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左手の小指がお休みの間に・・・ 

一昨日朝、寝ぼけ眼で包丁を扱ったとき、左手の小指の先端を切ってしまった。結構グサリとやってしまった。痛みはそれほどでもなかったが、まず思ったのは、「不味い、これでチェロが練習できなくなる・・・。」であった。しばらく間をおいて、「物を書くのに使う右手でなくて良かった・・・。」という思い浮かんできた。まずチェロのことを考えたことに、苦笑させられた。

まる二日経とうとしているが、まだチェロの弦を押さえられない。創に張ってある、絆創膏に弦が触り、くぐもったような音になる。それに、痛みが走るので、長時間押さえられない。小指に力の加わる作業をすると、創部が開いてしまう。鋭利な刃物で出来た創なので、ぴったり癒合しそうだが、少し時間がかかりそうだ。これを幸いと、チェロの練習以外のことに精をだしている・・・普段行なう練習といっても、せいぜい1時間程度、音階練習と、曲の練習をするだけなのだが・・・。

何気なく楽しんでいること、出来て当然と思うことが突然できなくなるということが起きる、ということを改めて感じた。少し大げさだが、正に、神与え、神奪いたもう、だ。こんな小さな怪我なので、きっとチェロを弾くことはまたできるようになるだろうが、人生で与えらたことは、何時か突然出来なくなる、その心積もりが必要だ。そして、その日を迎えるまで、精一杯努力し、楽しむことだ。当たり前のことだが、私の年齢になると、この当然のことをより身に迫ることとして感じるようになる。

ブラームスのトリオ2番の次の練習は、11月上旬。1楽章は一応終えて、2楽章に進んでいる。前回の練習のこと・・・2楽章の最後の変奏を、私の朴訥な演奏で弾き終わると、バイオリンのTさんが、「良い曲ですね・・・。」と感に入った様に仰った。そう、この変奏を弾きたくて、この曲をお願いしたようなものなのだ。そうTさんに告げると、にっこり笑っておられた。2楽章は変奏曲の形を借りて、人生の諸相を表現しているかのように感じられる。全体としては、短調が支配するのだが、ところどころに小春日和のような旋律と和声を聞くことができる。「この調子で、3、4楽章も行きましょう!}と仰るTさん・・・有難いこと・・・ただ、3楽章は、少し難物だ。

最近手に入れた音源を聴いている。アリャビエフという19世紀ロシアの作曲家のピアノトリオ イ短調。かろやかで、品の良い音楽。数年前、ドイツに留学なさっていたTさんが、いつか一緒に弾こうと、この曲の譜面を送って下さったのだった。エミール ギレリスという20世紀後半に活躍したピアニスト他の演奏。第二次世界大戦直後の録音だが、ローカットの傾向があるものの、その時代の録音としては音質はかなり良い。ブラームス、クララシューマンの次の演奏候補か・・・。

シンディングのピアノ五重奏曲作品5 ホ短調。演奏団体は、ある音楽祭に伴って結成されたもののようだ。この曲は、その昔、上野文化会館小ホールで厳本真理弦楽四重奏団が演奏したものを聴いた記憶がある。ピアノは北欧系の曲を得意とする、館野泉さんだったような気がする。今一メージャーではない曲だが、強い情熱を感じさせる曲。特にピアノパートが、まるで協奏曲のように活躍する。北欧音楽をしばしば特徴づける透明感も感じられる。厳本真理弦楽四重奏団の演奏で今も耳に残る、シベリウスの弦楽四重奏曲「親しき声」や、モーツァルトのニ短調の弦楽四重奏曲ほどには、曲の内容が記憶に残っていないのは、やはり印象がそれほど強くはなかったからだろうか・・・。

さて、今夜は、何をナイトキャップにしようか・・・ベートーベンのラズモフスキー3番等、これまであまり聴きこんで来なかった曲を聴いてみようかと思っている。左手の小指もその内治ることだろう・・・。

コメント

最初の2行を読んだだけで、私の体がゾクット引き攣りました。
過去にいろいろと怪我をしている感覚がそうさせてのでしょう。
お大事に!

堀尾さん

工具類を扱っての怪我なのでしょうか。私は、包丁でちょっと冴えません。朝、起きると、昔はすぐにパッチリ目覚めたのですが、最近は、少しボーっとしている時間があるようで、要注意だなと思っています。

今日、しばらくぶりにチェロを弾きましたが、楽器から出てくる芳醇な音に驚きました・・・腕はまだまだなのですが、こんな豊かな音と付き合うことができるのだ、と感に入りました。また、頑張って練習を続けます。

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