ヘッドコピー、再び 

CQ出版から刊行された『モールス通信』は、定期的に版を重ね、先日も新しい版が一冊送られてきた。以前にも記したが、この本で、「英文による交信」について、私が記させて頂いた。ハウトゥ物は、この楽しみ方には馴染まないと思ったので、原理・原則に沿ったことを記させて頂いた。あの内容を、神経生理学や、認知心理学等の知見をもとに、科学的な言葉で記してみたいという希望を常に持ち続けているが、今のところ、果たせていない。先日のCQ誌への寄稿で若干記した程度のことしか、まだ分かっていない。

今回寄贈いただいた新版の『モールス通信』に、改めてざっと目を通した。自分の記した章以外をこれまであまりじっくり読んだことが無かった。少しがっかりさせられた。他の方の記述では、英文でヘッドコピーして意思疎通を図る通信手段としてのCW技術を読者が獲得するのは難しいのではないか、と思えた。

どうしてか・・・ヘッドコピーを、ただ受信内容を「記憶する」こととしか受け止めていない記述ばかりなのだ。ヘッドコピーが必要だということは認めても、それを恐らくは自身で実際に実行していないために、ヘッドコピーという方法の内容については、かなりピントが外れた記載になっている。

私が考えるヘッドコピーは、こうだ。ヘッドコピーをするときに、意識と記憶のなかで行われるのは、受信した内容(せいぜい数語)を短期記憶に格納し、その意味を「理解する」。その際に、過去の受信内容(当然、これも意味を理解していなければならない)と、それ以外の相手に関する知識を総動員し、現在進行している受信内容の理解を助ける。さらに、受信中の単語を予測する。この場合、単語をただ当てずっぽうで予測するのではない。過去の受信内容の理解を援用して、推測するのだ。そして、そこで受信した単語なり文章が明らかになることによって、過去の受信が適切であったかどうかが分かる。同時に、その先に送信されてくるであろう内容を、推測することも行う。

過去・現在・未来を意識の中で普段に往復しながら、相手の意思・意図を理解し、その理解を検証してゆく作業なのだ。

普段の日本語での会話でも、同じプロセスが進行しているように思える。Merle K6DCが、その自伝のなかで、CWを受信する際に、筆記するかという質問に対して、「筆記などしない、会話をするときに、筆記をすることがあるかね?」と切り替えしていたことを思い出す。

日本では、プロの無線通信士の教育方法が主流であったために、一語一句取りそこなってはいけない、先に来る語を予測してはいけない、というトレーニング方法が広まっていたのだと思われる。そうしたトレーニングを積めば、何時かは、ヘッドコピーが自由に出来るようになるか・・・答えは否だ。筆記作業に意識は集中してしまい、上記の「理解する」プロセスを進めることは不可能だからだ。

と、何度か繰り返し記したことをまたくどくどと記してしまったが、筆記受信の呪縛は、アマチュア無線家がネーティブスピーカーではなく、プロの教育が行われ続けてきたわが国のアマチュア無線界では相当強そうだ。さらに、CWへの誘いの書であるべき『モールス通信』の内容が、ヘッドコピーの無理解であることは嘆くべきことだ。残念ながら、全世界に対する意思疎通の道具としてCWを用いているアマチュア無線家が、わが国では稀少だということなのだろう。

コメント

なるほど。一種の言語と考えるべきですね。そうすると一番の上達の早道は、CWで実際にやり取りしてコミュニケーションを取ってみるということのようですね。また言語とすると、理解と表出は一体となってなければいけないわけで、キーボードで送信するのはあまりいいことではないといえそうです。なるほどCWの愛好家が未だにたてぶれ電鍵やバグキーににこだわるのはそういう理由があるわけですか。
どうりで小生が上達しないわけだ。

FEAやJBAでやっているオンエアミーティングでは殆どがヘッドコピーで行なわれていると思うのですが、「仲間内」で行なうQSOにはひとつ弱点があるように思います。それはネット上のBBSやe-mail等で現在の相手の状況を把握した上で会話している事だと思います。

相手の生活背景を認知しているから、その打電の受信も想像の範囲内で済むわけですね。

ところがこの練習場を踏み出して外に一歩出ると、相手がどんな事を打ってくるのか解らない。ジャブが来るのかストレートか、フックか…。

ですから勿論暗記受信のスキルも必要ですが、海の向こうの相手と向き合う時には、瞬時に相手の事を把握する力(想像力)も必要になってくると思います。

たとえば相手が退役軍人なのか、リタイヤしたエンジニアなのか、現役で仕事をしている人なのか。たいていの場合初対面ではRSTやWX、RIGの紹介の後、年齢とハム暦、そして職業等を送ってきますので、そこから相手の打ち出す文章を想像する作業をすると、意外と受信しやすくなるという事もあるように思います。

