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行政に見られる原発危機管理能力の欠如 

直近のasahi.comによると、米国当局が、日本の原子炉の対テロ対策が生ぬるいと数年前から繰り返し指摘していたらしい。対テロの緊張を高めておいて、その一方でそうした指摘をすることもどんなものかなと思わぬでもないが、行政と業界の危機管理意識の低さを示しているのだろう。

また、原子炉は、一箇所に数基建設されていることが多いが、事故のおきる想定は、一地区で一基だけになっていたらしい。東電福島第一原発事故のように、数基が一遍に事故を起こす可能性の方が高い。また、以前にも記したが、危機想定範囲(EPZ)は、半径10kmの範囲に限定されていた。それに基づいて、避難訓練等が行われていた。東電福島第一原発事故のような、爆発事故ではなく、放射能の漏洩程度を想定していたに過ぎない。これ以外にも、危機管理の杜撰さを挙げだしたらきりがない。

原子力政策の導入は、政治が決めたが、その策定、運営は、行政が行ってきたのだろう。行政は、原子力が安全であるというプロパガンダに自らを納得させたのだろう。さらに、前例を踏襲する行政独特の手法によって、危機の所在から目を背けてきたこともあるのではなかろうか。これまでの行政の危機管理の内容を、徹底して反省する必要がある。

この行政の危機管理能力のなさは、国レベルだけではない。地方自治体も同様だ。東電福島第一原発のある双葉町の町長は、事故発生後、原発を廃炉にされては困るとインタビューで応えていた(今も、同じ考えなのか是非伺いたい)。恐らく、町の予算のかなりの部分、それに就業先が原発によって生まれているためだったのだろう。でも、放射能汚染の積算量の実測図をみると、双葉町という町自体が存亡の危機にあるのだ。町の予算も、仕事先も、町が存続しての話なのではないか。

同じことが、浜岡原発を有する、御前崎市でもあった。同市長は、浜岡原発が停められると、交付金が下りなくなり、4000名の仕事の場が失われるとして、浜岡原発停止に異を唱えた。しかし、浜岡原発は、ご承知の通り、近い将来ほぼ確実に起きる東海地震の震源域真上にあり、一度地震が起きると、地震・津波によって相当程度の被害が予想される。これは、長い間指摘されてきたことだ。その危機が迫っていることに目が向かない行政の姿がここにもある。

原発は、一旦事故が起きると、それをコントロールする手段が、我々にはない。長い間人々を苦しめ続ける。双葉町や、その近傍の地域は、長い期間(恐らく十年単位で)人の住めぬ場所になる。さらに、汚染放射能は、周囲に拡散し続け、人々に内部被曝をもたらす。その犠牲になるのは、子ども達、それにこれから生まれてくる子ども達だ。現在、発電が原子力に頼っている部分が大きい。すぐに脱原発を実現できないかもしれないが、リスクの大きさ、切迫を考慮して、原発を一つ一つ減らしてゆくことを考えなければならないと切実に思う。

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