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須田年生教授が、延命治療中止事件について論じている 

須田セツ子医師が、延命治療を中止したことにより「殺人罪」の判決を最高裁で受け、確定したことは以前拙ブログでも取り上げた。須田医師は、事件後開業医として医療に携わってきたが、医道審議会による行政処分が近いうちに彼女に対して下されるらしい。寛大な処分を求める署名活動も続けられているようだ。

今夜、m3という医師のためのサイトで、下記の記事が目に留まった。須田医師の兄上が須田年生教授と知って、大いに驚いた。須田年生先生には、初期研修の頃、とてもお世話になった。慶応の基礎の教授に就任されていることは知っていたが、この須田医師と兄妹でいらっしゃるとは・・・。須田年生先生は、臨床にいらっしゃった頃から、該博な医学的知識に裏付けられた優れた見識をお持ちの方だった。彼は、妹さんがおかしなことをしたとしたら、こうした論陣を張られることは決してないだろうと確信する。

m3の記事を表に出すことは、本来禁じられているのかもしれないが、この記事については、存じ上げている須田年生先生のインタビューであることと、是非とも非医療者の方々に読んで頂きたい内容だと思えるので、ここに引用させて頂く。下線は、ブログ主の判断で付けさせていただいた。

以下、引用~~~

◆妹の殺人罪が確定、注目される行政処分の行方 - 須田年生・慶応大学医学部教授に聞く
「厚労省には独自判断を期待、司法改革の必要性も実感」

 2009年12月、最高裁で延命治療の中止で殺人罪が確定した、須田セツ子氏。その実兄に当たるのが、慶応大学医学部発生・分化生物学教授の須田年生氏。今は基礎医学に携わっているが、以前は血液内科の臨床医だった。
 当初から身近に見てきた立場から、事件に対する感想、さらには今後想定される行政処分のあり方などについて、語っていただいた(2019年4月26日にインタビュー)。

――逮捕・起訴から昨年12月の最高裁判決を通して、一番感じたことは何でしょうか。

 「この裁判で得たものは何か、何かに益するところがあったのか」ということです。私が一番心配しているのは、今回の判決で、医師が終末期医療からますます“立ち去って” しまうことです。「危ない目(逮捕・提訴される)に会いたくない」と。これから人口の高齢化がますます進み、医療ニーズが高まる中で、これは非常に大きな問題でしょう。

――終末期医療のあり方について、どんな考えをお持ちでしょうか。

 終末期医療の議論では、「終末期医療のガイドライン、マニュアルの作成が必要」「倫理委員会の場で、複数の医師で判断すべき」「インフォームド・コンセントを取り、それ を文書で残す」といった議論がよく出ますが、果たしてそれで対応できるのでしょうか

 私は今は基礎医学に携わっていますが、以前は血液内科の臨床医でした。再発を繰り返し、次第に悪化していく白血病の患者さんを数多く診てきましたが、人工呼吸器を付ける か、外すかの判断は容易ではありません。倫理委員会に諮っても同様で、もう少し延命できる確率が1%、いや0.1%でもあれば、合議による判断では「人工呼吸器を外す」と いう結論は出せないでしょう。
 
 在宅医療の場合、そもそも複数の医師による判断は物理的に難しい。また、「不要な延命治療はしない」などの文書へのサインを求めるのは、家族に厳しい選択を迫ることにな り、トラウマになる可能性がある。家族にこうしたサインを求めることの方が罪ではないかとも思うのです。

 多くの医療者は臨床経過の流れの中で、家族とのあうんの呼吸、いい意味での曖昧さの中で看取りの医療をやっているのではないでしょうか。妹(須田セツ子医師)は今でも、 今回の件について、「いい看取りをした」と思っています。

 さらに、救急、あるいはがんの末期など、一口に終末期医療と言っても様々。各専門家が各々の立場で発言する中で、皆が納得するガイドラインやマニュアルの作成は果たして 可能なのでしょうか。ガイドラインなどを作成しても、それに当てはまらない例も当然あります。しかし、いったんルールができると、それから外れた場合には訴えられる事態に なりかねません。こうした状況に司法が入ってきても、終末期医療がより良い方向に進むはずはありません。

 司法あるいは法曹界との関連で言えば、法律には素人である我々との乖離を感じたことも多々ありました。

――具体的には、どんな場面でそう感じられたのでしょうか。

 妹は、事件が公になる前に、病院を辞め、開業していました。妹には当初は病院から紹介された弁護士が付いていましたが、「有罪は免れず、執行猶予が付けばいい」と考えて いたのか、妹に警察に届けるよう指示したり、診療を自粛するよう求められたりもしていました。弁護士が考えるゴールは、我々とは違う一面があるのでしょう。

 2007年2月の東京高裁判決では、地裁判決の一部が覆され、「気管内チューブの抜管は、家族の要請に基づくもの」と認定されました。これは大きな前進です。しかも、減 刑された。そもそも一審と同様、執行猶予付きだったので、関係者からは評価する声が上がりました。しかし、妹本人は、「なぜ有罪でよかったか」と、素朴な疑問を投げかけて いました。

 妹にはイノセントなところがあるのは確かですが、それが最高裁に判断を仰ぐことにつながった。結果的には、有罪が確定したものの、本を出版することにより、世間に問題提 起することになったと思うのです。

 普通なら、妥協し、「早く裁判から開放されたい」と思うところ。今回は刑事裁判ですが、損害賠償の有無やその額が争点になる民事裁判ではなおさらです。私の知り合いの弁 護士から聞いた話ですが、そう考えるケースが多い職種の一つに医師が挙げられるそうです。このような事情があり、これまで医療界からの司法への働きかけが乏しかったために 、司法の改善が進まなかったとも言えます。

