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イレッサ訴訟問題 

進行がん患者の視点から、イレッサ訴訟問題を論じた発言がMRICに掲載された。イレッサの問題は、専門外であるのと、微妙な問題を含むので、裁判経過に違和感を抱きつつ、文章にできないでいた。この発言者は、ずばりと問題点を指摘している。彼の提案する医療裁判は、以前は医師のカンファレンスであり、学会だったのだが、医師が裁判を恐れて、治療の失敗等は表に出さないようになってきている、と聞く。結局、それは患者さんにとって不利益になる。

医療制度全体の視点から、この問題を考える必要がある。

study2007さんのブログにある、原発事故問題の情報も有用。


以下、MRICより引用~~~

癌患者 study2007 (http://ameblo.jp/study2007/)
2011年3月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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 イレッサ訴訟は国とアストラゼネカ社が東京・大阪両地裁の和解案を拒否し2月28日に大阪地裁で判決が下りました。和解案では国の責任も認定しながら判決では国家賠償は認められないなど疑問点もありますが、本稿ではイレッサ問題から得るべき教訓と今後の医療に望むことを私の理解の範囲で記載致します。皆様の広範な御意見・ご批判など伺えますと幸いです。

1.イレッサについて:

私は2007年3月に多発肺転移を有する進行癌と診断され国立がんセンター中央病院で化学療法を開始しました[1]。初回治療はカルボプラチン+パクリタキセルでした。その後放射線照射と抗癌剤を繰り返しながら治療を継続しております。残念ながらEGFR遺伝子変異は無く私自身はイレッサ適応はありません。治療を開始した2007年以降もイレッサは広く医療現場で使われており、適応患者さんの経過を聞く度に羨ましく感じております。

近年改善されてきたとはいえ白金系やタキサン系抗癌剤の副作用が強いのは事実です。二剤併用レジメンは4~6コースが治療の目安で半年以上の継続は通常困難です。それに比べればイレッサの副作用は非常に軽微だと言えます。効果の程度や耐性までの期間に個人差はあるものの年単位の処方も可能です。2010年にはEGFR変異を有する手術不適応患者の化学療法として第一選択肢になりうることを示唆する治験結果も出ています[2,3]。イレッサは進行肺癌治療の現場にリスクを上回るメリットをもたらしました。その事実は現在も市販開始当時も同じだと思います[4,5]。大阪地裁の判決もイレッサの効能そのものは否定しておりません。

2.裁判の争点について:

判決では製造物責任法2条2項「指示・警告上の欠陥」が問われました。添付文書の記載が不充分で間質性肺炎の注意喚起が不充分だったという判断です。重要な項目は前の方に書くとの「通達」が根拠になった様です。もちろん原告が訴えたのは「文書だけ」ではありません。臨床試験や臨床試験以外で発生した副作用をアストラゼネカ社が軽視したこと。販売を急ぐあまり積極的な注意喚起を怠ったこと。また国がそれら副作用情報を得ていたにも関わらず承認時に深く考慮しなかった事、などの責任を追及しています[6,7]。

私も原告の指摘は方向性として正しいと思います。アストラゼネカ社も国も自らの判断と行動に反省すべき点がなかったか正直に振り返り今後の教訓とせねばならないと思います。その一方で、いくつかの抗癌剤を経験した癌患者としてイレッサの添付文書(初版2002年7月)に違法と言える程の不備があったとはやはり私には思えません。間質性肺炎の記述が2ページ目、重大な副作用の4番目に記載されているからといって、軽んじたり見落としたりすることは有り得ないと思うからです。

化学療法中に肺炎を併発することの恐ろしさは患者も医療者も文字通り骨髄に染みて感じています。間質性肺炎は一般には馴染みのない病名かもしれませんが、記述そのものが最大限の注意喚起です。レントゲンを頻回に撮り、また咳や熱に注意し主治医と相談しながら治療を行います。イレッサは一般の消費者が薬局で自由に買える薬剤とは違います。医師による処方と指示に従いながら投与をすれば他の抗癌剤に比べ決して危険とは言えません。確かに数万人が服用を経験した現在に比べ販売開始当時の知見が乏しかった事は事実だと思います。しかしながら間質性肺炎の恐れを隠したわけでは無く「頻度が不明」である事も含め添付文書に明記したアストラゼネカ社と、販売を承認した国に法的責任まで認定するのは行き過ぎだと感じます。

3.真の問題はなにか?:

販売後わずか2年半に500人以上が死亡した事実は甚大です。全症例を解析しないと明確なことは言えませんがイレッサ関連死が一定の割合で起こったであろう事は私も疑いません。ですが、その原因の全てが「添付文書の記載が目立たなかった」事だけに拠るとは恐らく誰も考えていないはずです。

