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頌春 

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日光連山を、近くの鬼怒川河川敷から望む

頌春

昨年末、海外の友人に送った季節の挨拶状に対する、反応が面白かった。米国の友人達は、金融危機の問題を比較的楽観的に捉えているようすだった。Bob W6CYXは、Stiglitz教授のことを、ニューヨークタイムスのような左翼系の新聞にばかり寄稿する共産主義者であり、crack potであると、7メガで捲くし立てていた。銀行には金融危機の責任はなく、むしろ低所得者への貸し出しを強制された被害者だという。他に返信を下さった方々も、将来に対して希望を持っておられる様子だ。Bill K1YTは、いよいよこの夏に退職される様子で、自分の退職生活が、経済が上手く行くかどうかの試金石になるといって苦笑していた。一方、シンガポールのJohnは私と同意見であり、このバブルを引き起こした者達をかなり辛らつな目で眺めている様子だった。

悲観ばかり並べてもいけないのだが、民主党による政権交代が、尽く期待を裏切り、官僚主導による行政・政治がこれまで通り続くことがほぼ既定のことになった。赤字国債の額が、税収を上回るような国家経済が、永続するはずがない。国債発行額が、国民の貯蓄額を上回れば、国外に国債を買ってもらわなければならなくなる。先進国でも最低にランクされている国債の利息は高騰することだろう。すると、国家の経済は、破綻する。そうした近い将来の状況が誰でも予測できるのに、官僚達は、公務員の給与を高止まりしたまま据え置き(正確な数値は覚えていないが、公務員全体の給与を公務員数で割ると、800万円台になるはず)、政治家は、国民へのバラマキを止めない。官僚達は、医療制度を支配する手立てを打ち続けている。財務省の財政規律路線を首肯する積りはないが、行政の無駄に切り込むこと、官僚による社会支配の体制を国民に見えるようにし、点検し、それを国民のためという視点から構築し直すことが、すぐにでも必要なことなのだ。

この状況で何を我々はなしうるだろうか。日本が、沈没してゆく様をただ眺めているしかできないのだろうか。官僚達による社会支配は、マスコミによる「世論誘導」によってもたらされて来た面が強い。それに抗する、ネットワークと横の繋がりを作り出すことがまず必要なのかもしれない。もう定年退職間近の私にできることは限られているが、仕事を通して、さらにこうしたネット環境、交友関係を通して、繋がりを生み出し、それを大切にして行きたいものだ。

ザルのようになって行く記憶力を、全体を把握し統合する力と経験に基づき推理することで補って、まだまだ勉強をしなければと痛切に感じている。社会の動き、歴史の流れのなかでの自分の立ち位置を、把握する必要を、これまでになく感じている。恰も堅固な見方であるかのように思えるような惰性の産物の常識をいつも疑って、より本質的なところに迫ってゆきたいものだ。

無線の愉しみも、惰性に流されることなく、自分にとって大切なことに集中して行きたいものだ。幸いなことに、意味のないことを1時間もしていると、スイッチを切る気持ちになる。CW通信のメカニズムを整理すること、旧い友人達との交流を続け深めてゆくことだろうか。英語も、日々の驚きと感動のなかで学習し続けたいものだ。

音楽・・・ブラームスのピアノトリオが一段落して、今度は、スメタナのト短調のピアノトリオに移る。フォーレのトリオも魅力的なのだが、あの変幻自在で虚飾を排した音楽を演奏するには、まだまだ・・・。バロック、ことにバッハの作品にも惹かれる。聴くことにも時間をもっと割こう。樫本大進さん等のブラームスピアノ四重奏曲の演奏は、白眉だった。フーガの技法を、コープマンのチェンバロで最近聴いているが、音楽の構造が、弦楽合奏や、四重奏で聴くよりも、もっと明確に頭に入ってくる。オルガンでの演奏ももっと聴くべきなのかもしれない。

仕事は、昨年暮れに記した通り。リタイアへの進み具合は、少し停止した状態だ。医療法人の解散の件、他の医師への継承の件等々、情報を集めておくことにしよう。とりあえずは、身体に無理にならぬ範囲で、毎日の仕事を愉しく続けてゆきたいものだ。いつでも、軟着陸を開始できるように、物心両面での準備を行うことだ。

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