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母を訪ねた 

昨日は、午後の休みの時間を使って、宮城に母親に会いに出かけた。那須の山々、磐梯の山並み、それに二本松や、福島の盆地に目をやりながら、東北道を一路北上。午後4時頃に、少し雪のちらつく母が世話になっている介護施設に到着した。

あるユニットのロビーで、椅子に座り込み、ぼんやりとテレビを見ている母親を見つけた。半年振りだろうか。私に気づくと、数秒間びっくりしたような表情を浮かべた。その後、柔和な笑顔が続いた。1,2週間前トイレで転倒したために、右眼の周りに紫斑が出来ていた。少し、痩せただろうか。介護師の方が、転倒事故について、説明をされた。私は、そのような不可抗力の事故は仕方のないことだと申し上げ、お世話になっていることにお礼を申し上げた。

彼女のショートスティ中に宛がわれた、和室に行く。介護師の方が、優しく彼女に手を貸してくれた。母は、同じことを繰り返し尋ねる。どうしてここにいるのか?。何時までいるのか?(普段世話をしてくれている)弟はどうしたのか(毎日、訪ねているはず)?父はどうしたのか?過去・現在・未来の時間の流れのなかで、一人だけになってしまったかのような心持になるのだろうか。私の歳を尋ね、その後、「早く歳をとるんじゃないよ」と言われたのには、苦笑するだけだった。私の住処のある町に帰りたいと、顔をくしゃくしゃにして言った。八幡様のお祭りを見てみたい、と。長男なんだから・・・と言われたときには、返答に詰まった。時々、母は私の顔を手で擦った。丁度、幼児の子どもに対するかのように。

エレベーターの前まで、介護師の方に付き添われ、見送ってくれた。雪のちらつくこの寒さは、例年以上なのかと、介護師の方に問うと、いや、これまでが暖かかったので、これが普通なのだとのことだった。また来ると言って、別れた。

外は既に暗闇に蔽われ、牡丹雪がちらついていた。

車に乗って、エンジンをかけると、来るときに聴いていたリヒターのマタイが、終曲にさしかかり、一切のことと和解するかのような旋律が盛大に鳴り響いた。

祈る母。若い頃からキリスト教信仰をもって生きてきた母。姉が、1,2週間前に訪れた際に撮った。

祈る母-1

コメント

何か、せつなくなりますが母上がご健在なのは素晴らしいですね?

私は若い頃(40年位前)亡くしましたので親孝行は出来ぬままでした。

お元気に長生きをされることをお祈りします。

うちの両親はおかげさまで元気ですが、いつかこういう日がやってくるのでしょうね。そのときになってお互い狼狽しないようにせねばならぬと思いました。

ronさん

ありがとうございます。昨日から、姉が泊りがけで、会いに行っております。あちらは大雪だそうです。育ててもらった恩を、返しているのだろうかと自問しながら、帰りの車を運転してきました。

RZRさん

お帰りなさい。

老いを迎えるのは、当人それに周囲の人間にとって、大変なことです。親は、その存在を通して、子である私に、老いを迎えることについて教えてくれているのだと思います。

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