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戦争責任について 

第二次世界大戦で亡くなった軍人を、靖国神社に祭る作業が、家族の承諾なしに行われ、行政がその膨大な事務作業をバックアップしたことを最近になって初めて知った。家族の承諾なしに、200数十万人の戦没者が、「英霊」として靖国神社に祭られている、という。

靖国神社に祭られることを忌避し、その祭祀は憲法の政教分離原則に反することを訴える訴訟が提起されてきたことはおぼろげに知っていた。国民の承諾なしに、その作業が続けられてきたこと、それを行政が援助してきたことを知り、そうした訴訟提訴に意味があると改めて思った。

近現代史を多少なりとも学ぶと、日本が、戦争責任の議論を中途半端にしか行っていないことに気付く。靖国神社は、国民を戦争に駆り立て、国民を「皇国」の軍人とした戦前の支配層が、軍人として亡くなった後も、彼らを国の管理下に置こうとする組織だ。宗教性を持たせることによって、国民を統合する力を与えようとしたのだろう。

あの戦争で亡くなった方々の内、どれだけの方が、靖国神社で神として祭られたいと思ったことだろうか。靖国神社が過去の戦争に果たした役割と責任を総括することを行わず、曖昧なまま、戦前の国民を動員する装置としての機能を持たせ続けてきたのではないだろうか。

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