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開業医の幸せ 

退職後初めてのフリーとなった今日、ゆっくり朝食をとり、コーヒー片手に21メガを覗いた。北米西海岸が開けているが、会話となるような交信を楽しんでいる局は少ない。でも、この自由に時間を過ごせる感覚は、本当に久しぶりだなと思いながら、ワッチをしたり、自分のほかのブログに書き込みをしたりして過ごした。昼前には、仕事場で新しいスタッフの面接があり、それに参加してほしいとの新院長の要請があり、結局仕事場に向かうことになる。

昨日は、新規開院した診療所での仕事だった。新診療所の最初の日に私で良いのかと思いつつ、大多数の患者は顔見知りだったが、すべて新患扱いで私の診療所時代のカルテをできるだけサマリーしつつ診療をした。数年分のカルテをサマリーするのは手間取る。院長室の片づけが済んでいなかったので、診療の合間に片付けを引き続き行った。

保存していた書類の間から、K君の喘息日誌が出てきた。以前勤めていた病院時代のもので、K君が、まだ乳児だったころの記録だ。22年くらい前のものだ。喘息という病気は、慢性の疾患であり、夜間・明け方に悪化したり、運動にともなって発作が出たりすることが多い。日常生活での症状、服薬状況の記録が、病状の把握・治療計画の策定にとても大切な情報となる。それで、喘息日誌をつけることを、親御さんにお願いするのだ。K君のその喘息日誌をざっと見直して、とても几帳面に記録されていることに驚いた。発作の有無だけではなく、様々な生活上の変化等を几帳面な字で克明に記録なさっている。服薬状況もありのままを記しているのが分かる。理想的な喘息日誌だ。何度か入院もしなければならなかったので、母上も必死の思いだったのだろう。

K君は、その後喘息に関しては寛解し、アレルギー性鼻炎の治療を時々行っていた。東京の大学に進学なさり、今春卒業し故郷に戻ってこられたようだ。K君の兄、母親自身にもアレルギー疾患があり、継続的にではなかったが、診療をさせ続けて頂いていた。診療所を閉院することになって初めて来院なさった母上に、閉院の予定を告げると、涙を浮かべて絶句なさった。私の診療所にかかっていなくても、前の通りを通り過ぎ、私の診療所の看板を見ると、ほっとした気持ちになっていたというのだ。そこまで頼りにしていてくださっていたのかと思うと、私の方こそありがたい、その気持ちを頂いて、医師として仕事をし続けてこられたのだと思うと、こころのなかで思った。

あれほど一生懸命子育てをなさり、途中いろいろと問題はあったのだが、お子さんを立派に育て上げられた母上には、教えられるところ大だ。私がお世話したところはそれほど多くはない。むしろ私の方こそお礼しなければならないと思っている。その後、閉院記念の品をもって改めてあいさつに来て下さった。

このような患者さん、そのご家族に恵まれ、医師としての道の大半を歩み終えることができたのは幸いなことだ。あの喘息日誌は、母上にお返しすることにしよう。

コメント

良いお話ですね。
私も「ほっ」となりました。

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