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Bill N4AR 

このところ、秋のCONDX真っ盛りという感じで、一晩中、いや日中も14メガは世界に開けている。先日、その14メガで旧友のBill N4ARが呼んできてくれた。N4AR/8と打っていたので、いつものミシガンの別荘かと思ったが、別荘から20マイルほど離れたミシガン湖畔に新しく家を建てたらしい。本当に久しぶりの交信だ。

彼のことは、このブログでも何度か記したような気がするが、検索でヒットしたのは、これだけ。彼がJohns Hopkinsという名門の医大の学生だったころから、幾度となく交信をしてきた。当時は、K4GSUというコールで、コンテストでナンバー交換をする程度だったが、1980年代後半私がDXにはまり、かつFOCに入った頃から、7メガでバンドが開けるころにいつもお目にかかり話をさせて頂くようになった。

彼は、内科、特に循環器内科の医師であり、当時心臓の具合が良くなかった母親へ投与する薬のことを尋ねたりしたものだった。あちら、ケンタッキーの時間で、毎朝のように仕事に出かける前に、無線に出るのを常としておられた。交信を終えるときに、病棟回診が無事済むように、というのが、私が彼に送る挨拶だった。

が、数年前にIce stormで、アンテナ群のほとんどが破壊されてしまい、それっきりパタッと信号を聴かなくなってしまっていた。実際のところ、2,3年に一度程度、そのミシガンの別荘からワイアーアンテナで出てこられて、その時に、蚊の鳴くような信号の彼と交信をしていたのだが、まさに生存証明みたいな交信だった。

先日お会いした時に伺ったところでは、病院の同僚医師がどんどん辞めてしまい、この4年間は、毎日オンコールの状態だったらしい。residentは当然いたのだろうが、もう70歳前後になっておられて、ハードな日々だったことだろう。私が、(日本のシステムでは当然のことながら)一人で開業することを告げると、一人では厳しい、だれか同僚と組んだらどうだと盛んに勧めてくれたのが、Bill自身だった・・・それが、その彼が一人で責任をしょって仕事をし続けてきたとは・・・。

で、今年一杯で彼も退職することに決心したとのことだった。ミシガンの新しい家にタワーを建てて、ハイバンドはもう出られるようになった、後は7メガのビームを何とかしたいとのことだった。前日もアンテナ作業していたので、手がこわばっていると言って笑っていた。キーイングは、少しミスがあるが、昔のまま、BTを続けて打つところを、B Tとスペースを開けるのが彼流・・・。

彼がactiveであった1980年代に、徳島の奈木氏JA5DQHがBillを訪ねてゆき、そこで撮った写真を何枚か送ってくださったことがあった。各バンドごとに、T4C・R4Cが備え付けられ、運用する椅子をぐるっと回すと、異なるバンドに出られるようになっていた。タワーも十本近く上がっていたのではなかっただろうか。そのケンタッキーの自宅でも、タワーはまだ立っているので、アンテナを徐々に整備してゆくとの話だった。

歳を聞き忘れたが、すでに70歳台半ば近くなのではないだろうか。これまで仕事に十分精を出してこられた。これからのリタイア生活を無線や旅行で楽しく過ごしてもらいたいものだ。米国でのFOCの開合には4年間、英国でのそれには8年間出ていないとのことだった。どこかのそうした会合でお目にかかろうと約束してお別れした。

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