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東京女子医大院内事故調査委員会:医師と弁護士の責任 (その3) 

引き続き、弁護士の果たした役割について議論をしている。

毎年、以前よりも多く弁護士が生まれるようになったが、中には、あぶれて実地研修ができない弁護士もいると聞く。その一方、医療訴訟は、弁護士にとって組みしやすい訴訟であるとも言われている。訴えられる医師・医療機関は、逃げ隠れせず、また医療の結果が悪いと、それに対する負い目を(責任の有無に関わらず)どうしても感じ勝ちなためなのかもしれない。医療訴訟が、弁護士の草刈場になって欲しくは無い。もしそうなるとすると、医療は、防衛的な医療になり、荒廃することになる。結果として、被害を受けるのは患者自身だからだ。

以下、MRICより引用~~~

東京女子医大院内事故調査委員会:医師と弁護士の責任 (その3)

  *この文章はm3 comに掲載された記事を加筆修正したものです

小松秀樹
2010年5月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
(その1:Vol.150、その2:Vol.152は、http://medg.jp からもごらんになれます)
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【弁護士の陥穽】

弁護士が、紛争に関連した調査に関わることには、2つの問題がある。

第一の問題は、弁護士が本質的に代理人であることに起因する。代理人は、クライアントの利益に忠実であることが求められる。東京女子医大事件では、東京女子医大と佐藤医師の間に利益相反があった。調査がクライアントの利益にかかわる場合には、判断がクライアントに有利な方向に偏る可能性が高い。

クライアントの利益への忠実度の差が、弁護士の判断を分けたのではないかとの推測される例を挙げる。
骨髄移植財団に常務理事として天下った元厚労省キャリア官僚が、セクハラ、パワハラを繰り返し、短期間に大量の職員が退職して紛争に発展した(文献10)。財団の総務部長は財団の理事長に直訴したが、逆に懲戒解雇になった。財団は、内部調査委員会と外部調査委員会を設置した。財団の常任理事の弁護士が主導した内部調査委員会は、セクハラ、パワハラはなかったとした。財団の依頼で事実関係を調査した外部調査委員会の弁護士は、財団が調査の結論として、セクハラ、パワハラの事実はなかったと発表したことに対し、抗議文を提出し、報酬金約48万円を全額返還した。総務部長が地位確認と損害賠償を求めて財団を訴えた裁判の第一審では、総務部長が勝訴した。

第二の問題は法律家の認識の問題である。
法システムは、理念からの演繹を主たる論理構造としているため、理念によって認識が歪みがちになる。しかも、法システムは、医療、科学、航空運輸など、認識が決定的な意味を持つシステムと異なり、認識のための厳密な方法を発達させてこなかった。

医学で発達してきた認識方法には、生体内の物質を突き詰める生化学的方法、分子レベルまで可視化するにいたった形態学的方法、生体の動的活動を観察する生理学的方法、社会の中での疾病の状況を観察するための疫学的方法などがある。さらに臨床医学では、CTやMRIなどの画像診断が加わる。いずれも、薬剤の有効性を証明するための無作為割り付け前向き試験と同じく、一切の予断を許さない。

弁護士は、その社会的環境、知的環境のために、認識が予断で歪む傾向が生じ、人権侵害にコミットしてしまう可能性がある。医師会や病院団体は、弁護士の利用方法を体系的に研究して、結果を共有する必要があろう。

今回のような状況は、児玉弁護士や『ミズヌマ弁護士』でなくても起こり得たと思われる。児玉弁護士については、医療の結果についての医師の責任のあり方の議論で日本をリードする立場にある。また、医療事故で医療従事者を刑事事件として裁くべきでないというこれまでの主張と、東京女子医大事件での実際の行動に乖離があるように思われた。

同情すべきは、東京女子医大事件は9年前の事件だということである。その後、日本の医療界で、医療事故についての考え方は大きく変化した。児玉弁護士も当時と同じ考えだとは思えない。ただし、児玉弁護士の2009年の院内事故調査委員会についての論文(文献9)には、依然として医学的事実の厳密な認識より社会への対応を重視する姿勢がうかがわれた。福島県立大野病院事件でも、東京女子医大事件と同様、社会への対応を優先したことが、刑事事件のきっかけになった(文献1)。警鐘を鳴らすために、敢えて、児玉弁護士の論文を引用して批判を試みた。

