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東京女子医大院内事故調査委員会:医師と弁護士の責任 (その1) 

小松秀樹氏が、東京女子医大事件の総括をし公表されている。

東京女子医大院内事故調査委員会の報告が、事実に基づかないものであったこと、それは佐藤医師をスケープゴートにするものであったことが示されている。事故調査委員会における弁護士の役割についても言及されている。

福島県立大野病院事件の院内事故調査委員会の問題と共通するものがある。

これらの事件を記憶にとどめておく必要がある。


以下、MRICより引用~~~


東京女子医大院内事故調査委員会:医師と弁護士の責任 (その1)

  *この文章はm3 comに掲載された記事を加筆修正したものです

小松秀樹
2010年5月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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【外部調査委員会設置要求】

2009年12月5日の毎日新聞朝刊(東京)によると、東京女子医大で2009年4月と6月に心臓の手術を受け、その後死亡した2人の患者の遺族が、4日、病院や厚労省、関係学会などに第三者による調査委員会の設置を申し入れた。この事件のその後の展開は報道されていない。

第三者による調査委員会の設置要求には、第三者ならば客観的な真理に到達できるはずだという考えが前提にある。そもそも、外部調査委員会は、事故報道に対応する形で立ち上げられることが多い。メディアは、外部調査委員会を、水戸黄門的な「超法規的裁断を行う正しい権威」として、評価する傾向がある。

外部調査委員会の判断は、設置時の状況が委員に影響して、病院や医療従事者に過度に厳しいものになりがちとなる。このため、患者側弁護士はしばしば外部調査委員会の設立を働きかけ、過失判定をめぐる議論の場にしようとする。

これは、弁護士に経済的メリットをもたらす確率を高める方向に一致する。しかし、「超法規的裁断を行う正しい権威」は、民主主義にはなじまない。

第三者による調査委員会の設置要求に応じるかどうかは別にして、一定条件の医療事故について、当該病院は、独自に、何があったのかを科学的に認識する努力をしなければならない。何があったのかを知った上でなければ、医療の改善がなし得ず、医療の改善の責任は一義的に当該病院にあるからである。

ただし、限界があることも承知しておく必要がある。調査そのものが困難なこともあるし、経済的、労力的なコストおよび時間も制約になるからである。

第三者には、専門的知識を強化するため、あるいは透明性を高めるためのオブザーバーとして、必要に応じて参加を求める(文献1)。院内調査委員会は、裁判所のような公正を保つための権限と制度を持たないので、対立を扱えない。対立を持ち込む可能性のある第三者、例えば、病院側、患者側で活躍している弁護士を委員にするこ
とは適切でない(文献1)。

【東京女子医大事件】

院内事故調査委員会は、これまで過失判定をめぐってしばしば二次的紛争を引き起こしてきた(文献1)。
東京女子医大でも、「冤罪」とも取られかねない不適切な判断をしたことがある(文献2)。

2001年3月、12歳の女児の心臓手術中に、人工心肺装置の脱血不良が生じた。手術中に麻酔科医によって、顔面の浮腫と鼻出血が観察された。ただし、手術終了後、下半身の浮腫は観察されず、著明な鬱血があれば併発したと思われる肝障害も認められなかった。患者は、鬱血による脳の損傷のために、2日後に死亡した。

この事件では、手術チームのリーダーだった講師が、手術中に問題が発生したことを、診療録の改竄などによって隠そうとした。このため証拠隠滅で有罪になった。この講師の行為は弁解の余地がない。ただし、過失を個人の罪として糾弾する当時の社会の異様な雰囲気が、隠蔽をもたらした側面がある。医療安全の領域では、安全対策に処分を絡めると隠蔽を誘発し、結果として安全を損ねるとされてい
る。さらに、刑事処分が適切かどうかは、社会全体のバランスを考慮する必要がある。例えば、検察官は、しばしば被告に有利な証拠を隠してきた。無実の人たちが犯罪者とされることはまれではないが、証拠隠しをした検察官は、処分を受けてこなかった。

東京女子医大事件で人工心肺装置を操作していた佐藤一樹医師は、業務上過失致死容疑で2002年6月に逮捕、翌7月に起訴された。7年間に及ぶ裁判の結果、2009年3月に東京高裁で無罪判決が出た。検察が上告を断念し無罪が確定した。

