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DK2SC Hartmut その2 

昨日は、往復600kmのドライブを終えて、自宅に戻ると午後10時近く、テレビの前で転寝をしてしまった。今夜はゆっくり出来るかと思いきや、嘔吐の患児の親から二度ほど電話があり、致し方なく仕事場に出てきた。現在、点滴中。仙台の病院に入院中の母親は、かなり危ないと言われたが、少し持ち直して、医師が聴診を終えると、栃木訛りで「按配はいいんかい?」と尋ねていると、付き添っている姉が知らせてきた。でも、いつ急変があってもおかしくない。

さて、患児の点滴が終わらぬうちに、昨日の続きを・・・

Hartmutが、ヨットに乗り、世界旅行をする希望を持っていることは、彼がルワンダからドイツに戻って下さった手紙で知っていた。それは1990年代初めのことだったろうか。その後、無線でも、手紙でも音信普通になってしまっていた。

彼は、確かに、2001年にドイツを出港し、世界一周の船旅に就いたのだった。ところが、ギリシャに寄港していたときに、脳出血を患ってしまったのだ。ドイツに空路戻り、治療を受け、その後リハをする日々を過ごされたらしい。彼は左利きで、右半身の麻痺だったようなので、言語障害は免れたのだろう。リハのおかげで、多少は歩くこともできるようになったらしい。パドルは、左手なので自由に使えるようだ。その後、無線にもカムバックしたのだが、つい数日前まで3.5メガばかりに出ていた、14メガのダイポールを上げて、早々に私の信号を見つけたと嬉しそうに語ってくれた。

彼の愛娘も、二児の母親になり、ハンブルグで生活をしているとのこと。残念ながら無線は止めてしまった様子。息子さんにも、孫娘が生まれたばかり。67歳のお爺さんになってしまったと言って笑っていた。暖かくなったら、自宅にタワーをあげて、ビームを載せる積りだと仰っていた。

時々キーイングでつっかえると、彼は恐縮されるのだが、昔の悠揚相迫らざるキーイングは、そのままであった。英語の表現にも詰まることがあって、それも大分気にされていたようだった。きっと脳卒中を患ったことで、神経質になっておられるのかもしれない。

というわけで、20年ぶりの再会をまた経験することが出来た。一度は、自分のコールを9X5HGと打って、おどけて見せてくれたが、DK2SCというコールも記憶のなかに強烈に刻み付けられたコールだった。これで、しばしば彼とも会うことができるようになることだろう。

というところで、点滴は終わり。地震も一つやってきた。そろそろ帰ることにしよう・・・。

コメント

9X5HG

はじめましてJM2LEI長濱と申します。
ブログを時々拝読させていただいています。
9X5HG Hartmutさんですが、ご本人と娘さんの写真を持っています。
髭の長いポパイ?似のおじさまと笑顔のGisaさんが写っています。

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