FC2ブログ

北米西海岸への旅 (7) 

Terranea Resort滞在二日目に買い物にでかけることにした。ホテルのConciergeにちょっと意地悪されて(と、当人は思っているのだが・・・笑)、LAのダウンタウンに出かけるために手配を頼んだタクシーが何時まで待っても来ず、少し気色ばんでどうなっているのか別なConciergeに尋ねると、買い物だったら、Palos Verdesのショッピングモールまでシャトルを出してくれるとのこと。で、腹を立てていたのはどこへやら、その話にのることにした。Palos Verdesは、地図を見てくださると分かるが、北西にせり出した小さな半島になっている。その頂き近くに、そのショッピングモールがあった。シャトルバスの乗客は我々だけ。どれくらいで着くのかと運転手に尋ねたことから、彼にいろいろと話を伺うことになった。彼は、リタイアしてこの町に住む、英国出身の方だった。このホテルの由来は、前に書いた通りである。Palos Verdesは、リゾート地として評判が良く、地価は下がっていない(または、一時下がったが、すでに横ばいになっている)とのことだった。お子さん達も独立し、ご夫婦で生活なさっている様子だ。Conciergeとの一件を話すと、それは良くない、Conciergeは客のためにあるのだからね、と言ってくださった。


ショッピングモールは、地元の方が主に利用する商店街らしく、旅行客と思しき人々は見かけない。かんかん照りだったが、木陰に入ると、心地よいそよ風が吹き抜ける。お客は、そこそこの入りだったが、中庭ないし中通りはこんな状態。またしても、メキシコ料理とビールを頂き、幾つか店を見て回った。私は本屋に入ったが、エンターテインメント系や、伝記、さらには政治家の宣伝のためと思われる本しかなかった。帰りは、ホテルに電話すると、すぐに同じ運転手が車を走らせてきてくれた。

200-1.jpg


前後するが、こちらに来た翌日、お昼近く、Steveが迎えに来てくださった。前夜の失態を説明し、お詫びした。車で30分ほどのところにある彼の家に向かう。ちょうど、Jim W6YAが到着したところだった。Jimとは、1980年代から数え切れぬほど交信させて頂いている。Steveの家は、土地こそ広くないが、大きく豪華な家だった。まだ建てて数年か10年程度しか経っていないのではないだろうか。写真を撮り忘れたが、庭の一画に30m近くまで伸びるクランクアップタワーがあり、そこに、7メガのリニアーローディングタイプの3エレ、それに3エレだったと思うがSteppirが載っていた。この市街地でよくぞ許可が下りたものだ。申請から2年かかったとSteveは言っていた。

Steveと奥様のLinda。奥様はもう少しふっくらなさっている方を想像していたが、ご覧のとおりのスレンダーな美人。Steveの自慢の奥様なのだろう。ここではアップしないが、次女のHannahと飼い犬のSadeeも出迎えてくださった。あっ、Sadeeは後ろ半身だけ写っている。この犬を観た途端、ダイエットが必要ではないかと失礼なことを口にしてしまったが、そんなことはないというような返事であった。人懐っこい犬である。バナナでも何でも人の食べるものは食べるらしいので、やはりカロリー過剰じゃないの・・・・?。

180-1.jpg


DXとラグチュー界の輝ける星、Jim W6YA。Steveも40数年来の無線での付き合いらしかったが、直接会うのはこれが最初とのことだった。Jimは、もう70歳を過ぎているが、歯科医の仕事を週に三日まだ続けておられる。あと4年間は続けると仰っていた。専ら仕事が楽しいので続けるのだとか・・・。最近、お嬢様が日系三世の方と結婚したことを、ことのほか喜んでいた。

165-1.jpg


Steveのシャック。IC7800が愛用機。オペレート席に座らせて頂き、ちょうどZL2IFBと交信を終えたJohn K1JDをコールした。Johnは、最近東海岸のRhode IslからNew Mexに越してきたばかり。彼が引っ越してから、私が自宅にいるときに何度か呼んでもらったのだが、彼の信号が弱くてラグチューにならなかった。NW FOC EVENTに参加した帰りにSteve宅に寄らせて頂いていることなどを話をした。彼は、近いうちにタワーを上げる予定だそうで、そうすればJAでも強い信号を期待できることだろう。知人宅に来て無線ばかりしていてもなんなので、早々に切り上げて、地下のシャックから上に上がった。