出河雅彦氏の『ルポ 医療事故』(朝日新聞出版)には告別式の後、死亡した女児の両親に届いた匿名の手紙の文面が紹介されている。

「真実を報告します。」
「明らかに手術による問題は無く、人工心肺による脳へのダメージによるものが死因なのです。」
「医療ミスの主犯は人工心肺を操作していた、佐藤一樹という医師」

東京女子医大の理事長宛にも同様の手紙が届いていた。東京女子医大は、院内事故調査委員会を秘密裏に立ち上げた。委員は3名で、いずれも東京女子医大の医師。東間紘泌尿器科主任教授、尾崎眞麻酔科主任教授、東京女子医大附属青山病院の院長で循環器内科の楠元雅子教授である(文献3)。心臓外科の専門家がいない中で、委員会は、佐藤医師の人工心肺の操作に過誤があったとした。【事故原因についての三つの説】

理解のために、この手術で用いられた陰圧吸引補助脱血体外循環について説明する。開心術では心臓を止めるので、人工心肺を用いて全身に酸素を運ぶ必要がある。血液の流れを説明すると、まず上大静脈と下大静脈にカニューレを挿入し、ここから静脈血をチューブで貯血槽に誘導する。術野の出血も吸引ポンプ(術野吸引ポンプ)で吸引し、貯血槽に誘導する。貯血槽の血液を送血ポンプで人工肺に送って酸素化した上で、大動脈に送血する。貯血槽に血液がスムースに誘導されるようにするために、貯血槽を陰圧にする。陰圧にするために、貯血槽に別のチューブを取り付けて、手術室の壁に備えられている吸引(壁吸引)に接続する。東京女子医大では、血液が壁吸引に侵入しないようにするため、チューブにガスフィルターが装着されていた。事故現場では、ガスフィルターが水滴で目詰まりしていたことが観察されていた。

事故の原因について3つの説が主張された。

<女子医大説>
まず、東京女子医大の調査委員会の説(女子医大説)(文献3)。術野吸引ポンプの回転数を上げ続けると、貯血槽が陽圧になり、脱血不良が生じる。これが基本であり、壁吸引チューブのフィルターが水滴で目詰まりしたことは、貯血槽を陽圧にする促進要因であるとした。実質的に、事故は佐藤医師の過失によるものだとした。

女子医大説については、警察も早くから、間違いだと気付いていたという(文献4)。貯血槽を陰圧にするための壁吸引の能力より、術野吸引ポンプの能力が小さく設定されており、術野吸引だけでは貯血槽を陽圧にすることは考えられないからである。陽圧が原因ならば、下半身からの脱血も不良になり、送血できなくなる。大量の輸血をしない限り、送血不能になって著明な浮腫が生じるような鬱血にはなりそうにない。女子医大説は第一審で当初検察が採用したが、検察も無理があると気付き、裁判の途中でこれを放棄し、訴因を変更した。

専門家は女子医大説をどう見ていたのか。出河氏の『ルポ 医療事故』には、後述する3学会合同委員会の許俊鋭委員の意見が引用されている。

「高回転で常時吸引ポンプを回すことはないが、ポンプの安全性からみて問題があるとは思えない。操作担当者のミスとするためのこじつけではないか。体外循環に関連した医療事故の調査には極めて専門的な知識が必要なのに、心臓外科医が一人も入らなかったのは常識では考えられない。

<合同委員会説>
二番目は、日本胸部外科学会、日本心臓血管外科学会、日本人工臓器学会による3学会合同陰圧吸引補助脱血体外循環検討委員会の説である(合同委員会説)(文献5)。この委員会は、事件をきっかけにはしているが、他の病院でも同様の事故が起きるといけないとして、陰圧吸引補助脱血体外循環の安全性の検討を目的に設置された。模擬回路を用いた詳細な実験で、吸引ポンプの回転数を上げることだけで貯血槽は陽圧にならないこと、水滴が付着してガスフィルターが目詰まりすることがあり、そうなれば、術野吸引ポンプの作動で貯血槽が陽圧になることを証明した。ただし、脱血のためのカニューレが正しい位置に挿入されていることを前提とした上での、陰圧吸引補助脱血法の安全性についての検討である。また、合同委員会のアンケート調査では、当時、陰圧吸引補助脱血法を実施していた施設の35%で同様のフィルターを装着していることが明らかになった。ただし、合同委員会説も、女子医大説と同様、脳の致命的鬱血は説明がつかない

