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医師としての出発点に戻れたら・・・ 

先日、7メガでMark KQ0Aが呼んできてくれた。あまり強くない。以前に、何度かお会いした記憶があるが、交信内容はほとんど記憶がなかった。一通りのリポート交換等の定例行事を終えると、彼は「お前はMDか?」と尋ねたきた。オンエアーで自己紹介をする際に、仕事について話すことも多いので、何も気にせず、その通りとお答えした。

彼は、私の職業を他のJAのハムから聞いていたのだった。彼が、元医師であると自己紹介したら、相手のJAが、では私のことを知っているかと尋ねたらしい・・・ま、そのような経緯は、大した問題ではないのだが、彼は、病理を専門として40年間過ごしてきたそうだ。大学卒業後、Johns Hopkinsで研修をし、その後病理の世界で生き続けてきたようだ。一度、臨床に戻る機会があったのだが、「人」を相手にするよりも、「ラボ」で仕事をしていた方が自分に合っている、と思ったようだ。ご自身のことを変人だと言っておられたが、大学在学中に、病理学に興味を強く持っていた自分としては、よく理解できる、と申し上げた・・・私は、病理学で人体病理、特に解剖が苦手だったために、病理学教室に入局することはなかったのだが・・・。彼は、4年前に引退を「余儀なく」された様子。「本当は、剖検のテーブル上で死にたかったのだがね」と言って笑っていた。

引退後、東海岸からニューメキシコに移り住んだようだ。現在は、図書館で利用者がネットを用いて検索をする手伝いを、ボランティアでしており、やりがいがあると言っていた。74歳。充実したリタイア生活を送っておられる様子だ。

さて、医師として、もう一度人生を繰り返せるとしたら・・・意味のない仮定の疑問だが・・・どうするだろうかと、彼との交信をしつつ考えた。臨床であれば、やはり小児科だろうか・・・睡眠不足の続く初期研修の日々、経験がないのに夜間救急の現場に放り投げられた心細さを、また繰り返したいとは思わないが、あの日々があって、現在の自分があることは実感する。いや、これから小児科を目指す方々には、ご自身にとっても、患者さんにとっても、リスキーなあのような研修は勧められないし、許されることでもなくなっている、と思うのだが。的確な診断と治療を行なうと、多くの場合、患児がみるみるうちに元気になり、にこっと笑いかけてくれる、小児科医という仕事には、今でも愛着がある・・・。

いや、自分にもう少し能力と、経済的なバックグラウンドがあれば、基礎、なかでも免疫学に進んでいたかもしれない。私が、母校の免疫遺伝学の研究室にしばらく所属していたころ、免疫応答のMHC拘束性の問題、T細胞受容体の問題、免疫応答の制御機構の問題等に、飛躍的な進歩の遂げられた時期だった。雑誌に目を通したり、教授や研究者の方々のお話を伺ったり、さらに様々な学会で熱い議論に接したりして、苦労はあったが、充実した日々だった。

定年近くまで田舎で小児科開業医をしている自分を、その頃予想しただろうか。否、である。しかし、意味のない仮定に立った想像は止めよう。残された日々を、自分なりに、一歩一歩歩むだけだ。

しかし、剖検のテーブルの上で死にたかった、というMark・・・病理医として幸せな人生だったのだろうな・・・。

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