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ゲノム医療の将来 

ゲノム(遺伝子)解析を医療に応用しようという試みは、様々な領域で実行されている。遺伝子情報を診断に用いる、治療に用いる、治療に用いる場合は、遺伝子によって産生される物質を用いる、生体機能に調節を加える、さらに遺伝子そのものを組み込もうとする、といった方法があるようだ。1980年代、遺伝子工学が花開き、この方面では産業化されたものもある。現在、医学雑誌にはゲノムの絡まぬ論文を見出す方が難しいほどだ。

が、ゲノム医療には、様々な問題が付随している。メリルグーズナー著『アメリカ医薬品研究開発の裏側 新薬一つに1000億円!?』によれば、治療への応用では華々しい成功は未だ例外的だ、と記されている。遺伝子産物の効果は、病的事象と一対一ではない、様々な予期せぬ影響を生体に及ぼすといったことや、遺伝子を生体に組み込むプロセスに伴うリスク等、乗り越えなければならない問題は多いようだ。臓器から、細胞・蛋白質、さらにゲノムまで知見が、微細化されてきたが、ゲノムから人の病にまで戻ることは、一筋縄ではないかないようだ。私が母校の基礎の研究室に在籍していた1980年代、ボスが、「遺伝子・・・で、so what?だよ。」と言っていたのが印象に残っている。ゲノム情報から、生体の病気の治療にたどり着くには、また長く絶え間ない研究が必要になるという趣旨の発言だったのではなかったろうか。

でも、下記のMRICの記事で、上氏が紹介されているように、ゲノムについての知見を用いた医療は、これから飛躍的に伸びる領域のようだ。こうした治療で健康を取り戻す方が増えるとしたら、とても喜ばしいことだ。

で、上氏が言及を殆どしていないのは、こうした医療にかかる莫大な費用の問題だ。こうした先進の医療を保険医療にそのまま導入することは費用の面から、不可能だ。ばら色のゲノム医療の将来を語るときに、同時にコストの問題も検討されなければならないだろう。私には、解決策は全く分からない。恐らく、腎透析がかって高価な治療手技で、一般化されなかったのが、技術の進歩で保険診療にも適用できるようになってきた(それでも、かなりの高コスト医療なのだが)ように、ゲノム医療も一般的になるのだろうか。少なくとも、先進医療を成長戦略に組み入れるといった場合、その費用を、一般人が受けられるものにすることは考慮されていないように思える。

ゲノムの個人情報が、民間医療保険のチェリーピッキングに利用される、即ち、遺伝的に疾患のリスクが高い人に保険を売ることをしないといった問題も生じうる。個人のゲノム情報をどのように保護するか、簡単なことではない。ゲノムを人為的に操作することも、倫理的に問題になりうる。ゲノム医療を進展させるのと同時に、それに付随する様々な問題も考えてゆかねばならない。



以下、MRICより引用~~~

パーソナルゲノム解析は社会を変えるか?

東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム
上 昌広

※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail Media JMMで配信した文面を加筆修正しました。
2010年6月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp



【医療と成長戦略】
 参議院選挙を控え、マニフェストをめぐる議論が活発です。民主党は、昨年の総選挙で弱点とされた成長戦略を強化することに余念がありません。
 高齢化が進む我が国では、医療・介護は成長が期待できる数少ない分野です。現政権でも、国家戦略室が中心となって、様々な施策をうちだしています。例えば、「メディカル・ツーリズム」や「混合診療の部分的解禁」など、その例でしょう。しかしながら、両者とも医療界は強く反発しています。果たして、医療は本当に成長分野になるのでしょうか?

【ゲノム情報に基づく個別化医療】
 私が、一連の議論で残念に思うのは、ゲノム情報に基づく個別化医療に関する議論が少ないことです。
 私は、3月10日の配信で、遺伝子配列技術が急速に進歩し、ゲノム情報が簡便に入手でききるようになり、個人の体質にあった個別化医療が実現しつつあることを報告しました。http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report22_1966.html
 この勢いは、更に加速しつつあります。今回は、最近の動きをご紹介したいと思います。