<佐藤医師説>
三番目の説は佐藤医師が当初より主張していた説である。すなわち、傷を小さくする手術法が採用されていたため、カニューレ先端の位置が確認できず、先端が不適切な位置に置かれて上半身からの脱血が不十分になった。下半身からの脱血は行われていたので、その分、上半身に血液が押し込まれ、致命的な鬱血が生じたとする説である。

控訴審判決は、佐藤説を採用した。

【知的誠実性】

女子医大説を取れば、佐藤医師の過失で患者が死亡したことになる。佐藤医師を有責とするためには、少なくともカニュレーションに過失があった可能性がないこと、術野吸引ポンプを高回転で回し続けることだけで貯血槽が陽圧になること、貯血槽が陽圧になることによって顔面に浮腫が生じ脳に致命的鬱血が発生すること、術野吸引ポンプを高回転で回し続けることが危険であると一般的に認識されていたこと、事故当時の佐藤医師の操作条件が実施してはいけない危険なものであると一般的に認識されていたことの5点を証明する必要がある。

報告書では、カニュレーションに過失があった可能性を否定するための検討が不十分だった。カニュレーションを実施した医師、すなわち問題があれば責任を問われる立場の医師の証言だけを根拠にした。実験で貯血槽の圧を測定していなかった。顔面の浮腫と脳に致命的鬱血が生じたことについて、合理的な説明がなかった。専門家の意見を聞かなかった。術野吸引ポンプを高回転で回し続けることの危険性が、一般的に認識されていたのかどうか検証しなかった。

東京女子医大の実験は周到に考えられた計画に基づくものではなかった。科学的方法では、仮説を立て、その証明のために適切な方法を設定する。方法は再現性を求められる。結果の解釈は極めて厳格に行われ、仮説が真であるか、あるいは偽であるかが論証される。報告書には、目的、方法、結果の客観的な記述が一切なかった。合同委員会は東京女子医大に実験結果を知らせてほしいと依頼したが、データは残っていないとの返答だった。非常に考えにくいことだが、3名の委員全員が、大学教授として当然求められる科学的能力と経験を有していなかったのかもしれない。能力があったにもかかわらずこのような報告書を書いたとすれば、知的誠実性の欠如を意味するものであり、「冤罪」だと言われても仕方がない。

佐藤医師が損害賠償を求めて東京女子医大と東間紘調査委員長を訴えた民事裁判の2010年3月16日の審理で、東間氏は、検討が不十分だったことの言質を与えようとしなかったが、実験の手順書の作成などを「きちんとやればよかったと今非常に後悔している」と述べ、科学的な実験ではなかったことを認めた。最終的には、時間がなかったと弁明し、検討が尽くされなかったことを実質的に認めた。急いだのは、科学的な事実の解明より、遺族と社会への対応が優先されたためではないか。さらに、検討を尽くさずに結論を出したということは、予断があったためではないか。証言の最後に、東間氏が、佐藤医師が専門医としてキャリアを失ったことについて謝罪したことは、当事者の納得による紛争の解決につながると思われた。  (続く)

(引用文献)
(文献1) 小松秀樹, 井上清成:?院内事故調査委員会?についての論点と考え方. 医学のあゆみ,
230, 313-320, 2009.
(文献2) 橋本佳子:院内事故調が生んだ「冤罪」 東京女子医大事件 控訴審で一審同様に無罪
判決、事故調?一審判決の死因は否定. m3.com. 2009年3月30日.
http://www.m3.com/iryoIshin/article/94460/
(文献3) 死亡原因調査委員会:故X殿死亡原因調査委員会調査報告.平成13年10月3日.
(文献4) 佐藤一樹:被告人の視点からみた医療司法問題の実際. 診療研究, 447, 5-15, 2009. 
(文献5) 日本胸部外科学会, 日本心臓血管外科学会, 日本人工臓器学会: 3学会合同陰圧吸引補助
脱血体外循環検討委員会報告書. 2003.

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