FC2ブログ

原子力村の外にいる研究者達 

私自身、福島原発事故が起きるまでは、原発に対して胡散臭さを感じつつも、脱原発へ向けての行動を殆どしてこなかった。原発の安全性を宣伝する新聞広告を見て、そんなに安全なら広告など出さなくても良いのではないかと呟いて、斜に構えていたくらいだったか・・・。

でも、学生時代(工業高専の時代)の夏休みだったろうか、原爆反対のデモに参加した記憶がある。原水協だったか、他の団体だったか、忘れてしまった。どういう経緯でそれに参加したのかも思い出せない。でも、日差しの強い通りを、シュプレヒコールを上げながら黙々と歩いた記憶がある。親も原爆に対して危機感を強く持っていたので、それに影響されたのだったろうか。その後、医学部に進み、医師としての研修を積むうちに、そうした危機感は薄れていってしまった。

だが、原子力は、平和利用であっても、地球を汚染し、我々の遺伝子に危害を加え、世代を超えて障害を及ぼす危険性を持っている。下記の雑誌記事にある京大の研究者が言っているように、機械は必ず壊れるものだ。そして、原子力は、一旦コントロールが不可能になると、その後技術的に対処できなくなる。地震・津波の多発するわが国で、エネルギー源として原子力は不適当だ。多大な被害を生じつつある福島原発事故の教訓は、それしかない。

原発を推進してきた研究者達の責任は重い。福島原発事故の起きた当初、NHKにしょっちゅう出ていた、東大の関村氏は、「原子炉は停止しているから大丈夫、炉心が露出しているが、冷却水を増やせば大丈夫」と繰り返していた。もうあの時点で、核燃料棒の溶融は確実に起きていた。その後、事態が悪化の一途を辿ると、彼はNHKには出なくなった。そうした「御用学者」が沢山いる。原子力研究者は、本質的に「御用学者」にならないと、生活できなかったのかもしれないが、この事態になってダンマリを決め込むのは許されない。

京大の原子力研究所には、六人の脱原発を説く研究者が、かって所属、また二名は現に今も所属しているようだ。現在スタッフで残っている方々は、定年直前なのに身分が助教のまま。自らの信念を貫き通した研究者としての人生だったのだろう。彼等へのインタビュー記事、こちら。マスコミは、今も、「原子力村」の影響を強く受けている。原子力の権益にしがみつき、経済力で反対するものを潰す勢力が、まだまだ居座っている。

原子力村の外にいて、原子力依存をやめることを提言している研究者の言葉に耳を傾ける必要がある。国の安全を確保できるかどうかは、国民自身にかかっている。

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://nuttycellist.blog77.fc2.com/tb.php/2104-35c0b02c