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人生の不思議 

KTちゃんは、近所の知り合いのお家のお嬢様だ。もう二十歳を過ぎたという。彼女と初めて会ったのは、もう20年近く前になる。それは普通のことではなかった。

当時、まだ近くの大学病院で仕事をしていたのだが、朝、出勤の準備をしていると、彼女のお母様から悲痛な叫び声のような電話が入った。KTちゃんが、お風呂の湯の張ってある湯船に落ちてしまった、すぐ来てほしいということだった。大急ぎで彼女のお宅に向かった。数分以内に着いたのだったと思う。畳の間に蒼白になったKTちゃんが横たわっていた。心拍はあったが、呼吸が見られない、または弱くなっていたのだったと思う。蘇生をし、救急車で仕事先に向かった。結局、低酸素脳症で軽い脳性まひ様の症状が残った。精神運動面での発達も、普通のお子さんよりは遅れた。が、お母様が頑張って中学まで普通学級へ通学させたのだった。

今夕、彼女のお母様からまた自宅に電話があった。何年ぶりだろうか。私の元の職場に電話したら、私がリタイアしたことを知らされた、とのことだった。KTちゃんが、急に咳をし始め止まらなくなってしまったとのこと。私が非常勤で仕事をしている、私の元の職場に電話を入れ、そこの先生に承諾を得て、そこでKTちゃんを診させて頂いた。喘息のようだ。吸入でかなり改善。お話をお母様から伺うと、KTちゃんは現在作業場に通い、仕事をしているらしい。人と関わる仕事がしたいと、特殊な介護の資格も得たらしい。現在の仕事場でも、真面目に休まず仕事をするので、頼りにされている、とのこと。

久しぶりに会ったKTちゃんは、小柄で痩せていたが、きれいな目をした女性に成長していた。きいたところでは、音楽を愛し、ピアノの演奏もされる、とか。彼女の存在があったためだろうか、姉妹も医療関係に進んでいる様子。お母様も、介護の仕事をフルタイムでこなしている。以前から、思っていたのだが、彼女も、彼女の家族も、彼女がこうした障害を負ったことを何の負い目とも感じず、透明感のある明るさを感じさせる生き方をなさっておられる。彼女の負った生涯は、世間の目から見たら、大きな重荷なのかもしれないが(そして、実際生活の苦労は伴うのだろうが)、彼女とご家族は、そうは感じていない様子だ。その事実を静かに受け入れ、その上で、生かされていることを周囲に存在自体を通して示しているかのようだ。

人生の不思議を改めてみた思いがした。

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