勿論、予想もつかない話題になったりする事もありますが、送られてくるメッセージに対してピントのずれた返答をしてしまい、後で「失敗した!」と思う経験もしているうちに、相手の言葉に耳を傾ける態度が身についてくるのではないでしょうか。それはただ単に符号を頭の中でTranslateするだけではなく、相手の環境を理解しながら「行間を読む」のに似た作業なのだと思います。

暗記受信はひとつのスキルとして目標化し、それを達成できたからそれで終わりというジャンルのものではなく、実はその向こうに途方もなく広い次元が広がっているわけで、ヘッドコピーが出来るようになったという事は、ようやく進水式を終えて大洋に出ようとしている船に喩えられるかもしれません。

言語力も勿論のこと、この島国から放たれる金太郎飴の陳列のような印象を持たれるJAからのモールス信号に、いかに自分の顔を持たせるか、「あ、こいつは面白い。また交信してみたい」と思ってもらえるような会話が出来るかは、暗記受信のスキルを身につける事以上に、個人としての総合力もあるのかもしれませんね。

暗記受信はモールス愛好家にとって、その入り口にしか過ぎないような気がするのですが、Shinさんの仰る書籍もそうですし、他の無線関連の雑誌でも、どうも技術的な側面ばかりをフォーカスしているような気がしてなりません。

電離層を介しての「会話」なのだという大事なところを見過ごしてしまっているのではないでしょうか。



VVXさん

そうです・・・それ自体意味を持たない記号からなる、一種の言語のようなものでしょうか。とても原始的な通信・意思伝達手段だと思いますので、いろいろと興味深いですね。言語の発生を系統発生の観点からみると、音の流れの分節化が、その最初のプロセスだそうですね。分節化の最も単純なものが、CWではないかと想像していますが、ピント外れでしょうか・・・。(生物言語学の教えるところでは、分節の繰り返しから、分節を把握するようですね。)

表出は、具体的には送信のことですね。送信は、また違った脳機能が関与しそうな気がします・・・こちらは、習得することが比較的容易のように思いますが。

Leoさん

相手のバックグラウンドを知っていることが、その方の話されることを理解する助けになる、というのはその通りでしょうね。私も、記憶力が衰え、その面でのメモ帳を作ろうかと最近考え始めました。家族暦・既往歴・・・カルテみたいなもの 笑。

ただ、このエントリーで私が強調したかったのは、ヘッドコピーが、受信・文字から単語の把握・文意の理解という三つのプロセスが、同時に、互いに補完しあいながら、進むという過程だ、ということです。FISTSやJBAの面々は、すでに自然と行っておられることなのでしょう。

ラウンドテーブルは、気軽に楽しめて、ビギナーの方には得がたい舞台だと思います。ただ、ラウンドテーブルでは、ややもすると通り一辺倒な会話内容を一方的に送出して終りとなってしまうきらいがあるような気がします。ある程度、力量が備わってきたら、是非一対一でネーティブ相手に武者修行されると良いかもしれません。

失敗したり、上手く表現できたりすると、記憶に残りますね。私も日々それを実践中です。記憶がザルのようになりつつありますが、そのザルの目減りをする効果が、日々の実践にあるのではないかと期待しています。ザルの目が大きすぎて、無駄か知らん・・・。

これもうろ覚えなんですけれど、語学のヒアリングで、聴いた瞬間にその意味をとらえる作業というのは小脳が大いに関係しており、その訓練には音読すること重要であるという話を聴いた事があります。つまり、運動が重要であるらしいです。
それが本当だとすると、CWも実際の文章を手を使って長短符合で打ってみる訓練というのが、受信においても重要であるはずだと思うのです。文章を頭の中に思い浮かべながら、どんどん打っていくとか。

それって、小脳ではなく大脳基底核じゃないですか。基底核と前頭葉の間で情報がやりとりされる。特に基底核で、分節化された言葉の差異に関する情報が処理される、ということではなかったでしょうか。面白い知見だと思ったので覚えているのですが・・・。分節の理解が進んでいるかどうか、fMRIで結構はっきり分かるようで、その個体の学習進度が、早い・遅い・中間と分かれるようです。

やはり、ヒアリングと、スピーチは違うでしょうし、情報の送出法としてのスピーチと、電鍵操作も大分違うような気がします。

何しろ、CWはそれだけでは、意味を持たない記号体系なので、議論が複雑になりますね。言語が、CWの形式をとって、頭脳のなかで理解されるプロセスを議論しなくてはいけません、から。

こうした現象の知見について、何かニュースがありましたら、またご教示下さい。私も、それなりに少し当たってみます。

下世話な言い方になりますが、送信操作だけの練習では、取れるようになるというのは、幻想のような気がします。もしよければ、自ら人体実験なさってみてください。結果を教えてください。

私が間違っていたら、銀座ライオン館でビールか、キッチンカロリーで定食をおごります・・・。

いや、確か小脳だとおもったんですが。
送信操作の練習だけではダメでしょうね。音読だけでヒアリングが上達できないのと同じですよね。
今日も仕事は終わりです。これから帰ってビールいっぱいやります。

