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友人が逝く 

今日、正確にいうと、昨日午後4時少し前、白血病で闘病していた友人が亡くなった。仕事から帰る途中、娘さんから電話を頂いて、知った。

彼は、幼くして父親を亡くし、苦学をして電気関係の技術者になった。家庭を持ち、二人のお子さんに恵まれ、田園地帯に立派な家を構えた。上司の顔色をみながら仕事をすることなく、生涯平社員で通したらしい。お子さん方も成長され、ご自身も定年が見えてきたというときに、病魔に襲われた。半年の闘病生活。何度かお見舞いに伺ったが、この2週間ほどは具合があまり良くなさそうだったこともあり、お見舞いを控えていた・・・具合が悪いからこそ、見舞うべきだったのかもしれない・・・。

闘病中も、ずっと希望を持ち、回復したら、あれとこれをやってと計画を立てていた。10数年前に一度一緒にしたように「車で一緒に温泉めぐりをしようや」と話し合っていた。「平然と生きることこそが悟りだ」という、子規の言葉を紹介したら、感激してここにもコメントを下さった。しかし、最後のメールには、「やはり怖い」という意味の言葉があった。それが本心だったのだろう。最後の2週間前位には、親しい方に感謝とお別れの言葉を差し上げた、と言っていた。

化学療法を何度か試みたが、病的細胞は消失せず、今回も亡くなる直前には、末梢血中の芽球は20万/mlを数えたらしい。恐らくDICも合併したのだろう、苦しむ時間は短く、最後は眠るようであったらしい。

生きることとはどういうことなのか、彼の最後の生き様をもって、私にも改めて示して行ってくれたような気がする。いろいろと思い残すこともあったかもしれない。が、我々の意思を超えたところで、我々の運命は決められている。それに従容と従うことなのだ、ということを。

安らかに休んでください・・・Nさん。

コメント

はじめまして

はじめまして
いつも拝見させていただいています。

Nさんの事は自分も読ませていただいて、少なからず気にしておりました。
残念ですね、ご冥福をお祈りします。

自分は「脳腫瘍」の手術を受けてから、色々見て来て考えさせられました。
CWも全く頭が信号を受け付けなくなり、1分も聞けなくなりました。
(今は大丈夫ですが)
自分も岩を登り、山が大好きでした。
健康なときは30分位で登れた山が、8月にリハビリを兼ねて登りましたが2時間かかりました。
「何で俺が・・・」
表現の仕様が無いほどの悔しさがこみ上げました。
「平然と生きることこそが悟りだ」
すばらしい言葉ですが、重い言葉ですね。
当面の危機は避けられましたが、自分は「もがきながら、見苦しい生き方」しか出来ないと思います。

合掌

Royさん

コメントをありがとうございました。貴兄も大病を経験されているのですね。

Nさんと、昨日お別れしてきました。とても穏やかな顔をしていました。奥様も、彼がそのような表情を残してくれた(のは、家族や遺された人々への)何よりのことだったと仰っていました。

病気からの回復がまだ万全ではないご様子ですが、少しずつ元に戻ると良いですね。

ありがとうございます
「コ-トリル錠10mg」
これが無いとホルモンバランスが崩れ
「倦怠感」の塊となります。
しかし「同フロワ-」の方々と接して、いかに自分が幸せで後遺症が極めて少ないかを見てきただけに贅沢は言えません。
気長にこの後遺症と、付き合っていきます。

よくCQをお聞きするのですが「ラバスタ」しか出来ない自分はワッチのみです。
時にQRSでお呼びになるので、チャンスがあればお呼びします。
その時は、よろしくお願いします。

これからも「ブログ]を楽しみにしております。

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