170-1.jpg


Steveは、知る人ぞ知る電鍵の収集家。シャックの壁に何段もの収納庫があり、そこにありとあらゆる電鍵が飾られていた。古いバグキーなども多い。これは運用テーブルに乗っていた四種。左から、Chevron、Begali single lever, WBL(?) そしてMercury。彼は最近Begaliを愛用しているとのこと。

174-1.jpg


上でお茶とLindaお手製のチョコクッキーを頂いた。美味しいクッキー。お土産に袋にいれたものを頂く。しばらくして隣町の桟橋近くにある海鮮料理の店に移動、そこで夕食を頂いた。ここでも、Steve、Jimの健啖家ぶりに驚かされた。馬鹿でかい皿一杯の蟹やロブスターをペロリと平らげる。Lindaは、結婚と子育てのために学業を途中でやめてしまったのだった。Steveの援助のもと、彼女は最近大学に通い始め、あと一年でカウンセリングの修士号をとれるらしい。子供たちを、ホームスクールで自分で教育し育て上げた上でのことだから、立派なものだ。Steveは、飛行機に乗るのが嫌いらしいが、Lindaは旅行をするのも好きな様子。いつかどこかでまたお目にかかる機会があるに違いない。Jimは、James 9V1YCと定期的に交信している様子で、その話などを伺った。若いころにギターを習ったことがあり、最近教えてくれる友人がいて、習いだしたのだが、指が太くてだめだと諦めたとのこと。チェロには、その指のサイズが丁度良いよというと、まんざらでもない様子だった。また二年ごとにVisaliaのDXConventionに参加しているので、今度一緒に行こうと勧められた。DXかぁ・・・苦笑。窓から見える、太平洋の景色を眺めつつ、のんびりおしゃべりした時間もやがて過ぎ、Jimとはそこでお別れ。ホテルまでSteveご夫妻に送っていただいた。

185-1.jpg


最終日、8月3日、夢のように過ぎた一週間だったと話し合いながら、帰り支度。あのシートに揺られるのかと思って気が重たかったが、自宅に帰ることができるのはうれしかった。

カートで本館に荷物を運んでもらい、さてフロントでチェックアウトを、と思ったら、一人の黒人の運転手(Frank)がにこやかに近づいてきた。昨日、買い物に行くためにタクシーを拾おうとして、本館前に停車していた彼に声をかけたのだった。結局、彼は予約の客待ちですぐには乗せてもらえなかったために、利用はしなかったわけだが、この日、彼が私たちを乗せるのだと彼が思いこんだらしい。ところが、身だしなみの良い別な黒人のタクシー運転手(後で名刺をもらいJoeという名であることが判明)が、満面の笑みをたたえて私の名前を呼ぶ。「コンニチハ」と日本語の挨拶も沿えて。一瞬どうなったのかと困惑した。二人の運転手は、これは私の客だと言い張る様子。でもすぐに、Joeがホテルから予約を受けた運転手であることが判明。さらに、Frankは、Joeの経営するタクシー会社の社員であった。Frankには悪かったと言い、Joeの車に乗り込んだ。

空港までの3、40分、Joeからいろいろと伺った。彼はエリトリア出身の方で、10歳ごろに米国にやってきたそうである。二人のお子さんがおり、米国での生活が一番だと言っていた。シアトルで乗ったタクシーの運転手が言うとおり、エリトリアは大統領の専制国家になってしまっている、とのこと。一時は、25台ほどの車両を保有していたが、現在は10数台に減らしたとか。車をたくさん保有していると、事故やら、故障やら、運転手の管理やらで大変で、その割に収入が増えないからだ、とのことだ。彼は、Bobと同じく、確固たる共和党支持者であり、現在の民主党政権が社会保障を手厚くしたためにモラルハザードが起きている、その一方、しっかり仕事をする彼のような国民は重い税金に苦しむことになる、というのだ。Terranea Resortの由来についても教えてくださり、このホテルができて、地域の経済が潤っていると言っていた。途中、顧客のお一人から彼の携帯に電話が入り、何時も利用していたその顧客の親族が急に亡くなったと知らせてきたようだった。顧客ととても親しくしているのだろう。大変朗らかで弁の立つJoeとのしばしの楽しい会話も空港に到着したことで終了。また来た時に利用するようにと名刺をくれた。

