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一つの交信から改めて考える 

英文のブログにはすでに記したのだけれど、今朝早く14メガでVictor RN3ZBと会った。どちらかというと、西ヨーロッパを探すので、東ヨーロッパには応答しないことが多いのだが、なぜか彼には応答した。少し間違いのある符号だが、何か熱意みたいなものが伝わってくる電信。

一通りの交信のあと、彼は、PCで私のメッセージが読めると言ってきた。あぁ、コードリーダーで受信解読するお方なのかとちょっと残念になって、そうなのか尋ねた。彼は、自分の耳で受信しているが、語彙が判らぬ時に、リーダーに写される言葉で助けてもらうのだと言っていた。

62歳のリタイアした警察官とのこと。年金は十分かと尋ねた。たくさんもらっていると、意外な返答。実は、チェルノブイリの原発事故後1年後に40日間ほど、現地に赴任させられて、そこで仕事をしたために、高額の年金を受給しているというのだ。でも、心臓や血圧の問題がある様子。その仕事は強制的に赴任させられたのか、さらにリスクは知らされていたのか尋ねたが、答えはなかった。質問が通じなかったのか、それとも答えられないのか分からなかった。

福島のことを尋ねられた、ないし尋ねる前だったか、ので、東電福島第一からの距離等をお教えした。関心を持ってくださっている様子だった。このやり取りで、ちょっとした連帯感ないし共感が、お互いに芽生えたような気が、少なくとも私はした。彼は、電信で話をするのが好きで、良く出ているのだが、日本人は話が通じないことが多いと嘆いていた。このように話し合うことができてうれしいと言ってくださった。

ここから先は、私の空想に近いことなのだが・・・国の間の争いは複雑な要因からなり、簡単に解決しないことが多いものだ。ただし、戦争に突き進む場合には、専制君主のような指導者であっても、国民の支持と相手国への憎悪が、最後の一押しになることが多いのではあるまいか。その憎悪の背後には、相手国国民への無理解と無関心があることが多い。他国国民への理解は、個々の付き合いを通して、確実になり、深まって行く。アマチュア無線に、そうした点で期待できるものがあるのではないか、というのが、空想的な私の希望なのだ。世界全体として物事を考えなければ解決しないことが多くなってきている。国民の相互理解という極めて抽象的な理想は、「具体的な」個々の「付き合い」「理解しあうこと」から始まるのではないだろうか。

折しも、某隣国との間で、諍いが深まろうとしている。ここでお互いに憎悪を向け合うのではなく、個々の知り合いを通して、理解を深めること、相手の理不尽とも思える考え・行動の背後にあるものに眼差しを向けることが必要なのではないだろうか、と改めて思う。

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