【最初のがん治療ワクチン「プロベンジ」の承認】
 4月29日、米国FDAはデンドレオン社が開発した前立腺がん治療ワクチン「プロベンジ」を承認しました。これは、世界で初めて承認された、がんの治療ワクチンです。
 プロベンジは、患者から採取した免疫細胞(抗原提示細胞)を体外で培養し、前立腺がんの殆どに発現しているPAPという蛋白質を加えて培養したものです。このワクチンを患者に戻すことで、体内のTリンパ球がPAPを認識し、これを攻撃する細胞傷害性T細胞となって、抗腫瘍効果を発揮します。
 デンドレオン社がFDAに提出した資料によれば、512人の転移性の前立腺癌患者を対象に、プロベンジ群の生存期間中央値は25.8カ月、プラセボ群は21.7カ月と、プロベンジの投与で生存期間は4.1カ月延長しました。進行がんの生存期間を4.1ヶ月延長したことは、がんの専門家にとっては驚異的です。早期がんの患者に投与すれば、さらに高い効果が期待できるでしょう。
 しかしながら、プロベンジは問題山積です。調剤は煩雑で、また費用は9万3000ドルと高価だからです。このため、プロベンジが、どの程度、普及するかは不明です。高額療養費は、日本だけの問題ではありません。

【パーソナルゲノム研究の進展】
 3月以降、患者の全ゲノム情報を解読し、その結果を解析した論文が多数発表されました。
 まず、医学誌の最高峰とされるNew England Journal of Medicine (NEJM)の4月1日号に、米国のベイラー大学から、シャルコー・マリー・トゥース病という遺伝病に関する研究が報告されました。この研究では、シャルコー・マリー・トゥース病の一家系の全ゲノムが解読され、新しい原因遺伝子を発見されました。神経難病の診断に貢献したことになります。
 ついで、Natureの4月29日号に、米国のカリフォルニア大学サンディエゴ校から、多発性硬化症という神経難病に関する研究が報告されました。この研究では、一卵性双生児の全ゲノムを解読しました。この双子は、一人が多発性硬化症を発症、もう一方は健常人です。両者を比較することで、多発性硬化症発症に関わる遺伝子修飾(エピゲノムなど)を明らかにしようとしました。
 さらに、欧州最高峰の医学誌Lancetの5月1日号にも、全ゲノム解析の研究成果が発表されました。米国のスタンフォード大学の研究です。この研究では、心筋梗塞で急死した家族を持つ患者のゲノムを解析したところ、心筋梗塞のリスクを高める3つの遺伝子多型、および心臓病治療薬の代謝に影響する複数の遺伝子多型が見つかりました。このような情報は、患者の生活習慣を変えたり、治療法を選択する上で有用です。
 Natureは兎も角、NEJMやLancetのような実地臨床医を対象とした雑誌に、パーソナルゲノムの論文が掲載されるようになったことは、アメリカで実用化が進みつつあることを示しています。

【パーソナルゲノム研究の宣伝塔】
 では、パーソナルゲノム研究の重要性は、どのようにして社会に伝わるでしょうか?おもしろい報道がありました。
 3月11日、サスペンス映画「危険な情事」の主演で知られる米女優のグレン・クローズさんの全ゲノムが解読されたと発表されました。彼女は統合失調症の家族がいて、以前から精神疾患の啓発活動に協力していました。朝日新聞によれば、今回のゲノム解読について「精神疾患の遺伝学的な側面を科学者が解明し、より効果的な治療につながることを望む」とのコメントしたようです。アカデミー賞に5回もノミネートされた大物女優が発表するのですから、大きな影響力を持ちます。このニュースは世界に打電されました。
 実は、この情報をリリースしたのは、DNAシークエンサーを販売する米国のバイオベンチャー イルミナ社です。同社によれば、現時点で全ゲノムシークエンスに要する費用は4万8千ドル。今後は、1000ドル程度まで下がると考えているようです。今回の報道は、米国のベンチャー企業の強かさを示しています。芸能人を使い、社会の認知度を高めるあたり、民主党の小沢幹事長とも相通じます。

