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英語による電信での意思疎通 

電信での英文による交信に必要な知識・言語能力は、英語の読み書きであることは以前にも文献を示して、述べたことがあった。電信符号が、英語のアルファベットと一対一対応する記号体系であるから、電信固有の文法もなければ、電信固有の語彙もない。

平均的な日本人は、高校・大学受験でかなりの読み書きの訓練を経てきているのに、なぜスムースに電信での意思疎通の世界に入れないのか。その疑問を最近づっと考え続けてきた。一つの理由は、社会人になると、英語の読み書きからぱったり離れてしまうからではないだろうか。学生時代から、英語の読み書きに接しないでも済んでしまうことが多い。わが国には、壮大な「翻訳社会・文化」があり、英語での読み書きをしなくても済んでしまうのだ。東南アジアでは、ちょっと専門的な勉強をしなければならなくなると、翻訳書がないために、原書にあたらなくてはならなくなる。で、あちらの方々は、英語の読み書きに堪能にならざるをえない、という状況らしい。勿論、欧米の学術書が必ずしもベストというわけではないが、学術書・専門の論文は英語でかかれていることが多い。「翻訳社会・文化」にあたかも守られている我々は、言い方を変えると、スポイルされているとも言えるのかもしれない。

もう一点、上記の事柄にも関係するのだが、「英語で考える」ことに近づく訓練を殆ど受けていないことも挙げられる。本当は、ネーティブのように英語で考えること自体ができると、良いのだが、母国語の言語体系が頭の中に堅固に構築されてしまった成人では、それは無理なことのようだ。母国語の「呪い」というらしい。で、次善の策としては、英語で考えることにできるだけ近づくことが考えられる。文法等は、やはりまず日本語で構成することになるが、語彙や、表現に用いる定型的な連語・構文は、外国語としてではなく「そのまま」の形で自由に使えるようになることが必要なのだ。自由に使えるとは、間髪を入れずに、瞬時に置き換えられるということだ。学校での教育ではこうした訓練はまずない。これは、自覚的に訓練しなければならないのだろう。

もう一つ、所謂英会話は、電信での意思疎通には、あまり寄与しない。電信での会話は、あくまで「読み書き」がベースとなる。それほど難しくない英文を速読する能力と、英文の手紙で言わんとするところを、短時間に記すことができる能力が必要になるように思える。

私も、「英語で考える」こと自体は無理だが、それに近づける、またはそれに近い「読み書き能力」が身に着くように、少しずつ努力してゆきたいと思っている。日本の「翻訳文化」は、国の発展に寄与した側面もあるだろうが、副作用も結構あったのではないだろうか。それは国民をスポイルし、国際社会で活躍する条件を国民から奪ってしまいかねない、のだ。

コメント

90年代の初めに学校をでて、はじめてアメリカに住んでいて、たまたま帰国して友達とあっている日本語が出てこないことがありました。今でもそうなのですが、日本語にはしっくりとその概念を説明する言葉がなくて、英語にはあった場合には英語になってしまいます。思考を行う場合に自分は何語で考えているのかと問題を考えたことがあります。
日常生活ではなくて、物理の問題について思考する場合です。物理は物理でかんがえて、それを人に説明する場合に日本語だの英語だの自然言語に翻訳しているだけだと思っています。自分にとって英語は日本語に比べて翻訳する際に、語彙数の違いから不便なこともありますが、特にどちらでも同じだと思っています。

Re: タイトルなし

bilingualの問題については、fMRIを用いた研究が大分されているようです。native同様にbilingualになるには、やはり年齢の壁があったかと思います(自分では経験できない世界なのですが、ね。)NRI氏の場合は、英語そのもので考えるというところに到達しているのでしょうか?だとすると、言語学、機能的大脳生理学的には、かなり稀有なケースでしょうね。

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