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Ron K5XK、Stan K5AS 

最近、夕方から夜にかけて、7メガが北米に開けているのに、北米の局が余り聞こえない。昔は、夜更かしをしたり、夜中に起きだした年配のハムが、なんやかやと7メガに出没し、ラグチューの相手をしてくれたものだ。そのような方々が、無線の現役を引退してしまったのだろうか。

14メガは、夜間それに朝にも北米に開けることが多い。北米全体が目の前に開ける様は、丁度万華鏡を観るような気持ちにさせてくれる。あちらは、午後のお茶の時間か。CONDXが良いと、次々に声をかけてくれる。今朝も、朝6時から1時間程度、様々な友人達と声を交わした。

しばらくぶりにRon K5XKの声(キーイング)を聞いた。もうすぐ、ドイツで医師をなさっている息子さんのところに旅行にでかける様子。以前にも、このブログで彼のことは記した。1980年代からの付き合いになる。ドイツには予め小さな無線機を送ったので、あちらから交信したいものだと言っていた。

共通の旧い友人、Stan K5ASのことを尋ねると、昨年10月に逝去されたことを教えてくれた。Stanは、1980年代から1990年代にかけて、しばしば相手をして頂いた方だった。私の当初のアンテナは、某医大のレジデントハウスの屋上に上げた、14AVQ。米国中部のアーカンソーまで私の信号が飛び、そこに在住のStanと話しができるのは新鮮な驚きだった。

彼の奥様がアルツハイマーのために長期療養され、その世話をなさっていた。奥様が亡くなると、友人と連れ立って、近隣の大学で様々な勉強を続けておられた。何時も色々なことに興味を持っておられた。解剖学や、心理学の授業も聴講なさっておられた。でも、晩年は病との闘いの時でもあったらしい。RonがStanと会うたびに、私のことを話題にされていたと伺い、ほろっとさせられた。下記は、Ronがメールで送ってよこした、Stanの晩年の様子だ。Stanが介護施設に入所してから、一度だけメールを差し上げたことがあったが、もっと交流を続けていればよかった。Stanは、厳しい状況でも何時も明るく積極的に生き続けた方だった。

合掌・・・。

Our mutual friend Stan, K5AS, became an SK in October, 2010.
Stan was a wonderful friend and we always talked about you
until the very end. His mind was very keen until his death,
but his body suffered from diabetes and peripheral neuropathy,
which led to the amputation of both legs several years ago.
But he continued to be very mobile, driving his specially
equipped wheelchair, automobile (modified for handicapped ]
driver), and he drove himself to ham club meetings. But,
despite many efforts, he refused offers of help to put up
small "stealth" antennas at his retirement home. After
enjoying two 75' towers and monoband yagis for many years,
he realized that his DXing days were over.

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