○原告に限らず「夢の新薬」や「神の手技」を追い求める信仰が我々癌患者には無いでしょうか? 週刊誌やインターネットの情報は信じても腫瘍内科医の提案には耳を貸さない。内容を理解せず手術の同意書にサインをし「先生にお任せします」。日常的にそういった患者・家族を見かけないでしょうか。

○マスコミもプレスリリースを吟味せず無責任な報道をしなかったでしょうか? 例えば現在も「抗癌剤は効かない」とか「がんもどき」など証拠レベルの極めて低い情報が週刊誌に大々的に報じられ治療判断に悪影響を与え続けていないでしょうか。そういった出版社の過失責任はアストラゼネカの無過失責任とは比較にならないくらい重大だと思えます。

○また販売当時の医療現場に慢心は無かったでしょうか? ある原告の方の治療経過では間質性肺炎が明記されている新薬の、それも初回治療にもかかわらず「30日分処方して退院させ」前縦隔への放射線治療から僅か2週間後に服用を開始させています。こういったケースに見られるように医療者側にも経口抗癌剤に対する油断があったと疑わざるを得ません。

イレッサ訴訟は医療問題に対する裁判の限界をも示していると感じます。今回も癌治療の背景と土壌に横たわり続ける本当の問題を考え直す機会を逸しました。また癌患者の抗癌剤へのアクセスを更に悪くしたとも懸念します。「ドラッグラグを人質に取るのは卑怯」との意見もありますが、もしも今回の司法判断を受け入れるのなら今後は副作用の頻度とグレードを第III相試験で統計的に見極め、法令か通達に基づく字体、大きさ、字色、順番、などを忠実に守らねばなりません。承認までの期間と試験量が増大することはいわば数学的事実です。卑怯かどうかとは関連がありません。それは誰も望んでいないことでしょうし、とりわけ治療が必要な癌患者にとってはまさに死活問題です。

イレッサ問題を真に教訓とするならば、通常の裁判所の下位に医療問題を扱う調停機関として医師による医療裁判所を設けることを検討してはどうでしょうか? 第三者の医師・専門家が審理する合理的な判断の場をつくり、原則として責任追及よりも原因の解明、改善策の示唆、補償内容の提示を行う。希に起こる「故意」による医療事件などは通常の裁判所に廻し医師の職権の停止・剥奪なども行う。医療問題ではしばしば病院や医師の能力・資格についても国民の関心が集まります。これらの問題を国の管理・指導に頼らず医師の自治で解決できる様になれば国民はそれを受け入れると思います。医療裁判所は国民と医療の信頼関係を醸成する一助に成り得るのではないかと考えます。

4.患者が望むもの

患者が最も強く望むものは何でしょうか? それは「治癒すること」だと確信します。それは原告も同様だったと想像します。手術不適応進行癌における治癒とは癌に勝つ事ではなく、長期にわたる引き分けだと私は定義しています。例えば私は「診断から5年生存」をひとつの目標に設定しました。もしも世界中の抗癌剤や分子標的剤、ワクチン療法や高性能放射線装置など全ての武器を自由に使わせて貰えれば恐らく5年はクリアできると想像しています。さらに加速器駆動BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)などが開発費されれば10年生存も夢ではないと期待しています[8]。費用や治療待ち期間に制限されず全ての患者が個々に最適なルートを辿れば全生存期間は飛躍的に伸びると信じます。

仮に治らないとしても「望んだ延命・緩和治療がうけられる」ことは切実な要望だと思います。この部分が適切にフォローされない限り「夢の新薬」事件はいつでも起こり得ると思います。「がんもどき」騒動が沈静化しても繰り返し同様のスキャンダルや根拠のない代替療法が現れると思います。この状況を抜け出し科学的で負担に見合った医療を実現する為には何が必要でしょうか? 私は乗り越えなければならない壁が少なくとも2つはあると感じています。

第一の壁は医薬品・機器の承認制度です[9,10]。薬や機器の使用や保険適応を監督官庁が主催する会議や所管する独立行政法人(PMDA)で一元的に承認・審査するのは合理的ではないと考えます。薬事承認と保険適応とを切り分けることが最適な医療にアクセスする為の第一条件だと考えます。例えば科学的コンセンサスのあるコンペンディア(NCCN drugs & Biologics Compendium)に載った抗癌剤は自動的に保険適応するなどの制度導入を望みます[11]。ある患者に抗癌剤が有用かどうかは学術的研究を基に個々の治療現場で判断する以外にありません。私は4年にわたる治療の過程でその現実を学びました。また保険負担とすべきかどうかは、その医薬品や機器の必要性、費用対効果や地域性など考慮し県などの医療圏単位で医療費と医療現場の実状に合わせて調整すべきことがらだと考えます。

