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奈良県大淀病院で何が起きたのか? 

大淀事件の経過詳細をネット上で得ました。これは、関係者からの情報であり、間違いない内容のようです。記録として、ここにアップしておきます。

私は、今は、重症の救急患者を診ることはほとんどなくなりましたが、大学勤務時代には、重症患者に一人で対応し、眠れぬ夜を過ごすことが多くありました。この産婦人科医の奮闘される様子が、手に取るように分かります。(大学からの派遣当直医は、きっと若手で、ほとんど戦力にならなかったのだろうと推測されます。)

ところが、毎日新聞奈良支局青木絵美記者が、彼と、患者を受け入れられなかった医療機関について、悪意をこめた誤報を報じました。

曰く、CTを取るように内科医に勧められたが、産婦人科医は無視した、産婦人科医は当直室で眠っていた、患者は数時間放置された、受け入れを打診された医療機関は受け入れを「拒絶」した・・・。

産婦人科医は、さぞ無念だったことだろうと思います。

その報道は、大淀病院の産科医療を閉鎖させました。奈良県南部の産科医療は消滅しました。また、全国の産科医に、これだけ努力しても、結果が悪ければ、このように扱われることを思い知らせ、産科の崩壊を大きく促しました。

医療界には犯罪的な行為をする者も残念ながらいないことはありません。しかし、このように地道に努力している医師を、悪意を込めて貶めることには到底承服できません。そうした悪意の報道は、ぎりぎりのところで努力している医師の善意の意志を打ち砕きます。それは、医療崩壊となって、国民の大きな痛みになります。

以下、引用~~~

当夜の当直は外科系は整形外科医、内科系は内科医、産婦人科は奈良医大から派遣の当直医。
患者さんは午前0時に頭痛を訴えて失神、ただ痛みに対する反応(顔をしかめる)はあった。産婦人科当直医は念のため内科当直医に対診を依頼、内科医は「陣痛による失神でし ょう、経過を見ましょう」ということになった。しかしその後強直性の痙攣発作が出現し、血圧も収縮期が200mmHgになったので、子癇発作と判断、マグネゾールを投与し ながら産婦人科部長に連絡した。部長は午前1時37分、連絡してから約15分程で病院に到着。以後二人で治療にあたったが、状態が改善みられないため、午前1時50分、母 体搬送の決断を下し、奈良医大へ電話連絡を始めた。
午前2時、瞳孔散大を認めるも痛覚反応あり。血圧は148/70と安定してきた。この時点で頭部CTも考慮したが、放射線技師は当直していないし、CT室が分娩室よりかな り離れたところにあること、患者の移動の刺激による子癇の重積発作を恐れ、それよりも早く高次医療機関をさがして搬送するほうがよいと判断、電話をかけ続けたが、なかなか 搬送先がみつからない。

午前2時30分、産婦人科部長が家族に状況を説明、そのあいだにも大淀病院の当直医や奈良医大の当直医は大阪府をふくめて心当たりの病院に受け入れ依頼の電話をかけつづけ た。家族はここで「ベビーはあきらめるので、なんとか母体をたすけてほしい。ICUだけがある病院でもいい」と言ったので、NICUを持たない病院にまで搬送先の候補をひ ろげ、電話連絡をとろうとした。家族も消防署の知り合いを通じ、大阪府下の心当たりの病院に連絡をとって、受け入れを依頼した。この頃には産科病棟婦長(助産師)も来院、 手伝いはじめてくれた。大淀病院看護師OGで患者さんの親戚も来院し、多くの人が集まり始めた。けれども受け入れてくれる施設が見つからない。担当医は当直室(仮眠室)か ら絶望的な気分になりながら電話をかけ続けたし、大学の当直医は大学の救命救急部門にまで交渉に行ったが子癇は産婦人科の担当で、我々は対処できないと言うことで受け入れ 拒否された。午前4時30分、呼吸困難となり、内科医が挿管したが、その後自発呼吸ももどり、サチュレーションは98%と回復した。その後すぐに国立循環器病センターが受 け入れOKと連絡してきたので、直ちに救急車で搬送した。患者さんは循セン到着後CT検査等で脳内出血と診断され、直ちに帝王切開術と開頭術をうけたが、生児は得られたも のの脳出血部位が深く、結局意識が戻らないまま術後8日目の8月16日死亡された。

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