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Nifty Serveの思い出 

今から12、13年前のこと、ようやくパソコンを自宅に導入し、まずはパソコン通信に参加をしてみようと考えた。今から考えると、当時のWindows95機は、かなりいい加減で、アクセスがなかなかできない。できたとしても、すぐにフリーズする、といった体たらくだった。Win98になると、大分安定し、パソコン通信にも確実にアクセスできるようになった。

パソコン通信の大手は、Nifty Serveで、パソコンを購入すると、すでにニフティ用のソフトが入れられていた。パソコン通信を始めて、まず覗いたのが、FCLAというクラシックのフォーラム。それに、アマチュア無線のFHAM(だったか)というフォーラムだった。FCLAは、参加者のレベルが高く、なかなかついて行けなかったが、それでもオフ会等にも顔をだした。横浜の青葉台でオフ会があり、厚顔破廉恥にも、フォーレのエレジーを抱えて、乗り込んでいった記憶がある。まだチェロにカムバックして間もないころで、大分酷い演奏をしたようなおぼろげな記憶・・・。同オフ会の面々は玄人跣の方々ばかりで、難曲の室内楽をいとも簡単に、そして表情豊かに演奏されるので圧倒された。その後、大学時代の友人・後輩に声をかけ、さらに娘のバイオリン教室での姉弟子にあたる方にお願いし、いろいろな室内楽を演奏した。信州のUさんにもはるばる上京してお相手いただいたのもこのころだった。チェロのリハビリをもう少し前から始め、きちんと練習していればと思うこともあったが、充実した日々を送らせて頂いたものだ。FCLAの灯が消えたのは残念なことだった。

FHAMでは、当時、CQ誌等にCWの入門記事を書いておられた方が、常連の発言者としていらっしゃった。彼が、筆記受信を続けていれば、その内、CWが上手になるという自説を、雑誌上と同じくフォーラム上でも繰り返しておられたので、それにパクリとかみついた(笑。変なのが突然現れて、自分と全く異なる意見を述べ始めるので、びっくりされたことだろう。最初は、私が変り者と観られていたが、徐々に暗記受信の信奉者が増えて行ったように記憶している。テキストベースで議論してもかみ合わないことが多かったのだったが・・・。筆記受信派は、結局、プロとして一字一句を正確に受信するように教育を受けてきたのに対して、アマチュア無線ではコミュニケーションが主要な目的になるので暗記受信が勧められるというのが我々暗記受信派の考えであった。その根本的な違いを、いくら議論しても乗り越えることは難しかったようが気がする。電信党なる私設政党もあり、党首のKさん等ともいろいろ議論したりしたものだった。当時は、私もテキストベースの議論に慣れていなくて、ついカッカして、感情的な対応をしてしまったような気がする。でも、議論したことで、自分の考えを整理できたと思うし、暗記受信という発想自体が日本のアマチュア無線界にはそれまでなかったのではないかと、手前味噌になるが、今でも思っている。

やがて、パソコン通信は、インターネットに押されて、利用されることも少なくなり、10年前後前に姿を消したのだった。私も、そのちょっと前からインターネットに居場所を変えてしまった。パソコン通信は、通信速度も遅く(これは回線の遅さもあったが)、まるっきりのテキストベースのやり取りなので、いわばセピア色の映画みたいなものだが、確実に人生の一時期と同期した世界だった。

Nifty Serve開始後25周年を記念して、同サービス(と同じもの)が、ネット上で1年間だけ利用できるようだ。こちら。発言はTwitterを介してでないとできないので、私は発言する積りはないが、同サービス経験者の方は、一度覗いてみるのも良いかもしれない。

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