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マスコミ人の欠陥 

ジャーナリズムで仕事をする方々には、自らが情報を発信する専門家だという強烈な自負心があるようだ。であれば、言葉遣いは勿論、取材対象の語る内容、意図を的確に把握する能力が要求される。特に、記事を公開する前に取材対象・原稿執筆者にチェックしてもらう、ということは専門家だからこそするべきことなのではないだろうか。

だが、私の乏しい経験でも、そのようなことを彼等は行なわない。自らの思い込み、シナリオに沿って、記事を構成し、場合によっては捏造する。大分前、新聞の取材を受けたことがあったが、内容は、取材とは大分異なるものになっていた。それは実害がなかったので、そのままにしてしまった。無線の雑誌に以前定期的に寄稿していた時に、「てにをおは」を頻繁に書き直され、時には内容まで変えられたことがあった。その書き換えで、意味がおかしくなってしまったこともあった。それには厳重に抗議し、それ以降、その雑誌には投稿したことはまったくない。先日、知人の紹介で、うっかりその雑誌に投稿してしまったのだが、内容は変えられなかったものの、各段落の見出しを勝手につけられてしまった。あぁ、編集者気質・余計な自負心は変わっていないのだな、と苦笑させられた。

「てにをおは」に手を加える程度ならまだ許せるが、自分のキャリアーと母校への思いを、新聞記者の思い込みと捏造によってずたずたにされた、若い医師がいる。その新聞記事に医師は強く抗議し、第三者を加えた内部委員会(?)が記事・担当記者等に対して批判的な総括を公表した。下記の記事。この批判的総括でも、まだまだ新聞記者には甘いような気がする。

http://www.asahi.com/shimbun/prc/20090711.pdf

新聞記事の誤報・捏造記事は、悪質だ。センセーショナリズムと、権力への阿りによって、何らかのシナリオを記者が作り上げ、それにそってインタビューの内容をでっち上げる。それは、自らの利得のためであり、記事によって傷つけられる人々のことを一顧だにしていない。記者の「思い込みと誤り」のためだったと謝罪して済む問題ではない。

医療事故では、思い込みや誤りがあれば当然のこと、それがなくても、医師は強く糾弾される。極めて大きな経済的・社会的なペナルティを課せられ、場合によっては、刑事罰の対象にされるのだ。

新聞記事・マスコミ記事を、インタビューに基づき書く場合、さらに社外の人間に記載を依頼する場合、公表する前に、インタビューをした人間・記事を依頼した人間にチェックを求めるのは、当然至極のことなのではないだろうか。それが出来ないなら、マスコミ人として失格である。能力以前の職業人としてのエートスの問題だ。

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