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CWに魅入られた少年の物語 これからのCWを考える そのII 

その後、少年Sは、勉学その他に関心が移り、アマチュア無線からしばらく遠ざかった。その後、社会人となったが、仕事は長い休暇の取れない職種で、自宅にいて気軽に楽しめる趣味として、アマチュア無線を思い出し、1980年頃に再開することになる。それ以降、最初に魅入られた、7メガのCWを中心にアマチュア無線の流れに自らどっぷり浸かり、また観察を続けてきた。

1990年代までは、旧きよき時代の名残を同バンドで聴くことができた。が、アマチュア無線人口の老齢化、CWモードの業務使用の廃止、試験制度でCW能力が要求されなくなる流れ等から、同バンドCWの衰退が、2000年代になって明らかになってきた。6146シングルの自作送信機に単純なアンテナという設備に比べて、飛躍的に向上したはずの設備になったのに、「普通の交信」をする相手が見つからないとのだ。1990年代、週末に、夕方から夜にかけて7メガでCQを出すと、北米の局に次から次に呼ばれたものだが、最近は、そのようなことはめったになくなった。

CWは、このまま寂れてゆくのだろうか。自分自身が愉しみ、多大な精力と時間とをかけてきたこの趣味が、最後の灯が消え行くように、存在しなくなる、その可能性を否定できるだけの材料はない。が、そうならないように、我々CW愛好家には考え行動する責任がある。人生の一部をかけても無駄ではないこの趣味に、若い人々を引き込むにはどうしたらよいだろうか。東アジアという、アマチュア無線辺境の地で何を考えるべきなのか。

まずは、アマチュア無線、CWというモードの愉しみの原点に復帰することが必要だろう。私にとっては、CWは、海外への窓を広げてくれ、そこを通して、多くの友人・先輩を知ることができた。実社会の人間関係ではないが、個人的な師弟ともいえる関係が多かった。最近、ある海外のメーリングリストで、CWの初心者が何を望んでいるかを調べたという投稿があり、その一つに、Elmerがいないという声があったという。私にとっての、旧きよき時代は、海外にElmerとなってくれる先輩がいたということだ。勿論、国内にも何人もアマチュア無線の尊敬すべき先輩はいたが、見知らぬ海外にCWという共通の趣味によって強固に結びついた友人・先輩を得ることができたのだ。口幅ったい言い方をすれば、これから、我々こそがElmerになる気構えと準備があるかどうかが問われている。国際語である英語を母国語とする先輩方には、是非その気構えを持っていただきたいものだ。

CWという原始的でいて、ある程度の習熟が必要な通信手段に、何かメリットがあるのか。特に、ネットがこれほど普及してきた現在、我々CWを愛する者にとっては自明と思われる、この問いももう一度意識してみる必要があるかもしれない。これも何度か記してきたことだが、CWの受信能力は、文章を読む脳の機能と密接に関わっていることが明らかにされている。また、送信についても、同様の知的な脳の機能が関わり、また言うべきことを短時間にまとめることが要求される。そのテンポは、ものを書くことと同じだ。こうしたCWのもつ知的な側面、それによって生まれる愉しみを、我々はもっと意識し、さらに若い人々に訴えてゆくことが必要なのではないだろうか。

短波帯、特に実用になる7、14メガの実際の電波伝搬は、東アジアではなかなか厳しいことが多い。は、英語での交信が可能な地域、西ヨーロッパ、北米(特に東海岸)へのパスが、北極経由になるために減衰を避けられないのだ。また、生活時間帯から言っても、早朝日の出か、夕暮れ時にピークを迎えるCONDXに合わせて出ることはなかなか難しいことが多い。でも、CWへの熱い気持ちを持って、そうした地域の局に耳を傾けるビギナーがこちらにもいることを忘れないでもらいたいものだ。

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まだ、原稿の原案レベルだが、こんなところか・・・今週末までに投稿しなければならない・・・もう少し、内容を練るつもり。昔、学会の抄録を提出していた頃を思い出しつつ。


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