【日本は蓄積されたノウハウを活かしきれるか】
 この数ヶ月、米国の研究が世界を席巻しました。このように書くと、日本は一方的にやられているようですが、そうとも言い切れません。日本がリードしている面もあります。
例えば、SNPという、遺伝子多型を網羅的に調査した国際共同研究(ハップマッププロジェクト)では、理化学研究所(理研)が研究全体の25%に貢献しました。単一組織としては世界一です。
 また、我が国にも、一流の研究者がいます。例えば、理研の責任者として、ハップマッププロジェクトを主導した中村祐輔教授(東大教授と兼任)は、本年度のヒトゲノム国際機構の特別賞(Chen賞)を受賞し、5月18日にフランスで表彰されました。中村教授は、これまで1000以上の論文を発表してきた、ゲノム研究の世界的リーダーです。Natureに15報、Scienceに11報、Nature Geneticsに39報と言えば、その凄さがお分かりでしょう。
 また、東大医科研のスパコンは、ライフサイエンス分野に限れば、世界第二位のスペックを誇ります(2009年5月Supercomputing 2010)。そして、このユニットを率いるのは宮野 悟教授です。彼は数学をバックグランドにもつ、情報工学の専門家です。今や、ゲノム研究の中核は情報工学となり、各国は専門家の育成に余念がありません。例えば、米国NIHは「Center for Cancer Systems Biology」というグラントを提供し、がん研究に情報工学的手法
を持ち込もうとしています。従来の要素還元論的手法では限界があり、人体をネットワークシステムと見なそうとしているのです。我が国は、この分野では、若干の「貯金」があります。
 我が国の問題は人材を活かし切れていないこと。および、中国が猛追していることです。例えば、2008年1月に始まった国際協調ゲノム研究(1000人ゲノムプロジェクト)は、英国・米国・中国を中心に行われ、日本は入っていません。また、今年1月には、北京ゲノムセンターが最先端のシークエンサーを128台、一括して購入することが報道されました。東大には数台しかありませんから、設備の面では太刀打ちできなくなりつつあります。中国はノウハウや人材の蓄積は不十分なものの、豊富な資金力を活かして、研究投資に余念がありません。アジアの研究拠点は、日本から中国に移りつつあります。

【国立がん研究センター・総合科学技術会議】
 果たして、我が国は、このまま米中に置いてきぼりを食らってしまうのでしょうか?私は、この数年が勝負時だと考えています。
 実は、我が国にも変化の兆しが見えます。例えば、前述の中村祐輔教授は、この4月に国立がん研究センターの研究所長に就任しました。同センターは、がん対策基本法に位置づけられた公的機関で、強い権限と大きな予算を持ちます。その研究所長は、一介の東大教授とは違います。今回の人事が、我が国のゲノム研究のカンフル剤になることを期待しています。
 また、内閣府の総合科学技術会議は、ゲノム研究をライフサイエンス分野の優先課題に決めました。これで、ゲノム研究に関わる予算が大幅に増額されるでしょう。従来、総合科学技術会議の委員たちは、ゲノム研究を軽視してきました。その証拠に、麻生前政権が、2700億円の補正予算をつけた「最先端研究開発支援プログラム」では、ゲノム関係の研究は採択されていません。中村教授も応募したのですが、落選したようです。このような状況は、米国とは対照的です。今回、総合科学技術会議が、どのような議論の末、方針を転換したのかはわかりませんが、世界の変化に柔軟に対応したことは評価できます。今後の巻き返しを期待します。

【健康情報の流通は21世紀のライフライン】
ゲノム研究は、医療だけではなく、社会のあり方を変えるポテンシャルがあります。このまま、ゲノム研究が進めば、近い将来、全ての国民が自分の遺伝情報を管理し、自分に相応しい「個別化医療」を受けることを希望するようになるでしょう。しかしながら、このような医療サービスが普及するためには、DNAシークエンサーや電子カルテの開
発はもちろんのこと、患者が自分の情報を管理するための情報システムの整備が必須です。おそらく、クラウド型コンピューターや携帯電話端末などが、その役割を担うでしょう。また、個人情報保護に関する法的整備も必要になります。そうなると、個別化医療は医療界だけの問題ではなくなります。アップル、マイクロソフト、IBMなどのIT産業、NTTやソフトバンクなどの通信産業にとっても、大きな成長分野となります。また、法学者や市民の参加も必須です。
このように考えれば、健康情報の流通は、21世紀の「ライフライン」です。そのシステムをいち早く確立した国が、21世紀をリードすると言っても過言ではありません。果たして、来る参議院選挙のマニフェストに、どの政党が「ゲノム情報に基づく個別化医療の社会基盤整備」を入れてくるでしょうか。オバマが2006年にやったことを、日本の政党は出来るのでしょうか?興味を持って見守りたいと思います。

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