FC2ブログ

ありがたい友情 

先日、当地が震源地となった地震があった。震度5弱だったか、さほどの揺れではなかったが、薄気味悪い振動が長時間続いた。その直後、携帯に信州のUさんからメールがあった。メルアドの交換などしていないのにと思ったら、ショートメールだった。実は、これまでこのメールの方法自体を知らなかった。地震を見舞って下さるメールだった。

Uさんとの初対面は、実に30数年前、私が大学オケで唯一トップを弾いた演奏会会場でだった。当時の郵便貯金ホールだったか・・・。演奏が無事終了しホッとしていたときに、舞台袖でバイオリンのKさんから紹介された。入部したいという希望を述べられ、さらにKさんと三名でピアノトリオをやらないかとお誘い下さったのだった。音楽を専門とするお二人から声を掛けて頂いたのは、天にも昇るほどに嬉しかった・・・実力がとても足りないと思ったが、「是非に」とお答えした。彼女は、まだ高校生から大学生になったばかり。色白で短髪のほっそりとした、こけしのような外見の女性で、某女子大の音楽科の1年生。私の所属していた学生オケに1年間ほど在籍したが、本業が忙しかったのか、彼女はオケから足が遠のいた。でも、大公トリオの全楽章を弾いたり、ブラームスの1番のソナタの伴奏をして頂いたり、互いに卒業する頃まで室内楽をご一緒させていただいた。

私が卒業後、すぐに結婚したこともあり、しばらく音信がなかったが、子供の出産のお祝いに、私達家族の住む当時の大学付属病院の寮に東京からおいで下さったことがあった。その後、大学院を終えた彼女も結婚、お子さんに恵まれ、基礎医学の研究者のご主人と米国に留学なさったようだった。故郷に戻った彼女は、演奏活動を続けておられた。彼女とは、それ以降10年以上年賀状のやり取りをするだけだった。年賀状の決まり文句は、「近いうちにまた室内楽を・・・」という言葉だった。

私が大学・病院勤務医を経て、開業したころ、時間が多少できたこともあり、またチェロを弾き始めた。腕は追いつかないのだが、無性に室内楽がしたくなり、思い出したのが彼女のピアノ。しっかりとした音楽を組み立てるのだが、タッチは柔らかく、落ち着いた歌を聞かせてくれる・・・また相手をして下さるかどうか尋ねたら、多忙な中、相手をして下さるとのこと。最初の練習を高田馬場でしたのだったと思う。同駅の改札口に登場したのは、10数年前と殆ど変らぬ容姿のUさんだった。「変わらないねぇ」と第一印象と言うと、にこにこしながら「もっと言って!」の返答。その時は、ブラームスの3番のトリオだったか、それともメントリ1番だったか・・・チェロが足を引っ張りながら、やはりオケの後輩のY君と楽しく練習した。気心の知れた者同士で弾く室内楽の楽しさは格別だ。

その後、お互い子育てや仕事に追われて、また間遠になってしまったが、数年前、安曇野のとあるホールを借りて、モーツァルトの20番の協奏曲の弦楽・フルートのみの伴奏に編曲された作品を1楽章だけ演奏したこともあった。カデンツァが鬼気迫るデモーニッシュなもので、弾きながらビックリしたのを記憶している。そのとき、メントリを後輩のM君とともに合わせた。

昨年秋に、松本市で彼女がバリトン歌手の方と「冬の旅」全曲演奏をなさる知らせを頂き、家内と聴きにでかけた。かろやかに、透明感のあるピアノが、歌にそっと寄り添っていたのが印象に残っている。

今回のメールのやり取りから、また合わせをお願いしたら、快諾を得ることができた。秋にもチェロを車に積んで、信州にでかけることに決めた。昔積み残した、ブラームスのソナタ1番か、エレジーか・・・昔と全然変わり映えしない私の腕で、伴奏をお願いするのが大いに恐縮なのだが、また優しく寄り添うように伴奏をしてくださるのだろう。室内楽は、楽器による対話・・・信州の秋の風のなかを車で走ることと併せて、大いに楽しみだ。

大学以来、人生の終盤にさしかかりつつある今まで、Uさんが変わりなく誠実にお付き合いくださることは文字通りありがたいこと、この交誼を大切にしてゆきたいと念願している。

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://nuttycellist.blog77.fc2.com/tb.php/2215-58c72fd6