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「最後の晩餐」 

久米さんがテレビのニュース番組に出ていた頃、「最後の晩餐」というコーナーがあった。人生最後の日にどのように過ごし、何を食べるかという、かるくもあり、重たくもある内容の番組だったような気がする・・・あの当時は、無邪気に、テレビのニュース番組に見入っていたものだった。

人生の残りを冷静に考えると、残された時間は、それほど多くは無い。これから退職するのだから、自由な時間が出来るかもしれないが、様々な活動に残された時間も身体能力も、かなり急速に減少してゆくことだろう。いわば、人生の「最後の晩餐」に近づきつつあるのだ。特に、音楽を聴く能力、聴力は、今後「つるべ落とし」のように落ちてゆくように思われる。

それで・・・というほどのこともないが、最近、音楽を聴く時間を多く持つように努力している。仕事場の自室にいるときも、テレビのスイッチは殆どオフにしたまま。仕事によって中断されるのだが、できるだけCDをかけるようにしている。下手なテレビ番組を見て、時間を浪費したと後で感じるよりは、よほどマシだ。

最近、嬉しい発見だったのは、ブラームスのピアノ四重奏曲2番イ長調。これ以外の、2曲(遺作といわれるものもあるらしいが)は、結構有名でもあり、私も若いころからしょっちゅう聴いていた。1番の1楽章、3番の4楽章等、学生時代に演奏を挑戦したこともあった。だが、この2番は、1,2回聴いただけで繰り返し聴くことはなかった。前後のピアノ四重奏曲が、力の込められた、劇的な作品であるのに対して、この曲は、流れるような旋律に満ちた、自然に曲想があふれ出てきたかのように思われる作品であるためだろうか。特に、2楽章が白眉の音楽になっている。慰めるようなメロディの合間に、慟哭するかのような旋律がピアノ、ついで弦に現れる。この楽章を聴くと、ブラームスの音楽が、私と直接に相対して、語りかけてくれるかのような気持ちになる。この曲は、今後とも聴き続けるつもり。ボーザールトリオ+ワルター トランプラーのビオラ。ボーザールトリオは、やはり上手い。

リヒター最晩年のマタイ受難曲の録音も聴く。以前にも記したが、磯山教授によると、この演奏はロマン派への回帰を果たしたリヒターの演奏で、微温的な内容との評だが、私には、この悠揚迫らざる演奏は好ましく思える。第一曲が、二つのオケとコーラスによる応答によって成立しているが、その基本となるテンポは、現代の演奏に比べると、かなり遅い。だが、この曲の三連符からなる通奏低音は、イエスがゴルゴタの丘を上がってゆく足取りを表現していると言われている。だから、リヒターのこのテンポこそが、その重い足取りを表現している、と思うのだ。この演奏も、何度も聞き込んでゆく必要がある。

「最後の晩餐」の前に、私のこころを満たしてくれる音楽は一体何なのだろうか。

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