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問いかけられている・・・ 

昨日、今日と仕事場はお盆休みだが、結局急患の対応で午前中は潰れた。午後、白血病闘病中の友人を、その自宅に訪ねた。晴れ渡った空のもと、杉林と、田畑を吹き抜けてくる風が心地よい。

既報の通り、友人は、三度の化学療法で効果が得られず、新しい薬を使う治療を受ける心積もりになった様子。奥様が、別な医療機関でセカンドオピニオンを求めたが、致死性の副作用について厳しい説明を受けた由。「覚悟を決めて」治療を受けるように言い渡されたようだ。今夜、お子さん達にも、その話をするらしい。彼のこころの中では、きっと大きな葛藤があり、今もそうなのかもしれないが、比較的穏やかな表情を浮かべていた。

彼の生き様をみていると、私はどうなのか、その準備は出来ているのかと問いかけられているような気がする。大きな人生の峠を越えようとしている彼の前では、私はただ彼の言葉を聴くことしかできないような気がする。自分の生に何時終止符が打たれるのか分からないという気持ちで、様々なことに対応して行く必要がある・・・終末論的な生き方を自覚する必要があるのだろう。

また、彼の家にお邪魔するからと言って、玄関先まで見送りに出てくれた彼に別れを告げた。

コメント

ありがとう

ありがとうございます。
昨日は日中とても暑く真岡からの道のりも汗をかいたでしょう。
頂いたものは昨夜子供達が飢えた狼の如くいただきました。
今日は送り盆 私も行きたかったのですがあまりにも日差しが強く 諦めました。

正岡子規 「悟りは平気で死ぬ事では無く
どんな場合でも平気で生きる事 しかも楽しみを見出さなければ生きている価値が無い」

これは凄い言葉ですね。鬼沢さんから教えて頂かねば知りませんでした。
とても私には 平気で生きる事 は出来ません。自分の人生を振り返り 人を欺くような事は無かったと思っています。これがこれからの子供達が生きていくうえで真っ直ぐ前をみて歩けると思っています。

楽しみは 些細な事でも沢山やりたい事はあります。しかし限られた空間ではあまり多くの事は望めません。
それでも水彩画は心の癒しと和む時間になりつつあります。
あくまでそれに没頭する事により楽しみの時間が過ぎるのであって 平気に生きられている訳では無いのです。
多くの著名な方々の様に解釈する訳にはいきませんが 自分なりに今の生き様を振り返ったに過ぎませんが この言葉は私の人生に大きなインパクトを与えた事には違い有りません。
死は自然にやって来るものであって 望むものでもありませんが それもなかなか悟れるものでもありません。

こう想ったとき やはり人生は健康で楽しまねばいけません。
ただ「生」への執着はなだめられてきつつある気がします。 

昨日は、お邪魔しました。大分千客万来で疲れたのではないでしょうか。

子規のその言葉は、例の物理学者の方の受け売りでしかありませんが、平気で生きることが悟ることとは、凄い人生観ですね。私も、まだまだその悟りには遠いですが、この人生観の凄さは多少分かるような気がします。

後ろ指さされることのない生き方をしてきた、と言うことができるのは素晴らしいことです。お子さん達も、よりしっかりなさることでしょう。

新しい治療が始まりますが、どうぞ希望をもって臨んで下さい。また連絡をとります。

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