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元厚生労働省事務次官の言葉は将来を開くか、それとも単なる弁解か? 

元厚生労働省事務次官辻哲夫氏が、「専門医信仰」からの脱却を訴えている。

彼の主張は、高齢化社会が到来している、高齢者が「心豊かな生活」を送れるように、在宅医療を進めるべきだ、社会のニーズは、在宅医療とそれを支える総合医だ、総合医は、高齢者を在宅で往診し、24時間看るべきだ、ということだ。在宅介護の制度が上手く機能していると、彼は言う。

彼の主張の第一の問題点は、在宅介護の現況がどうなっているのか、ということだ。慢性期病床が削減され続けている一方で、介護施設は全く足りない。また、自宅での介護をする人間もいない。どうしても自宅に引き取るとなると、家族が自らの仕事をなげうって、介護に専念しなければならない。こうした状況を作り出してきた責任は、辻氏にある。

第二に、総合医とは一体どのような仕事をするのか、どのように育成するのかが分からない。欧米でのfamily medicineを想定しているのだろうか。この領域が立派な専門領域であることは辻氏の言うとおりだろうが、その「専門家」の育成に、いままで取り組んでこなかった。それも辻氏の責任である。また、医学の専門分化は大きく進んでいる。専門医の医療を求めることは、社会の趨勢であるように思える。専門外の医療を行い、結果が悪ければ、医療訴訟が提起される世の中に、総合医というジャンルの医師がどれだけ受け入れれらるのだろうか。

第三に、総合医がいくら育成されたといっても、24時間往診を受けるような仕事を受け持たされたら、総合医は疲弊する。また、往診という非能率的な診療形態をとるとすると、そうした総合医の数は、かなりの人数になる。高齢者が2200万人になるときに、総合医一人で200人を担当するとしても、総合医は11万人必要になる。実際は、24時間365日仕事を続けるわけにはいかないから、この2から3倍の医師が必要になるだろう。これだけの医師が、降って湧いてくることはありえない。

第四に、現在の開業医がこうした高齢者医療を担うことを、行政は想定しているのかもしれないが、平均年齢60歳の開業医にとっては、24時間365日の仕事は、あまりに酷である。現在進行中の他の医療政策と相俟って、こうした負担を強制された開業医の多くが、早期退職を考えることだろう。「医療者のやる気」が問われると、辻氏は述べているが、その「やる気」を失せさせるような施策を実行してきたのが、辻氏本人である。

辻氏は、現政権・行政の医療政策を代弁している。要するに、高齢者には、ほどほどの医療で満足してもらい、介護は専ら家族の責任で行え。医師は、そのほどほどの医療を実現するために、休み無く働け、ということのように思える。現在の国の経済状況、さらに急速に進む高齢化社会を考えると、国民にもこれまで同様の医療介護は受けられなくなる可能性が高いことを覚悟する必要がある。だが、これまで誤った医療政策を実行してきた辻氏が、これまでの反省をすることなく、さらに負担を医療現場と患者・介護をする家族に課すというのは全く納得できない。

辻氏は、事務次官を退官してから、東大の新しい研究所の教授に天下った。自らが立案・実行してきた医療政策の辻褄あわせ、弁明をしているに過ぎないように思える。


m3より、一部引用~~~

◆東京大学高齢社会総合研究機構・辻哲夫氏に聞く

Vol.1◆「専門医信仰」からの脱却が必要
人口の高齢化で「生活を支える医療」が求められる時代に
http://www.m3.com/iryoIshin/article/100932/

――最近、総合医の必要性を指摘されています。

 専門医を目指す医師が多く、患者サイドも「専門医信仰」と言っていい状況にあります。しかし、これでは現在、そして今後の日本の医療ニーズとはミスマッチが生じ、医療の混乱を招きます。医師不足の問題も、この点を解決しない限り、構造的には解消しないのではないでしょうか。

――「医療ニーズとのミスマッチ」について、もう少し詳しくお聞かせください。

 まず今後の医療ニーズがどう変化するかですが、日本では世界各国が経験したことがない人口の高齢化が進みます。75歳以上人口は今後20年間で倍増し、今の約1100万人から2030年には2200万人強になります。スウェーデンの総人口が1000万人弱ですから、この数字がいかに大きいかが分かるでしょう。さらに100歳以上に限って見ても、現在は2万人台ですが、20年後には20万人以上、40年後には60万人強になると見込まれます。

 もう一つ、重要なデータを挙げると、かつて昭和40年前後の死亡者数は年間80万人ぐらいで、しばらくはそのまま推移していました。ところが2000年ごろに100万人を超え、今は約110万人、ピーク時の2040年頃には年間死亡者数は170万人弱まで増加します。その内訳が問題で、昭和40年当時、死亡者数のうち後期高齢者は3分の1程度でした。ところが、現在は3人に2人、20年後は4人に3人、以降ももう少し増えます。

 慢性疾患あるいは生活習慣病に起因する死亡が増加し、人間は自分の臓器が弱って死んでいく。つまり、虚弱な時を経て死んでいく人が増えるわけです。

 昭和40年頃は、「死と戦う」のが医療の基本でした。いわば臓器別の医療が非常に進展しました。しかし、今後は臓器別の医療も非常に重要ですが、いかに幸せな時を経て死を迎えるか、それを支える医療が必要になってきます。しかし、急性期の治療が必要な時期が終わった後の医療、いかにその人の生活の質を守るかという医療は果たして確立されているでしょうか。現状では必ずしも十分ではないと思います。