チェックイン窓口を探すのに少し手間取ったが、何とかチェックイン、ボーディング手続きを終え、帰国便の自席に落ち着いた。最初に記したとおり、この新しい機体Boeing777のビジネスのシートはなかなか良くて来ていて、少し狭いものの、ほぼ横になることができた。音楽や、映画を見るための装置も完璧だ。たっぷり眠れたとは言い難かったが、それでもこのシート設備であれば、長距離飛行もあまり苦にはならない。普段、私が西海岸と交信するときに、私の電波が飛ぶ道筋を丁度逆に飛んでいるのだな等とたわいもないことを考えた。音楽の曲目に、アンアキコマイヤーズの演奏するバッハのバイオリン協奏曲1、2番があった。旅行中にあまりに多くの刺激を受けた。心地よい刺激もあり、そうでないものもあったが、刺激があまりに強かったために、こころが少し乾いたというか変形を起こしたようなところがあったのだが、それらのバッハの作品にじっと耳を傾けていると、じわっとこころに染み入るようであった。音楽が、このようにこころに染み入り、慰撫するかのようなことを明確に経験したのは初めてのことだった。

成田に降り立つと、言うまいと思えどの蒸し暑さ。故郷向けのバスに乗り込み、約3時間。周囲の田畑が深い緑をたたえ美しかった。娘の出迎えを受けて、ようやく我が家にたどり着いた。寝る前に少しだけと思って7メガに出ると、待ち構えていたように、Bob W6CYXが呼んできてくれた。1128回目の交信。北米西海岸から無事帰着したことを彼に伝えた。

以上、思いつつままの長い旅行記、お読みくださった方にお礼申し上げたい。

コメント

はじめまして。
四十数年のQRTの後、昨年12月にカムバックしました。
貴局のSIGは当地JA8エリアにても大変強力に入感することが多く、超高速のCWでのQSOを羨望のの念をもって聴いております。速すぎて内容は1割も分かりませんが…HI。
「北米西海岸への旅」、大勢のHAM達との交流は599BK式のQSOでは得られない賜物ですね。
N6TT SteveOMとは6月11日に7003CWでQSOさせていただきました。
こちらのコールサインの後に/QRPを付けてお呼びしたところUR RIG? UR ANT?と尋ねられ、HOMEBREW1WにDIPOLEとお答えしたら、何度もFB、FBと繰り返して祝福してくださいました。こちらはCWの受信は初心者レベル以下なので13分間の短いQSOで失礼しましたが、先方のお人柄の良さが十分伝わってきました。
これからも、貴局のCWをお手本に、受信能力UPを心掛けたいです。

追伸
 W9KNI Bob OM に共感です。
趣味なのでそれぞれ色々な楽しみ方があって良いと思います。

コメントをありがとうございます。

QRPでのDXは、技術が要求され、その上にCONDXに恵まれないとできませんから、1Wでの西海岸との交信はうれしかったことと思います。私は、QRPはやらないのですが、そのスリルはよく分かる様な気がします。

Steveは、大の親日家で、彼の家も北西方面にはすぐに太平洋がある場所。そこであれだけのアンテナを上げているので、JAとはいつもパイプラインが引かれているようなものです。また、お呼びになって、さらに交流を深められますように。

JA8CXXというコールから、JA8CXR(だったかな)という脳外科をなさっていた方を思い出しました。2、30年前に7メガの和文で良く交信していただいた方でした。ただ、現在はコールを切らしておられるようですが・・・。

オンエアーでもお目にかかりましょう。

お帰りなさい

Shinさんにしか味わうことができない、超感激のUSA訪問だったと思います。私も感激しながら毎日の旅行レポートを読ませていただいておりました。愉しかったですよ。native speaker のCWラグチューならば、和文CWラグチュウと変わりありません。しかし、日本人にとって、英語によるCWラグチュウは、誰にでもできるものではありません。FOCの日本人メンバーは人間国宝だと私は思っております。
鬼澤さんの7メガCWは伊東ではかなり弱くきこえます。先ほどの北海道のカムバックさんと同じように最近CWの練習をしております。奥様とご一緒に伊東の無線小屋に来て下さい。その足で下田再訪問もロマンチックじゃないでしょうか? 鬼澤さんのハム歴や人生観などお聴ききしたいです。

kさん、ありがとうございます。人間国宝などと神棚にあげないでください(笑。まだまだ修練の途中です。CWにもお出になられるようで、たのしみにしています。

家内とも相談して、その内お邪魔させて頂けたらと思っています。秋でしょうか。下田も是非もう一度訪れてみたいところです。

我々の年代からどう生きてゆくか、現実問題として、また基本的な問題として、難しいものがありますね。その内、ゆっくりお話を伺わせてください。

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://nuttycellist.blog77.fc2.com/tb.php/2637-bb280a56