し上げた。その若い医師は、きっと彼の訪問を一番喜んでくれるはずだ。

その若い医師と同業であることを少し誇らしく思い、また友人のために骨身を惜しんでケアしてくださった、その医師に対して、私も、満腔の感謝の気持ちがあふれた。

コメント

No title

二度JD1に行ってQRVしました。島の暮らしは一種憧れを感じましたが病気になったらと考えると不安もありますね。母島へは父島から小型船で2時間程でしたが急病になったら大変です。自衛隊の飛行艇(父島には飛行場が無いから)で本土へ緊急搬送すると聞いたことがあります。

No title

そうですね・・・時間を争う急病・重病になることを考えると、離島での生活は、リスクがあると思います。この友人のようにすべて上手く運ぶとは限らないですし、これから医療はますます窮乏化の一途を辿りそうですから、難しい事態になることも多々あるように思います。

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