(中略)

――「生活を支える医療」の場は病院ではなく、在宅であると。

 日本の人口は米国の半分以下ですが、病床数は米国の約2倍。日本はベッド数が多く、もはやベッドを増やす選択肢はあり得ません。2006年に成立した医療改革関連法案で、2012年度に介護療養病床を廃止する方針が打ち出されましたが、在宅へという方向性を国が決意したわけです。あとでまた触れますが、ここで言う在宅とは自宅だけではありません。

 今後は、医療の機能分化と連携を進め、生活を支える方向に変えていく必要があるわけです。その結果、「病院は、より病院らしく」、急性期の病院はレベルの高い医療を的確に行うなど、それぞれの機能をしっかり果たしながら連携して、患者の生活能力をできる限り良い状態にすることが可能になります。そのような意味で専門医も、臓器別の治療も非常に大事なのは当然のことで、それは今後も変わりません。

――家で生活をして、家で死を迎えたいと思っても、現実にはできない理由をどうお考えですか。

 一つには、「家族に迷惑をかけるから」という高齢者の思い。もう一つは医療上の不安ではないでしょうか。前者については、介護保険で居住系サービスを含め相当システムができ上がりつつあります

 課題は後者です。「医療の場は病院しかない」と言われた途端に、高齢者の希望が叶えられなくなってしまう。病気は時間を問いません。医療の本質は「必要な時に対応する」ことであり、在宅で生活する人については、往診したり、時間外に対応するという医療がなければ支えることができません医療上の不安が解消できれば、在宅でがんばれる人が相当増えるはずです。

 しかし、こうした医療は、医師にとっては、「魅力がない」と映る。専門医は臓器別診療に特化し、開業しても「病院の専門外来」の延長という形態が少なくありません。医療ニーズと医療提供体制がミスマッチになっている、これが今の構造です。


Vol.2◆医療体制を決めるのはプロである医師の仕事
時間外・往診に対応できる体制作りが課題

――総合医的な医療は、なぜ医師には魅力がないと映るのでしょうか。

 専門医として、最先端の研究、レベルの高い研究を行う分野と考えられているからではないからでしょう。今の医療には、「著名な学術誌に、新規性の高い論文を掲載することが優秀な医師である」という文化があります。総合医、在宅医療の分野では、最先端の研究がやりにくいので関心がわかないと。専門医志向の価値観しか持っていない医師が多いわけです。

――臓器別の専門医と在宅医・総合医の相違は、レベルの相違ではなく、分野・価値観の違いなのではないでしょうか。

 その通りだと思います。医師の力量という面では、両者とも同じ。特定の分野において縦に深いか、あるいは浅く見えても、横軸の総合的で幅広い分野をカバーしているかの相違で、知識と技術の総合的な集積量で見たら両者とも甲乙付けられないと思います。しかし、この縦のファクターしか評価されないのが、今の日本の医療文化です。

 医療では、情報の非対称性があるために、患者側はどんな医療を受けるべきかが分かりにくいのが特徴だと言われています。供給側が医療のあり方を基本的に決める構造なので、当然供給側の意識が変わらなければ、医療の体制は変わりません。言い換えれば、「医療をどうするか」が問われる時代、患者の生活を支えるといった観点からの医療者のやる気が問われる時代になっています。例えば、介護保険で主治医の意見書を書くとします。単に書くだけではなく、そこで自分が患者の生活を支えるためにどんな役割を果たすか、それが問われるようになっているのです。

――医療者は病院で亡くなっていく方を一番診ている立場だと思います。

 よく言われるのが胃瘻の問題です。最近の調査(財団法人長寿科学研究財団「高齢者の医療のあり方についての研究事業報告書」)によれば、医師の5人に4人、看護師の10人に9人は、「自分なら胃瘻を付けたくない」と回答しており、ケースによると思いますが一般的には胃瘻を付けることは幸せではないと思っていると聞いています。

 超高齢社会、100歳以上が何十万人もいる社会とは何か。医療者にはこうした社会像を描いた上で、医療は高齢者が心豊かな人生を送るためにどうあるべきかかを考えていただきたいと思います。何度も言いますが、臓器別の専門医療を否定するものでは、全くありませんが、それだけでは十分ではないのです。

 前にも触れたように、在宅には、自宅に限らず、グループホームやケアハウスなどの居住系サービスやケア付き住宅なども含まれ、介護保険はこのような在宅システムを目指しています。こうした場での生活を支える在宅医療分野が育つことで、逆に病院は病院らしく、急性期の医療や回復期のリハビリテーションに特化できるわけです。

コメント

「専門医信仰」からの脱却

医者でもない役人OBなんかに言われたくありませんね(笑)

No title

ただ単なる医療者への責任転嫁としか読めません。

No title

元外科医さん

そうですね。辻さんが具合悪くなったら、是非総合医に診療してもらって欲しいものです。よもや、東大病院の特別室なぞに収まったりなさいませんように・・・。

はおはおさん

仰られる通りですね。貴ブログでのご紹介をありがとうございました。実経験に基づくお話し、貴重なものだと思います。時々立ち寄らせていただきます。

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