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北米西海岸への旅 (3) 

7月28日、早朝に起き出す。ロビーと同じ階にあるレストランで朝食。バイキング形式。Tommyと一緒になり、同席。彼の家を訪れたのが、1984年だったろうか。彼の母上は、足に不自由があるらしいが、90歳を越えて、知的にはしっかりしているとのことだった。兄上家族と、私たちが訪れた、サンアンドレアスで平和に過ごしておられるらしい。彼の日常のこと・ご家族のことなどを伺う。彼は以前ほどは無線にactiveではないように思えたが、DXとWARCバンドという私のあまりかかわらない領域で楽しんでいる様子だ。以前、複数エレメントの多バンドクワッドが、風で落ちてしまい、一瞬のうちに、目の前で6000ドルがパーになったとのこと。そのショックは忘れられない、PTSDだと言っていた。

その後、ホテル周辺を散歩。以前に記したとおり、きれいに手入れされている。針葉樹と広葉樹の街路樹が、道の両側に植えられ、歩道の一部には西洋芝が植えられている。ブロックの一部が意図的にかどうか、自然のブッシュになっており、自生のラズベリーがたくさん生えていた。途中で、John W7FUと一緒になる。彼は精神科医。現在は、行政的な仕事に携わっている(携わっていた?)らしいが、臨床についても詳しい。現在のアメリカ人のなかでは珍しくリベラルな考えの持ち主のようだった。米国の精神科医療についても、持たざる者への配慮が足りないという趣旨のことを仰っていた。ワシントン大学で疫学の研究をし、大学病院と自分の働く医療機関療法で診療していたらしい。とても気さくで、日本に来て、自転車旅行をしてみたいと仰っていた。

メイン会場に入ると朝食を終えた人々が集い、あちこちで談笑の輪ができている。Dave K6XGに、リコーダーを持参したことを確認し、主催者に彼の演奏を皆に聞かせたらと話した。最初、もっと小さい場所の方が良い等と少し躊躇する様子だったが、アナウンスされて、皆が彼を注目。彼は、最近入手したという木製の美しいソプラノリコーダーと、ipadと思しき電子機器を取り出し、目の前に据えた。ipadにはフットスイッチが付けられており、譜めくりを足でやるのだそうだ。バッハ等の作品をいくつか演奏。ブロックフレーテ特有のぬくもりのある音。高音域が音ができらなくて、その半分の周波数の音が混じってしまうこともあったが、それは上がっていたためだと後で伺った。演奏終了すると、やんやの喝采。次は私にチェロを持ってくるようにと二三人の方から言われた。持ってくるのは無理だから、どこかでレンタルしてもらえば・・・。Daveには、ヘンデルの作品一のソナタはどうだろうと、言っておいた。

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昼食会は、Bill W7GKF邸。Alan AC2Kに再び同乗させて頂いた。Bellevueから北に20分程度車を走らせた、木々に囲まれた静かな場所に彼の家があった。美しい芝が前庭になっており、瀟洒な家が目の前に現れた。豊かな米国の一端を観る思いだ。

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家のなかも、我々の感覚からすると生活感を欠くように思えるほどに、美しく整えられている。入口の脇の小部屋には、明るい茶色に輝くピアノが置かれていた。ダイニングルームには様々な食べ物が並べられ、庭には、二三の丸いテーブルを囲むように椅子がたくさん置かれていた。すでに多くの方が集い、話に華を咲かせている。庭は、家側に芝生が配置され、その奥には、30mはあろうかと思われる木がたくさんあった。redwood treeだったかもしれないが、訊きそびれた。彼は、ワイアーアンテナを、これらの木々に括り付けて無線をしているらしい。所々に、それらのワイアーの端が見えるが、アンテナファームになっているようには見えない。木々のなかを、小川が流れていた。小川で土地が湿り、それが良いグラウンド効果を生んでいるのかも・・・いずれにしろ、彼の信号はJAにとびきり強く入ってくる。彼は、ラグチュワーであると同時にコンテスターでもあり、JIDXC等では良い成績を残しているらしい。彼の奥様のAnnによると、今でもコンテストのために徹夜するとのこと・・・。

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後ろ向きの黒い衣装の女性は、Red K5ALUの奥様のLinda、時計回りにRed自身、Tommy W6IJ、Bruce K6ZB、最後の白髪の方は失念>Marv N5AWだった、ご本人からの指摘で判明。 

