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原発作業員を守ろうとしない国 

原発事故が起きて1,2日間、東電と保安院は、精神的に「固まっていた」、何も手を打てずにいたことが徐々に分かってきつつある。特に、「ヴェント」を開く決定を下すことが半日以上遅れたために、結局建屋内の水素爆発を誘発したことが明らかになってきている。あの水素爆発によって、配管の類が大きな損傷を受け、放射性物質の大気中への拡散を招き、汚染を拡大させ、敷地内に汚染した瓦礫を散乱させた。それによって、その後の対応が著しく困難になった・・・この辺の消息は、やがて明らかにされることだろう。

現在集中すべきは、原子炉の冷却であり、汚染した排水の処理のはずだ。それを行なうのは、現場の作業員の方々だ。彼らの働きがなければ、原子炉の圧力容器内で更なる水素爆発が起きる。そうすると、最悪の事態に突き進む。作業員の健康状態を維持することが、最大の後方支援なのだ。だが、どうも東電・保安院それに政府はそう考えていなそうだ。

この点については、当ブログでも何度か指摘してきたが、彼らの健康問題がウヤムヤにされている。彼らが仕事を続けられなくなったら、即最悪の事態が生じるということを、政府当局者はどれだけ理解しているのだろうか。彼らは、最悪の事態にならぬように最後の一線で闘ってくれている方々なのだが。


以下、MRICより引用~~~

国を守ろうとしている原発作業員を守ろうとしない国は、やがて世界から孤立する

木村 知
2011年4月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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 東電福島第一原発事故は、発生から三週間以上経過した現在も、未だ冷却装置の復旧がなされないばかりか、多量の放射性物質を含んだ汚染水の処理に難渋するなど、ますます深刻な事態に陥りつつあり、作業の長期化はもはや疑いようがない。

 現場では、現在も多くの作業員の方々が連日作業にあたっているが、高放射線量が測定された水たまりでの被曝事故をはじめ、衣食住すべてにおいて非常に劣悪な労働環境、さらに線量計不携行での作業といった杜撰な放射線管理など、作業員の安全を脅かしている問題点が、次々と顕在化してきている。

 このような杜撰な放射線管理の実情を耳にすると、驚くべきことで「あってはならないこと」ともちろん誰でも思うに違いないが、混乱を極めている実際の現場においては、むしろ驚くべきことではなく「そうせざるをえないこと」になっている可能性も否定できない。

 「線量計が鳴らなかった」とか「数が足りなかった」というのは、おそらく言い訳にすぎず、「線量計など付けていては、あっという間に被曝線量上限に達してしまい、作業にならない」というのが、実態ではなかろうか。

 これら作業員の方々の労働環境を監視・監督しているのは、いったい誰なのか?
 そして作業員の方々の肉体的・精神的健康管理は、いったい誰が行っているのか?
 それとも、これら作業員の方々の労務管理、健康管理は、いっさい誰も行っていないのか?

 これらについて、明確な証拠を持って情報を開示する義務が、東電にはある。
 そしてこれらについて、東電が情報開示しないのなら、国が責任を持って現状調査し、国民に情報開示し、早急にそして適切に問題点を是正しなければならない。

 もしもそれを行わず、杜撰な放射線管理がなされているのを知りながら、「見て見ぬフリ」をして、それを放置しているのであれば、それは国が作業員たちの「人権」を認めていないということに、他ならない。

 これは、明らかに憲法違反だ。
 もしもこれらが「放置」されているならばそれは、「国家的犯罪」と言わざるを得ない。

 さらに、原子力安全委員会・緊急技術助言組織は、大量被曝の危険性がある作業員に対しての事前の造血幹細胞採取について、以下の見解を示し、その必要性を否定した。
『造血幹細胞の事前採取については、作業従事者にさらなる精神的、身体的負担をかけるという問題があり、また関連国際機関等においても未だ合意がなく、国民にも十分な理解が得られてはおりません。このため、現時点での復旧作業従事者の造血幹細胞の採取は、必要ないと考えます』

 一見、作業員の精神的、身体的負担についての配慮を窺わせる文体だが、いったいどのような「負担」がかかるというのか、これではまったく分からない。そしてその「負担」というのは、現場で作業を行っている作業員の方々が、今現在味わっている「負担」、そして今後味わうかもしれない「負担」と比べて、著しく大きい「負担」といえるものなのであろうか?

 そしてこの見解は、大量被曝のために準備し得る施策についての、作業員の自由意思による選択肢さえも制限しかねない見解と言えるのではなかろうか。
 これを行なうか行わないかの決定権は、本来、作業員の方々にあるのではなかろうか?

 「大量被曝の危険性がないのだから、造血幹細胞採取という『負担』を作業員にワザワザ負わせる必要性はない」と言いたいのかもしれない。
 しかし、線量計の管理も杜撰、被曝線量上限値も変更、そして「現場で線量について語るのはタブー」という作業員の証言の存在からは、「大量被曝」はむしろ既に発生しているのではないか、と案じずにはいられない。

 放射性物質には、何の匂いも色も味もない。
 その放射性物質が多量に漂う事故現場で働く作業員たちの、姿も動きも声も叫びも、ほとんどわれわれは目にしない。
 テレビだけを見ていれば、ややもすると「人格」のない「使い捨てロボット」が作業し続けているのではないか、と錯覚してしまうほどだ。

 国は、はたしてこれら作業員の方々の「顔」や「名前」をすべて把握しているのだろうか?
 国は、はたしてこれら作業員の方々を、本当に守るつもりはあるのだろうか?

 前稿で私は、『「英雄」ではない「被害者」である原発事故作業員に、生涯にわたって医療補償を』と書いた。
 しかし、私の考えは甘かった。

 医療補償がなされる以前に、彼らは現在、「人権」すら認められていなかったのだ。
 国は、彼ら作業員の方々を「英雄」などと思ってはいない。それどころか、彼らの人格や人権が著しく蹂躙されて続けていることを放置し「見て見ぬフリ」をしているのだ。

 多量の放射性物質を含んだ汚染水を海に放水し続けるだけでなく、このような「人権蹂躙」を放置し続けていれば、日本は先進国として、やがて海外から著しく非難され、次第に孤立していくことになるだろう。

 国民としても、このような「国を守ろうとしている作業員を守ろうとしない国」に対して、何も声をあげることをしないならば、それはこの国が世界から孤立していくのに加担する行為に他ならない、と言えるだろう。

 今こそ、作業員の人権を守るための国民的議論の高まりを、強く訴えたい。

 最後に、日本国憲法を供覧する。
 これらひとつひとつを、今、じっくりと噛みしめるときではないだろうか。

日本国憲法

第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第十八条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

木村 知(きむら とも)
有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役
AFP(日本FP協会認定)
医学博士
1968年カナダ国オタワ生まれ。大学病院で一般消化器外科医として診療しつつクリニカルパスなど医療現場でのクオリティマネージメントにつき研究中、2004年大学側の意向を受け退職。以後、「総合臨床医」として「年中無休クリニック」を中心に地域医療に携わるかたわら、看護師向け書籍の監修など執筆活動を行う。AFP認定者として医療現場でのミクロな視点から医療経済についても研究中。著書に「医者とラーメン屋-『本当に満足できる病院』の新常識」(文芸社)。きむらともTwitter:
https://twitter.com/kimuratomo

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