――「司法の改善が進まない」というのは。

 いろいろ挙げられますが、第一にあまりに医療のことを知らない。例えば、法廷で、検察官が、「注射は、右から打ったのですか、左からですか」と聞いたことがあります。注 射をピストルと間違えているのでしょうか。また裁判官が、人工呼吸器と気管挿管を混同していたり、側管注が何かも理解していない。今回の件で、患者さんは心肺停止で救急搬 送されたものの、意識は戻らなかった。気管挿管をし、人工呼吸器を付けた状態が続き、感染症を来たし、敗血症になり……、と悪化していった。こうした患者の臨床経過を裁判 官や検察官は理解していたのでしょうか。

 また、検察の論理の展開と言うか、資料の使い方にも疑問を感じました。カルテに書いてあることを、「いいとこ取り」「つまみ食い」する。同じカルテに書いてあるにもかか わらず、検察の主張に有利な部分は採用し、不利な部分は「うそを書いている」となる。これはサイエンスの理屈には合いません。サイエンスであれば、信用できない部分があれ ば、その論文全体が信用できないという判断になります。

 さらに印象に残っているのが、地裁判決の言い渡しの時です。裁判長が判決文を読み上げたのですが、あまりに小さな声だったので、傍聴席にいる我々には聞こえにくかった。 また地裁の判決文も、論理的な構成とは言えないものです。

 医療の分野では、患者に分かりやすく説明するように求められ、かなり改善が進んでいます。これに対して、法曹界はこれまで独自、密室の世界で動いており、言葉も、また論 理も一般社会とはずれているように思うのです。

 したがって今後は、司法を変えていく必要があると考えています。さらにマスコミについても、問題があると思っています。

――事件が公になった以降、多数の報道がなされました。

 最初は「猟奇的」とも言える報道でした。普段はいい医師がまるで豹変したように伝えられました。マスコミは検察からのリークを基に報道していたのでしょうが、看護師に話 を聞くなどして裏を取ることはしていたのでしょうか。

――そうしたマスコミの報道、世間の見方はその後、変わったのでしょうか。

 当初は完全に「犯罪者」扱いでしたが、東京高裁判決で「抜管は家族の要請による」と判断された辺りから、少し変わってきたと思います。それはこの東京高裁判決が原因か、 射水市民病院事件(延命治療中止が問題になった事件。書類送検されたものの、不起訴)など、終末期医療が問題になった他の事件の影響があるのかは分かりませんが。

――では今後、司法などにどんな改革を求めていくのでしょうか。

 司法の問題点は、先ほどの通りですが、分かりやすさということでは、裁判員制度の活用も検討に値するかもしれません。

 また東京高裁判決では、患者の自己決定権および治療義務の限界という二つのアプローチをしていますが、いずれにも限界があるとし、尊厳死の問題を解決するには、尊厳死法 やガイドラインが必要だとしています。「これは国を挙げて議論・検討すべきものであり、司法が抜本的解決を図るような問題ではない」としており、これは医療界に投げかけら れた課題でもあります。

 さらに、医道審議会における行政処分のあり方も再考を求めたいと思っています。妹はまだ行政処分されていませんが、いずれ遡上に上がるでしょう。では、「殺人罪」でどん な判断がなされるのでしょうか。妹は、「殺人」をしたとされましたが、いったいどんな動機で、何の得があると考えたと言うのでしょうか

 私はほとんどの公判を傍聴しましたが、同じく傍聴に通い続けた喘息の患者さんがいました。現在、妹は開業し、在宅の方も含め、多数の患者さんを診ています。今、行政処分 に向けて署名活動が展開されています。既に3万人近い署名が集まったと聞いています。これまでの行政処分の対象やその内容は、刑事裁判を基に行われてきましたが、医道審議 会の独自の判断があっていいのではないでしょうか。署名活動では、その判断を求めています。

 今後の方向性としては、患者さん本位の医療を目指して、医師が小異を捨て、大同で意見をまとめ、司法に問題提起をすることが大事だと思います。一つには、尊厳死の法制化 への努力が必要だと考えています。また、終末期医療とは別に、リスクの高い治療を行う救急医療や脳外科分野では医師が不当に訴えられることがないよう、「ガイドライン」と いうより、京都大学脳神経外科の宮本亨教授が研究されているような「ガードレール」の設定なども検討すべきでしょう。

コメント

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看取りの充実を

わたしは癌患者として今回須田先生のことを知るために検索中、こちらへたどり着きました。

わたしも父を13年前に亡くしましたが、その時の医療に大いなる疑問を持ちました。一旦付けたら本人が苦しくても人工呼吸器は外せない。点滴用注射針を自己抜去できないよう両手を縛られる・・・。

こんな医療があってなるものかと憤懣やるかたない父の入院生活を経験し、そんなことをしない病院に勤めようと思いましたが、就職時こそ拘束廃止の方向でしたが、2,3年もするとIVで金取り主義、拘束でがんじがらめの患者さまばかりの職場になってしまいました。
私自身は最期まで自由に生きたい。寝たきりになっても。それを実現するために重症になっても在宅で一人がんばるしかないのかなあ・・・と考えています。

  • [2013/09/16 20:20]
  • URL |
  • セラピストけいこ
  • [ 編集 ]
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セラピストけいこさん

コメントをありがとうございます。

終末期医療には、様々な問題があります。生と死の根源的問題、看取りのためのマンパワーの問題、医療費の配分・絶対的な不足の問題等です。

いずれもが一朝一夕には解決しがたい問題ですが、でも、人の人生の最後にかかわる大切な問題ですので、死に行く人と寄り添う看取りができるような体制に一歩一歩近づいていってもらいたいものだと思っています。

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