【院内事故調査委員会の目的】

院内事故調査委員会は様々な病院で多くの問題を引き起こしてきた(文献1)。望ましいかどうかとは関係なく、実際に院内事故調査委員会の目的になったものとして、以下の9項目がある。

1) 医療事故の医学的観点からの事実経過の記載と原因分析
2) 再発防止
3) 紛争対応
4) 過失の認定
5) 院内処分

以下、隠れた目的
6) 社会からの攻撃をかわすため
7) 保険会社から賠償保険金を得ることを確実にするため
8) 開設者から賠償金を支払うため
9) 訴訟を有利に運ぶため(病院側、患者側の双方に発生する)
 
院内事故調査委員会が担うべき役割は、語義からも 1)である。再発防止は総合的な安全対策の中で位置づけられるものであり、この意味で、別の委員会で扱う方が望ましい。3)以下の目的を過度に重視すると、1)の目的を損ねる。

【東京女子医大に望まれる自律的検証】

病院の都合で死亡原因を捻じ曲げるとすれば、死者への冒?である。遺族の感情を徒に動揺させることになる。社会への対応のために、科学的根拠なしに刑事責任まで押し付けられるとなれば、東京女子医大で医師は安心して働けない。

東京女子医大は、佐藤医師を告発することになった調査委員会を総括して、「当該医療機関及びその医療従事者の医療事故や有害事象についての科学的認識をめぐる自律性の確立と機能の向上」(筆者と井上の提唱する院内事故調査委員会の理念)(文献1)のための調査委員会に転換させる必要がある。

2002年8月、東京女子医大医療安全管理外部評価委員会が、中間報告書を発表した。この委員会は東京女子医大事件に関連して設置された。状況から、大学が用意した資料のみに基づいて評価した可能性がある。隠蔽が行われた背景について、「医療成果を上げることには熱心であるが、患者中心の医療を行うために重要とされている患者とのコミュニケーションについては必ずしも積極的ではなく、医局員らに対してもこの点を特に重視するような指導をしていたとは思われない」(『ルポ 医療事故』より引用)と記載した。

これが改善したかどうか。最近まで東京女子医大に勤務していた複数の若い医師に事情を聴いたが、はなはだ、心もとない。医療の質の向上のためには、個々の医師が、医学と自らの良心に基づいて自律的に行動しなければならない。科学的事実を厳密に認識し、その情報を医療従事者と患者で共有しなければならない。これらについて、東京女子医大院内調査委員会には大きな問題があった。佐藤医師が大学と調査委員長を訴えた裁判でも、東京女子医大は反省の姿勢を示していない。

しかし、外圧で反省を強制しても、自分たちが本気にならない限り、大きな成果は期待しがたい。東京女子医大の今後の医療の質の向上のためには、自律的な検証が不可欠だと確信する。


(引用文献)
(文献1) 小松秀樹, 井上清成:?院内事故調査委員会?についての論点と考え方. 医学のあゆみ,
230, 313-320, 2009.
(文献2) 橋本佳子:院内事故調が生んだ「冤罪」 東京女子医大事件 控訴審で一審同様に無罪
判決、事故調?一審判決の死因は否定. m3.com. 2009年3月30日.
http://www.m3.com/iryoIshin/article/94460/
(文献3) 死亡原因調査委員会:故X殿死亡原因調査委員会調査報告.平成13年10月3日.
(文献4) 佐藤一樹:被告人の視点からみた医療司法問題の実際. 診療研究, 447, 5-15, 2009. 
(文献5) 日本胸部外科学会, 日本心臓血管外科学会, 日本人工臓器学会: 3学会合同陰圧吸引補助
脱血体外循環検討委員会報告書. 2003.
(文献6) 日本医師会 医療事故のおける責任問題検討委員会;医療事故による死亡に対する責任の
あり方について. 2009年.
(文献7) 小松秀樹:日本医師会改革の論点「科学と医師の良心の国家からの擁護と自由な議論の
喚起」が日医の理念.m3.com. 2010年3月24日.http://www.m3.com/iryoIshin/article/117552/
(文献8) 井上清成:厚労省による行政処分者数を激増させる日医委員会答申. m3.com. 2010年3
月18日. http://www.m3.com/iryoIshin/article/117551/
(文献9) 児玉安司:医療事故の院内調査をめぐって. 胸部外科, 62, 145-148, 2009.
(文献10) 東京地方裁判所判決:平成19年(ワ)第12413号平成21年2月20日.

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