第二の壁は医療が分散している事です。進行癌の治療は通常何かひとつの特効薬や治療法では制御しきれない事も知りました。それぞれに高度な技量を持った複数の分野の医師に協力して貰う事が必須です。均てん化という政策は「分散化」の側面が強く、専門化と集約化が求められる現在の医療現場には対応できていないと思います。人口分布や疾病毎の統計を根拠とした効率的な医療施設の配置と専門医の育成が急務だと考えます[12]。

この二つの壁を乗り越える為に、患者(国民)も医療費や医師といった医療資源には限りがあることを思い直す必要があると思います。ランチバイキングに群がる様に医療に殺到し、全体のバランスを考えず「自分」達の薬や診療を声高に注文し続ける。こういった態度を改め「公」の医療を育てる自覚を持たない限り医療現場の疲弊は改善されず高度で合理的な医療の実現も程遠いはずです。

5.まとめ

イレッサ問題は「どこまで手を尽くしたのか?」がひとつの争点になったと思います。立場や考え方に差異があるのは当然ですが、少なくとも利益と不利益、目指すべき目標(容認できる事故発生率)などを定量的に話し合う必要があると思います。有限な医療資源(医療費、専門医、新薬開発に要する費用や時間)を度外視して究極の安全を求めるのは非科学的な幻想であることを国民は知るべきと考えます。「注意喚起が足りなかった」、「いや医学的には常識だ」という水掛け論でなく、癌治療における適切な合意点が発見されることを一人の癌患者として願います。

また、現実には医療事故も副作用死もゼロにはならないと思います。しかしながら医療裁判所や無過失補償制度などを設けることで患者や医療者のリスクと不満を最小化することは目指せるはずです。「お上」がいて一部の団体が陳情する、難しいことは医者や企業に丸投げで、何かあれば訴訟を起こす。イレッサ問題がそういった従来型の発想ではなく権限と責任の一部を「民と地域」に移管・分散し、現場の事実の積み上げにより科学的に運用される、そういう効率的な医療の実現を目指すきっかけになる事を切に期待いたします。


参考文献:
[1] http://ameblo.jp/study2007/

[2] Maemondo M, Inoue A, Kobayashi K, et al. Gefitinib or chemotherapy for non-small-cell
lung cancer with mutated EGFR. N Engl J Med. 2010;362:2380-8.

[3] Mitsudomi T, Morita S, Yatabe Y, et al. Gefitinib versus cisplatin plus docetaxel in
patients with non-small-cell lung cancer harbouring mutations of the epidermal growth
factor receptor (WJTOG3405): an open label, randomised phase 3 trial. Lancet Oncol.
2010;11:121-8. Epub 2009 Dec 18.

[4] ZD1839, a Selective Oral Epidermal Growth Factor Receptor?Tyrosine Kinase Inhibitor,
Is Well Tolerated and Active in Patients With Solid, Malignant Tumors: Results of a Phase
I Trial. Journal of Clinical Oncology, Vol 20, Issue 9 (May), 2002: 2240-2250.

[5] Selective Oral Epidermal Growth Factor Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor ZD1839 Is
Generally Well-Tolerated and Has Activity in Non?Small-Cell Lung Cancer and Other Solid
Tumors: Results of a Phase I Trial. Journal of Clinical Oncology, Vol 20, Issue 18
(September), 2002: 3815-3825.

[6] イレッサ薬害被害者の会 (http://homepage3.nifty.com/i250-higainokai/)

[7] 薬事・食品衛生審議会薬事分科会(平成14年6月12日開催分)議事録
(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/06/txt/s0612-2.txt)

[8] 京都大学原子炉研究所、医療照射について (http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/index/iryo.html)

[9] MRIC by 医療ガバナンス学会 vol 87 適応外薬品を何とかしないとドラッグラグはなくな
らない!! 卵巣がんのジェム (http://medg.jp/mt/2010/03/vol-87.html)

[10] MRIC by 医療ガバナンス学会 Vol. 225 「未承認薬?適応外薬検討会議」をガス抜きに終わ
らせるな! (http://medg.jp/mt/2010/07/vol-225.html#more)

[11] http://www.nccn.org/professionals/drug_compendium/content/contents.asp

[12] ドイツの医療制度について~透明性の高い理想的な保健医療制度
(http://www.hi-ho.ne.jp/okajimamic/m401.htm)

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