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医療行政に警察権力を導入しようとする愚かさ 

厚生労働省内で、医療行政について提案を受け、競い合うコンペティションが行われたらしい。

その中の一つが、医療機関の指導監査の実務に当たる官僚から出された「保険医療指導監査部門の充実強化」にかかわるもの。

医療機関もピンキリで、酷い内容の医療を行っているところも稀に耳にするが、大多数は、真面目に患者のために医療をしている。この提案者向本氏は、その悪い方の医療機関を摘発するために、警察庁・警視庁からの出向者を指導監査部門に受け入れることを提案したらしい。

ごく一部の問題のある医療機関に対処するために、その他多くの医療機関への指導監査にも、こうした警察権力を利用しようと言う発想だ。

この提案は、受賞しなかった様子だが、それでも、厚生労働省の指導監査の現場の人間から、このような発言が出ることは、大いに問題だ。

この指導監査という行政事業は、専ら、医療費を削減すること「だけ」を目的に、医療現場の実情から乖離した行政によって定められた規則を杓子定規に適用することで行われている。そこに、警察権力を導入したら、医療現場は萎縮し、さらに混乱するに間違いない。行政規則だけで医療を行うことはできない。もしそれが強制されたら、結局は、国民が痛みを負わせることになる。

元検察官の郷原信郎氏が、その著書「検察の正義」で警鐘を鳴らしているように、これまでの検察(警察権力も含めて考えて良いだろう)の正義が揺らいでいる。検察は、社会の「辺縁」にある犯罪を摘発し、排除することを仕事としてきた。社会内部には直接関わらない、「辺縁」の犯罪を排除する、検察の正義の正当性は問題にされることはなかった。だが、社会の「中心」にある経済・政治・医療といった問題を積極的に扱うようになって、検察の正義の正当性が揺らぎ始めたというのだ。そうした社会事象に検察が関与することによって、社会に大きな負の影響をもたらし始めたのだ。医療従事者としては、福島県立大野病院事件を想い起こす。郷原氏自身もそれに言及している。

警察・検察権力の行使を、医療の場で行うべきではない。行政は、自らの権力基盤を強くすることだけを目指してはならない。医療の適切さは、行政、ましてや警察権力によって判断できない。驕るな、行政よ、と言いたい。行政は、どこまでも自らの権力基盤を強くし、その利権の範囲を拡大しようとしている。

我々医療人は、こうした不適切な警察権力の介入を行わせぬように、専門家同士によるpeer reviewの制度を作り上げるべきなのだろう。そうした動きが、行政・医師会等に全く見られないのは嘆かわしいことだ。


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