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週末と、雑感と 

朝、菜園の手入れをし、芝生の雑草を抜く作業をしばらくした。午前9時頃でも、照りつける太陽がじりじりと肌を焼くようだ。茄子を数個と、トマトを2個ほど収穫。身体を動かすと、気分がしゃきっとする。

急患3名。一人は、肺炎の可能性があり、昨日のCRPが6+と高かったので、近くの基幹病院に送った。一人でなければ、XPを撮り点滴をして頑張るのだが・・・リスクは負えないし、もうそれだけの元気が出てこない。昨夜、Steve N6TTに、今日の午前中は急患の対応で終わるだろうと言ったら、そのように開業医が過ごすことは信じられないと言っていた。あちらでは、時間外に具合悪くなったら、「ER」に駆け込み、何時間も待たされてようやく治療を受けられるということのようだ。「ER」で、外傷のために血を流しながら、治療の順番を待つ患者を見かけたことが何度もあるということだった。

いや、日本もアメリカナイズが始まっており、開業医が救急対応をするのは、今後どんどん減ることだろうと応えた。開業医の平均年齢が60歳程度。リタイアする者、仕事の規模を縮小する者が、この開業医群のなかから、この10年間の間に相次いで出ることだろう。行政は、診療報酬の僅かな上乗せで、現実には無理な24時間対応をさせようとしているが、そのようなせこい小細工で、この動きは止まらない。この数年以内に、救急患者が救急を扱う医療機関で数時間待ちという事態に確実になるだろうと思う。すでにそれは始まっている。ということを、Steveに言ったが、あまり関心を持たない様子だった。確かに、自分が医療を受ける立場にならなければ、自国の医療制度にさえ、あまり関心は持たないのだから、他国の制度等には関心の持ちようがないのだろう。

m3という医師専用とされるサイトのBBSで、最近、ある女医さんが亡くなられたことを知った。彼女は、かなり進行した子宮体癌で、その診断を得た辺りから、医師仲間に治療法のアドバイスを求めてスレッドを立ち上げておられた。手術を受けられ、その後化学療法と放射線療法を受け続けておられた。決して泣き言は言わず、カラッとした文章で、その時々のことを綴っておられた。ご家族のこと、仕事のことそして愛されていたお酒のこと等。いつしか、そのスレッドには、悩みを持つ方、また進行した癌の患者の医師、それに応援団の医師達が沢山集まり、彼女を中心に会話を交わしていた。自分の専門知識・経験を惜しげもなく、彼女のために記す医師達にも感銘を受けた。m3は匿名掲示板であるため、「荒らし」が横行し、読むに耐えぬスレッドが多いのだが、このスレッドだけは光輝くような場所になっていた。

その女医さんは、化学療法を受けている最中、顆粒球(白血球の一種)が減少しているために、顆粒球の産生を促すGCSFの投与を受けながら、患者さんの診療に当たっておられた。しんどいこともあったようだが、診療をすることが生きがいであると言いつつ、亡くなられる直前まで診療し続けたのではなかったろうか・・・。自分の命を削りながら、医療を行っておられたのだと思う。それが、多くの医師達のこころを動かし、あのスレッドに彼等を集わせる牽引力になっていたのだろう。

彼女が、最後にスレッドに書き残したのは、不登校でDVを起こしそうな息子さんを抱える父親医師に、暴力では、問題は解決しないと優しく諭した文章だった。そして、この季節に吹く初めての秋風に乗るかのように、フッと亡くなられた。ネットという文章でだけの交流の場で存じ上げた方だったが、何かしら大きな喪失感に襲われた。

医師として、仕事上、私に行うことが残された時間も内容も、段々少なくなってゆく。彼女ほど太く強くそして優しく生きることは無理かもしれない。この小さな仕事場で、あと何が出来るのか、そして私の能力からして何処まで仕事を続けるべきなのだろうか。今も残る喪失感のなかで、今も考え続けている。

コメント

Tさん

こころに残るコメントをありがとうございました。拙いブログですが、まだしばらくは続けたいと思っています。気がつかれたことなどありましたら、またコメントをお寄せください。Tさんもお身体を大切に。

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