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暗記ではなく、理解をすること 

CWの暗記受信という言葉には、少し抵抗がある。暗記という言葉から、受信している内容を、すべて記憶する、という甚だ現実とは異なるプロセスを想起させるからだ。まるで受験の暗記物のような具合と誤解される可能性がありそうな気がする。

暗記することが大切なのではない。理解することが大切なのだ。文章なり情報なりが、時間経過と共に、A、B、C、D、E・・・・と送信されてくるものとする。現時点ではCを受信中とする。その時点で、A,Bの内容をすべて記憶することは、極めて難しい。その記憶が、所謂暗記であると、意識の記憶容量を超えることは容易い。また、現時点で受信中のCとの関連付けがなされないと、なお更記憶することは難しくなる。

A,Bを理解し、整理して記憶に残すことが必須になる。その理解は、Cを受信する際に、手助けになる。具体的には、Cのスペル・文章構成要素の一部を聴くだけで、その後のスペル・文章構成要素の展開を予測できることになることが多い。この予測は、積極的に行なおうと意思して行なうものではなく、A,Bの正当な理解があれば自然に意識が行なう作業なのだ。

上記のような作業は、D,Eの予測にまで及び、ひいては全体の意味の予測を生む。それは、翻って、A,Bの理解の正当性を確認することになる。

いわば、過去・現在・未来のなかで、複数の思考のループが形成され、それによって理解を進めることになる。

従って、受信するという作業のキーワードとしては、暗記は適切とは思えない。むしろ、理解することが必須の作業であり、キーワードとして相応しい。

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