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40年ぶりに恩師・同級生と会う 

この週末も多忙な二日間だった。土曜日、仕事を終えて、車で上京。夕方から、都内某所で開かれた、高専の40年目の同窓会に参加。今日は、朝から救急診療所で、インフルエンザの患者さんたちと格闘して来た。

ホテルに投宿してから、お茶の水でしばらく本を漁った。アトピー性皮膚炎についての専門書と、「音楽の聴き方」という話題になっている新書を購入。恒例になっているCD屋巡りは、時間があまり残っておらず、中止。ホテルでしばらく休憩し、同窓会会場へ。

湯島の小さな居酒屋。下町の高専卒業生の会らしい会場だ。文字通り、40年ぶりの再会だったので、参加者20数名の大多数は、顔だけでは、誰だか分からない。「名前は?」という変な挨拶をして、会話を始めた。外見とは異なり、声と話し方は、昔を髣髴とさせる。10代後半の5年間という多感な時期を一緒に過ごした仲間であることもあるのだろう、皆が威勢よく語る。学生時代に戻ったかのようだ。

殆どが今年定年だが、その半数強は、嘱託といった身分で後数年間仕事を続けるつもりのようだ。ISO認定の仕事や、労働安全コンサルタントの仕事に進んでいる人間もいた。じっくり話しをした数名のうち、2名が、すでに数年前退職し、親の介護をしているということに驚かされた。老々介護だ。定年後、仕事の延長をしないで、昔からやってみたかったラジコンに熱中している、という者もいた。

クラス担任だったS先生も79歳になられたが、お元気そのもの。高専を退職されてから、私立学校の教員と校長を歴任されたらしい。私が、そろそろ退職を考えていると自己紹介したら、まだ30数年しか!医師として働いていないのだから、まだ仕事をしろとヤンワリと諭された。話しぶりは昔のままだ。高専卒業後、医学部受験の際にも、大いにお世話になったことを改めて思い出した。

これまで同窓会に全く顔をださなかったためか、私についての情報は、どうも医師になったらしい、ということだけに留まっているらしく、皆から、どうして医師になったのか、何時から考えていたのかといった同じ質問を何度も受けた・・・40年前からの疑問だったのだろう。

友人との会話のなかで記憶に残ったのは、上記の親の介護をしているという話と、もう一つ、当時からとても優秀だったI君の言ったこと・・・社会のためになると思って仕事をしてきたが、最近は、すべてステークスホルダーのために仕事をするということになってしまっている、ということだった。高度成長期に仕事を始め、新自由主義経済に被い尽くされた現在退職をしようとしている、エンジニアとしての感慨なのだろう。S先生は、社会科学的な発想もこれからの物作りには必要になるなと仰っていた。

私は1次会だけで、失礼することにした。数人の友人と握手をして別れた。また、次の同窓会にも出てみようと思いながら、ホテルに戻った。

ホテルでは、精神的に興奮したせいか良く寝付かれなかった。4時間ほどまどろんで、日が昇る前に、帰路についた。首都高から東北道では、午前5時過ぎだというのに、渋滞一歩手前の車の数だった。一路北関東・東北へ遊びにどっとでかける人達なのだろう。高専を出て、製造・設計の現場で遮二無に働いてきた同級生達の人生が、その車列と何となくオーバーラップして見えた。また近いうちに元気な彼らと会いたいものだ。

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