あれからちょっと気になってインターネットで安直に調べてみたんですが、これなんかちょっと興味深いです。
http://homepage.mac.com/donguriclub/riken.html
音読についてはかなり怪しいものしか出てきませんでしたHi

今日は防災訓練の日で、午後からローカルの非常通信訓練を冷やかしに行く予定です。

ご紹介をありがとうございます。

意識の記憶、explicit memoryから、反射的な記憶、implicit memoryへの転換に、小脳が係わっているのではないか、という議論ですね。

これは、「CW符号の記憶」には関係することがらかもしれませんが、ヘッドコピーのメカニズムそのものには、直接関与しないことのように思います。ヘッドコピーが直接関係するのは、短期のexplicit memoryだからです。

いずれにせよ、興味深い記事をご紹介下さりありがとうございました。

伊藤正男さん・・・まだ活躍なさっているのですね。私が学生時代から、東大の生理で仕事をなさっていたような・・・懐かしいお名前です。

CWも語学同様、CW語といってもでしょうね。熟達すれば人が話すのと同様、筆記なしで意思疎通可能なのはうなずけます。現在は国家試験は受信だけですが、「モールス通信」の発刊当時は確か送信術の国家試験があったように思います。現在も日本の国家試験は一字一句書き取るソリッドコピーなので、まず試験合格のためのノウハウの記述は仕方ないところ、現在FCCはモールス試験止めてしまったけれど当時のFCC試験は受信電文の内容を聞いて質問に答えるより実践的な内容でしたが、今後今後日本の試験もそのようになればいいんですけどね。
プロの通信は一字一字が課金に結びつくけれどもアマチュア無線は意思疎通が本質ですからね。

仰られる通り、国試が、受信内容に関する質問に答えるという形式であれば、よくなるかもしれませんね。

ただ、お役人の方々に、実際アマチュア無線でCWを楽しんでいる方がいないでしょうから、その発想が出てこないのでしょう。むしろ、昔からのプロの通信士の発想が国試も支配しているのでしょうね。

雑誌の編集や、リグの開発についても、生きたCWのあり方に通じている方が殆どいないという点で、同様かもしれませんね。

確かにCW運用に関して生きたネーティブ的なCWの楽しみ方について論じている書物は殆ど見あたりませんね。わたしも既刊の他昨年夏刊行された実践物の書物も求めてみたものの少々がっかりでした。そこで紹介されていたHST競技もキーボード受信or書き取り受信中心みたいですね。モールス通信の意思疎通のスキルと書き取りスキルは脳内の別々のところで処理されていると思われるのですが、よほど熟練しないと現実には両立は難しいんでしょうか。知人の通信士によれば、アマチュアの暗記受信は内容の要旨がわかればいいだけだが、公衆電報のように他人の通信を媒介する場合はSpeedより正確さだそうで、アマチュアとはもともと目的が違うので比較するのはあまり意味がないかも知れません。ただ、欧米豪などの各国がモールス試験を止めてしまったことやJARLも総務省にモールス試験の廃止を要望しているので、近い将来上級アマ国試からCW試験がなくなるかもしれませんね。今後試験がなくなればCWはその技を極めるような方向へ今後向かってゆくでしょうし、関連の雑誌、書物もより実践的なヘッドコピーを指向したようなものになってゆくでしょうね。

筆記受信に頼っていると、暗記受信がし難くなるというのが、私の印象です。暗記受信をマスターすれば、筆記受信はできるようになりますが、その逆は成立しませんね。

この三十年間(ビギナーの時代からすると、ほぼ半世紀)、CWを見守ってきた経験からすると、意思疎通の手段としてのCWは(和文も含めて)確実に衰退しているような気がします。確かに、そこそこのトレーニングを積まないと物にならないので、新たに参入しようという方が少ないのでしょう。

仕方ないのかもしれません。私の一世代後の世代の方々で、CWはお終いになるのではないでしょうかね・・・。それが早く来るか、それとも少し時間をかけて現実となるかの問題のような気がします。寂しいことですが、仕方ありません。

ヘッドコピー、CW

CWへチャレンジしていますカルロスです。
ヘッドコピーにはほど遠いスキルの状態ですがプロの先生方のご意見は大変参考にさせていただきました。
以前 海外で仕事が終わるまで帰らなくて良いと片道切符で放り出された事が有りましたが、3ヶ月程で、周りの会話が突然、理解できる様な経験が有ったのを思い出しました。
CW語として、改めてチャレンジしたいと思っています。

Re: ヘッドコピー、CW

コメントをありがとうございます。CWは言語ではなく、言語に対応する記号の体系です。ですので、言語のような特定の文法があるわけではなく、言語習得ほどには手間がかかりません。ぜひチャレンジを続けてください。もしよろしければ、次からはコールサインを教えてくださると幸いです。でも、プライバシーの問題もありますので、ハンドルで通すのも結構です。お空でお会いしましょう。・・・蛇足、私、プロの通信士でも何でもありません 笑。

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