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左が、AC2K、右がJim KF7E・・・どうも同じメンバーばかり撮ってきてしまった。ここで話をした方で印象に残ったのは、Cliff K6KIIと、Rick N6XI。Cliffは、1960年代からしばしばDXシーンでコールを聞いてきた人物である。この数年来、彼がFOCに入ってから「普通の交信」を多くするようになってきた。様々なセンサーを設計し製造する会社を、他の方と共同で経営し、さらにエンジニアとして仕事をしてきた様子だ。70歳を超え、仕事好きを自称している彼も、年内にはリタイアする心づもりをしたらしい。無線以外では釣りと、ハイキングをなさる様子。キャンプ道具を担いで、山道を歩くらしいので本格的なハイカーだ。御子息は、コロラドで血液内科の医師をなさっているとのこと。しばしば、家族で一緒に行事をなさる様子だ。

Rickは、これまであまり交信をしたことがない部類に入る方だが、ここシアトルにやって来る直前に、彼の自家用機でベイエリア観光はどうかと言ってくださった方(と言う話はすでに記した)。まだ50歳前後に思える。40歳台前半で余裕のリタイアをしたらしい。MITのご出身で、高名な言語学者チョムスキーのことも知っている、とのことだった。米国の医療制度についてはオバマの改革をある程度評価するという立場のようだった(少なくとも、裕福な方でこうした考えの持ち主は珍しい)。Bob W6CYXを初めとするサンノゼ周辺のハムと火曜日に昼食会を毎週開いており、そこでBobの強烈な保守主義の「講義」を聞くこともある、と笑顔で語っていた。彼には、あとで大いにお世話になることになる・・・。

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手前のテーブルに座る黒いジャンパーを羽織る男性は、Vic W9RGB。文学畑から、コンピューターサイエンスに専門を替え、長い間、イリノイのPurdue大学で大学内のシステムを動かすソフトウエアを開発・運用なさってきた方である。オバマが大統領候補だったころ、オバマを支持するという点で、互いに意見が一致して、それ以来、親しくさせて頂くようになった方だ。とてもactiveで、FOC内で一年間で部員同士の交信局数を争う「コンテスト」では、ダントツのトップを走っている。Dave K6XGは、Vicの弟さん。Vicと共通する友人が私にはたくさんおり、来年のOrlandoでのFOCミーティングに改めて誘われた。少し人見知りされるようなところもあるが、いかにも人柄の良さそうな人物だ。

奥のテーブル、小さくしか写っていないが、一番奥の人物が、Chris、同じく親しくさせて頂いているDick K4XUの奥様。Dickが、日頃、自分のボスと呼ぶ人物である。近くの博物館で学芸員の仕事をなさっているとか。いつも無線で噂を伺っているChrisのような方に初めてお目にかかるのも楽しい。

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同日午後は、多くの参加者が、Boeingの工場見学に出かけたのだが、私はキャンセルした。1967年来の親しい友人、Kemp K7UQHが、Bellinghamというワシントン州北端の町から、2時間以上かけてはるばる訪ねてくださるからである。何度か彼については記してきたが、1960年代からの数少ない友人のお一人である。Kempは、奥様のJunkoさんと愛犬Luckyとともに、颯爽とメイン会場に現れた。30年以上前に頂いた写真と比べると、さすがに白髪は増え、痩せていたが、それでも元気そのもの、何時も笑顔を絶やさず、初めてお目にかかることを喜んでくださった。彼の若かりし頃、無線を始めたころのこと、radio operatorとして、LNG運搬船に乗り仕事をしていたころのこと等々、持参してくださった写真を眺めながらお話を伺った。母上も無線をなさっていたそうだ。コリンズのSライン等、当時としては高価な無線機をお持ちだったようだ。我々のElmerのお一人、Ed K6NBの貴重な写真のコピーも持ってきてくださった。その内、そうした古い写真類に興味を抱いた他の参加者が話に加わってきた。無線仲間は仲良くなるのに時間がかからない。奥様のJunkoさんとは、無線で知り合った仲とのこと。Junkoさんは、北海道出身である。とてもしとやかそうな方だった。私が料理を多少すると聞くと、それをKempに何度となく言っていたが、Kempは聞く耳を持たず 笑。一頃、無線への情熱がうせてしまったのではないかと思えた彼だったが、このところ、ビッグバンドでトロンボーンを吹くことに熱中している様子だ。車から7メガのCWに出ており、定期的に交信する仲間もいる由。またの再会を約束してお別れした。

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で、次はメインイベントの晩餐会になるのだが、いつ最後までたどり着くのか・・・個人的な思い出話ばかりでつまらないかも・・・それでも続く。

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