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原発と官僚 

先に引用した「新版原子力の社会史」から得た、原発と官僚の関わりについての知識、備忘録的に記録しておく。

『1950年代、原発の開発導入が始まった頃から、科学技術庁と、通産省・電力会社連合という二元構造のもとに原発開発導入が進められてきた。科学技術庁が、技術開発を担当し、通産省・電力会社連合が、その商業化を進めるという棲み分けがなされてきた。

科学技術庁系のナショナルプロジェクトは、軒並み不振を極めた。核燃料再処理・ウラン濃縮・高レベル放射能廃棄物処分等のプロジェクトは、進展が遅れた(外国では、このような事業から撤退したところが多い)が、科学技術庁から、通産省・電力会社連合に引き継がれることになり、前者の事業はじり貧となっていった。

最終的に、1995年の高速増殖炉もんじゅ事故、1997年の東海再処理工場火災爆発事故と、それに対する動燃・科学技術庁の対応によって、彼らに対する国民の信頼は失墜し、2001年、科学技術庁は、時の内閣の行った省庁再編に伴い、文部省に吸収合併された。

科学技術庁は、総理府原子力委員会・原子力安全委員会の事務局を担当してきたが、両委員会は、内閣府直属となり、文部科学省にその機能は引き継がれることはなかった。さらに、両委員会の決定を、内閣総理大臣は十分の尊重しなければならないと法的に定められていたが、その条文が削除され、両者の法的権限は弱められた。

原子力行政の二元体制が機能していた間は、科学技術庁と、通産省・電力会社連合の間でチェックバランスがある程度機能していたが、2001年、この体制が消え、経済産業省が原子力行政を一手に引き受ける体制になると、そのチェックバランスが機能しなくなった。

2003年、経済産業省所轄の独立行政法人として、原子力安全基盤機構が設置され、原子力発電技術・検査等を担当する三つの財団法人の業務を一元的に担うことになった。この独法の理事の多くは、経済産業省出身者からなり、毎年200億円以上の交付金を国から受け取っている。

通産大臣の諮問機関であった、総合エネルギー調査会は、省庁再編にともない、経済産業大臣の諮問機関、総合資源エネルギー調査会となった。この組織は、商業原子力発電を含むエネルギー行政全般を所轄している。同調査会の策定するエネルギー基本計画には、それまで行われてきた原子力委員会への配慮義務がなくなり、その権限が強化された。同調査会の原子力政策のおける役割は重大である。法律の制定・改正の具体的方針が日々審議され、実施されている。実質的に同調査会を動かすのは、経済産業省の官僚である。

科学技術庁の解体は、原子力行政における変化を生まなかった。経済産業省の外局である、資源エネルギー庁が原子力利権勢力の代弁者として、その任に当たっているからだ。』

官僚の官僚による官僚のための原子力行政が、行われたきた、また行われ続けている状況が良くわかるではないか。

この官僚の在り方、構造は、原子力行政だけにとどまらない。医療についても、同じような状況がある。

戦前からの官僚機構が、終戦後、米軍統治のために温存された。日本経済が右肩上がりに上昇していた時期は、この機構がうまく作動していたのかもしれない。でも、現在、国の経済が沈滞し、さらに55年体制というリジッドな政治体制が崩壊した現在、この官僚機構では、国はうまく動かなくなっている。原発のように、国の存亡にかかわる事業については、これまでの官僚機構に担わせるのはあまりに危険だ。

原子力行政を端緒として、こうした官僚機構による日本社会の支配構造を改革しないと、この国に未来はないように思える。

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